はじめに
マーケティングや事業開発の責任者として、「なぜ消費者は特定のブランドを選ぶのか」という問いは常に頭を悩ませる課題ではないでしょうか。製品の機能や価格だけでは説明できない消費者の選択理由を深く理解することは、自社製品が市場で選ばれる確率を高めるための重要な鍵となります。
本記事では、世界最大の時価総額を誇るテクノロジー企業であるAppleを例に、このブランドが消費者から選ばれる理由を多角的に分析していきます。この分析を通じて、以下のメリットを得ることができます:
- 製品機能を超えたブランド価値の構築方法を学べる
- 顧客の深層心理に訴求する効果的なマーケティング戦略を理解できる
- 自社製品・サービスのポジショニング強化に応用できる実践的な知見を得られる
単なる機能的優位性を超え、感情的・社会的価値を含めた総合的な「選ばれる理由」を解明することで、あなたのビジネスにも応用できる知見を提供していきます。
1. Appleの基本情報

ブランド概要
Appleは1976年にSteve Jobs、Steve Wozniak、Ronald Wayneによって設立されたテクノロジー企業です。当初はパーソナルコンピュータの開発から始まり、現在ではスマートフォン、タブレット、ウェアラブルデバイス、ソフトウェア、サービスなど幅広い製品・サービスを提供しています。「Think Different」というスローガンに代表されるように、革新性とシンプルさを重視するビジョンを掲げています。
企業データ
- 企業名:Apple Inc.
- 設立年:1976年
- 本社所在地:アメリカ・カリフォルニア州クパチーノ
- CEO:Tim Cook
- 従業員数:約164,000人(2023年時点)
- URL:https://www.apple.com/
主要製品・サービスラインナップ
- ハードウェア製品:iPhone、iPad、Mac、Apple Watch、AirPods、Apple TV、Vision Pro
- ソフトウェア:iOS、macOS、iPadOS、watchOS、tvOS、visionOS
- サービス:Apple Music、Apple TV+、Apple Arcade、iCloud、Apple Pay、App Store
業績データ
2023年度の年間売上高は約3,830億ドル(約57兆円)、純利益は約970億ドル(約14.5兆円)を記録しています。特にiPhoneの売上が全体の約52%を占め、サービス部門が約22%と続いています。2023年末時点で世界に約518の直営店を展開しており、アクティブデバイスのインストールベースは20億台を超えています。
Apple製品の価格帯は比較的高めに設定されており、例えばiPhoneの最新モデルは約12万円から、MacBookは約14万円からと、競合他社と比較して約1.5倍のプレミアム価格になっています。
出典:Apple IR
2. 市場環境分析
まずはAppleが所属しているカテゴリーは顧客の何を解決しているのかを考えてみましょう。
市場定義:顧客のジョブ(Jobs to be Done)
Appleが解決する主な顧客ジョブは以下のように整理できます:
- 生産性向上ジョブ:仕事や学習を効率的かつ創造的に進めたい
- コミュニケーションジョブ:大切な人々と簡単につながりたい
- エンターテイメントジョブ:質の高い余暇時間を過ごしたい
- 自己表現ジョブ:自分らしさや価値観を表現したい
- 地位確認ジョブ:社会的地位や帰属意識を感じたい
これらのジョブの量と優先度は、デジタル化が進む現代社会において非常に高く、特に自己表現や地位確認といった社会的・情緒的ジョブの重要性が増しています。
競合状況
Appleが競合する主要プレイヤーとその特徴は以下の通りです:
- Samsung:幅広い価格帯の製品ラインナップとハードウェア革新
- Google:AIとデータ活用を強みとするソフトウェアとサービス
- Microsoft:法人向けソリューションとクラウドサービス
- Amazon:エコシステムとサービス統合によるロックイン戦略
- Xiaomi/OPPO/Vivo:コストパフォーマンスの高いハードウェア製品
次に、このカテゴリーで戦って勝っていくために必要な要素を整理していきましょう。
POP/POD/POF分析
Points of Parity(業界標準として必須の要素):
- 高性能なハードウェア仕様(プロセッサ、カメラ、ディスプレイなど)
- ユーザーフレンドリーなインターフェース
- クラウドサービスとの連携機能
- アプリケーションエコシステム
- 一定レベルのセキュリティとプライバシー保護
Points of Difference(差別化要素):
- ハードウェアとソフトウェアの完全統合によるシームレスなエコシステム
- ミニマリストでユニークなデザイン哲学
- プレミアムな顧客体験(直営店での購入から修理サポートまで)
- プライバシーとセキュリティへの強いコミットメント
- 長期的なソフトウェアサポートと高い製品耐久性
Points of Failure(市場参入の失敗要因):
- ブランドの一貫性と信頼性の欠如
- エコシステム内での製品間連携の不足
- 直感的でないユーザーインターフェース
- アフターサービスの質の低さ
- 価格に見合わない製品品質や体験
次に、このカテゴリーは各視点で見たときに追い風なのか、向かい風なのかを見ていきましょう。
PESTEL分析
政治的要因(Political):
- 機会:プライバシー保護を重視する政策動向がAppleの差別化戦略と一致
- 脅威:米中貿易摩擦によるサプライチェーンリスクと関税問題
経済的要因(Economic):
- 機会:プレミアム製品への消費意欲が高い富裕層の拡大
- 脅威:インフレと景気後退による消費者の価格感応度の高まり
社会的要因(Social):
- 機会:デジタルネイティブ世代の台頭とテクノロジーの生活浸透
- 脅威:「環境意識」「エシカル消費」など社会的価値観の変化
技術的要因(Technological):
- 機会:AI、AR/VR、健康テクノロジーの進化による新市場創出
- 脅威:技術革新スピードの加速による競争激化
環境的要因(Environmental):
- 機会:環境配慮型製品設計への社会的評価の高まり
- 脅威:電子廃棄物や二酸化炭素排出に対する規制強化
法的要因(Legal):
- 機会:データプライバシー規制強化によるAppleのプライバシー戦略の優位性向上
- 脅威:App Store運営などに関する独占禁止法的規制リスク
この分析から、プライバシー保護、プレミアム体験、環境配慮といったAppleの強みが社会的トレンドと合致している一方で、経済的不確実性や規制強化といった課題にも直面していることがわかります。
3. ブランド競争力分析
続いて、Appleブランド自体の強み、弱みは何で、それらが今の外部環境の中でどう活かしていけるのか、いくべきなのかを見ていきましょう。
SWOT分析
強み(Strengths):
- 強力なブランド認知と顧客ロイヤルティ
- ハードウェア、ソフトウェア、サービスの垂直統合による独自エコシステム
- 卓越したデザインとユーザーエクスペリエンス
- 高い研究開発能力と技術革新力
- グローバルに展開する直営店ネットワークと一貫した顧客体験
- 潤沢な現金保有による投資余力
弱み(Weaknesses):
- iPhoneへの収益依存度の高さ(全体の約52%)
- プレミアム価格戦略による市場シェアの制限
- 他社製品との互換性の低さ
- 中国を中心としたサプライチェーンへの依存
- 一部市場(特に新興国)における価格競争力の弱さ
機会(Opportunities):
- AR/VR市場への参入(Vision Pro)
- AIと機械学習を活用した新サービス展開
- 健康・ウェルネス分野への拡大
- サブスクリプション型サービスのさらなる成長
- インドなど新興市場の開拓
脅威(Threats):
- 技術革新サイクルの減速と製品差別化の困難化
- Android陣営からの機能的追随と価格競争
- 規制当局による独占禁止法関連の監視強化
- 中国市場での競争激化と政治的リスク
- 経済的不確実性による高額製品需要の減少
クロスSWOT戦略
SO戦略(強み×機会):
- ブランド力と直営店ネットワークを活かしたVision Proの市場導入
- ハードウェアとAI技術の統合による健康・ウェルネス分野での差別化
- エコシステムの強みを活かしたサービス収益のさらなる拡大
WO戦略(弱み×機会):
- iPhone依存からの脱却に向けたウェアラブルやAR/VR製品の強化
- 新興市場向けの価格戦略の見直し(例:iPhone SEの戦略的展開)
- クロスプラットフォーム対応の拡大によるサービス利用者の獲得
ST戦略(強み×脅威):
- プレミアム体験とプライバシー重視を差別化軸とした競争優位の維持
- サプライチェーン多様化による地政学的リスクの軽減
- 直営店体験の強化によるブランドロイヤルティのさらなる向上
WT戦略(弱み×脅威):
- サービス収益の拡大によるハードウェア依存度の低減
- 一部製品カテゴリーでの価格戦略の見直し
- エコシステムの部分的オープン化による外部連携の促進
この分析から、Appleの持続的競争優位性は単なる製品仕様ではなく、エコシステム全体の統合された体験価値にあることがわかります。また、現在のiPhone依存からの脱却と新たな成長分野の開拓が今後の課題と言えるでしょう。
4. 消費者心理と購買意思決定プロセス
続いて、Appleの顧客はなぜブランドを選ぶのか、その購買行動の構造を複数パターンで見ていきましょう。
オルタネイトモデル分析
パターン1:ステータスとアイデンティティを求める専門職
- 行動:最新のiPhoneとMacBookを購入し、AirPodsと合わせて使用する
- きっかけ:新製品発表イベントを視聴、周囲の人が使用している様子を見る
- 欲求:洗練された印象を与えたい、最新テクノロジーを使いこなしていると思われたい
- 抑圧:価格の高さによる罪悪感、「見栄」のための消費と思われることへの不安
- 報酬:社会的承認の獲得、所属感、自己効力感の向上
パターン2:シームレスな体験を求めるデジタルネイティブ
- 行動:Appleエコシステム(iPhone、Mac、Apple Watch、AirPodsなど)を構築
- きっかけ:複数デバイス間でのデータ共有や連携の煩わしさを経験
- 欲求:デジタル生活における摩擦をなくし、効率的に活動したい
- 抑圧:他社製品との互換性の低さ、エコシステムへのロックイン
- 報酬:シームレスな体験による時間節約、ストレス軽減、生産性向上
パターン3:プライバシーを重視するセキュリティ意識の高いユーザー
- 行動:Androidから転換し、Apple製品とサービスを利用
- きっかけ:データプライバシーに関するニュースや問題意識の高まり
- 欲求:個人情報をコントロールし、セキュリティリスクを最小化したい
- 抑圧:プレミアム価格と機能制限への懸念
- 報酬:データセキュリティへの安心感、自己決定感の向上
本能的動機
Appleの製品選択における本能的動機を2つの本能と8つの欲望の観点から分析します。
生存本能に関連する訴求:
- セキュリティとプライバシー保護による「安全」の確保
- 耐久性と長期サポートによる「安定」の提供
- 直感的UIによる「効率」と「有能性」の感覚
生殖本能に関連する訴求:
- 洗練されたデザインによる「魅力」の向上
- 最新技術の所有による「地位」の表現
- ブランドの選択を通じた「アイデンティティ」の確立
8つの欲望との関連:
- 安らぐ:シンプルで直感的なUIによるストレスの軽減
- 進める:生産性向上ツールによる自己成長と効率性
- 決する:豊富なオプションとパーソナライズによる自己決定感
- 有する:プレミアム製品の所有による満足感と安心感
- 属する:Appleコミュニティへの帰属意識と共通の価値観
- 高める:先進技術の使用による社会的地位とアイデンティティの向上
- 伝える:シームレスなコミュニケーションツールの提供
- 物語る:製品を通じた自己表現と個人的ストーリーの構築
AppleはiPhoneの発表時の「This changes everything. Again.」(これがすべてを変える。再び。)のようなシンプルな物語構造によって、顧客が自分自身を「革新的で美意識が高く、先進的な人」として位置づけられるように訴求しています。また、製品の物理的な開封体験(パッケージング、初回起動時の演出など)が報酬系を刺激するドーパミン回路を活性化させ、感情的な満足感を生み出しています。
5. ブランド戦略の解剖
これまで整理した情報をもとに結局、Appleはどういう人のどういうジョブに対して、なぜ選ばれているのか、そしてどうその価値を届けているのかをまとめていきます。
Who/What/How分析
パターン1:クリエイティブ・プロフェッショナル
- Who:デザイナー、映像クリエイター、音楽プロデューサーなど創造的職業に従事する25-45歳
- Who(JOB):専門的かつ創造的な作業を効率的に行い、クライアントや同僚に洗練された印象を与えたい
- What(便益):高性能と美しいデザインを兼ね備えた創造的プラットフォーム
- What(独自性):専門的ソフトウェア最適化、色精度の高いディスプレイ、洗練されたデザイン
- What(RTB):業界標準ツールとしての実績、クリエイター向け最適化、特別なカラーキャリブレーション技術
- How(プロダクト):MacBook Pro、Mac Studio、Pro Display XDRなどプロフェッショナル向け高性能機器
- How(コミュニケーション):クリエイターとコラボレーションしたショーケース事例、専門メディアでの露出
- How(価格):高額だが長期的価値を強調するプレミアム価格設定
- How(場所):Apple Storeでの専門的なデモンストレーション、教育機関との連携
このパターンでは、Appleはクリエイティブ業界でのデファクトスタンダードとしての地位を確立し、プロフェッショナルの創造的ワークフローを最適化する価値を提供しています。高性能なハードウェアとクリエイティブソフトウェアの最適な統合により、競合他社にはない独自の創造環境を実現しています。
パターン2:デジタルライフスタイラー
- Who:テクノロジーに精通した20-40代の都市部居住者
- Who(JOB):複数のデジタルデバイスとサービスを不便なく連携させ、シームレスな生活体験を実現したい
- What(便益):あらゆるデバイスとサービスが統合された「デジタルライフスタイル・エコシステム」
- What(独自性):製品間の完璧な連携、クラウドからデバイスまで一貫した体験、直感的なUI
- What(RTB):ハードウェアとソフトウェアの両方を自社開発する唯一の主要企業
- How(プロダクト):iPhone、iPad、Apple Watch、AirPodsなどの連携製品群とiCloud、Apple Pay等のサービス
- How(コミュニケーション):製品同士の連携シーンを強調した広告、生活シーンの提案
- How(価格):プレミアムながら長期的な価値とエコシステム全体の便益を考慮した価格設定
- How(場所):多様な製品とサービスを体験できるApple Store、オンラインチャネルでのシームレスな購入体験
このパターンでは、Appleはバラバラのテクノロジーを統合し、シームレスなデジタルライフスタイルを提供することで価値を生み出しています。「Think different」から始まり「It just works」に集約される哲学は、複雑なテクノロジーをシンプルで使いやすいものに変換するAppleの基本的アプローチを示しています。
パターン3:ステータス・シーカー
- Who:社会的地位や最新トレンドを重視する20-50代の都市部居住者
- Who(JOB):洗練された趣味と社会的地位を表現し、自分の価値観を周囲に伝えたい
- What(便益):社会的認知と所属感をもたらすステータスシンボル
- What(独自性):認知度の高いデザイン、限定性、普遍的なブランドメッセージ
- What(RTB):世界で最も価値のあるブランドとしての地位、セレブリティの愛用
- How(プロダクト):最新のiPhone Pro、Apple Watchなど目立つ製品とカスタマイズオプション
- How(コミュニケーション):洗練されたライフスタイルイメージ、感情に訴えるストーリーテリング
- How(価格):高価格によるプレステージ感の演出、最新モデルへのアップグレード促進
- How(場所):高級ショッピングエリアの直営店、プレミアム感のある購入体験
このパターンでは、Appleはただの製品ではなく「ライフスタイルの象徴」としての価値を提供しています。製品の技術的優位性だけでなく、それを所有することで得られる社会的認知や所属感が重要な価値となっています。
成功要因の分解
ブランドポジショニングの特徴:
- 「プレミアムでありながらアクセシブル」という二面性の維持
- 「Think Different」から始まる反骨精神を基盤とした情緒的価値の構築
- ハードウェア、ソフトウェア、サービスの垂直統合による独自エコシステムの確立
- 「技術は背景にあるべき」という人間中心の設計思想
コミュニケーション戦略の特徴:
- 製品スペックではなく感情的ベネフィットを中心としたメッセージング
- シンプルさと余白を活かしたミニマリストデザイン
- 体験型マーケティングとしての直営店「Apple Store」の活用
- 製品発表イベントのエンターテイメント化と話題創出
価格戦略と価値提案の整合性:
- 常に競合より高い価格帯の維持(プレミアム戦略)
- 「価格=価値」ではなく「価値>価格」の認識を形成
- 長期的なソフトウェアサポートによる製品寿命の延長
- サブスクリプションモデルへの段階的シフト(Apple One等)
カスタマージャーニー上の差別化ポイント:
- オンラインからオフラインまで一貫したブランド体験の提供
- パッケージングから初回起動まで細部にこだわった感動体験の設計
- Genius Barによる他社にはない対面サポート体験
- アップグレードパスの明確化による長期的顧客関係の構築
顧客体験(CX)設計の特徴:
- 「開封体験」の徹底的なデザイン(パッケージの開封感、初回起動時の演出)
- 製品間のシームレスな連携によるエコシステム効果
- プライバシーとセキュリティによる安心感の提供
- デザインとユーザビリティの両立(美しさと使いやすさ)
見えてきた課題
外部環境からくる課題と対策:
- 新興市場での価格競争:iPhone SEなど戦略的な低価格モデルの導入
- 規制環境の変化:App Storeビジネスモデルの部分的修正と透明性向上
- 技術革新サイクルの減速:サービス収益の拡大とウェアラブル、AR/VRなど新カテゴリーの開拓
内部環境からくる課題と対策:
- iPhone依存からの脱却:Apple Watch、AirPods、Vision Proなど新製品カテゴリーの強化
- 中国サプライチェーンへの依存:インド、ベトナムなどへの生産拠点の分散
- イノベーション文化の維持:スペシャルプロジェクトチームの独立性確保と外部からの人材獲得
6. 結論:選ばれる理由の統合的理解
総合的に見て、競合や代替手段がある中でAppleはなぜ選ばれるのでしょうか。
消費者にとっての選択理由
機能的側面:
- ハードウェアとソフトウェアの統合による優れたパフォーマンスと使いやすさ
- 製品間の連携によるシームレスなエコシステム体験
- 高い品質基準による耐久性と長期的価値
- セキュリティとプライバシー保護の高度な実装
感情的側面:
- 優れたデザインによる美的満足感と所有の喜び
- 直感的なUIがもたらすストレス軽減と安心感
- ブランドストーリーへの共感と価値観の一致
- 開封から使用までのすべての接点での感動体験
社会的側面:
- 製品所有による社会的地位と帰属意識の獲得
- 「Apple信者」というコミュニティへの参加感
- 自己表現とアイデンティティの確立
- 持続可能性や社会的責任に対する価値観の共有
市場構造におけるブランドの独自ポジション
Appleは「テクノロジー×ライフスタイル」という独自の市場ポジションを確立しています。単なるテクノロジー企業としてではなく、「テクノロジーを通じて人々のライフスタイルを豊かにする」ブランドとして独自のカテゴリーを創造しています。この位置づけにより、純粋な技術仕様の比較ではなく、提供する体験全体の価値で評価される土俵を作り上げています。
競合との明確な差別化要素
- 垂直統合モデル:ハードウェア、ソフトウェア、サービスをすべて自社開発し、最適化された体験を提供
- エコシステム戦略:製品間の相互連携による乗り換えコスト向上と顧客囲い込み
- 体験デザイン:製品機能だけでなく、すべての顧客接点における体験の質を徹底的に管理
- ブランドストーリー:反骨精神から始まり、イノベーションと創造性を中心とした強力なブランドナラティブ
- 直営店戦略:Apple Storeを通じた直接的な顧客体験の提供と管理
持続的な競争優位性の源泉
Appleの持続的競争優位性は以下の要素から生まれています:
- 統合されたエコシステム:他社が容易に模倣できない製品間の連携と体験の一貫性が、競合製品への乗り換えコストを高めています。
- ブランド資産:長年にわたって構築された感情的なブランド連想と顧客ロイヤルティは、単なる製品機能よりも模倣が困難な資産となっています。
- デザイン哲学:「機能美」と「使いやすさ」を両立させる一貫したデザイン哲学が、製品の差別化に寄与しています。
- イノベーション文化:「既存の枠組みを壊す」という創業者精神を継承した企業文化が、継続的な製品革新を可能にしています。
- 直営店ネットワーク:世界518店舗のApple Storeを通じた顧客との直接的関係構築は、競合他社が容易には模倣できない強みです。
これらの要素が複合的に組み合わさることで、Appleは単なる「スペック競争」を超えた価値提案を行い、持続的な競争優位性を確立しています。
7. マーケターへの示唆
我々マーケターはAppleの成功例から何を学べるのでしょうか。
再現可能な成功パターン
- 製品を超えた体験全体の設計 Appleは製品仕様という「点」ではなく、顧客との全接点という「面」で体験を設計しています。パッケージデザインからアンボクシング体験、初期設定の簡便さ、アフターサポートまで、すべての顧客接点を緻密に設計しています。この「体験全体の一貫性」が差別化の重要な要素となります。
- 機能的価値と感情的価値の両立 Appleは高い機能性を提供しながらも、それを前面に出さず、製品を使うことで得られる感情的な満足感や社会的なつながりを強調しています。この「機能は背景であり、体験が前面」という考え方は、多くの製品カテゴリーで応用可能です。
- ブランドストーリーによる価値観の共有 Appleは単なる機能や性能ではなく、「Think Different」や「Designed in California」といったメッセージを通じて、顧客と価値観を共有しています。この「何を売るか」ではなく「なぜ売るか」を明確にするアプローチは、顧客との感情的な絆を形成する上で効果的です。
- エコシステム戦略によるロックイン効果の創出 Appleの製品はそれぞれが単体で優れているだけでなく、相互に連携することで付加価値を生み出します。このエコシステム戦略は、顧客の継続的な購入を促進し、生涯価値(LTV)を高める効果があります。
- シンプルさの追求による差別化 Appleは機能の多さではなく、本質的な価値を極限までシンプルに提供することで差別化しています。余計なものを削ぎ落とし、核心に集中するこの姿勢は、複雑化する市場で明確な存在感を示す方法として学ぶべき点です。
業界・カテゴリーを超えて応用できる原則
- 顧客体験マッピングの徹底 Appleのように、顧客が製品と接するすべての接点を洗い出し、それぞれの体験の質を高めるアプローチは、あらゆる業界で応用可能です。購入前から購入後まで、継続的に顧客体験を改善することが重要です。
- 情緒的価値の言語化と伝達 機能的な特徴を超えて、製品やサービスが提供する感情的・社会的価値を明確に言語化し、一貫して伝えることで、競合との差別化を図ることができます。
- デザイン思考の事業全体への適用 製品設計だけでなく、サービス、コミュニケーション、組織文化まで含めた事業全体に「美しくシンプルであること」というデザイン思考を適用することで、一貫した体験を提供することができます。
- 垂直統合の現代的解釈 完全な垂直統合が困難な業界でも、顧客体験の重要な部分は自社でコントロールし、一貫性を確保するという考え方は応用可能です。例えば、顧客データの統合管理や、重要なタッチポイントでの直接的な顧客接点確保などが考えられます。
- 持続的な価値提供とリレーションシップ構築 単発の取引ではなく、製品のライフサイクル全体を通じた継続的な価値提供とリレーションシップ構築を重視する姿勢は、あらゆるビジネスに応用できる考え方です。
Appleの成功例から学ぶ最も重要な教訓は、「製品」ではなく「体験」を設計することの重要性です。技術的な優位性は容易に模倣されますが、顧客との感情的なつながりや一貫した体験の提供は、持続的な競争優位性の源泉となります。自社の製品やサービスを「機能の集合体」ではなく「体験の提供」として捉え直すことで、より強固なブランド構築が可能になるでしょう。
まとめ
Appleが消費者から選ばれる理由を多角的に分析した結果、以下のような重要なポイントが明らかになりました:
- Appleの成功は単なる製品の技術的優位性だけでなく、ハードウェア、ソフトウェア、サービスの垂直統合による「シームレスなエコシステム体験」の提供にあります。
- Appleは「機能」を売るのではなく「体験」を売っており、製品の使いやすさ、デザインの美しさ、開封時の高揚感など、感情的・社会的価値を重視しています。
- ブランドの一貫性と明確な価値観の提示が、顧客との感情的なつながりを形成し、高い顧客ロイヤルティにつながっています。
- プレミアム価格戦略は「高すぎる」というデメリットがある一方で、所有することによる社会的地位や所属感という付加価値を創出しています。
- 直営店ネットワークやGeniusBarなどの直接的な顧客接点が、ブランド体験を強化し、競合他社との差別化要因となっています。
- 持続的成長のために、iPhoneへの依存度軽減、サービス収益の拡大、AR/VRなどの新領域への進出が今後の課題となっています。
Appleの事例から学ぶべきは、「何を作るか」よりも「なぜ作るか」「どのように体験させるか」を重視する姿勢です。機能的な優位性だけでなく、感情的・社会的価値を含めた総合的な体験設計が、持続的な競争優位性につながるという教訓は、あらゆる業種・業態のマーケターにとって価値ある洞察と言えるでしょう。