マーケティング担当者や事業開発リーダーの皆さん、「なぜ特定のブランドが市場で選ばれ続けるのか」という問いと日々向き合っているのではないでしょうか。消費者の選択理由を深く理解することは、自社製品やサービスが市場で選ばれる確率を高めるための重要な鍵となります。
本記事では、日本発のソーシャルリクルーティングプラットフォーム「Wantedly」を例に、このサービスが企業と求職者から選ばれる理由を多角的に分析していきます。この分析を通じて、以下のメリットを得ることができるでしょう:
- 持続的な人気を維持するプラットフォームビジネスの方法論を学べる
- 顧客の深層心理に訴求する効果的なブランディング戦略を理解できる
- 既存市場でのポジショニングを強化するための具体的な施策を発見できる
伝統的な採用市場に革新をもたらしたWantedlyの成功要因を紐解きながら、あなたのビジネスにも応用できる実践的な知見を提供していきます。
1. Wantedlyの基本情報

ブランド概要
Wantedlyは、「“究極の適材適所により、シゴトでココロオドルひとをふやす”」をミッションとする、企業と求職者を「情熱」や「価値観」に基づいて結びつけるソーシャルリクルーティングプラットフォームです。2010年に設立以来、従来の採用市場における「スキル」や「経験」重視のマッチングとは一線を画し、共感や価値観の一致を軸にした新しい採用の形を提案しています。
企業情報
- 企業名:ウォンテッドリー株式会社(Wantedly, Inc.)
- 設立年:2010年
- 代表者:仲 暁子(なか あきこ)
- 本社所在地:東京都港区白金台
- URL:https://wantedly.com/
主要製品・サービスラインナップ
- Wantedly Visit:カジュアルなオフィス訪問を通じた企業と求職者のマッチングサービス
- Wantedly People:ビジネスSNSとしてプロフェッショナル同士のつながりを促進
- Engagement Suite:従業員エンゲージメント向上サービス
業績データ
Wantedlyは日本国内で約4万社以上の企業にサービスを提供し、登録ユーザー数は400万人以上に達しています。東証グロース市場に上場しており、2023年8月期、2024年8月期ともに売上高は約47億円となっていて、ここ2年は横ばいでしたが、営業利益は右肩上がりで成長しています。また、登録ユーザー、登録企業も順調に増え続けており、ビジネスとして成長を継続していることが伺えます。


出典:Wantedly IR
これほどWantedlyが選ばれている理由について、以下で探っていきましょう。
2. 市場環境分析
まずは所属している市場カテゴリーは顧客の何を解決しているのかを考えてみましょう。
市場定義:顧客のジョブ(Jobs to be Done)
Wantedlyが所属する採用市場・人材マッチング市場において、企業と求職者がそれぞれ解決したいジョブは次のように整理できます。
企業側のジョブ:
- 自社の文化や価値観に合った人材を見つけたい(文化フィット)
- 採用活動の効率を高め、コストを抑えたい(効率化)
- 企業ブランディングを強化したい(ブランディング)
- 通常の採用チャネルでは出会えない人材とつながりたい(人材発掘)
求職者側のジョブ:
- 自分の価値観や情熱に合った職場を見つけたい(価値観マッチング)
- 形式的な面接ではなく、実際の企業文化を体験したい(リアル体験)
- 自分のスキルや経歴だけでなく、人間性や意欲を評価してほしい(全人的評価)
- キャリアの可能性を広げるつながりを作りたい(ネットワーキング)
これらのジョブの中でも特に「価値観マッチング」と「文化フィット」は双方にとって優先度が高く、日本の就職・転職市場において従来満たされていなかったニーズでした。
競合状況
Wantedlyが属する採用・人材マッチング市場における主要プレイヤーとその特徴は以下の通りです:
- 伝統的な求人サイト(リクナビ、マイナビなど):網羅的な求人情報提供が強み、フォーマルな採用プロセス重視
- ビジネス特化型SNS(LinkedIn):プロフェッショナルなつながりとキャリア構築に焦点
- エージェント型転職サービス(リクルートエージェント、doda):キャリアコンサルタントによる個別サポートが強み
- スタートアップ/フリーランス特化型(Forkwell、Crewwなど):特定職種やライフスタイルに特化
POP/POD/POF分析
次に、このカテゴリーで戦って勝っていくために必要な要素を整理していきましょう。
Points of Parity(業界標準として必須の要素):
- 使いやすいユーザーインターフェース
- 基本的な求人情報の網羅性
- 企業と求職者双方のプライバシー保護
- 簡便な応募・選考プロセス
- モバイル対応
Points of Difference(差別化要素):
- 「Visit」を通じたカジュアルなオフィス訪問の仕組み
- 企業文化や価値観を中心としたストーリーテリング
- フォーマルな面接ではなく「会話」を重視したマッチング
- SNS的な機能によるエンゲージメント向上
- 情熱や共感を軸にした独自のマッチングアルゴリズム
Points of Failure(市場参入の失敗要因):
- ユーザー数の臨界量確保の失敗(プラットフォームの両面市場性)
- 低品質な求人情報の氾濫
- セキュリティやプライバシー侵害
- マッチング精度の低さ
- 応募から採用までのプロセス管理の不備
Wantedlyは「カジュアルな出会い」と「価値観マッチング」という差別化要素を強く打ち出すことで、従来の採用市場との明確な差別化に成功しています。
PESTEL分析
次に、この採用市場カテゴリーは各視点で見たときに追い風なのか、向かい風なのかを見ていきましょう。
Political(政治的要因):
- 機会:働き方改革推進による多様な雇用形態の拡大
- 脅威:個人情報保護に関する規制強化
Economic(経済的要因):
- 機会:人材不足を背景とした採用活動の活性化、リモートワークによる地理的制約の緩和
- 脅威:景気後退時の企業の採用予算削減リスク
Social(社会的要因):
- 機会:価値観重視のキャリア選択傾向の強まり、ミレニアル世代・Z世代の台頭
- 脅威:少子高齢化による労働人口の減少
Technological(技術的要因):
- 機会:AIマッチング技術の進化、デジタル面接ツールの普及
- 脅威:プラットフォームビジネスの低い参入障壁による競争激化
Environmental(環境的要因):
- 機会:環境意識の高まりによる企業価値観への注目度上昇
- 脅威:対面コミュニケーション減少による組織文化把握の難化
Legal(法的要因):
- 機会:労働関連法規の透明性向上による情報公開の促進
- 脅威:雇用関連の法規制変更リスク、個人情報保護法の強化
日本の採用市場規模は約1兆円と推定され、特にデジタル人材やエンジニアの需要急増により今後も成長が予想されます。また、副業・兼業の規制緩和も市場の拡大を促進する要因です。これらの環境変化は、価値観マッチングを重視するWantedlyのビジネスモデルに追い風となっています。
3. ブランド競争力分析
続いて、Wantedly自体の強み、弱みは何で、それらが今の外部環境の中でどう活かしていけるのか、いくべきなのかを見ていきましょう。
SWOT分析
Strengths(強み):
- 「情熱」と「価値観」を中心とした差別化された採用アプローチ
- カジュアルな出会いを促進する「Visit」機能の独自性
- 400万人超のユーザーベース
- 4万社以上の企業ネットワーク
- SNS的なUI/UXによる高いエンゲージメント率
- ストーリーベースの企業プロフィール表現
- 上場企業としてのブランド信頼性
Weaknesses(弱み):
- 日本国内市場への依存度の高さ
- 経験豊富なミドル/シニア層の利用者が相対的に少ない
- 情熱・価値観マッチングが重視される職種・業界の偏り
- 一定規模以上の大企業との親和性の課題
- 収益モデルの多様化の遅れ
Opportunities(機会):
- アジア市場を中心とした国際展開の余地
- リモートワーク普及による地理的制約の低減
- ミレニアル世代・Z世代の労働市場における存在感の増大
- 企業文化・価値観重視の採用トレンドの加速
- AIやデータ分析技術の活用によるマッチング精度向上
- 副業・兼業といった多様な働き方への対応
Threats(脅威):
- LinkedInなどのグローバルプラットフォームの日本市場強化
- テクノロジースタートアップによる新規参入の脅威
- 景気後退時の採用予算削減による影響
- 大手人材企業の技術投資による差別化要素の模倣
- プライバシー保護規制の強化による事業制約
クロスSWOT戦略
SO戦略(強みを活かして機会を最大化):
- 価値観マッチングという強みを活かし、多様な働き方を求めるミレニアル/Z世代に訴求を強化
- 既存の企業ネットワークを活用し、海外市場(特にアジア)への展開を加速
- SNS的なUI/UXの強みを活かし、リモートワーク時代のバーチャル企業訪問機能を強化
WO戦略(弱みを克服して機会を活用):
- 経験豊富な人材層を取り込むための特化機能を開発
- 大企業向けカスタマイズ機能の強化により、企業規模の偏りを是正
- AI/データ分析技術の活用によるマッチング精度の向上と収益モデルの多様化
ST戦略(強みを活かして脅威に対抗):
- 国内企業文化への深い理解を活かした日本市場特化の価値提供で競合との差別化を維持
- 強固なユーザーベースを活用したネットワーク効果の強化による参入障壁構築
- プライバシー保護を強みに変える透明性の高い情報管理体制の構築
WT戦略(弱みと脅威の両方を最小化):
- 収益モデルの多様化による景気変動耐性の強化
- 国内市場依存リスク低減のための段階的な国際展開戦略
- 業界・職種の偏りを是正するための垂直特化型サービスの開発
Wantedlyは「価値観マッチング」と「カジュアルな出会い」という強みを活かし、ミレニアル/Z世代を中心とする市場ニーズを捉えています。一方で、収益モデルの多様化や国際展開の加速が今後の課題と言えるでしょう。
4. 消費者心理と購買意思決定プロセス
続いて、Wantedlyの顧客はなぜこのブランドを選ぶのか、その購買行動の構造を複数パターンで見ていきましょう。
オルタネイトモデル分析
パターン1:スキル重視から価値観重視へ転換した求職者
- 行動:Wantedlyで企業のストーリーを閲覧し、共感した企業にVisitを申し込む
- きっかけ:前職でのスキルマッチはあったが、価値観の不一致による不満を感じていた
- 欲求:自分の価値観や情熱に合った企業で働きたい
- 抑圧:「スキルや経験が足りないのではないか」という不安、従来の採用市場の形式主義
- 報酬:カジュアルな企業訪問を通じて企業文化を体験し、本当に自分に合った職場を見つける喜び
パターン2:採用に苦戦するスタートアップ企業
- 行動:従来の採用手法では難しかった優秀な人材との出会いをWantedlyで模索
- きっかけ:大手企業との採用競争での不利、人材紹介料の高コスト
- 欲求:自社のビジョンや価値観に共感する情熱的な人材を見つけたい
- 抑圧:「知名度や給与で大企業に勝てない」という思い込み、採用市場での不利な立場
- 報酬:スキルだけでなく情熱や価値観で人材を引きつける成功体験、採用コスト削減
パターン3:キャリア探索中の学生・第二新卒
- 行動:Wantedlyで様々な企業のストーリーを閲覧、興味を持った複数の企業を訪問
- きっかけ:就職活動の早期化、インターンや職場体験の重要性の認識
- 欲求:将来のキャリアや働き方のイメージを具体化したい
- 抑圧:就活の形式主義への嫌悪感、「何をやりたいかわからない」という不安
- 報酬:気軽に企業訪問できる安心感、実際の職場体験を通じた自己理解の深化
これらのパターンから、Wantedlyは「形式的な採用プロセスへの不満」「価値観マッチングへの渇望」「キャリア探索の自由度向上」という潜在的ニーズに応えていることがわかります。
本能的動機
Wantedlyが刺激する本能的動機を分析します。
生存本能に関連する要素:
- 経済的安定を得るための就業機会の探索
- キャリア構築を通じた社会的地位の確保
- 将来の不確実性に対する備え
- 「自分に合った環境」を見つけることによる精神的安全の確保
生殖本能(社会的・家族的)に関連する要素:
- 社会的なつながりや所属欲求の充足
- 自己の価値や能力の認知・承認
- 共感や共有価値観に基づくコミュニティ形成
- 社会的影響力の拡大
8つの欲望への刺激:
- 安らぐ:価値観の合う職場環境で精神的な安定を得られる安心感
- 進める:キャリアや自己成長の可能性を広げる機会の提供
- 決する:自分のキャリアを主体的に選択する自己決定感
- 有する:専門性やスキル、人的ネットワークの獲得
- 属する:共通の価値観を持つ組織への帰属意識
- 高める:自己価値を高め、社会的な承認を得る機会
- 伝える:自分の情熱や価値観を表現し、共鳴を得る喜び
- 物語る:自分のキャリアを一貫したストーリーとして構築する満足感
Wantedlyは特に「属する」「伝える」「決する」の3つの欲望に強く訴求しています。共通の価値観を持つ組織への帰属、自分の情熱を表現するプラットフォーム、そして主体的なキャリア選択という要素が、ユーザーの本能的動機を刺激し、行動変容を促していると考えられます。
Wantedlyの分析から、人材市場において技術的スキルや経験だけでなく、価値観や情熱といった要素が重要視されるようになっていることが明らかになります。特に「属する」「伝える」「決する」という根源的な欲望に応えるプラットフォームとしての価値が、Wantedlyの差別化要因となっています。
5. ブランド戦略の解剖
これまで整理した情報をもとに結局、Wantedlyはどういう人のどういうジョブに対して、なぜ選ばれているのか、そしてどうその価値を届けているのかをまとめていきます。
Who/What/How分析
パターン1:価値観を重視する求職者
Who(誰に):
- 20〜30代のキャリア志向の若手・中堅層
- 単なる給与や待遇だけでなく、企業の価値観や文化を重視する人材
Who(JOB):
- 自分の価値観や情熱に合った職場を見つけたい
- 形式的な面接ではなく実際の職場環境や社員との交流で企業を知りたい
- スキルや経験だけでなく、人間性や意欲も評価してもらいたい
What(便益):
- カジュアルな企業訪問による実際の職場体験
- 企業のビジョンや価値観を中心としたストーリー理解
- 共感を起点としたマッチング
What(独自性):
- 「Visit」という形式にとらわれない企業訪問の仕組み
- スキルではなく「共感」を軸にしたマッチングアルゴリズム
- SNS的な機能による自然なエンゲージメント
What(RTB):
- 400万人超の登録ユーザー
- 4万社以上の企業ネットワーク
- 成功事例の蓄積と共有
How(プロダクト):
- 企業のストーリーを中心とした直感的なUI/UX
- 「Visit」申し込みの簡便性
- ビジネスプロフィール作成・共有機能
How(コミュニケーション):
- 「はたらくをたのしく」というミッションの体現
- ソーシャルメディアを活用した成功事例の共有
- ストーリーテリングを中心としたコンテンツマーケティング
How(場所):
- モバイルファーストのプラットフォーム設計
- オンライン・オフラインを融合した企業体験
How(価格):
- 求職者は無料で利用可能
- 企業向けに段階的な有料プラン提供
Wantedlyは、「共感」と「カジュアルな出会い」を中心とした独自のポジショニングを確立し、従来の採用市場で満たされていなかった「価値観マッチング」のニーズに応えることで、特に価値観を重視する若手・中堅層から強い支持を集めています。
パターン2:採用に課題を持つ成長企業
Who(誰に):
- スタートアップや成長ステージの中小企業
- 知名度や採用予算に限りがある企業
Who(JOB):
- 自社の価値観やビジョンに共感する人材を見つけたい
- 採用コストを抑えながら質の高いマッチングを実現したい
- 大手企業に対抗できる採用競争力を獲得したい
What(便益):
- 企業文化やビジョンの魅力を伝えるストーリーテリング
- コスト効率の高い採用活動
- スキルだけでなく価値観で人材を引きつける差別化
What(独自性):
- 企業規模ではなくビジョンや価値観で人材を引きつける仕組み
- カジュアルな企業訪問による採用活動の効率化
- データに基づく採用活動の最適化
What(RTB):
- 事業成長につながる採用成功事例
- 企業の採用ブランディング強化実績
- 4万社以上の導入実績
How(プロダクト):
- 企業プロフィール作成・最適化ツール
- 応募者管理・分析機能
How(コミュニケーション):
- 成功企業のケーススタディ共有
- 採用ブランディングの重要性訴求
- 定期的なデータインサイト提供
How(場所):
- オンラインプラットフォーム
- 企業向けセミナー・ワークショップ
How(価格):
- 企業規模や機能に応じた段階的な料金体系
- 初期導入コストの最小化
Wantedlyは、採用競争で不利な立場にある成長企業に対して、「企業規模や知名度に頼らない人材獲得」という独自の価値を提供し、採用市場における差別化要因を創出しています。
成功要因の分解
ブランドのポジショニングと独自価値:
- 「スキルマッチング」ではなく「価値観マッチング」という独自ポジショニング
- 「カジュアルな出会い」を可能にする「Visit」機能の革新性
- 「はたらくをたのしく」というミッションの一貫性
- プラットフォームの両面市場性と強力なネットワーク効果
コミュニケーション戦略の特徴:
- ストーリーテリングを中心としたブランドコミュニケーション
- ユーザー発信のコンテンツ活用(Visit体験談など)
- ワクワク感と親しみやすさを併せ持つトーン&マナー
- コミュニティ形成を促進するSNS的要素
価格戦略と価値提案の整合性:
- 求職者側の無料利用による市場拡大
- 企業規模と機能に応じた段階的な価格設定
- 人材紹介手数料ではなく月額サブスクリプションモデルの採用
- ツール価値とネットワーク価値の両面での価値提供
カスタマージャーニー上の差別化ポイント:
- 認知段階:ミッションと価値観の明確な発信
- 検討段階:企業ストーリーによる情緒的な共感喚起
- 利用段階:カジュアルで直感的なUI/UXによる障壁低減
- 体験段階:Visit機能による実際の職場や社員との交流
- 推薦段階:ユーザー同士のシェアや推薦機能
顧客体験(CX)設計の特徴:
- 「共感」を軸としたユーザーエクスペリエンス
- 「カジュアル」であることの徹底(言葉遣いから機能設計まで)
- SNS的なエンゲージメント促進機能
- 企業と求職者のコミュニケーションフローの最適化
- データ分析に基づく継続的な体験最適化
- 企業と求職者両方の視点を考慮したバランスの取れた設計
- 成功事例の可視化によるプラットフォーム信頼性の向上
見えてきた課題
外部環境からくる課題と対策:
- グローバルプラットフォームとの競争激化
- 課題:LinkedInなどのグローバルプレイヤーの日本市場参入強化
- 対策:日本企業文化への深い理解を活かした差別化、地域特化型機能の強化
- 景気変動による採用市場の収縮リスク
- 課題:不況時の企業の採用予算削減による影響
- 対策:採用以外の企業価値(社内コミュニケーション、ブランディング等)の強化
- 採用市場のデジタル化・自動化の加速
- 課題:AIマッチング技術の進化による差別化要素の希薄化
- 対策:テクノロジーと人間らしさを融合した独自の価値提供、データ活用の高度化
内部環境からくる課題と対策:
- 収益モデルの多様化の必要性
- 課題:企業向けサブスクリプション中心のビジネスモデルの限界
- 対策:データ分析サービス、人材開発ツール等の新規収益源の開発
- ターゲット層の拡大
- 課題:若手・中堅層中心のユーザー構成による市場制約
- 対策:経験豊富なミドル/シニア層向けのカスタマイズ機能の開発
- 海外展開の加速
- 課題:日本市場依存によるグロース天井の存在
- 対策:アジア市場に適合したローカライズ戦略、国別の文化特性を考慮した機能調整
このように、Wantedlyは価値観マッチングとカジュアルな出会いという独自の価値提供で成功を収めてきましたが、収益モデルの多様化や市場拡大が今後の持続的成長に向けた課題となっています。
6. 結論:選ばれる理由の総合的理解
総合的に見て、競合や代替手段がある中でWantedlyはなぜ選ばれるのでしょうか。
消費者にとっての選択理由
機能的側面:
- カジュアルなオフィス訪問による実際の職場体験ができる
- スキルではなく価値観マッチングによる相互理解が深まる
- SNS的な機能によるネットワーキングが容易
- モバイルファーストの直感的なユーザーインターフェース
- 多様な業種・職種の企業との出会いが可能
感情的側面:
- 「はたらくをたのしく」というミッションへの共感
- 企業ストーリーを通じた価値観の共鳴と感情的つながり
- 形式張らないカジュアルさによる心理的安全性
- 自分のキャリアを主体的に選択する自己効力感
- 共感の輪を広げる喜びと発見の興奮
社会的側面:
- 価値観を共有する組織への帰属意識の醸成
- 「これからの働き方」を実践するコミュニティの一員意識
- 情熱や価値観で繋がる人的ネットワークの形成
- キャリア選択における社会的承認
- 従来の採用市場の慣行に対するカウンターカルチャー的共感
市場構造におけるブランドの独自ポジション
Wantedlyは、採用市場において以下のような独自のポジションを確立しています:
- 「スキル」と「価値観」の軸:従来の採用市場が「スキル/経験」を重視するのに対し、「価値観/情熱」を中心軸に据えたポジショニング
- 「フォーマル」と「カジュアル」の軸:従来の面接中心の「フォーマル」な採用プロセスに対する「カジュアル」な出会いの創出
- 「企業」と「個人」の軸:組織としての企業と個人をフラットに繋ぐプラットフォームとしてのポジション
- 「採用」と「コミュニティ」の軸:単なる採用サイトではなく、価値観を共有するコミュニティとしての側面
特に、「価値観マッチング」と「カジュアルな出会い」の掛け合わせが、Wantedlyの最も独自性の高いポジショニングとなっています。
競合や代替手段との明確な独自性
Wantedlyの主な競合や代替手段に対する独自性は以下の通りです:
- 伝統的な求人サイト(リクナビ、マイナビ等)との差別化:
- 企業の価値観やビジョンを中心とした情報提供(vs スキル要件中心)
- カジュアルな企業訪問の仕組み(vs 形式的な面接プロセス)
- SNS的な双方向コミュニケーション(vs 一方的な情報提供)
- ビジネスSNS(LinkedIn等)との差別化:
- 日本の企業文化に特化した設計(vs グローバル標準)
- 「Visit」という実際の対面体験(vs オンライン完結型)
- 「共感」を軸としたマッチング(vs スキル/経験主体)
- 人材紹介サービスとの差別化:
- 企業と求職者の直接コミュニケーション(vs エージェント仲介)
- 固定料金のサブスクリプションモデル(vs 成功報酬型)
- 幅広い出会いの可能性(vs ピンポイントの紹介)
Wantedlyの独自性は、顧客に求められ(共感ベースの採用ニーズの高まり)、トレードオフを伴い(スキルマッチングの精度 vs 価値観マッチング)、短期的には模倣しにくい(プラットフォームとしてのネットワーク効果)要素を備えています。
持続的な競争優位性の源泉
Wantedlyの持続的な競争優位性は、以下の要素から生まれています:
- ネットワーク効果:企業と求職者の双方が増えることで、プラットフォームの価値が指数関数的に向上する両面市場の特性
- データの蓄積と学習:企業と求職者のマッチングデータの蓄積による継続的な精度向上と、そこから得られる独自のインサイト
- ブランド資産:「はたらくをたのしく」というミッションと、カジュアルで親しみやすいブランドイメージの確立
- 日本市場における理解と適応:日本特有の採用文化への深い理解と、それに適合したプロダクト設計
- コミュニティとエンゲージメント:単なるツールではなく、共感に基づくコミュニティとしての発展性
- 顧客成功事例の蓄積:成功体験の共有による信頼性の向上と新規ユーザーの獲得促進
7. マーケターへの示唆
我々マーケターはWantedlyの成功例から何を学べるのでしょうか。
再現可能な成功パターン
- 「軸の転換」によるマーケット再定義
Wantedlyは採用市場の軸を「スキル/経験」から「価値観/情熱」へと転換することで、新たな市場空間を創造しました。この「軸の転換」というアプローチは、多くの産業で応用可能です。 実践ステップ:- 業界の常識となっている評価軸や選択基準を特定する
- その軸とは異なる、しかし顧客にとって重要な新たな軸を見出す
- 新しい軸で自社の価値提供を再構築し、ポジショニングを確立する
- 「カジュアル化」による参入障壁低減
Wantedlyは採用活動という従来「フォーマル」だった活動を「カジュアル」にすることで、双方の心理的障壁を下げ、市場を拡大しました。 実践ステップ:- 顧客の体験における「フォーマル」で障壁となっている要素を特定
- それらをより「カジュアル」に再設計し、心理的障壁を低減
- シンプルかつ直感的なUIと言葉遣いで体験全体を一貫させる
- 「両面市場」の早期臨界点達成戦略
Wantedlyはプラットフォームビジネスにおいて、企業と求職者双方の価値を同時に高める「両面市場」の構築に成功しました。 実践ステップ:- 市場の両面(提供者と利用者)のバランスを戦略的に管理
- 初期段階では片方の市場に無料価値を提供し、もう片方から収益化
- ネットワーク効果を加速するための「バイラル機能」の組み込み
- 「ストーリーテリング」を核としたブランディング
Wantedlyは企業の「ストーリー」を中心に据えたブランディングアプローチにより、情緒的なつながりを創出しています。 実践ステップ:- 製品/サービスの機能やスペックではなく「なぜ」を伝えるコンテンツ設計
- ユーザーが自らの物語を表現・共有できる仕組みの提供
- ミッションや価値観を一貫して体現するブランド体験の構築
業界・カテゴリーを超えて応用できる原則
- 「共感」を核とした顧客体験設計
Wantedlyの成功は、機能的価値以上に「共感」という情緒的価値を中心に据えた設計にあります。これは多くの業界で応用可能です。- 応用例:
- B2Bサービス:機能や価格だけでなく、企業理念や使命への共感を喚起
- 小売業:商品の機能的メリットだけでなく、ライフスタイルや価値観との接点を強調
- 教育サービス:知識習得だけでなく、受講者の目指す自己像や世界観との接続
- 応用例:
- 「双方向性」による顧客エンゲージメント強化
Wantedlyは一方的な情報提供ではなく、企業と求職者の双方向コミュニケーションを促進する設計により、エンゲージメントを高めています。- 応用例:
- メディア:読者がコンテンツに反応・貢献できる参加型の仕組み
- 金融サービス:一方的なアドバイスではなく、対話を通じた最適解導出
- ヘルスケア:患者と医療提供者の双方向コミュニケーション促進
- 応用例:
- 「カテゴリー創造」によるブルーオーシャン戦略
Wantedlyは「ソーシャルリクルーティング」という新たなカテゴリーを創造し、既存市場との差別化を図りました。- 応用例:
- 既存産業の境界を再定義する新たな価値提案
- 異なる産業の要素を組み合わせたハイブリッドサービス
- 顧客の潜在ニーズに応える新たな解決策の提示
- 応用例:
- 「普段使い」を促進するエンゲージメント戦略
Wantedlyは採用活動という「非日常」をより「日常的」なコミュニケーションに近づけることで、プラットフォームの利用頻度を高めています。- 応用例:
- 金融サービス:特別なライフイベント時だけでなく日常的に接点を持つ設計
- 高額商品:購入前後の日常的なエンゲージメントを創出
- 専門サービス:敷居を下げ、より頻繁に活用してもらえる仕組み
- 応用例:
Wantedlyの事例は、テクノロジーの力を活用しつつも、根底にある人間の「共感」「つながり」「自己実現」といった普遍的欲求に応えることの重要性を教えてくれます。どんな業界であっても、顧客の深層心理を理解し、それに応える体験を設計することが、持続的な成功の鍵と言えるでしょう。
8. まとめ
Wantedlyが企業と求職者から選ばれる理由について、多角的な分析を行ってきました。その主要なポイントは以下の通りです:
- 価値観マッチングというパラダイムシフト:Wantedlyは採用市場の軸を「スキル/経験」から「価値観/情熱」へと転換し、新たな市場空間を創造しました。
- カジュアルな出会いの創出:「Visit」機能による心理的障壁の低減と、実際の職場体験を通じた相互理解の促進が強い差別化要因となっています。
- 両面市場のネットワーク効果:企業と求職者という両面の価値を同時に高めるプラットフォーム設計により、強力なネットワーク効果を生み出しています。
- ストーリーベースのエンゲージメント:機能や情報だけでなく、「なぜ」を伝えるストーリーテリングを中心とした体験設計が情緒的なつながりを生み出しています。
- 「属する」「伝える」「決する」欲望への訴求:人間の根源的な欲望、特に社会的つながりや自己表現、自己決定に関する欲望に強く訴求することで、深い顧客ロイヤルティを獲得しています。
- 一貫したミッションと体験:「はたらくをたのしく」というミッションを、UIからコミュニケーションまで一貫して体現することで、ブランド価値を強化しています。
- 継続的な進化と拡張:国内基盤の強化とアジア市場への展開、プロダクトの多様化など、常に進化を続けることで市場の変化に対応しています。
今後、マーケターとして自社のブランド価値を高める際には、単なる機能的優位性だけでなく、顧客の深層心理や本能的動機に訴える価値提供を意識し、それを一貫した体験として設計することが重要です。Wantedlyの事例は、技術革新の時代においても、人間の「共感」や「つながり」という根源的欲求に応えることの普遍的な重要性を示しています。
どのような業界であっても、自社の独自性を「顧客が求めるジョブ(解決したい課題)」に対する革新的な解決策として位置づけ、一貫したブランド体験として提供することで、持続的な競争優位性を構築することができるでしょう。