はじめに
マーケティング担当者の皆さん、こんな経験はありませんか?自社製品やサービスの優れた機能や特徴を懸命にアピールしているのに、なかなか顧客の心に響かない。あるいは、競合他社と比べて明らかに優位性があるはずなのに、顧客がその価値を正当に評価してくれない。
これらの課題の根底には、「価値は周りとの比較で判断される」という重要な原則が隠れています。本記事では、この原則を深く理解し、それを自社のマーケティング戦略に活かす方法を探ります。
顧客が感じる価値とは
顧客が感じる価値とは、単に製品やサービスの機能や品質だけではありません。それは顧客の期待、経験、そして周囲の状況との相互作用によって形成されるものです。
価値には主に以下の4つの要素があります:
- 機能的価値:製品やサービスの実用的な機能や性能
- 感情的価値:使用や所有による感情的な満足感
- 社会的価値:他者からの評価や社会的地位
- 経済的価値:金銭的なメリットや節約
これらの価値は、常に顧客の主観的な判断によって決まります。そして、その判断の基準となるのが「比較」なのです。つまり商品自体の価値ではなく、比較価値で選んでいるのです。
価値の感じ方:比較の重要性
価値は周りとの比較で判断される
人間の脳は、絶対的な価値を判断するのが苦手です。代わりに、私たちは常に何かと比較することで価値を判断しています。これは行動経済学の分野で「アンカリング効果」として知られています。
例えば、1万円のTシャツが高いか安いかは、それだけでは判断できません。しかし、通常5千円で売られているTシャツと比べれば「高い」と感じ、2万円のTシャツと比べれば「安い」と感じるでしょう。
比較が少ないと不合理になる
比較対象が少ない場合、人は不合理な判断をしがちです。これは「コンテキスト効果」と呼ばれる現象です。
ダン・アリエリー教授の有名な実験では、The Economistの購読オプションとして以下の3つが提示されました:
- オンライン版のみ:$59
- プリント版のみ:$125
- オンライン版とプリント版のセット:$125
この場合、多くの人が3番目のオプションを選びました。しかし、2番目のオプションを除いた場合、1番目のオプションを選ぶ人が増えました。これは、2番目のオプションが「デコイ」として機能し、3番目のオプションの価値を相対的に高く見せていたためです。
出典:https://www.behavioraleconomics.com/resources/mini-encyclopedia-of-be/decoy-effect
企業はどう活用するべきか
価値の相対性を理解した上で、企業は以下のような戦略を採用できます:
- 適切な比較対象の提示
- 価格設定の工夫
- 製品ラインナップの戦略的構成
- コンテキストの操作
適切な比較対象の提示
自社製品やサービスの価値を最大限に引き出すためには、適切な比較対象を顧客に提示することが重要です。これは必ずしも競合他社の製品である必要はありません。
例えば、高級腕時計ブランドのPatek Philippeは、「You never actually own a Patek Philippe. You merely look after it for the next generation.(パテック・フィリップを所有することはできません。次の世代のために預かるだけです)」というキャッチフレーズを使用しています。これは、腕時計を単なる時計としてではなく、世代を超えて受け継がれる価値ある遺産として位置づけることで、他の高級品や投資対象と比較させる戦略です。
出典:https://www.patek.com/en/company/values
価格設定の工夫
価格設定は、顧客の価値認識に大きな影響を与えます。「プライスライニング」と呼ばれる手法を使用することで、顧客の比較思考を誘導し、より高い価値を感じさせることができます。
例えば、アップルのiPhoneシリーズでは、複数のモデルを同時に販売することで、顧客に比較の機会を提供しています。最新の最高級モデルは、他のモデルと比較することで、その価値がより際立つようになっています。
出典:https://www.apple.com/jp/iphone
製品ラインナップの戦略的構成
製品ラインナップを戦略的に構成することで、顧客の比較思考を誘導し、特定の製品の価値を高めることができます。
例えば、日本の化粧品ブランド「SK-II」は、高価格帯の製品を中心に展開していますが、それよりもさらに高価格の製品も用意しています。これにより、主力製品の価値が相対的に高く感じられるようになっています。
コンテキストの操作
製品やサービスを提示する際のコンテキスト(文脈)を操作することで、顧客の価値認識を変えることができます。
例えば、高級ホテルチェーンのリッツ・カールトンは、「We are Ladies and Gentlemen serving Ladies and Gentlemen.(私たちは紳士淑女に仕える紳士淑女です)」というモットーを掲げています。これにより、単なるホテルサービスではなく、上流社会の一員としての体験を提供するというコンテキストを作り出しています。
出典:https://www.ritzcarlton.com/
事例
成功事例:ドミノ・ピザの「30分以内お届け」
ドミノ・ピザは、1980年代に「30分以内にお届けできなければ無料」というキャンペーンを展開しました。これは、ピザの味や価格ではなく、「スピード」という新しい価値基準を導入することで、競合他社との差別化を図ったものです。
結果として、ドミノ・ピザは急速に成長し、ピザデリバリー市場でのリーダーの地位を確立しました。このキャンペーンは、顧客に新しい比較基準を提供することで、自社の価値を高めることに成功した好例といえます。
失敗事例:JCペニーの「フェア・アンド・スクエア」戦略
2012年、米国の小売チェーンJCペニーは、従来のセールや割引を廃止し、「フェア・アンド・スクエア(公平で正直な)」価格戦略を導入しました。これは、常に低価格を提供することで、顧客に「本当の価値」を提供しようとする試みでした。
しかし、この戦略は大失敗に終わりました。顧客は「セール」や「割引」という比較基準を失い、JCペニーの価格が本当に安いのかどうかを判断できなくなったのです。結果として、売上は急激に落ち込み、CEOの交代を余儀なくされました。
この事例は、顧客が価値を判断する際の比較基準の重要性を示しています。
出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/J.C.%E3%83%9A%E3%83%8B%E3%83%BC
成功のコツ
- 顧客の比較思考を理解し、それを活用する
- 適切な比較対象を戦略的に提示する
- 価格設定やプロモーションで比較を誘導する
- 製品ラインナップを通じて価値の階層を作る
- 顧客にとって重要な価値基準を新たに創造する
失敗する原因
- 顧客の比較思考を無視する
- 不適切な比較対象を提示する
- 価格や価値の透明性を過度に追求する
- 競合他社との差別化ポイントを明確にしない
- 顧客にとって重要でない価値基準にこだわる
まとめ
価値の相対性を理解し、顧客の比較思考を味方につけることは、効果的なマーケティング戦略の鍵となります。以下に、本記事のkey takeawaysをまとめます:
- 顧客が感じる価値は、常に周りとの比較で判断される
- 比較対象が少ないと、顧客の判断は不合理になりがち
- 適切な比較対象の提示、価格設定の工夫、製品ラインナップの戦略的構成、コンテキストの操作が重要
- 成功事例(ドミノ・ピザ)と失敗事例(JCペニー)から学ぶ
- 顧客の比較思考を理解し、それを活用することが成功のカギ
- 顧客にとって重要な価値基準を無視したり、不適切な比較対象を提示したりすることは失敗の原因となる
これらの原則を理解し、自社のマーケティング戦略に適用することで、顧客により高い価値を感じてもらい、ビジネスの成功につなげることができるでしょう。