【半導体製造装置トップ企業】東京エレクトロン決算から見える、AI時代のマーケティング勝ちパターン - 勝手にマーケティング分析
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【半導体製造装置トップ企業】東京エレクトロン決算から見える、AI時代のマーケティング勝ちパターン

東京エレクトロン 商品を勝手に分析
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はじめに:なぜ今、半導体製造装置メーカーの決算に注目すべきなのか

「AI」「半導体」というキーワードが飛び交う2025年。でも、実際にその波に乗れている企業とそうでない企業の違いって何でしょうか?

東京エレクトロン(以下、TEL)の2025年3月期決算は、売上高2兆4,315億円、営業利益6,973億円と過去最高を記録しました。しかしその3ヶ月後、2026年3月期の業績予想は下方修正されました。この急激な変化の背景には、B2B市場特有の「顧客の投資サイクル」という大きな波があります。

マーケターとして知っておくべきは、「なぜ過去最高益を出した企業が、わずか数ヶ月後に見通しを下げるのか」という点です。ここには、市場の変化を先読みし、顧客と共に成長するためのヒントが詰まっています。


東京エレクトロンってどんな会社?企業概要と事業の全体像

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事業領域:半導体の"製造装置"を作る会社

東京エレクトロンは、半導体を作るための製造装置を開発・販売している企業です。スマホやパソコンに入っている半導体チップそのものを作るのではなく、そのチップを製造するための「道具」を提供しています。

具体的には、以下のような装置を扱っています。

製品カテゴリ主な用途世界シェア
コータ/デベロッパフォトレジスト(感光剤)の塗布・現像92%
エッチング装置回路パターンの削り込み27%
成膜装置薄膜の形成28%
洗浄装置ウェーハの洗浄21%
ウェーハプローバ半導体チップの検査38%
ウェーハボンダーウェーハの接合32%

特にコータ/デベロッパでは圧倒的なシェアを持ち、「この工程ではTEL一択」という状況を作り出しています。

顧客は誰?B2Bならではの市場構造

TELの主要顧客は、半導体メーカーです。具体的には以下のような企業群になります。

  • ファウンドリ(受託製造): TSMC、Samsungなど
  • メモリメーカー: Samsung、SK hynix、Micronなど
  • IDM(垂直統合型): Intel、中国の半導体メーカーなど

つまり、TELにとっての「市場」とは、これらの企業が設備投資にいくら使うかで決まります。一般消費者向けのマーケティングとは全く異なり、顧客数は限定的ですが、1件あたりの取引額は数百億円規模になることもあります。


FY2025通期決算:過去最高を記録した「勝因」を分解する

業績サマリー:すべての指標で過去最高を達成

2025年3月期(2024年4月〜2025年3月)の業績は以下の通りでした。

指標FY2024FY2025前期比
売上高1兆8,305億円2兆4,315億円+32.8%
売上総利益8,302億円1兆1,462億円+38.1%
営業利益4,562億円6,973億円+52.8%
当期純利益3,639億円5,441億円+49.5%
売上総利益率45.4%47.1%+1.7pt
営業利益率24.9%28.7%+3.8pt

特に注目すべきは、売上総利益が初めて1兆円を突破したこと、そして営業利益率が30%近い水準に達したことです。これは製造業としては極めて高い収益性を示しています。

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マーケティング観点での注目点①:HBM特需を完全に捉えた製品ポートフォリオ

なぜこれほど売上が伸びたのでしょうか?

最大の要因は、HBM(High Bandwidth Memory)と呼ばれる高性能メモリ向けの需要急増です。HBMは、AI処理に使われるGPU(NVIDIAなど)に搭載される必須部品で、従来のDRAMと比べて製造工程が複雑になります。

TELは、この複雑な工程に対応できる装置群をすでに保有していました。具体的には以下のような製品です。

  • エッチング装置: DRAM Capacitor工程で大手顧客を独占
  • ウェーハボンダー: HBM製造に不可欠なテンポラリーボンダー/デボンダーの需要が大幅増
  • プローバ: 先端ロジック向け投資拡大の潮流を捉えた

アプリケーション別の売上構成を見ると、DRAM向けが前期比+59%と大きく伸びており、全体の売上構成比も31%まで拡大しました。これは、市場のニーズ変化に対応できる製品ラインナップを事前に整えていたことの成果です。

マーケティング観点での注目点②:顧客の「勝ちパターン」に自社製品を組み込む戦略

半導体製造装置の世界では、POR(Process of Record)と呼ばれる概念が重要になります。これは、顧客の製造プロセスにおいて「この工程ではこの装置を使う」と認定されることを指します。

一度PORを獲得すると、その顧客が生産を拡大する限り、継続的に装置を購入してもらえます。つまり、「顧客の成長=自社の成長」という構造を作れるのです。

FY2025では、以下のようなPOR獲得が報告されています。

  • DRAM Capacitor工程で大手顧客を独占
  • NAND Channel工程(極低温Etch)で新規獲得
  • ロジック・HBM向け先端パッケージ配線工程で採用

これは、単に「良い製品を作った」だけでなく、顧客の競争力強化に直結する技術を提供できたことを意味します。B2Bマーケティングにおいて、この「顧客の成功を支援する」という視点は極めて重要です。

マーケティング観点での注目点③:地域別戦略の巧みさ

TELの地域別売上構成を見ると、興味深い変化が起きています。

地域FY2024FY2025増減
中国8,133億円(44%)1兆150億円(42%)+2,017億円
韓国2,844億円(16%)4,090億円(17%)+1,246億円
台湾2,055億円(11%)4,106億円(17%)+2,051億円
北米1,681億円(9%)2,429億円(10%)+748億円
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中国市場は依然として最大の売上源ですが、その比率は微減しています。一方で、韓国と台湾での売上が大きく伸びました。これは、HBM生産を強化している韓国のSamsungやSK hynix、先端ロジック製造を拡大している台湾のTSMCへの装置供給が増えたことを反映しています。

つまり、TELは「成長する顧客がいる地域」に経営資源を集中させることで、効率的に売上を拡大しました。これは、限られたリソースを最大限活用するB2Bマーケティングの好例です。


FY2026 Q1決算と通期予想修正:市場の変化にどう対応したか

Q1実績:計画通りも、市場環境に変化の兆し

注目の2026年3月期の第1四半期(2025年4月〜6月)が発表され、業績は以下の通りでした。

指標FY2025 Q1FY2026 Q1前年同期比
売上高5,550億円5,495億円-1.0%
営業利益1,657億円1,446億円-12.7%
営業利益率29.9%26.3%-3.6pt

売上高はほぼ横ばいですが、営業利益率は若干低下しました。これは、研究開発費を前年同期比+16.3%増の621億円に引き上げた影響が大きいです。

通期予想の下方修正:その背景にあるもの

2025年7月31日、TELは2026年3月期の通期業績予想を以下のように修正しました。

指標4月時点予想修正後予想修正額
売上高2兆6,000億円2兆3,500億円-2,500億円
営業利益7,270億円5,700億円-1,570億円
営業利益率28.0%24.3%-3.7pt
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なぜ、わずか3ヶ月で2,500億円もの下方修正が必要になったのでしょうか?

その理由は、顧客の設備投資計画の変更にあります。具体的には以下のような動きが確認されました。

  • 先端ロジック顧客の一部が設備投資を見直し
  • 中国の新興半導体メーカーによるレガシー投資の縮小
  • NAND市場での需給バランスを慎重に見た投資計画の変更
  • HBM需要は旺盛ですが、生産技術と歩留まり向上により投資計画を見直し
  • DRAMでDDR4からDDR5への全量切り替えタイミングが遅延

これらはすべて、顧客が「先行投資から着実な投資へ」とスタンスを変えたことを示しています。

マーケターが学ぶべきポイント:市場の「空気」を読む力

半導体市場では、顧客の投資判断が短期間で大きく変わることがあります。これは、以下のような要因が複雑に絡み合うためです。

  • 技術革新のスピード: 新しい製造技術が登場すると、既存の装置が陳腐化します
  • 需給バランス: 半導体価格の変動が、設備投資の意欲に直結します
  • 地政学リスク: 米中対立などが、投資計画に影響を与えます

TELは、こうした変化をいち早く察知し、3ヶ月という早いタイミングで予想を修正しました。これは、顧客との密なコミュニケーションがあってこそ可能なことです。

B2Bマーケティングでは、「顧客の投資判断に影響を与える要因」を常にモニタリングすることが重要になります。売上予測は、過去の実績だけでなく、こうした外部環境の変化を織り込んで立てる必要があります。


マーケターが学べる3つの戦略ポイント

①市場の「勝ち馬」を見極め、そこに経営資源を集中する

TELの成功の鍵は、HBMという成長市場を早期に特定し、そこに製品開発と営業リソースを集中させたことにあります。

2025年時点で、AIサーバー向け半導体の需要は急拡大しています。GPUに搭載されるHBMは、2年後には容量が4倍、トランジスタ数が2.5倍になると予測されています。TELは、この成長を見越して、HBM製造に必要な装置群を事前に整えていました。

マーケティングの示唆:
市場全体が成長していても、その中で「特に伸びるセグメント」を見極めることが重要です。限られたリソースを分散させるのではなく、成長性の高い領域に集中投資することで、効率的に売上を拡大できます。

②顧客の「成功」を支援する製品・サービスを提供する

TELの装置を導入した顧客は、より高性能な半導体を効率的に製造できるようになります。つまり、TELの製品は、顧客の競争力を高めるものです。

POR獲得という仕組みも、「顧客の製造プロセスに深く入り込む」ことで、長期的な関係を構築しています。これは、単なる製品販売ではなく、**「顧客の成功を共に作る」**というスタンスです。

マーケティングの示唆:
B2Bマーケティングでは、「自社製品がいかに優れているか」をアピールするだけでは不十分です。「顧客のビジネスにどんな価値を提供できるか」を明確に示し、顧客の成長を支援する姿勢が求められます。

③市場の変化を先読みし、柔軟に戦略を修正する

TELは、Q1決算発表のタイミングで、通期予想を2,500億円下方修正しました。これは一見ネガティブに見えますが、実は「市場の変化を早期に察知し、現実的な目標を再設定した」という積極的な行動です。

無理な目標を掲げ続けるのではなく、市場環境に合わせて柔軟に計画を見直すことで、投資家や社内の信頼を維持しています。

マーケティングの示唆:
市場環境は常に変化します。当初の計画に固執するのではなく、定期的に市場動向をモニタリングし、必要に応じて戦略を修正する柔軟性が重要です。特にB2B市場では、顧客の投資判断が自社の売上に直結するため、顧客とのコミュニケーションを密にし、変化の兆しを早期に捉える必要があります。


まとめ:東京エレクトロンから学ぶ、B2Bマーケティングの勝ち方

東京エレクトロンの決算から見えてきたのは、以下のようなマーケティング戦略です。

学びのポイント具体的な施策例自社への応用方法
成長市場への集中HBM向け装置の開発強化市場全体ではなく、特に伸びるセグメントを特定し、そこにリソースを集中させる
顧客の成功支援POR獲得による長期関係構築自社製品が顧客のビジネスにもたらす価値を明確化し、顧客の競争力強化を支援する
柔軟な戦略修正3ヶ月で通期予想を修正定期的に市場動向をモニタリングし、環境変化に応じて戦略を見直す
地域別戦略の最適化成長顧客がいる韓国・台湾にフォーカス限られたリソースを、最も成長性の高い地域・顧客に集中させる
長期的な研究開発投資FY2026も3,000億円規模の研究開発費を計画短期的な利益だけでなく、将来の成長に向けた投資を継続する

key takeaways(重要なポイント)

  • 市場の「勝ち馬」を見極め、そこに集中投資することが、効率的な成長の鍵になります
  • 顧客の成功を支援する姿勢が、長期的な関係構築とPOR獲得につながります
  • 市場環境の変化を早期に察知し、柔軟に戦略を修正することで、信頼を維持できます
  • 地域別の戦略最適化により、限られたリソースで最大の成果を上げられます
  • 短期的な業績変動に動じず、長期的な研究開発投資を継続することが、将来の競争力を支えます

TELの決算は、単なる数字の羅列ではなく、B2B市場で勝ち続けるための戦略の宝庫です。自社のマーケティング戦略を見直す際の参考にしてください。


参考資料:

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この記事を書いた人
tomihey

本ブログの著者のtomiheyです。失敗から学び続けてきたマーケターです。
BtoB、BtoC問わず、デジタルマーケティング×ブランド戦略の領域で14年間約200ブランド(分析数のみなら500ブランド以上)のマーケティングに関わり、「なぜあの商品は売れて、この商品は売れないのか」の再現性を見抜くスキルが身につきました。
本ブログでは「理論は知ってるけど、実際どうやるの?」というマーケターの悩みを解決するノウハウや、実際のブランド分析事例を紹介しています。
現在はマーケティング戦略/戦術の支援も実施していますので、詳しくは下記リンクからご確認ください。一緒に「売れる理由」を解明していきましょう!

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