はじめに
ビジネスの成功には、市場規模を正確に把握し、適切な戦略を立てることが不可欠です。しかし、多くのマーケターは、市場規模の分析方法や、その結果をどのようにビジネスに活かすべきか悩んでいます。本記事では、市場規模分析の重要なフレームワークであるTAM SAM SOMについて詳しく解説し、その活用方法を具体的に紹介します。
TAM SAM SOMを理解し、適切に活用することで、以下のような課題を解決できます:
- 市場の全体像と自社のポジションを明確に把握できる
- 実現可能な売上目標を設定できる
- 投資家や経営陣に対して、ビジネスの潜在性を説得力のある形で提示できる
- 効果的なマーケティング戦略を立案できる
本記事を通じて、TAM SAM SOMの概念を深く理解し、実際のビジネスシーンでの活用方法を学ぶことで、より戦略的なマーケティングアプローチを実現できるでしょう。
TAM SAM SOMとは
TAM SAM SOMは、市場規模を段階的に分析するフレームワークです。それぞれの略称の意味は以下の通りです:
略称 | 正式名称 | 意味 |
---|---|---|
TAM | Total Addressable Market | 全体の市場規模 |
SAM | Serviceable Available Market | 実際にサービス提供可能な市場規模 |
SOM | Serviceable Obtainable Market | 現実的に獲得可能な市場規模 |
これらの概念を詳しく見ていきましょう。
TAM(Total Addressable Market)
TAMは、ビジネスが理論上到達可能な最大の市場規模を指します。製品やサービスの潜在的な需要がある全ての顧客を含みます。
TAMの特徴:
- 地理的制限や競合他社の存在を考慮しない
- 長期的なビジョンや成長の可能性を示す指標として使用される
- 投資家に対して、ビジネスの潜在的な規模を示すのに有効
SAM(Serviceable Available Market)
SAMは、TAMの中で実際にサービスを提供できる市場規模を指します。自社の製品やサービスの特性、地理的制限、技術的制約などを考慮します。
SAMの特徴:
- 自社の現在の能力や制約を反映した、より現実的な市場規模
- 中期的な事業計画の基礎となる
- マーケティング戦略の立案に重要な指標
SOM(Serviceable Obtainable Market)
SOMは、SAMの中で現実的に獲得可能な市場規模を指します。競合他社の存在や自社の市場シェア、短期的な事業計画などを考慮します。
SOMの特徴:
- 最も現実的で、短期的な売上目標の設定に使用される
- 具体的なマーケティング施策や販売戦略の立案に直結する
- 事業の実現可能性を評価する上で重要な指標
TAM SAM SOMの計算方法
TAM SAM SOMの計算方法には、主にトップダウンアプローチとボトムアップアプローチの2つがあります。それぞれの特徴と適用シーンを見ていきましょう。
トップダウンアプローチ
トップダウンアプローチは、大きな市場全体から始めて、段階的に自社に関連する部分を絞り込んでいく方法です。
ステップ | 内容 | 例(スマートフォンアクセサリー事業) |
---|---|---|
1. TAMの算出 | 全体の市場規模を特定 | 世界のスマートフォンユーザー数 × 平均アクセサリー支出 |
2. SAMの算出 | 地理的・技術的制約を考慮 | 日本のスマートフォンユーザー数 × 平均アクセサリー支出 |
3. SOMの算出 | 競合や自社の能力を考慮 | SAM × 予想市場シェア(例:5%) |
トップダウンアプローチの特徴:
- 大規模な市場データが利用可能な場合に適している
- 全体像を把握しやすい
- 詳細な顧客セグメントの違いを見落とす可能性がある
ボトムアップアプローチ
ボトムアップアプローチは、個別の顧客セグメントや製品カテゴリーから積み上げて市場規模を算出する方法です。
ステップ | 内容 | 例(オンライン英会話サービス) |
---|---|---|
1. SOMの算出 | 現実的な顧客数を推定 | 初年度の獲得可能顧客数 × 平均単価 |
2. SAMの算出 | 潜在的な顧客セグメントを追加 | 日本の英語学習者数 × 平均単価 |
3. TAMの算出 | 関連市場や将来の拡張可能性を考慮 | グローバルの語学学習市場規模 |
ボトムアップアプローチの特徴:
- 新規事業や特定のニッチ市場に適している
- 詳細な顧客理解に基づいた精度の高い推定が可能
- 全体の市場規模を過小評価する可能性がある
実際の分析では、両方のアプローチを組み合わせて使用し、結果を比較検証することで、より信頼性の高い市場規模推定を行うことができます。
ビジネスで活用できる5つのシーン
TAM SAM SOM分析は、ビジネスの様々な場面で活用できます。主な活用シーンと、その具体的な方法を見ていきましょう。
1. 事業計画の立案
TAM SAM SOM分析は、事業計画を立案する際の基礎となります。
活用ポイント | 詳細 |
---|---|
成長戦略の策定 | TAMを基に長期的な成長可能性を評価し、SAMとSOMを基に段階的な成長戦略を立てる |
リソース配分 | SOMの規模に応じて、初期の人員配置や予算配分を決定する |
マイルストーンの設定 | SOMからSAM、最終的にTAMへの拡大を見据えた具体的なマイルストーンを設定する |
2. 投資家向けプレゼンテーション
スタートアップ企業や新規事業の立ち上げ時に、投資家に対してビジネスの潜在性を示す際に有効です。
活用ポイント | 詳細 |
---|---|
市場の魅力度提示 | TAMの大きさを示すことで、ビジネスの長期的な成長ポテンシャルを訴求する |
現実的な成長計画 | SAMとSOMを基に、段階的な成長計画と必要な投資額を説明する |
リスク評価 | TAMとSAM、SOMの差を説明することで、リスクと機会を明確に示す |
3. マーケティング戦略の立案
効果的なマーケティング戦略を立てる際の指針として活用できます。
活用ポイント | 詳細 |
---|---|
ターゲット設定 | SOMを基に、初期のターゲット顧客を明確に定義する |
チャネル選択 | SAMの特性を考慮し、最適なマーケティングチャネルを選択する |
メッセージング戦略 | TAM、SAM、SOMの各層に適したメッセージングを策定する |
4. 製品開発の方向性決定
新製品の開発や既存製品の改良の方向性を決める際の指針として活用できます。
活用ポイント | 詳細 |
---|---|
機能優先順位付け | SOMの顧客ニーズを深く分析し、優先的に開発すべき機能を決定する |
拡張性の検討 | SAMやTAMを考慮し、将来的な製品拡張の可能性を検討する |
価格戦略 | SAMとSOMの規模と特性を基に、適切な価格帯を設定する |
5. 競合分析
競合他社との比較や、自社の競争優位性を評価する際にも活用できます。
活用ポイント | 詳細 |
---|---|
市場ポジショニング | SAMにおける自社と競合他社の位置づけを明確にする |
差別化戦略 | TAMからSAM、SOMへの絞り込みプロセスを競合と比較し、差別化ポイントを見出す |
成長機会の特定 | 競合が注目していないTAMの一部を特定し、新たな成長機会を見出す |
これらの活用シーンを意識しながらTAM SAM SOM分析を行うことで、より戦略的かつ実践的なビジネス展開が可能になります。
TAM SAM SOMの算出ステップ
TAM SAM SOMを算出する具体的なステップを、架空の「健康的な宅配食サービス」を例に説明します。(トップダウンアプローチ)
ステップ1:市場の定義
まず、自社のビジネスが属する市場を明確に定義します。
例:「健康志向の働く世代向け宅配食サービス市場」
ステップ2:TAMの算出
全体の市場規模を推定します。この段階では、幅広い視点で潜在的な顧客を考慮します。
計算例:
- 日本の労働人口:約6,700万人
- そのうち健康に関心がある人の割合:60%
- 1人あたりの年間食事代:約30万円
TAM = 6,700万人 × 60% × 30万円 = 12兆600億円
ステップ3:SAMの算出
TAMから、実際にサービス提供可能な市場規模を絞り込みます。
計算例:
- 大都市圏(東京、大阪、名古屋)の労働人口:約2,500万人
- そのうち健康に関心がある人の割合:60%
- 宅配食サービスを利用する可能性がある人の割合:30%
- 1人あたりの年間宅配食支出:約15万円
SAM = 2,500万人 × 60% × 30% × 15万円 = 6,750億円
ステップ4:SOMの算出
SAMから、現実的に獲得可能な市場規模を推定します。
計算例:
- 初年度の想定市場シェア:2%
SOM = 6,750億円 × 2% = 135億円
ステップ5:データの検証
算出した数値の妥当性を、複数の情報源や専門家の意見を基に検証します。
例:
- 業界レポートとの比較
- 類似サービスの売上データ分析
- 顧客アンケート調査の実施
ステップ6:シナリオ分析
楽観的、中立的、悲観的なシナリオを想定し、それぞれのTAM SAM SOMを算出します。
シナリオ | TAM | SAM | SOM |
---|---|---|---|
楽観的 | 15兆円 | 8,000億円 | 200億円 |
中立的 | 12兆円 | 6,750億円 | 135億円 |
悲観的 | 10兆円 | 5,500億円 | 80億円 |
ステップ7:定期的な見直し
市場環境の変化や自社の成長に合わせて、定期的にTAM SAM SOMの数値を見直します。
例:
- 四半期ごとにSOMの実績を確認
- 半年ごとにSAMの再計算
- 年1回TAMの再評価
これらのステップを丁寧に実行することで、より信頼性の高いTAM SAM SOM分析を行うことができます。また、この過程で得られた市場に関する深い洞察は、ビジネス戦略の立案や意思決定の質を向上させるでしょう。
具体的な商品の例
TAM SAM SOM分析をより具体的に理解するために、実際の商品を例に取り上げて解説します。ここでは、「スマート家電制御アプリ」を例に、TAM SAM SOMの算出プロセスを詳しく見ていきましょう。
商品概要:スマート家電制御アプリ
- 機能:スマートフォンから家電製品を遠隔操作・管理できるアプリ
- 対応デバイス:エアコン、照明、冷蔵庫、洗濯機など
- 価格:月額500円のサブスクリプションモデル
- ターゲット:テクノロジーに関心が高い20〜50代の都市部居住者
TAMの算出
TAMは、理論上の最大市場規模を表します。
計算方法:
- 日本の世帯数:約5,400万世帯
- スマートフォン保有率:85%
- 1世帯あたりの年間支出:500円 × 12ヶ月 = 6,000円
TAM = 5,400万世帯 × 85% × 6,000円 = 2兆7,540億円
SAMの算出
SAMは、実際にサービスを提供できる市場規模を表します。
計算方法:
- 都市部(人口10万人以上の市)の世帯数:約3,500万世帯
- スマートフォン保有率:90%
- スマート家電所有率:40%
- 1世帯あたりの年間支出:6,000円
SAM = 3,500万世帯 × 90% × 40% × 6,000円 = 7,560億円
SOMの算出
SOMは、現実的に獲得可能な市場規模を表します。
計算方法:
- 初年度の想定市場シェア:3%
- マーケティング到達率:50%
- コンバージョン率:10%
SOM = 7,560億円 × 3% × 50% × 10% = 11.34億円
分析結果の解釈
指標 | 金額 | 解釈 |
---|---|---|
TAM | 2兆7,540億円 | スマート家電制御アプリの潜在的な最大市場規模。長期的な成長可能性を示す。 |
SAM | 7,560億円 | 現在の技術と市場環境で実際にアプローチ可能な市場規模。中期的な事業計画の基礎となる。 |
SOM | 11.34億円 | 初年度に現実的に獲得可能な市場規模。短期的な売上目標や必要な資源を決定する際の指標となる。 |
ビジネス戦略への活用
- 製品開発戦略
- TAMの大きさから、長期的な製品拡張の可能性(例:商業施設向けサービス)を検討
- SAMの特性に基づき、都市部の顧客ニーズに合わせた機能開発を優先
- マーケティング戦略
- SOMの規模に基づき、初期のマーケティング予算を設定
- SAMの特性(都市部、スマート家電所有者)に合わせたターゲティング広告を展開
- 販売戦略
- SOMの達成に向け、大手家電量販店とのパートナーシップを構築
- SAMの拡大を目指し、スマート家電メーカーとの協業を検討
- 投資計画
- TAMの大きさを示し、長期的な成長ポテンシャルをアピール
- SAMとSOMの差を説明し、段階的な成長戦略と必要な投資額を提示
このように、TAM SAM SOM分析を通じて得られた洞察は、ビジネスの様々な側面での意思決定に活用できます。市場の全体像を把握しつつ、現実的な目標設定と戦略立案が可能になります。
まとめ
TAM SAM SOM分析は、市場規模を段階的に評価し、ビジネスの潜在性と実現可能性を明確にする強力なツールです。本記事で学んだ内容を実践することで、より戦略的なマーケティングアプローチが可能になるでしょう。
Key Takeaways:
- TAMは全体の市場規模、SAMは実際にサービス提供可能な市場規模、SOMは現実的に獲得可能な市場規模を表す
- トップダウンアプローチとボトムアップアプローチを組み合わせて分析することで、より精度の高い推定が可能
- TAM SAM SOM分析は、事業計画立案、投資家向けプレゼンテーション、マーケティング戦略立案など、様々なビジネスシーンで活用できる
- 具体的な算出ステップを踏むことで、信頼性の高い市場規模推定が可能
- 定期的な見直しと更新が重要で、市場環境の変化に応じて柔軟に戦略を調整する必要がある
TAM SAM SOM分析は、市場の全体像を把握しつつ、現実的な目標設定と戦略立案を可能にする強力なツールです。この分析手法を適切に活用することで、ビジネスの成功確率を高め、効果的な成長戦略を立案することができるでしょう。
最後に、TAM SAM SOM分析は単なる数字の計算ではなく、市場と顧客を深く理解するプロセスであることを忘れないでください。数値の背後にある顧客のニーズや行動、市場のトレンドを常に意識しながら分析を進めることが、真に価値のある洞察を得るための鍵となります。
市場規模算出以外の市場調査についてはこちらもご覧ください。