はじめに
「売上は増えているのに、利益が半分以下に落ち込む」——これは一体何を意味するのでしょうか?
SUBARUが2025年11月に発表した2026年3月期第2四半期決算は、一見すると厳しい数字が並びます。営業利益は前年同期比1,193億円減の1,027億円、実に53.7%もの減益です。しかし、連結完成車販売台数は47.3万台と前年比+2.3万台の増加。売上収益も2兆3,857億円と+1,195億円伸びています。
この矛盾した数字の背景には、「米国追加関税の影響」という一時的な要因と、SUBARUが持つ構造的な強さ——つまり「経済的な堀」——の両方が隠れています。この決算から、マーケターとして学ぶべきことは何でしょうか?「この企業の成長は本物なのか?」という問いに、データをもとに答えていきましょう。
会社概要

SUBARUは、水平対向エンジンとシンメトリカルAWD(全輪駆動)を核技術として、独自性の高い自動車を製造・販売する日本の自動車メーカーです。
事業構成:
- 自動車事業:売上の97.5%を占める主力事業
- 航空宇宙事業:防衛省向けヘリコプターなどを製造
- その他:産業機器など
市場特性: 北米市場、特に米国が最重要市場であり、2026年Q2累計で全販売台数の71.9%(34万台)を占めています。SUBARUは「ニッチでも強い」戦略を採用しており、大量生産型メーカーとは異なる独自ポジションを確立しています。
業績
2026年3月期 第2四半期累計(2025年4-9月)実績
| 指標 | 2025年3月期 2Q累計実績 | 2026年3月期 2Q累計実績 | 増減 | 前年比 |
|---|---|---|---|---|
| 連結完成車販売台数 | 45.0万台 | 47.3万台 | +2.3万台 | +5.1% |
| 生産台数 | 47.5万台 | 45.3万台 | -2.2万台 | -4.6% |
| 売上収益 | 2兆2,662億円 | 2兆3,857億円 | +1,195億円 | +5.3% |
| 国内 | 3,122億円 | 3,344億円 | +222億円 | +7.1% |
| 海外 | 1兆9,540億円 | 2兆513億円 | +973億円 | +5.0% |
| 営業利益 | 2,220億円 | 1,027億円 | -1,193億円 | -53.7% |
| 営業利益率 | 9.8% | 4.3% | -5.5pt | - |
| 当期利益 | 1,630億円 | 904億円 | -726億円 | -44.5% |
市場別販売台数の内訳
| 市場 | 2025年3月期 2Q累計 | 2026年3月期 2Q累計 | 増減 | 構成比 |
|---|---|---|---|---|
| 国内合計 | 5.0万台 | 5.2万台 | +0.2万台 | 11.0% |
| 登録車 | 4.4万台 | 4.5万台 | +0.1万台 | 9.5% |
| 軽自動車 | 0.6万台 | 0.7万台 | +0.1万台 | 1.5% |
| 米国 | 31.7万台 | 34.0万台 | +2.3万台 | 71.9% |
| カナダ | 3.5万台 | 3.3万台 | -0.2万台 | 7.0% |
| 欧州 | 0.9万台 | 1.0万台 | +0.1万台 | 2.1% |
| 豪州 | 2.1万台 | 2.0万台 | -0.1万台 | 4.2% |
| その他 | 1.7万台 | 1.7万台 | ±0万台 | 3.6% |
四半期別推移
| 期間 | 販売台数 | 売上収益 | 営業利益 | 営業利益率 |
|---|---|---|---|---|
| 2025/3 Q1 | 21.2万台 | 1兆921億円 | 911億円 | 8.3% |
| 2025/3 Q2 | 23.8万台 | 1兆1,740億円 | 1,309億円 | 11.1% |
| 2026/3 Q1 | 24.4万台 | 1兆2,141億円 | 764億円 | 6.3% |
| 2026/3 Q2 | 22.9万台 | 1兆1,716億円 | 263億円 | 2.2% |
重要な発見: 2026年Q2は前四半期(Q1)比で販売台数-1.5万台、営業利益-501億円と、明確な減速が見られます。
成長の質を見極める
①この成長は続くのか?——一時的要因と実力ベースの分解
SUBARUの2026年Q2の減益要因を分解すると、以下のような構造が見えてきます。
営業利益増減の内訳(前年同期比 -1,193億円)
| 要因カテゴリ | 金額 | 主な内容 |
|---|---|---|
| 事業環境変化 | -1,932億円 | 最大の減益要因 |
| └ 為替影響 | -233億円 | 円高進行(US$154円→146円)で逆風 |
| └ 原材料・市況 | -155億円 | 部品コスト上昇 |
| └ 米国追加関税影響 | -1,544億円 | 一時的な引当計上 |
| 販売活動 | +837億円 | 数量増と価格構成改善 |
| └ 台数差 | +188億円 | 販売台数増加の寄与 |
| └ 価格構成差 | +655億円 | 高付加価値車へのシフト |
| └ 販売奨励金 | -67億円 | インセンティブ増加 |
| └ 部品用品 | +53億円 | アフターマーケット好調 |
| 原価低減活動 | +74億円 | 継続的な改善効果 |
| モノづくり活動 | -160億円 | 固定費・研究開発費の増加 |
| その他 | -12億円 | 保証費用など |
一時的要因を除いた実力ベースの営業利益: 1,027億円(実績)+ 1,544億円(米国関税影響)= 約2,571億円
前年同期の2,220億円と比較すると、実力ベースでは+351億円(+15.8%)の増益だったことがわかります。
結論: SUBARUの実力ベースの収益力は着実に向上しています。為替の逆風を受けながらも、販売活動(価格構成の改善)で+837億円を稼ぎ出しており、ブランド力を背景とした価格決定力の高さが証明されています。
②どのセグメント・地域に依存しているか?——集中リスクの評価
市場集中度の分析:
米国市場への依存度が極めて高い(71.9%) ことが最大の特徴です。これは「リスク」でもあり「強み」でもあります。
依存度が高いことのリスク:
- 米国経済の減速や政策変更の影響を受けやすい
- 今回の米国追加関税の影響が典型例
- 為替変動の影響が大きい(US$の円換算)
依存度が高いことの強み:
- 米国市場でのブランド認知と顧客ロイヤルティが極めて高い
- SUBARUの米国市場シェアは約4%で、ニッチながら安定したポジション
- 米国販売子会社(SOA)の営業利益は+118百万ドル増加しており、現地での収益性は向上中
事業セグメント別の状況:
| セグメント | 売上収益 | 営業利益 | 営業利益率 |
|---|---|---|---|
| 自動車 | 2兆3,235億円 | 973億円 | 4.2% |
| 航空宇宙 | 595億円 | 20億円 | 3.4% |
| その他 | 26億円 | 31億円 | - |
自動車事業が売上の97.4%、営業利益の95.2%を占めており、典型的な単一事業集中型です。
成長ドライバーの持続可能性:
SUBARUの成長を支える要素は以下の3つです:
- 米国市場での強固なブランドロイヤルティ:リピート率・推奨率が業界トップクラス
- 商品力の向上:新型車効果による価格構成差+655億円
- 部品用品事業の安定成長:+53億円(アフターマーケットの収益化)
これらは構造的な強みに基づいており、持続可能性は高いと評価できます。
③短期と長期でどう違うのか?——見通しと中長期トレンド
向こう1〜2四半期の見通し(2026年3月期下期):
通期計画は据え置きとなっていますが、上期実績を考慮すると、下期には以下の改善が必要です:
| 項目 | 通期計画 | 上期実績 | 下期必要額 | 上期比 |
|---|---|---|---|---|
| 売上収益 | 4兆5,800億円 | 2兆3,857億円 | 2兆1,943億円 | -8.0% |
| 営業利益 | 2,000億円 | 1,027億円 | 973億円 | -5.3% |
| 販売台数 | 92万台 | 47.3万台 | 44.7万台 | -5.5% |
下期の営業利益973億円は上期1,027億円を下回る計画であり、保守的な見通しとなっています。これは以下を示唆します:
- 第3四半期(10-12月)は年末商戦で販売は期待できるものの、収益性は厳しい
- 第4四半期(1-3月)は季節的に弱い時期
- 米国関税影響の残存や為替の不確実性を織り込んでいる
1〜3年の中長期トレンド:
過去3年間の四半期別推移を見ると、以下のパターンが見えてきます:
- 生産台数は21万台〜25万台/四半期で安定(需要に応じた柔軟な生産調整)
- 販売台数は20万台〜24万台/四半期で推移(小売台数ベースでは安定成長)
- 営業利益率は通常8〜11%を維持(今回は一時的要因で2.2%に低下)
SUBARUは「大量生産・大量販売」ではなく、「適正規模での高収益経営」を志向しています。年間90万台という規模は、トヨタの1,000万台と比べれば圧倒的に小さいですが、これこそが「効率的な規模による堀」です。
マーケティングの学び
学び①:ブランドロイヤルティは価格決定力に直結する
何が起きたか: 販売台数は前年比+2.3万台増(+5.1%)にとどまりましたが、価格構成差で+655億円もの利益改善を実現しました。これは1台あたり約13.8万円の利益単価向上を意味します。
なぜそうなったか:
- 高付加価値モデルへのシフト成功(新型クロストレック、フォレスターなど)
- 米国市場での「SUBARU = 安全・信頼・冒険心」というブランドイメージ確立
- 競合他社が値引き競争をする中、SUBARUは販売奨励金を-67億円に抑制できている
どんな打ち手があったか:
- アイサイト(運転支援システム)の標準装備化で安全性を訴求
- アウトドア・ライフスタイルマーケティングの徹底(顧客との感情的つながり)
- ディーラー体験の質向上(販売後のサービス体制)
自社に活かせることは何か: ブランドロイヤルティは、単なる「リピート購入」ではなく、「高くても買いたいと思わせる力」です。SUBARUは販売奨励金(値引き)を抑えながら、価格構成を改善しています。これは、顧客が「SUBARUだから」という理由で購入していることの証拠です。
マーケターとして学ぶべきは、短期的な売上刈り取り(値引き・キャンペーン)ではなく、長期的なブランド価値構築に投資することの重要性です。
学び②:市場集中は「選択と集中」の結果——ニッチ戦略の威力
何が起きたか: SUBARUは米国市場に全販売の72%を集中させています。グローバル展開が叫ばれる自動車業界において、これは異例の集中度です。
なぜそうなったか:
- 米国市場での「スバリスト」と呼ばれる熱狂的ファンの存在
- 雪国・山間部での実用性と安全性が高く評価される
- 全米シェアは約4%だが、特定地域(ニューイングランド、コロラドなど)では10%超
どんな打ち手があったか:
- グローバル展開よりも「勝てる市場で勝つ」戦略の徹底
- 米国インディアナ工場での現地生産(年間約40万台体制)
- 地域密着型のマーケティング(アウトドアイベントのスポンサーなど)
自社に活かせることは何か: 「どこでも売る」ではなく、「勝てる市場で圧倒的に勝つ」戦略の有効性です。SUBARUの米国市場での成功は、「小さな池の大きな魚」戦略の好例です。
マーケターは常に「市場拡大」を求めがちですが、時には市場を絞り込むことで、より深い顧客理解とブランド構築が可能になります。SUBARUは欧州でのシェアはわずか0.2%程度ですが、無理に拡大せず、米国での地位強化に注力しています。
学び③:一時的逆風への対応が企業の真価を問う
何が起きたか: 米国追加関税の影響で1,544億円の引当金を計上し、営業利益が前年比53.7%減となりました。しかし、通期計画は据え置き、配当も維持(年間115円)、自己株買いも継続(500億円上限)しています。
なぜそうなったか:
- 強固な財務基盤(ネットキャッシュ1兆2,160億円、自己資本比率52.8%)
- 一時的な逆風と構造的な問題を明確に区別した経営判断
- 実力ベースの収益力は+15.8%増益と健全
どんな打ち手があったか:
- 財務の透明性確保(一時的影響を明示)
- 株主還元の継続で市場の信頼維持
- 過度な防衛(投資抑制)に走らず、研究開発費は+54億円増額
自社に活かせることは何か: マーケティング活動において、短期的な逆風に過剰反応してブランド投資を削減することは、長期的な競争力を損なう最悪手です。SUBARUは厳しい決算でありながら、研究開発支出を740億円(前年比+54億円)に増やし、将来への投資を継続しています。
これは、「今期の数字」よりも「5年後、10年後の競争力」を優先する経営姿勢の表れです。マーケターも同様に、ブランド投資を「コスト」ではなく「資産形成」と捉える視点が必要です。
結論:成長は本物か?
判定:構造的には「本物の成長」、短期的には「踊り場」
本物の成長である理由:
- 強固なブランドロイヤルティという堀
- 米国市場でのリピート率・推奨率は業界トップクラス
- 価格決定力があり、値引きに頼らず価格構成改善で+655億円稼ぐ
- 「SUBARU = 安全・信頼・冒険心」という明確なブランドアイデンティティ
- ニッチ市場での圧倒的ポジション(効率的な規模の堀)
- 年間90万台という規模は、大手が本気で参入するには小さい
- しかし、この規模で営業利益率8〜11%(通常時)を維持できる高収益体質
- 特定地域(米国北東部・山間部)でのシェア10%超は強固な基盤
- 乗り換えコストの存在
- アイサイトなどの独自技術に慣れた顧客は他ブランドに移りにくい
- スバリストのコミュニティ形成(帰属意識)
- 水平対向エンジン・シンメトリカルAWDという技術的独自性
懸念点・短期的な踊り場:
- 米国市場への過度な依存(72%)
- 米国経済・政策変更の影響を受けやすい
- 今回の関税問題が典型例(-1,544億円の影響)
- 前四半期比での明確な減速
- 2026/3 Q1 → Q2で販売台数-1.5万台、営業利益-501億円
- 下期計画は上期比-5.3%の営業利益を想定(保守的)
- 円高の逆風
- US$154円→146円で為替影響-233億円
- 今後さらに円高が進めば収益圧迫要因に
リスクと懸念
| リスク項目 | インパクト | 発生確率 | 対策・緩和策 |
|---|---|---|---|
| 米国市場の急減速 | 非常に大 | 中 | 多様化は困難。米国内でのシェア防衛を優先 |
| 追加関税の恒久化 | 大 | 中〜高 | 価格転嫁・現地生産比率向上(既に約50%) |
| 円高の進行 | 中 | 中 | 為替ヘッジ、現地調達比率の向上 |
| EV化への対応遅れ | 中〜大 | 低〜中 | トヨタとのEV協業、ハイブリッド強化 |
| ブランドイメージの陳腐化 | 中 | 低 | 継続的な商品刷新、マーケティング投資維持 |
| 原材料価格の上昇 | 中 | 中 | 原価低減活動の継続(今期+74億円の成果) |
| 米国生産拠点の収益悪化 | 中 | 中 | SIA(インディアナ工場)は既に減益(-188百万ドル) |
まとめ
SUBARUからマーケターが学べる7つの実践ヒント
- ブランドロイヤルティへの投資は、価格決定力として回収できる——値引き競争から脱却し、「高くても買いたい」と思われるブランド価値の構築に注力する
- 市場を絞り込む勇気を持つ——グローバル展開よりも「勝てる市場で圧倒的に勝つ」選択と集中戦略が、限られたリソースを最大化する
- 一時的な逆風で長期投資を止めない——厳しい決算でも研究開発費+54億円、配当維持、自己株買い継続という姿勢が、市場の信頼を生む
- 顧客との感情的つながりを作る——「スバリスト」というコミュニティ形成は、単なる製品機能を超えたロイヤルティを生み出す
- 数字の背景を読み解く力——営業利益-53.7%という見出しに惑わされず、一時的要因を除いた実力ベース+15.8%増益という真実を見抜く
- ニッチ市場での独占は立派な経済的堀——年間90万台という規模は大手には小さすぎるが、この規模で高収益を維持できることが強み
- 透明性の高いコミュニケーション——米国関税-1,544億円を明示し、通期計画据え置きの根拠を説明する姿勢が、株主・市場の信頼につながる
SUBARUの経済的な堀
SUBARUは以下の「堀」を持っています:
- 無形資産(ブランド):「安全・信頼・冒険心」という明確なアイデンティティと、スバリストのコミュニティ
- 乗り換えコスト:アイサイトなどの独自技術への慣れ、水平対向エンジンへの愛着
- 効率的な規模:年間90万台というニッチ市場での圧倒的ポジション(大手が参入しにくい)
最後に
SUBARUの決算は、一見すると厳しい数字が並びます。しかし、数字の奥にある「なぜ」を読み解くと、強固なブランド基盤と、一時的な逆風に耐えうる財務体質を持つ企業の姿が見えてきます。
マーケティングの本質は、短期的な売上最大化ではなく、長期的な顧客価値と企業価値の最大化です。SUBARUは今期、米国関税という予期せぬ逆風を受けながらも、ブランド投資を続け、株主還元を維持し、「5年後、10年後のSUBARU」を見据えた経営を貫いています。
この決算から学ぶべきは、「今期の数字」に一喜一憂するのではなく、「構造的な競争優位性=経済的な堀」を築き続けることの重要性です。あなたの担当するブランドは、どんな堀を持っていますか?そして、その堀を深めるために、今日から何ができるでしょうか?

