はじめに
コンビニ業界で長年トップを走り続けてきたセブン-イレブン・ジャパンを擁するセブン&アイ・ホールディングスが苦戦する一方で、ローソンとファミリーマートが好調な業績を発表しました。2025年度第2四半期(中間期)の決算内容を見ると、3社の明暗がくっきりと分かれています。
マーケターとして注目すべきは、単なる数字の良し悪しではなく、その背景にある戦略の違いです。なぜローソンとファミマは既存店売上を伸ばせたのか、なぜセブン&アイHDは苦戦しているのか。それぞれの企業が取った施策から、現代のコンビニマーケティングで勝つための重要なヒントが見えてきます。
本記事では、3社の決算内容を比較しながら、マーケティング戦略の観点から「売れた理由」「売れなかった理由」を深掘りしていきます。
全体の業績サマリー
まずは3社の業績を俯瞰してみましょう。数字だけでなく、その背景にある市場環境の変化も理解することが重要です。
業績比較表
企業名 | 営業利益 | 前年比 | 計画比 | 既存店売上前年比 | 商品荒利率 | 特徴的な動き |
---|---|---|---|---|---|---|
セブン-イレブン・ジャパン | 1,214億円 | 95.4% | 92.8% | +0.8% | 31.8%(▲0.3pt) | 既存店売上は微増だが利益は減少、販管費増加が重荷に |
ローソン | 613億円 | 111.9% | 105.8% | +5.3% | 31.7%(+0.2pt) | AI.CO導入効果で既存店大幅プラス、荒利率も改善 |
ファミリーマート | 617億円 | 119.1% | - | 48ヶ月連続前年超え | - | 「ざっくり40%増量」「ファミチキレッド」などヒット施策連発 |
ここから見えてくるのは、ローソンとファミマが攻めのマーケティングで成長を加速させている一方、セブン-イレブン・ジャパンは守りに入ってしまっているという構図です。
特に注目すべきは、ローソンが既存店売上前年比でプラス5.3%という突出した数字を出している点です。これは単なる一時的な好調ではなく、戦略的な施策の成果が着実に表れていることを示しています。
市場環境の変化
コンビニ業界全体として、以下のような市場環境の変化が起きています。
物価高による消費者の節約志向が高まる中で、「お得感」をどう演出するかが重要な競争要素となっています。また、デジタルシフトの加速により、アプリやデジタルクーポンが購買行動の起点になりつつあります。さらに商品の差別化競争が激化し、単なる品揃えではなく「体験価値」が求められる時代へと変化しています。
この環境変化に対して、各社がどのような戦略で臨んだかが、業績の明暗を分けたのです。
マーケティング観点での注目点
ここからは、マーケティングの視点で3社の戦略を分析していきます。「なぜ売れたのか」「なぜ売れなかったのか」を、商品・顧客・チャネル・競合の4つの切り口から見ていきましょう。
注目点①:商品戦略の差別化 – 「AI活用」「話題性」が勝負を分けた
ローソンの勝因:AI×出来立て商品で荒利率を改善
ローソンの最大の勝因は、「AI.CO」というAI発注システムと「出来立て商品」の展開拡大にあります。
AI.COは、AIによる最適発注とAIによる値引き推奨で売り切りを実践するシステムです。これにより、適切な品揃えと食品ロス削減を両立させることができました。実際、AI.CO導入店舗では売上が前年比で大きく伸長しています。
さらに、マチのハッピー大作戦と題して、全国のご当地商品を展開したり、盛りすぎフェアとしてお値段そのままで50%増量する話題性のあるキャンペーンや、まちかど厨房(ご飯やおかずをその場で調理する)を仕掛けています。
ファミリーマートの勝因:話題性×お得感のハイブリッド戦略
ファミリーマートも似ている施策ですが、「話題性のある商品開発」と「お得感の演出」を巧みに組み合わせました。
最も象徴的な成功例が「ファミチキレッド」です。この新商品は発売1週間で300万食を突破する大ヒットとなり、SNSでも大きな話題となりました。辛さという新しい価値提案が、既存のファミチキファンだけでなく、新規顧客の獲得にも成功したのです。
また、大谷翔平選手を「おむすびアンバサダー」に起用し、シン系ぽんこ監修や新宿柿安監修といった名店監修のおむすびシリーズを展開しました。これらの商品も販売好調で、おむすびカテゴリー全体の底上げに貢献しています。
さらに、5年目を迎えた「ざっくり40%増量作戦」は、もはや定番企画として定着し、お得感を確実に訴求する武器となっています。人気コンテンツとのコラボ商品も連発しており、若年層の取り込みにも成功しています。
ファミマの戦略は、「商品そのもので話題を作り、SNSでの拡散を狙う」というSNS時代に最も王道なマーケティング手法です。特に「ファミチキレッド」のような新商品は、話題性だけでなく実際の売上にも直結しており、商品開発力の高さが光ります。
セブン-イレブン・ジャパンの課題:商品力はあるが、販促・話題化が弱い
対照的に、セブン-イレブン・ジャパンは出来立てカウンターやセブンベーカリーで一定の効果は出し始めているものの、話題化や販促施策の面で後手に回っている印象です。
既存店売上は前年比プラス0.8%と微増にとどまり、商品荒利率は0.3ポイント悪化しました。広告宣伝費は前年比で26億円増やしているものの、その効果が既存店売上や利益に十分に反映されていません。
セブン-イレブン・ジャパンの問題は商品力そのものではなく、「どう伝えるか」「どう買ってもらうか」というマーケティングコミュニケーションの設計にあると言えます。競合が話題性のある商品やキャンペーンで顧客の注目を集める中、相対的に存在感が薄れてしまっているのです。
注目点②:顧客接点とデジタル戦略 – アプリが購買の起点に
ファミリーマート:「ファミペイ」を軸にしたエコシステム構築
ファミリーマートは、デジタル施策で最も先行している印象です。
ファミペイのダウンロード数は2,700万を突破し、2025年9月からは「ファミマカード」の展開を開始しました。このカードはファミペイ連携で最大5%割引を実現し、固定客化の強力な武器となっています。
また、「ファミマのお得リレー」キャンペーンを継続的に展開し、定期的にお得施策を打ち出すことで、アプリを開く習慣を形成しています。これにより、顧客との接点を能動的に作り出すことに成功しています。
さらに、ファミロッカーやファミリーマートビジョンの設置店舗数を増加させ、EC連携による利便性も向上させています。それ以外でもデジタル広告やファミマプリント(クリエイター活躍の場)、ファミペイローン、ふるさと納税など、多様な顧客接点をデジタルを駆使して構築しているのが特徴です。
この戦略の優れている点は、アプリを単なるポイントカードではなく、「購買の起点」として設計していることです。クーポンやキャンペーン情報をアプリ経由で届けることで、来店動機を能動的に作り出しています。
ローソン:店舗網の再構築とReal×Tech戦略
ローソンもデジタル施策に力を入れていますが、アプローチはファミマとやや異なります。
ローソンは「Real × Tech LAWSON」というコンセプトのもと、リアル(店舗)とテクノロジーの融合を推進しています。2025年6月23日には高輪ゲートウェイシティ店がオープンし、店内サイネージ、アバタークルー、からあげクン調理ロボ、飲料陳列ロボ、配送ロボなど、最新技術を導入した次世代型店舗の実証実験を行っています。
また、災害支援コンビニの設置も進めており、2025年度内に1号店(富津湊店)をオープン予定です。この取り組みは、平時には買い物拠点として、災害時には地域住民支援拠点として機能する店舗を目指すもので、社会的な価値創出にも貢献しています。
ローソンの戦略は、「店舗体験そのものをテクノロジーで進化させる」という方向性が強く、デジタルは店舗を補完する位置づけとなっています。
セブン-イレブン(SEI・米国事業):7NOWで新しいチャネルを確立
セブン-イレブンの米国事業(7-Eleven, Inc.)では、デリバリーサービス「7NOW」が大きく成長しています。
中間期実績として、総売上伸び率はプラス75.3%、平均客単価は2,681円、デリバリー時間は約20分という成果を上げています。また、レストラン併設店の拡大(中間期14店舗オープン、通期50店舗計画)やPB商品の新商品開発(中間期118アイテム、通期200アイテム以上計画)も進めています。
セブン-イレブンの米国事業は、「店舗に来なくても買える」という新しいチャネルを確立することで、コンビニの商圏を広げている点が特徴的です。
一方、日本国内のセブン-イレブン・ジャパンについては、デジタル施策の具体的な進捗情報が決算資料では限定的でした。抜本的変革プログラムの実行に向けて取り組みを推進しているとのことですが、ファミマやローソンと比較すると、デジタルマーケティングでの存在感が薄い印象を受けます。
注目点③:プロモーション戦略 – 「お得感」をどう演出するか
物価高の時代、消費者は「お得感」に敏感です。各社のプロモーション戦略を比較してみましょう。
ファミリーマート:「ファミマのお得リレー」で継続的にお得感を訴求
ファミリーマートのプロモーション戦略で最も特徴的なのは、「お得が止まらない」という体験を設計している点です。
「ファミマのお得リレー」では、定期的に100円引きなどのお得施策を展開し、来店頻度の向上を図っています。また、「1個買うと1個もらえる」という定番キャンペーンは、客単価アップに貢献しています。さらに、備蓄米使用商品の販売など、社会貢献とお得感を組み合わせた施策も実施し、ブランドイメージの向上にもつなげています。
この戦略の本質は、「ファミマに行けば何かお得がある」という期待感を消費者に持たせることです。単発のキャンペーンではなく、継続的にお得施策を打ち出すことで、習慣的な来店を促しているのです。
ローソン:「ハピろー!」で顧客体験を重視
ローソンは「ハピろー!(ハッピーローソン)」というコンセプトのもと、商品だけでなく店舗体験全体を向上させる施策を展開しています。
マーケティング施策として、「ハピろー!」キャンペーンやPontaパスによるサブスクリプションモデルの強化を進めています。また、創業50周年記念として「盛りすぎフェア」や1号店「桜塚店」での創業セレモニー、大阪・関西万博への出店、「ローソンの日」の認定(3つ星ローソン)、「まんまる鶏」の販売好調など、話題作りにも積極的です。
さらに、災害支援コンビニの設置やハッピー・ローソンタウン構想の推進など、長期的なブランド価値の向上を狙った施策も進めています。これらは短期的な売上向上というより、「地域社会に貢献するコンビニ」というポジショニングを確立する戦略です。
セブン-イレブン・ジャパン:販促費は増えているが、効果が見えにくい
セブン-イレブン・ジャパンは広告宣伝費を前年比で26億円増やしていますが、既存店売上は前年比プラス0.8%と微増にとどまっています。これは投資対効果(ROI)の面で課題があることを示唆しています。
販促の強化を図っているものの、ファミマやローソンのような「分かりやすいお得感」や「話題性」という点で、消費者に十分に伝わっていない可能性があります。
マーケターが学べるポイント
3社の決算分析から、マーケターが学べるポイントを整理します。
①商品×AIの融合が差別化を生む
ローソンのAI.CO導入による品揃え最適化と在庫ロス削減は、小売業全般で応用可能な示唆に富んだ事例です。AIを活用した需要予測や在庫最適化は、今後さらに重要性を増していくでしょう。商品開発にもデータを活用することで、ヒット商品を生み出しやすくなります。
②話題性とお得感のハイブリッド戦略が強い
ファミマの「ファミチキレッド」(話題性)と「40%増量作戦」(お得感)の組み合わせは、SNSや物価高時代のマーケティングで有効な戦略です。単なる割引だけでは差別化できない時代において、話題性(SNSでのバズ)とお得感を両立させることで、より強力なプロモーション効果が得られます。
③デジタルを「購買の起点」として設計する
ファミマのファミペイを軸にしたエコシステム構築は、デジタルマーケティングの理想形と言えます。アプリをポイントカードで終わらせず、クーポン、キャンペーン、決済、配送まで統合することで、顧客との接点を最大化できます。
④「お得の連続性」が来店頻度を高める
ファミマの「お得リレー」キャンペーンが示すように、単発のキャンペーンではなく、「次もお得がある」という期待感を持たせることで、継続的な来店を促せます。顧客との関係性を構築するには、一過性の施策ではなく、継続的な価値提供が重要です。
⑤コスト構造の変革なしに持続的成長は難しい
セブン-イレブン・ジャパンの販管費増加(前年比57億円増)が利益を圧迫している事実は、重要な教訓です。売上を伸ばすだけでなく、オペレーションの効率化やコスト構造の見直しを並行して進めないと、収益性が悪化します。ローソンが進める抜本的変革プログラムのように、聖域なき事業・収益構造の変革が必要です。
まとめ:コンビニ業界の勝ち筋とは?
2025年度第2四半期の決算を見ると、ローソンとファミリーマートが「攻めのマーケティング」で成長軌道に乗った一方、セブン-イレブン・ジャパンは「守りの姿勢」で苦戦しているという構図が浮かび上がりました。
勝ち筋となったのは、以下の3つの要素です。
まず、商品力とテクノロジーの融合です。ローソンのAIによる最適化と、出来立て商品などの体験価値の提供が、既存店売上の大幅プラスにつながりました。
次に、デジタルを起点とした顧客接点の強化です。ファミマはアプリを「購買の起点」として設計し、来店動機を能動的に作り出すことに成功しています。
そして、話題性とお得感のハイブリッド戦略です。ファミマの「ファミチキレッド」のようなSNSでバズる商品開発と、継続的なお得感の演出が、顧客の支持を集めています。
セブン-イレブン・ジャパンも商品力では依然として高い評価を得ていますが、マーケティングコミュニケーションやデジタル施策の面で後れを取っていることが、業績の差として表れています。米国のセブン-イレブン事業は7NOWなどで成果を上げていますが、日本国内では変革が十分に進んでいない印象です。
マーケターとしては、この3社の戦略の違いから、「何を売るか」だけでなく「どう伝えるか」「どう買ってもらうか」の重要性を改めて学ぶことができます。商品力だけでは勝てない時代だからこそ、顧客接点の設計やプロモーション戦略の巧拙が、業績を大きく左右するのです。
引用・参考資料