「できる」と「やりやすい」の決定的な違い:成功する商品開発の視点 - 勝手にマーケティング分析
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「できる」と「やりやすい」の決定的な違い:成功する商品開発の視点

「できる」と「やりやすい」の決定的な違い: 成功する商品開発の新たな視点 マーケの応用を学ぶ
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はじめに

「この新商品は画期的な機能を持っているのになぜ売れないのだろう?」「特に革新的ではないのにあの商品はなぜこんなに人気があるのだろう?」

こんな疑問を抱いたことはありませんか?マーケティングや商品開発に携わる多くの方が、このような矛盾に頭を悩ませています。

その理由は意外にもシンプルかもしれません。それは「できる」と「やりやすい」の違いにあります。多くの企業は「技術的に実現可能な製品」の開発に力を注ぎますが、市場で本当に成功するのは「顧客が簡単に使える製品」なのです。

本記事では、「やろうと思えばできる」商品と「やりやすい」商品の決定的な違いを解説し、なぜ後者が市場で圧倒的に有利なのかを具体的な事例とともに探っていきます。マーケターとして知っておくべきこの重要な視点が、あなたの商品開発戦略を大きく変えるかもしれません。

「できる」と「やりやすい」の本質的な違い

まず、「できる(実現可能性)」と「やりやすい(実行しやすさ)」の違いを明確にしましょう。

概念定義主な視点重視する要素
できる(実現可能性)技術的・経済的に製品やサービスの提供が可能であるメーカー・提供者側機能性、革新性、技術的優位性
やりやすい(実行しやすさ)ユーザーが簡単に製品・サービスを使い、習慣化できるユーザー・顧客側使いやすさ、シンプルさ、直感性

これらの違いを例で考えてみましょう。例えば、スマートフォンでメールを送信する場合:

  • できる: 最新のスマートフォンはほぼすべてメール送信機能を持っている(機能として実現可能)
  • やりやすい: 何ステップで送信できるか、UI/UXはわかりやすいか、誤送信防止機能はあるか(ユーザーが実際に使いやすいか)

同じ「メール送信」という機能でも、iPhoneとAndroidで操作性が異なるように、実行しやすさには大きな差が生じることがあります。そして、この「やりやすさ」が顧客の選択や継続利用を大きく左右するのです。

なぜ「やりやすさ」が市場での成功を左右するのか

人間行動の基本原理から考えると、「やりやすさ」が重要な理由がよくわかります。

人間は本質的に「怠惰」である

行動経済学の知見によれば、人間は合理的な判断よりも「楽な方」を選ぶ傾向があります。これはノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンらの研究でも裏付けられています。

人間の脳は、エネルギー消費を最小限に抑えようとする特性があり、複雑な思考やプロセスを避ける傾向があります。そのため、たとえ「より良い結果」が得られるとわかっていても、「より簡単なプロセス」を選びがちなのです。

BJ・フォッグの行動モデル

スタンフォード大学のBJ・フォッグ博士は、人間の行動変容に関する「フォッグの行動モデル」を提唱しています。このモデルによれば、行動が起こるためには次の3要素が必要です:

  1. 動機(Motivation): その行動をしたいという欲求
  2. 能力(Ability): その行動を実行する能力(簡単さ)
  3. きっかけ(Trigger): その行動を始めるきっかけ

この3つの要素のうち、特に重要なのが「能力(Ability)」、つまり「やりやすさ」です。いくら動機やきっかけがあっても、実行するのが難しければ、その行動は起こりにくいのです。

graph TD A[動機 Motivation] -- 高い --> D[行動が起こる可能性が高い] B[能力 Ability<br>やりやすさ] -- 高い --> D C[きっかけ Trigger] -- 適切 --> D A -- 低い --> E[行動が起こらない] B -- 低い --> E C -- 不適切/なし --> E

この原理は商品開発にも直接当てはまります。いくら革新的な機能を持つ商品でも、使い方が複雑であれば、多くの顧客はその価値を十分に享受できないまま離脱してしまうのです。

成功と失敗を分ける実例

「できる」と「やりやすい」の違いを、実際の商品事例から見ていきましょう。

成功事例1:Apple AirPods

「できる」の視点「やりやすい」の視点
ワイヤレスイヤホン技術(すでに存在した)ケースを開けるだけで自動接続
Bluetooth接続追加設定が不要
通話・音楽再生機能直感的な操作性(タップで操作)

AirPodsの大ヒットは、単に「ワイヤレスで音楽が聴ける」という機能(できること)ではなく、「ケースを開けるだけでつながる」という圧倒的な簡便さ(やりやすさ)にあります。競合他社の多くが複雑なペアリング操作を必要としていた中、AirPodsはこのユーザー体験を極限までシンプルにしました。

実際、AirPodsは発売後急速にシェアを拡大し、2024年には全世界のワイヤレスイヤホン市場の約18%を占めるようになりました。

出典:https://canalys.com/newsroom/global-smart-personal-audio-q4-2024

成功事例2:Duolingo(語学学習アプリ)

「できる」の視点「やりやすい」の視点
語学学習用モバイルアプリ1レッスン5分で完結する短時間設計
多言語対応学習プラットフォームゲーミフィケーションによる継続促進
パーソナライズ学習ストリーク(連続学習日数)表示による習慣化

Duolingoの成功は、語学学習という「やるべきだがなかなか続かない」活動を、短時間で気軽に始められ、ゲーム感覚で続けられるように設計した点にあります。同社の2023年の売上は前年比43.7%増の5億3,110万ドルに達し、月間アクティブユーザー数は8,840万人を超えています。

失敗事例1:Google Glass

「できる」の視点「やりやすい」の視点
ARディスプレイ搭載メガネ(革新的技術)高価格(約1,500ドル)で導入障壁が高い
音声コマンド認識、写真・動画撮影機能操作方法の学習コストが高い
ハンズフリーでの情報アクセス奇異な外観による社会的抵抗

Google Glassは技術的には画期的でしたが、高い価格、複雑な操作、そして何より「着用することで周囲から奇異な目で見られる」という社会的抵抗が、普及の大きな障壁となりました。いわば「できるけれど、やりにくい」製品の典型例と言えるでしょう。

失敗事例2:3Dテレビ

「できる」の視点「やりやすい」の視点
3D映像表示技術専用メガネの着用が必要
立体的な映像体験コンテンツの不足
高品質な映像技術視聴時の身体的不快感(目の疲れなど)

3Dテレビは2010年代前半に各メーカーが力を入れた技術ですが、市場では大きな失敗に終わりました。技術的には「3D映像を家庭で楽しめる」という実現はできたものの、専用メガネの着用義務、コンテンツ不足、そして長時間視聴による疲労という「やりにくさ」が、普及の大きな障壁となったのです。

これらの事例は、市場での成功が単なる技術的実現可能性ではなく、ユーザーにとっての「やりやすさ」に大きく依存することを示しています。

「やりやすさ」を決定する5つの要因

では、「やりやすさ」を左右する具体的な要因とは何でしょうか?主に以下の5つの要素が重要です。

1. 物理的な手軽さ

物理的な手軽さとは、文字通り「体を動かす労力がどれだけ少なくて済むか」ということです。

高い「やりやすさ」の例低い「やりやすさ」の例
Amazonのワンクリック購入長い購入フォームへの入力
スマホのタップやスワイプ操作複雑なボタン操作やメニュー階層
自動更新のサブスクリプション毎回手動での更新手続き

アマゾンの「今すぐに買う」ボタンは、物理的な手軽さを極限まで高めた好例です。この機能により、購入過程の摩擦を最小化し、顧客のコンバージョン率を大幅に向上させました。

2. 認知的負担の軽さ

認知的負担とは、「考えたり、理解したり、判断したりする精神的な労力」のことです。

高い「やりやすさ」の例低い「やりやすさ」の例
シンプルな3ステップのレシピアプリ20以上の材料と複雑な調理手順
デフォルト設定が最適化された製品多数の設定オプションの自己設定
視覚的に理解しやすいアイコンテキストベースの複雑な説明書

Googleの検索インターフェースがシンプルな入力フォーム一つから始まったのは、認知的負担を最小限に抑える設計の成功例です。ユーザーは「どう使うか」を考える必要なく、すぐに検索という本来の目的に集中できます。

3. 時間的負担の軽さ

「時間がかかる」と感じることも、実行の大きな障壁になります。

高い「やりやすさ」の例低い「やりやすさ」の例
5分でできるワークアウトアプリ1時間のジム通いを要求するフィットネスプラン
インスタント調理器具(電子レンジ食品)長時間の下準備と調理時間を要する料理
即時配送サービス1週間以上の納期

特にデジタル領域では、「即時性」への期待が高まっており、待ち時間の短縮が実行しやすさを大きく向上させます。Amazon primes会員の特典の即日配送サービスや、Netflixのストリーミングによるすぐに視聴できる体験は、時間的負担を軽減することで大きな競争優位性を獲得しています。

4. 経済的負担の軽さ

コストも実行のハードルとなります。特に初期コストが高いと、試してみる段階で多くのユーザーが離脱してしまいます。

高い「やりやすさ」の例低い「やりやすさ」の例
フリーミアムモデルのアプリ高額な初期費用を要求するサービス
少額から始められる投資サービス最低投資額が高い金融商品
月額制のサブスクリプション一括払いのみの高額商品

Spotifyなどの音楽ストリーミングサービスが、CD購入よりも普及したのは、「聴きたい曲だけを少額で視聴できる」という経済的ハードルの低さも大きな要因です。

5. 社会的抵抗の少なさ

人間は社会的な生き物であり、「周囲からどう見られるか」も行動選択に大きく影響します。

高い「やりやすさ」の例低い「やりやすさ」の例
ファッショナブルなウェアラブルデバイス奇抜で目立つ外観のガジェット
プライバシーに配慮したSNS設計強制的なSNS投稿や共有機能
社会規範に沿ったサービス既存の社会規範に反するサービス

例えば、Apple Watchが腕時計型のウェアラブルデバイスとしてファッション性を重視したのに対し、先述のGoogle Glassが社会的抵抗に直面したのは、この要因が大きく影響しています。

「やりやすさ」を高める7つの設計原則

では、実際に商品やサービスの「やりやすさ」を高めるためには、どのように設計すればよいのでしょうか?以下に7つの重要な設計原則を紹介します。

1. マイクロステップの設計

大きなタスクを小さな段階に分けることで、ユーザーの負担を軽減します。

実践例:

  • Duolingoの5分間のレッスン
  • インスタグラムのストーリー作成プロセス(写真選択→編集→共有)

適用のポイント: ユーザーの行動を分析し、脱落しやすいポイントを特定して、そこを特に小さなステップに分割することが効果的です。

2. デフォルト設定の最適化

人間は「デフォルト効果」と呼ばれる心理的傾向があり、選択肢が提示された場合、最初から設定されているオプション(デフォルト)を選ぶ傾向があります。

実践例:

  • YouTubeの自動再生機能
  • Slackの通知設定

適用のポイント: 多くのユーザーにとって最適な選択肢をデフォルトに設定することで、ユーザーは意思決定の労力を省けます。

3. 即時フィードバックの提供

行動の結果がすぐに見えることで、ユーザーは次の行動に移りやすくなります。

実践例:

  • Fitbitの歩数カウント即時表示
  • SNSの「いいね」ボタン

適用のポイント: ユーザーの行動に対して、視覚的・聴覚的・触覚的なフィードバックを即座に提供することで、行動の結果が明確になり、継続的な利用を促進します。

4. 適切なトリガー(きっかけ)の設計

行動を促すきっかけ(トリガー)を適切なタイミングで提供することが重要です。

実践例:

  • スマホの位置情報に基づくプッシュ通知
  • Amazon「この商品を買った人はこんな商品も買っています」

適用のポイント: ユーザーのコンテキスト(状況や文脈)を考慮したトリガーを設計することが重要です。

5. 社会的証明の活用

人間は他者の行動を参考にする傾向があります。これを「社会的証明」と呼びます。

実践例:

  • Amazonのレビューシステム
  • Airbnbのホストレーティング

適用のポイント: 「あなたの友達も使っています」「XX人がこの商品を購入しました」といった社会的証明を示すことで、ユーザーの不安を軽減し、行動へのハードルを下げることができます。

6. 習慣形成のためのフック設計

ニール・イヤールの「フックモデル」によれば、習慣化には「トリガー→行動→報酬→投資」のサイクルが重要です。

実践例:

  • Instagramの「引っ張って更新」機能
  • Wordle(単語ゲーム)の日替わりパズル

適用のポイント: ユーザーが定期的に戻ってくる理由(フック)を設計することで、習慣形成を促進します。

7. 進捗の可視化

自分の進捗が見えることで、継続へのモチベーションが高まります。

実践例:

  • Linkedinのプロフィール完成度インジケーター
  • 配送追跡システムの進捗表示

適用のポイント: 進捗バーやチェックリストなどを用いて、ユーザーの達成度を視覚的に示すことで、「完了させたい」という心理を刺激します。

オルタネイトモデルを活用した「やりやすさ」の分析

ユーザーの行動を深く理解するためのフレームワークとして、「オルタネイトモデル」も非常に有効です。このモデルは、顧客の行動を「きっかけ・欲求・抑圧・行動・報酬」という要素に分解して分析します。

オルタネイトモデルの各要素は以下のように定義されます:

要素説明分析ポイント
きっかけ行動が起こる状況(何を・どこで・誰と・いつ)製品やサービスが使われる具体的な文脈は?
欲求顧客が達成したい目的や解決したい課題顧客の根本的なニーズや動機は何か?
抑圧欲求の実現を妨げている要因(物理的・心理的・社会的)顧客が行動を起こせない原因は何か?
行動実際に顧客が取る行動顧客はどのように製品を使用しているか?
報酬行動の結果得られる良いこと、避けられる悪いこと顧客にとっての真の価値は何か?

「やりやすさ」を高めるためには、特に「抑圧」の要素に注目することが重要です。抑圧は以下の3つのタイプに分類できます:

  1. 物理的抑圧: 入手が困難、使い方が分からないなど
  2. 心理的抑圧: 嫌だ、面倒くさい、恥ずかしいなど
  3. 社会的抑圧: 社会規範、理性、理想像に関わる抑圧

例えば、フィットネスアプリの場合、以下のような分析が可能です:

graph TD A[きっかけ 忙しい平日の夜/自宅で] B[欲求 健康のために運動したい] C[抑圧 時間がない/ジムに行く余裕がない/何をすれば効果的かわからない] D[行動 短時間フィットネスアプリを使う] E[報酬 短時間で運動できた達成感/健康への投資という満足感] A --> B B --> C C --> D D --> E

この分析から、特に「抑圧」の部分を解消するような製品設計に注力することで、「やりやすさ」を高めることができます。例えば、「7分間ワークアウト」のようなアプリが人気を集めたのは、「時間がない」「何をすればいいかわからない」という抑圧要因を解消したからです。

「やりやすさ」を高めるためのチェックリスト

これまでの内容を踏まえ、商品やサービスの「やりやすさ」を高めるためのチェックリストを作成しました。新商品開発や既存商品の改善時にご活用ください。

分類チェック項目評価(◎○△×)
物理的手軽さ初回使用のステップ数は最小限か
操作に必要な動作は簡単か
アクセスの障壁(登録など)は低いか
認知的負担学習コストは低いか
意思決定の選択肢は適切な数か
情報の提示方法は分かりやすいか
時間的負担使用に必要な時間は短いか
待ち時間は最小限か
習慣化しやすいタイミング設計か
経済的負担初期コストは適切か
継続コストの負担感は低いか
価値に対する価格は妥当か
社会的抵抗使用することの社会的抵抗は低いか
プライバシーへの配慮は十分か
社会規範に沿っているか
習慣化要素定期的に使用する理由があるか
進捗や成果が可視化されているか
適切なリマインダーやトリガーがあるか
フィードバック行動に対する即時フィードバックがあるか
達成感や満足感を得られるか
次の行動につながるガイダンスがあるか

このチェックリストを使用して評価した結果、「△」や「×」の項目があれば、その部分の改善に取り組むことで、商品やサービスの「やりやすさ」を高めることができます。特に複数の「×」がある場合は、市場での成功率が大きく低下する可能性があるため、優先的に改善を検討しましょう。

まとめ

本記事では、「やろうと思えばできる」商品と「やりやすい」商品の決定的な違いを探り、なぜ後者が市場で圧倒的に有利なのかを解説しました。以下が本記事のkey takeawaysです:

  • 「できる」と「やりやすい」は異なる概念: 技術的に実現可能でも、ユーザーが簡単に実行できなければ市場では失敗する可能性が高い。
  • 人間行動の原理: 人間は基本的に「怠惰」であり、たとえ良いことでも実行のハードルが高ければ行動しない傾向がある。
  • 「やりやすさ」の5要因: 物理的手軽さ、認知的負担の軽さ、時間的負担の軽さ、経済的負担の軽さ、社会的抵抗の少なさが重要。
  • 設計原則の活用: マイクロステップ設計、デフォルト最適化、即時フィードバック、適切なトリガー設計などの原則を取り入れることで「やりやすさ」を向上できる。
  • オルタネイトモデルの活用: きっかけ・欲求・抑圧・行動・報酬の分析を通じて、特に「抑圧」要素を解消することで「やりやすさ」を高められる。

商品開発において、「これができる」という技術的視点だけでなく、「ユーザーが簡単に使える」というユーザー視点も重視することで、市場での成功確率を高めることができます。特に競合が多い市場では、この「やりやすさ」が決定的な差別化要因となるのです。

最後に、「やりやすさ」の向上は一朝一夕には実現できません。継続的なユーザーフィードバックの収集と分析、迅速な改善サイクルの実行を通じて、少しずつ製品やサービスの「やりやすさ」を高めていくことが、長期的な成功への道となります。

あなたの次の商品開発では、「できるか?」だけでなく「やりやすいか?」という視点を持つことで、顧客に圧倒的に選ばれる製品を生み出すことができるでしょう。

この記事を書いた人
tomihey

14年以上のマーケティング経験をもとにWho/What/Howの構築支援と啓蒙活動中です。詳しくは下記リンクからWEBサイト、Xをご確認ください。

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