P&G2026年Q1決算分析:22兆円企業が実践する「堀の深い」ブランド戦略とは - 勝手にマーケティング分析
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P&G2026年Q1決算分析:22兆円企業が実践する「堀の深い」ブランド戦略とは

P&G 決算を分析
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はじめに

2025年10月24日、世界最大級の日用品メーカーであるプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)が2026年度第1四半期(2025年7-9月期)の決算を発表しました。売上高は224億ドル(約3.4兆円)で前年同期比3%増、コアEPSは3%増という結果でした。

一見すると控えめな成長に見えるこの数字ですが、実は非常に戦略的な意味を持っています。なぜなら、この四半期のボリューム(販売数量)成長はゼロだったにもかかわらず、売上が増加しているからです。つまりP&Gは、「より多く売る」のではなく「より高く売る」戦略で成長しているのです。

この決算から、私たちは「価格競争に巻き込まれず、ブランド価値で勝負する方法」を学ぶことができます。厳しい消費環境の中で、P&Gはどのように成長を維持しているのでしょうか。この記事では、その戦略の本質を解き明かしていきます。


会社概要

Screenshot

プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)は1837年創業の米国企業で、世界約70カ国で事業を展開する日用品業界の巨人です。パンパース、アリエール、ジレット、SK-II、パンテーンなど、誰もが知るブランドを多数保有しています。

P&Gの事業戦略の核心は「日常的に使用され、性能がブランド選択を左右するカテゴリーに集中する」というものです。つまり、一度気に入ってもらえれば継続的に購入してもらえる商品に特化しているのです。

同社は5つの事業セグメントで構成されています。Beauty(化粧品・スキンケア)、Grooming(シェービング用品)、Health Care(オーラルケア・個人用健康製品)、Fabric & Home Care(洗濯用洗剤・ホームケア)、そしてBaby, Feminine & Family Care(紙おむつ・生理用品・ティッシュ)です。

2024年11月時点での時価総額は約40兆円規模で、自己資本比率も健全な水準を維持しています。配当貴族銘柄(25年以上連続増配)としても知られ、株主還元に積極的な企業です。


業績

全社業績サマリー(2025年7-9月期)

指標FY2026 Q1FY2025 Q1前年比
売上高$22,386M$21,737M+3%
オーガニック売上成長--+2%
営業利益$5,856M$5,797M+1%
営業利益率26.2%26.7%-50bps
コア営業利益率26.7%26.7%0bps
当期純利益$4,781M$3,987M+20%
希薄化後EPS$1.95$1.61+21%
コアEPS$1.99$1.93+3%
営業キャッシュフロー$5,408M$4,302M+26%

オーガニック売上成長の内訳

要素寄与度
ボリューム(販売数量)0%
価格+1%
ミックス(製品構成)+1%
為替影響+1%
合計(実際の売上成長)+3%

セグメント別業績(2025年7-9月期)

セグメント売上高売上成長率オーガニック成長率税引前利益
Beauty$4,143M+6%+6%$1,132M
Grooming$1,817M+5%+3%$585M
Health Care$3,220M+2%+1%$937M
Fabric & Home Care$7,793M+1%0%$2,042M
Baby, Feminine & Family Care$5,171M+1%0%$1,446M

粗利率と営業利益率の推移

指標FY2026 Q1FY2025 Q1変化
粗利率51.4%52.1%-70bps
コア粗利率51.5%52.0%-50bps
SG&A費用率25.2%25.4%-20bps
コアSG&A費用率24.9%25.3%-40bps
営業利益率26.2%26.7%-50bps
コア営業利益率26.7%26.7%0bps

重要な観察点:

通期ガイダンスが維持されていることから、経営陣は現在の成長ペースが持続可能だと判断していると読み取れます。ただし、ボリューム成長がゼロという事実は、消費者の購買行動に変化が起きていることを示しています。


成長の質を見極める

①この成長は続くのか?

構造的成長とイノベーション主導の価格改善

P&Gの今四半期の成長は、表面的には3%と控えめに見えますが、その中身を見ると非常に戦略的です。オーガニック成長2%の内訳は、価格が1%、ミックス(製品構成)が1%、そしてボリュームは0%でした。

これは何を意味するのでしょうか。P&Gは「安売りして数を売る」のではなく、「イノベーションを通じてプレミアム価格を正当化し、より高付加価値な製品へ顧客を誘導する」戦略を取っているのです。

一時的要因の影響分析

為替の追い風が1%ありましたが、これは一時的な要因です。それを除いたオーガニック成長2%こそが、P&Gの実力ベースの成長率と言えます。

さらに重要なのは、今四半期にかかったコスト圧力です。原材料コストと関税の影響で粗利率は50bps(0.5%ポイント)低下しましたが、生産性向上(140bps)とイノベーション主導の価格改善(50bps)で、コア営業利益率は前年並みを維持しました。これは、P&Gの「コスト圧力を吸収しながら利益率を守る能力」の高さを示しています。

セグメント別の持続可能性

  • Beauty(+6%成長): 最も強い成長を見せたセグメントです。ヘアケアとスキンケアでのプレミアムイノベーション(SK-IIなど)が牽引しています。ボリュームも+4%と唯一プラスで、価格とミックスの改善も同時に実現しています。この成長は持続可能と判断できます。
  • Grooming(+3%成長): イノベーション主導の価格改善(+4%)が成長の主因です。製品ミックスはマイナスですが、これはプレミアム製品への移行過程での一時的な現象と見られます。
  • Health Care(+1%成長): オーラルケアは横ばいでしたが、これはプレミアムイノベーションによるミックス改善とボリューム減が相殺した結果です。Personal Health Careは価格改善で低成長ながらプラスを維持しています。
  • Fabric & Home Care(0%成長): 最も厳しいセグメントです。ボリュームが-2%と減少し、価格改善でようやく相殺している状況です。特に欧州市場での苦戦が目立ちます。このセグメントは短期的には厳しい状況が続くと予想されます。
  • Baby, Feminine & Family Care(0%成長): ベビーケアはプレミアム化とボリューム増で成長していますが、ファミリーケア(ティッシュなど)での値引き施策がセグメント全体の成長を相殺しています。

結論:成長の持続可能性

全体として、P&Gの成長は「本物」と言えます。ただし、それは「ボリューム拡大による成長」ではなく、「プレミアム化とポートフォリオ最適化による成長」です。この戦略が機能するのは、P&Gが持つ強力なブランド資産(経済的な堀)があってこそです。

短期的(向こう1-2四半期)には、消費者の節約志向が続く中でボリューム成長は引き続き厳しいでしょう。しかし、中長期的(1-3年)には、イノベーションへの継続投資と生産性向上プログラムが功を奏し、安定した利益成長が期待できます。

②どのセグメント・地域に依存しているか?

セグメント依存度の分析

売上構成を見ると、Fabric & Home Care(約35%)が最大セグメントですが、このセグメントの成長は停滞しています。一方、Beauty(約19%)は最も高い成長率を示しており、全社成長への貢献度が高まっています。

P&Gの強みは、特定のセグメントに過度に依存していない点です。5つのセグメント全てが10億ドル以上の売上規模を持ち、それぞれが独立して機能しています。これは、1つのセグメントが不調でも他でカバーできるというポートフォリオ効果を生み出しています。

地域依存度

決算資料では地域別の詳細データは限定的ですが、北米市場での価格改善とイノベーション受容が全社成長の主要な推進力となっていることが読み取れます。欧州市場は特にFabric Careで厳しい状況にあり、南米市場では価格改善が進んでいます。

成長ドライバーの持続可能性

各セグメントの成長ドライバーを評価すると以下のようになります:

  • 持続可能性が高い: Beauty、Grooming(イノベーションとブランド力に基づく成長)
  • 持続可能性が中程度: Health Care、Baby Care(カテゴリー成熟度が高いが、プレミアム化の余地あり)
  • 持続可能性に課題: Fabric & Home Care(価格競争が激しく、ボリューム減少傾向)

③短期と長期視点で見る

短期見通し(向こう1-2四半期)

P&Gは通期ガイダンスを維持しており、オーガニック売上成長0-4%、コアEPS成長0-4%を見込んでいます。第1四半期がオーガニック成長2%、コアEPS成長3%だったことを考えると、残りの四半期も同様のペースが続くと予想されます。

短期的には以下の要因が業績に影響します:

  • プラス要因: イノベーションの市場投入継続、生産性向上プログラムの進展、為替の追い風(約$300M)
  • マイナス要因: 原材料コスト上昇(約$100M)、関税コスト増加(約$400M)、消費者の節約志向継続

中長期トレンド(1-3年)

中長期的には、P&Gの戦略的優位性がより明確になると予想されます:

  1. プレミアム化の加速: 特にBeautyとHealth Careセグメントで、SK-IIやCrest プレミアム製品などの高付加価値ブランドへのシフトが進みます。
  2. ポートフォリオ最適化: 2025年6月に発表された「ポートフォリオおよび生産性計画」により、収益性の低い市場や製品カテゴリーからの撤退が進みます。実際、アルゼンチンなど一部新興市場からは既に実質的に撤退しています。
  3. デジタルトランスフォーメーション: eコマースチャネルの強化と、AI・データ分析を活用したマーケティング効率の向上が進展します。
  4. サステナビリティ投資: 環境配慮型製品への需要増に対応し、パッケージング革新や製造プロセスの改善を通じた差別化が進みます。

経済的な堀の評価

P&Gの持続的な競争優位性(経済的な堀)は、以下の要素から構成されています:

  • 無形資産(ブランド力): 世界中で認知されている強力なブランドポートフォリオは、価格プレミアムを正当化できる最大の資産です。
  • 規模の経済: 年間900億ドル規模の売上により、原材料調達、製造、マーケティングでコスト優位性があります。
  • 流通ネットワーク: 世界約70カ国での販売網は、新製品の市場投入スピードで優位性を生み出します。
  • R&D能力: 継続的なイノベーション投資により、製品性能での差別化を維持しています。

これらの堀は深く、一朝一夕には構築できないものです。したがって、P&Gの中長期的な競争優位性は維持されると判断できます。


マーケティングの学び

P&Gの決算から読み取れる戦略を3つピックアップし、それぞれについて深く分析します。

学び①:イノベーション主導のプレミアム化戦略

何が起きたか

P&Gは販売数量(ボリューム)が横ばいにもかかわらず、価格で1%、製品ミックスで1%の売上増を実現しました。特にBeautyセグメントでは、価格が+2%、ミックスが+1%(ただしマイナス方向)、ボリュームが+4%と、全ての要素がプラスに働いています。

具体的な数字で見ると、Beautyの売上は41.4億ドルで前年比6%増、これは約2.3億ドルの増収です。このうち約2億ドルがオーガニック成長(イノベーションとプレミアム化)によるものです。

なぜそうなったか

消費者の購買行動は二極化しています。一方で節約志向が強まり、ボリューム成長が抑えられていますが、他方で「本当に良いもの」には対価を払う意欲も維持されています。

P&Gはこの状況を、以下の3つの施策で乗り切っています:

  1. 性能での差別化: 例えばヘアケアでは、Pantene ProVシリーズのようなサロン品質を謳う製品を投入し、通常品との明確な性能差を訴求しています。
  2. プレミアムブランドの強化: SK-IIやOlay Regeneristなど、すでにプレミアムポジションにあるブランドへの投資を強化し、これらのブランドの顧客基盤を拡大しています。
  3. パッケージと体験の革新: 製品の中身だけでなく、パッケージデザインや使用体験の向上にも投資し、「価格に見合った価値」を実感してもらう工夫をしています。

どんな打ち手があったか

具体的な施策として、以下が実施されています:

  • Personal Careカテゴリー: 北米市場でイノベーション主導の価格改善を実施し、高単価製品(例:Old Spice Premium、Secret Clinical Strength)の訴求を強化しました。結果、このカテゴリーは高い一桁台の成長を達成しています。
  • Skin Careカテゴリー: プレミアム製品ミックスの改善と高価格製品の投入(特に北米市場)により、ボリューム減をカバーして中位一桁台の成長を実現しました。
  • Groomingカテゴリー: 主に北米と欧州市場でイノベーション主導の価格改善(+4%)を実施し、Gillette Labsシリーズなどのプレミアムラインを強化しました。

自社に活かせることは何か

この戦略から学べる再現性のある教訓は以下の通りです:

  1. 「価値の階段」を設計する: 単一の製品ラインではなく、エントリーレベルからプレミアムまで、明確な価値の段階を設けることで、顧客を上位製品へ誘導できます。
  2. イノベーションを「見える化」する: R&D投資の成果を、消費者が体感できる形で訴求することが重要です。P&Gは製品パッケージや広告で、科学的根拠や独自技術を分かりやすく説明しています。
  3. プレミアム化には「根拠」が必要: 高価格を正当化するには、明確な性能差、ブランドストーリー、使用体験の向上など、複数の要素を組み合わせる必要があります。
  4. 既存ブランドの活用: 新ブランドを立ち上げるのではなく、既存の強力なブランド(Pantene、Olayなど)の下でプレミアムラインを展開する方が、マーケティング効率が高くリスクも低いです。

学び②:生産性向上で利益率を防衛する仕組み

何が起きたか

P&Gの粗利率は前年比50bps低下しましたが、コア営業利益率は横ばいを維持しました。これは、原材料コスト上昇(70bps)と関税コスト増加(70bps)という約140bpsのマイナス要因を、生産性改善(140bps)と価格改善(50bps)で相殺したためです。

さらに、SG&A費用率は40bps改善しており、売上成長によるレバレッジ効果(40bps)と生産性改善(90bps)が寄与しています。

なぜそうなったか

P&Gには、長年培ってきた「生産性文化」があります。同社の生産性向上プログラムは一時的なコスト削減ではなく、継続的な業務プロセスの改善とデジタル技術の活用による構造的なものです。

具体的には、以下の3つのアプローチを取っています:

  1. サプライチェーンの最適化: AI・機械学習を活用した需要予測の精度向上により、在庫効率が改善し、物流コストも削減されています。
  2. 製造プロセスの自動化: 工場での自動化投資により、人件費の増加を抑制しながら品質を向上させています。
  3. マーケティングROIの向上: デジタルマーケティングへのシフトとデータ分析の活用により、広告効率が向上しています。

どんな打ち手があったか

今四半期の具体的な施策には以下が含まれます:

  • ポートフォリオの合理化: 収益性の低い市場や製品カテゴリーからの撤退を進めています。アルゼンチンからの実質的撤退は、その一例です。
  • 組織のスリム化: 2025年6月に発表された「ポートフォリオおよび生産性計画」により、組織構造を簡素化し、意思決定のスピードを上げています。
  • デジタル投資: AI、データ分析、eコマースプラットフォームへの投資を加速し、マーケティング効率と顧客体験を向上させています。
  • 調達の効率化: グローバル規模での原材料調達により、スケールメリットを最大化しています。

自社に活かせることは何か

P&Gの生産性向上アプローチから学べる点:

  1. コスト削減は「守り」ではなく「攻め」: P&Gは生産性向上で浮いたコストを、イノベーションと需要創出(マーケティング)に再投資しています。これにより、成長と利益率改善の好循環を生み出しています。
  2. 小さな改善の積み重ね: 140bpsの生産性改善は、1つの大きな施策ではなく、サプライチェーン、製造、マーケティング、組織など、あらゆる領域での小さな改善の積み重ねです。
  3. デジタル技術の戦略的活用: AIやデータ分析は単なる「流行」ではなく、業務効率を構造的に改善するツールとして活用されています。
  4. 選択と集中: すべての市場、すべての製品で勝とうとするのではなく、収益性の高い領域に経営資源を集中させることで、全体の利益率を改善しています。

学び③:困難な環境下でも株主還元を継続する財務規律

何が起きたか

P&Gは第1四半期に38億ドルを株主に還元しました。内訳は、配当25.5億ドル、自社株買い12.5億ドルです。これは、四半期の営業キャッシュフロー54億ドルの約70%に相当します。

同時に、調整後フリーキャッシュフロー生産性は102%を達成しています。これは、当期純利益を上回る現金を創出していることを意味します。

通期では、約100億ドルの配当支払いと約50億ドルの自社株買いを計画しており、合計150億ドル(約22兆円)の株主還元を予定しています。

なぜそうなったか

P&Gの強力な株主還元は、以下の3つの要素に支えられています:

  1. 安定した現金創出力: 日用品という「必需品」を扱うビジネスモデルは、景気変動の影響を受けにくく、安定したキャッシュフローを生み出します。
  2. 健全な財務体質: 自己資本比率は約42%と健全で、有利子負債も管理可能な水準にあります。これにより、事業投資と株主還元を両立できています。
  3. 資本配分の優先順位の明確化: P&Gは、①事業への投資(イノベーション、設備投資)、②配当の維持・増加、③自社株買い、という明確な優先順位を持っています。

どんな打ち手があったか

財務規律を維持するための具体的な施策:

  • 配当貴族の地位維持: P&Gは60年以上連続で配当を増やし続けており、この「実績」自体がブランド価値となっています。今四半期の1株当たり配当は$1.0568で、前年比5%増です。
  • バランスの取れた資本配分: 設備投資(CAPEX)は売上の4-5%程度に抑え、残りを株主還元に回しています。今四半期のCAPEXは12億ドルで、計画通りの水準です。
  • 債務管理: 短期・長期債務のバランスを取りながら、資金調達コストを最適化しています。低金利環境を活用し、長期債務を有利な条件で借り換えています。

自社に活かせることは何か

P&Gの財務規律から学べる教訓:

  1. 株主還元は「余ったら払う」ものではない: P&Gにとって株主還元は、事業投資と同じく戦略的な資本配分の一部です。景気が悪くても、基本的に配当は維持・増額されます。
  2. 現金創出力が競争優位性の源泉: 高い営業利益率と効率的な運転資本管理により、強力な現金創出力を維持しています。これが、イノベーション投資と株主還元を両立する基盤となっています。
  3. 「選択と集中」の徹底: 収益性の低い事業からは撤退し、資本を高収益事業に再配分することで、全体の投資効率を高めています。
  4. 長期視点の重要性: 四半期ごとの短期業績に一喜一憂せず、5年、10年という長期スパンで事業戦略と資本配分を考えています。
  5. 透明性の高いコミュニケーション: 投資家に対して、明確なガイダンスと戦略的な方向性を示すことで、信頼を獲得しています。

結論:成長は本物か?

P&Gの成長を総合的に評価すると、「本物の成長」 と判断できます。ただし、それは「急成長」ではなく「持続可能な安定成長」です。

判定理由

①成長の質が高い

ボリューム成長がゼロにもかかわらず、価格とミックスの改善で売上を伸ばしています。これは、ブランド力に基づく持続可能な成長パターンです。短期的な販促やディスカウントに頼らず、イノベーションを通じて顧客に価値を提供し、その対価として高価格を受け入れてもらう構造ができています。

②利益率を維持しながら成長

原材料コストと関税の上昇という逆風の中でも、コア営業利益率を前年並みに維持しました。これは、生産性向上とイノベーション投資のバランスが取れている証拠です。多くの企業が利益率を犠牲にして売上を追う中、P&Gは両立させています。

③強力な現金創出力

調整後フリーキャッシュフロー生産性102%は、利益の質が高いことを示しています。会計上の利益だけでなく、実際に現金として回収できているということです。これが、継続的な株主還元と事業投資を可能にしています。

④明確な戦略と経済的な堀

P&Gの戦略は一貫しており、ブレがありません。「日常的に使用され、性能がブランド選択を左右するカテゴリーに集中する」という基本方針の下、ポートフォリオの最適化を進めています。

そして、P&Gが持つ経済的な堀は非常に深いです:

  • ブランド資産(無形資産): 世界中で認知されている強力なブランドは、簡単には模倣できません。消費者は「Tide」「Pampers」「Gillette」といったブランド名を信頼し、多少高くても購入します。
  • 規模の経済(コスト優位性): 年間900億ドルの売上規模により、原材料調達、製造、物流、マーケティングで圧倒的なコスト優位性があります。
  • R&D能力: 継続的なイノベーション投資により、製品性能で常に一歩先を行っています。
  • 流通ネットワーク: 世界約70カ国での販売網は、新製品を迅速に市場投入できる強みとなっています。

これらの堀は、10年、20年という時間をかけて構築されたものであり、競合が短期間で追いつくことはほぼ不可能です。

留意点

ただし、以下の点には注意が必要です:

  1. ボリューム成長の停滞: 消費者の節約志向が続く限り、ボリューム成長は厳しい状況が続きます。プレミアム化戦略は正しいですが、中低所得層の顧客離れリスクもあります。
  2. セグメント間のばらつき: BeautyとGroomingは好調ですが、Fabric & Home Careは苦戦しています。全社成長を維持するには、弱いセグメントの立て直しが課題です。
  3. コスト圧力の継続: 原材料価格と関税の上昇圧力は今後も続く見込みです。生産性向上で相殺できる範囲には限界があり、いずれは価格転嫁が必要になる可能性があります。

最終評価

P&Gの成長は、「本物だが、謙虚な成長」 です。年率2-4%という成長率は、テック企業のような急成長ではありません。しかし、これこそが成熟した日用品業界における持続可能な成長の姿です。

重要なのは、この成長が20年、30年と続く可能性が高いということです。P&Gの経済的な堀は深く、簡単には侵食されません。配当貴族として60年以上増配を続けてきた実績は、その持続可能性の証明です。

マーケターとして学ぶべきは、「急成長」ではなく「持続的成長」の作り方です。P&Gは、ブランド力、イノベーション、生産性向上、そして財務規律という4つの要素をバランス良く組み合わせることで、安定した成長を実現しています。


リスクと懸念

リスク項目インパクト発生確率P&Gの対策
ボリューム成長の長期停滞プレミアム化戦略の推進、エントリー価格帯製品の維持、新興市場での展開
コスト圧力の継続(原材料、関税)中~高生産性向上プログラムの加速、戦略的価格改善、サプライチェーンの多様化
消費者の私有ブランドへのシフトブランド価値の訴求強化、製品性能での差別化、中価格帯製品の投入
eコマース・D2Cブランドの台頭中~高デジタルマーケティング強化、eコマースチャネル拡大、DTC(Direct to Consumer)ビジネスモデルの実験
地政学的リスク(貿易摩擦)地産地消の推進、サプライチェーンの分散化、価格転嫁の準備
為替変動(ドル高)低~中ヘッジ戦略の実施、現地通貨建て調達の増加、価格政策の柔軟化
規制強化(環境、製品安全)低~中中~高サステナビリティ投資の加速、製品処方の革新、透明性の向上
イノベーションの失速R&D投資の継続、外部イノベーションの取り込み、顧客インサイトの深掘り

特に注意すべきリスク

①ボリューム成長の長期停滞

最も懸念されるのは、販売数量の減少傾向が長期化することです。プレミアム化戦略は正しいですが、価格に敏感な顧客層を失うリスクがあります。特に、インフレが続く環境下では、中低所得層が私有ブランド(プライベートブランド)にシフトする可能性があります。

対策の評価: P&Gは価格帯別の製品ラインを維持し、全ての所得層をカバーしようとしています。しかし、今四半期のボリューム成長がゼロだった事実は、この戦略の限界を示唆しているかもしれません。

②コスト圧力の継続

原材料価格の上昇と関税コストの増加は、今後も続く見込みです。特に、米国の保護主義的な貿易政策が強化されれば、関税コストはさらに増加する可能性があります。

通期見通しでは、コモディティコストが約1億ドル、関税コストが約4億ドル増加すると予想されています。生産性向上で相殺できる範囲には限界があり、いずれは追加の価格改善(値上げ)が必要になるでしょう。しかし、値上げはボリュームをさらに押し下げるリスクがあります。

対策の評価: P&Gの生産性向上プログラムは強力ですが、無限ではありません。戦略的な価格改善(イノベーションと組み合わせた値上げ)が鍵となりますが、消費者の受容度には注意が必要です。

③新興ブランドとの競争激化

D2C(Direct to Consumer)モデルやソーシャルメディアを活用した新興ブランドが、特にBeautyやGroomingカテゴリーで台頭しています。これらのブランドは、P&Gよりも機敏に消費者トレンドに対応できる利点があります。

例えば、Harry's(シェービング)やGlossier(コスメ)のような新興ブランドは、ミレニアル世代やZ世代に強い支持を得ています。P&Gも認識しており、デジタル投資を加速していますが、巨大組織ゆえの意思決定の遅さが課題となる可能性があります。

対策の評価: P&Gはベンチャー投資部門を通じて有望な新興ブランドに投資したり、買収したりする戦略を取っています。また、自社でもDTCモデルの実験を進めていますが、本格的な成果が出るにはまだ時間がかかりそうです。


まとめ

P&G2026年度第1四半期決算から、マーケターが学べる実践的なヒントを7つにまとめます。

①イノベーションは「価格プレミアム」の正当化装置である

P&Gは販売数量を増やさずに、価格とミックス改善で成長しました。これは、真のイノベーション(性能向上、使用体験の改善)があれば、消費者は高価格を受け入れることを示しています。マーケターの仕事は、イノベーションを「価値」として伝え、価格プレミアムを正当化することです。

②ポートフォリオ思考が持続的成長の鍵

P&Gは5つのセグメントを持ち、それぞれが独立して機能しています。1つのセグメントが苦戦しても、他でカバーできる構造です。単一製品・単一市場に依存せず、バランスの取れたポートフォリオを構築することがリスク分散になります。

③生産性向上は「守り」ではなく「攻め」の投資

P&Gはコスト削減で浮いた資金を、イノベーションとマーケティングに再投資しています。生産性向上は利益を増やすだけでなく、成長のための原資を生み出す「攻め」の施策です。

④プレミアム化には「階段」が必要

P&Gは、エントリーレベルから最高級品まで、明確な価値の階段を設けています。顧客を一気にプレミアムへ誘導するのではなく、段階的にステップアップしてもらう設計が重要です。

⑤ブランドは「長期資産」として育てる

P&Gのブランドは、数十年かけて構築されてきました。短期的な販促で売上を追うのではなく、長期的なブランド価値の向上に投資しています。ブランドへの投資は「コスト」ではなく「資産形成」と捉えるべきです。

⑥財務規律が戦略の自由度を生む

P&Gの強力な現金創出力は、イノベーション投資と株主還元を両立させています。健全な財務体質を維持することが、長期的な戦略の自由度を高めます。

⑦「選択と集中」は勇気ある撤退も含む

P&Gはアルゼンチンなど収益性の低い市場から撤退しています。全ての市場で勝とうとせず、勝てる領域に経営資源を集中させることが重要です。撤退も立派な戦略です。


P&Gの経済的な堀

最後に、P&Gが持つ持続的競争優位性(経済的な堀)を整理します:

①ブランド資産(無形資産の堀) 世界中で認知されている強力なブランドポートフォリオは、消費者に価格プレミアムを受け入れさせる最大の資産です。Tide、Pampers、Gillette、SK-IIといったブランドは、数十年かけて構築された信頼の証です。

②規模の経済(コスト優位性の堀) 年間900億ドルの売上規模により、原材料調達、製造、物流、マーケティングで圧倒的なコスト優位性があります。この規模は一朝一夕には作れません。

③R&D能力(イノベーションの堀) 継続的なイノベーション投資により、製品性能で常に競合の一歩先を行っています。特に、基礎研究から製品化までの一貫したR&D体制は、真似しにくい強みです。

④流通ネットワーク(インフラの堀) 世界約70カ国での販売網は、新製品を迅速に市場投入できる強力なインフラです。小売との長年の関係も、新規参入者には真似できない資産です。

⑤データと顧客理解(知識の堀) 何十年にもわたって蓄積された消費者データと市場理解は、製品開発とマーケティングの精度を高めています。この「知識の堀」は、目に見えませんが非常に価値があります。


最後に

P&Gの2026年度第1四半期決算は、「持続可能な成長とは何か」を教えてくれます。それは、急激な成長ではなく、ブランド力、イノベーション、生産性向上、そして財務規律をバランス良く組み合わせた、地道で着実な成長です。

消費者の節約志向が強まり、競争が激化する厳しい環境の中でも、P&Gは深い経済的な堀に守られながら、着実に前進しています。この「堀の深さ」こそが、P&Gが100年以上にわたって業界のリーダーであり続けられる理由です。

若手マーケターの皆さんには、P&Gのような「一夜にして成功した企業」ではなく「一日一日の積み重ねで成功を築いた企業」の戦略に学んでほしいと思います。短期的な成果を追うのではなく、10年後、20年後も顧客に選ばれ続けるブランドを作る。それこそが、マーケターの真の仕事です。

P&Gの決算は、派手さはありませんが、持続可能なビジネスの本質が詰まっています。ぜひ、自社のマーケティング戦略を考える際の参考にしてください。

出典:P&G Announces Fiscal Year 2026 First Quarter Results

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この記事を書いた人
tomihey

本ブログの著者のtomiheyです。失敗から学び続けてきたマーケターです。
BtoB、BtoC問わず、デジタルマーケティング×ブランド戦略の領域で14年間約200ブランド(分析数のみなら500ブランド以上)のマーケティングに関わり、「なぜあの商品は売れて、この商品は売れないのか」の再現性を見抜くスキルが身につきました。
本ブログでは「理論は知ってるけど、実際どうやるの?」というマーケターの悩みを解決するノウハウや、実際のブランド分析事例を紹介しています。
現在はマーケティング戦略/戦術の支援も実施していますので、詳しくは下記リンクからご確認ください。一緒に「売れる理由」を解明していきましょう!

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