はじめに
「クラウド売上が前年同期比68%増」「残存履行義務(RPO)が5230億ドルに達し、前年同期比438%増」――これだけ見れば、Oracleは絶好調のように思えます。
しかし、数字の裏側を深く掘り下げると、まったく異なる景色が見えてきます。実は、Q2の純利益95%増のうち、かなりの部分が半導体子会社Ampereの売却による一時的な利益です。この決算は、好調な数字の裏に「戦略の大転換」と「一時的要因の影響」が混在しており、「この成長は本物なのか?」という問いに答えるには、慎重な分析が必要です。
今回の記事では、Oracle 2026年度第2四半期(2025年8月1日〜11月30日)の決算を徹底分析し、マーケターの視点から「成長の質」を見極めていきます。
会社概要

Oracleは、世界第2位のエンタープライズソフトウェア企業です。創業は1977年で、もともとはデータベースソフトウェア企業としてスタートしましたが、現在はクラウドインフラ(IaaS)とクラウドアプリケーション(SaaS)を両輪とするクラウド企業へと変貌を遂げています。
主力事業:
- Cloud Infrastructure(IaaS): AI訓練やクラウドデータセンター運営に特化したインフラサービス
- Cloud Applications(SaaS): Fusion Cloud ERP、NetSuite、顧客管理システムなどの企業向けアプリケーション
- Software(従来型): オンプレミス版データベースとサポート保守サービス
2025年12月時点の時価総額は5312.99億USDで、現在のCEOは、Larry Ellison(会長兼CTO)、Clay Magouyrk、Mike Siciliaの3名体制です。
業績推移
Q2 FY2026 主要財務データ
| 項目 | Q2 FY2026 | Q2 FY2025 | 前年同期比(USD) | 前年同期比(恒常通貨) | 前四半期比(Q1→Q2) |
|---|---|---|---|---|---|
| 総売上 | $16.1B | $14.1B | +14% | +13% | +7.6% |
| Cloud売上 | $8.0B | $5.9B | +34% | +33% | +11.1% |
| - IaaS | $4.1B | $2.4B | +68% | +66% | +22.2% |
| - SaaS | $3.9B | $3.5B | +11% | +11% | +1.5% |
| Software売上 | $5.9B | $6.1B | -3% | -5% | +2.7% |
| 営業利益(Non-GAAP) | $6.7B | $6.1B | +10% | +8% | +10.6% |
| 純利益(GAAP) | $6.1B | $3.2B | +95% | +89% | - |
| EPS(Non-GAAP) | $2.26 | $1.47 | +54% | +51% | - |
| RPO | $523B | $97B | +438% | - | +15% |
セグメント別パフォーマンス
| セグメント | Q2 FY2026売上 | 前年同期比 | 売上構成比 |
|---|---|---|---|
| Cloud | $8.0B | +34% | 50% |
| Software | $5.9B | -3% | 36% |
| Hardware | $0.8B | +7% | 5% |
| Services | $1.4B | +7% | 9% |
通期見通し(FY2026、2025年6月〜2026年5月)
Oracleは具体的な通期ガイダンスを公表していませんが、過去6ヶ月(H1 FY2026)の実績は以下の通りです:
| 項目 | H1 FY2026 | H1 FY2025 | 成長率 |
|---|---|---|---|
| 総売上 | $31.0B | $27.4B | +13% |
| Cloud売上 | $15.2B | $11.6B | +31% |
| 営業利益(Non-GAAP) | $13.0B | $11.8B | +10% |
重要な注意点: Q2の純利益には、Ampere売却による一時的利益$2.7B(税引前)が含まれています。この影響を除外すると、Non-GAAPベースの純利益成長率は+57%(GAAP EPSは+91%→実質的にはもっと低い)となります。
成長の質を見極める
①この成長は続くのか?
一時的要因の影響:
Oracleの決算には、以下の一時的要因が大きく影響しています:
- Ampere売却益($2.7B税引前): Q2のGAAP純利益$6.1Bのうち、約44%がこの一時的利益です。これを除外すると、純利益は実質$3.4B程度となり、前年同期比+8%程度の成長に過ぎません。
- RPO急増の背景: Meta、NVIDIAなどの大型契約により、Q2だけでRPOが$68B増加しました。しかし、RPOは「将来の契約売上」であり、「今期の実績売上」ではありません。
実力ベースの成長率:
一時的要因を除外した実力ベースの成長を計算すると:
- Non-GAAP営業利益成長率: +10%(恒常通貨ベース+8%)
- Cloud売上成長率(前四半期比): +11%(前年同期比+34%)
- IaaS成長率(前四半期比): +22%(前年同期比+68%)
前年同期比と前四半期比の両方で確認:
| 事業 | 前年同期比(YoY) | 前四半期比(QoQ) | 判定 |
|---|---|---|---|
| Cloud全体 | +34% | +11% | ✓ 両方で成長 |
| IaaS | +68% | +22% | ✓ 両方で加速 |
| SaaS | +11% | +1.5% | ⚠️ QoQで減速 |
| Software | -3% | +2.7% | ✗ YoYで減少 |
Oracleが「好調」と強調する事業の検証:
経営陣は「Multicloudデータベースビジネスが817%成長」と強調していますが、これは非常に小さなベースからの成長であり、全体売上に占める割合は明示されていません。一方で、Cloud Infrastructure(IaaS)の68%成長は、前四半期比でも+22%と確実に加速しており、この事業の経済的な堀が形成されつつあることを示唆しています。
経済的な堀の分析:
Oracleのクラウド事業における堀は以下の通りです:
- コスト優位性: 自動化されたデータセンター運営により、人件費とエラーコストを削減。Autonomous DatabaseとAutonomous Linuxが鍵。
- ネットワーク効果の萌芽: 211の稼働・計画中リージョンは競合を上回る規模。AWS、Google、Microsoft内に72のMulticloudデータセンターを構築中で、「クラウド中立性」戦略により顧客のロックインリスクを低減。
- 技術的専門性: AI訓練向けGPUクラスター構築の実績(Meta、NVIDIAとの契約)。
ただし、これらの堀はまだ浅いと言わざるを得ません。AWS、Azure、Google Cloudという圧倒的な先行者がおり、Oracleのマーケットシェアは依然として小さいためです。
②どのセグメント・地域に依存しているか?
セグメント別依存度:
| セグメント | 売上構成比 | 成長寄与度 |
|---|---|---|
| IaaS | 25% | 全体成長の約60% |
| SaaS | 24% | 全体成長の約15% |
| Software | 37% | マイナス寄与 |
Oracleの成長は、IaaSに極めて強く依存しています。IaaSは売上の25%に過ぎませんが、成長の60%を牽引しています。
地域別依存度:
| 地域 | Q2売上 | 構成比 | 成長率 |
|---|---|---|---|
| Americas | $10.5B | 65% | +17% |
| EMEA | $3.8B | 23% | +11% |
| APAC | $1.8B | 11% | +5% |
OracleはAmericas(主に米国)に強く依存しており、全体売上の65%を占めています。APAC(アジア太平洋)の成長は鈍化しており、グローバル展開の課題を示唆しています。
顧客依存リスク:
Q2のRPO増加$68Bのうち、Meta、NVIDIAといった大型顧客が大きな割合を占めています。これは喜ばしい一方で、少数の大口顧客への依存度が高まっていることを意味します。これらの顧客がAWS、Azure、Google Cloudに戻る可能性もゼロではありません。
③短期と長期視点の見通し
向こう1〜2四半期(短期):
- IaaSの継続的成長: AI訓練需要の高まりにより、向こう2四半期はIaaS売上が四半期ごとに15〜25%成長すると予想されます。
- SaaSの減速: Fusion Cloud ERPは+18%(前年同期比)と堅調ですが、前四半期比では+1.5%と減速しています。向こう2四半期は一桁台前半の成長にとどまる可能性があります。
- Ampere売却益の反動: Q3以降は一時的利益がなくなるため、GAAP純利益は大幅に減少します。
1〜3年(中長期):
- クラウド中立性戦略の効果: Multicloudデータセンター戦略が成功すれば、AWS、Azure、Google Cloud内でOracleデータベースを動かす顧客が増加し、「データベース企業」としての地位を強化できます。
- AI組み込みの成果: Autonomous Database、Cloudアプリケーション、データセンター運営ソフトウェアにAIを組み込むことで、競合との差別化を図れます。
- 従来型Softwareビジネスの衰退: オンプレミス型ソフトウェアは今後も減少し続けます。クラウドへの移行が完了するまで、この傾向は続くでしょう。
マーケティングの学び
①戦略的ピボット:「チップ中立性」への転換
何が起きたか:
- Oracleは、自社半導体子会社Ampereを売却し、$2.7B(税引前)の利益を得ました。
- 経営陣は「チップ中立性(Chip Neutrality)」政策を宣言し、NVIDIA、AMD、Intelなど全てのサプライヤーと協業する方針に転換しました。
なぜそうなったか:
- AI技術の進化スピードが速く、自社でチップ設計・製造するリスクが高まった。
- 顧客はNVIDIA GPUを強く希望しており、自社チップへのこだわりが顧客獲得の障害になっていた。
- 競合(AWS、Google、Azure)が独自チップ開発に注力する中、Oracleは「顧客が選んだチップを提供する」という差別化戦略を選択した。
どんな打ち手があったか:
- Ampere売却により、研究開発費と設備投資負担を削減。
- チップ調達の柔軟性を高め、顧客ニーズに迅速に対応できる体制を構築。
- 「自社技術へのこだわり」よりも「顧客中心主義」を優先する姿勢を明確化。
自社に活かせることは何か:
多くの企業は、「自社技術」や「垂直統合」に固執しがちです。しかし、Oracleの事例は、**「市場の変化に応じて、コア技術の定義を柔軟に変える勇気」**の重要性を教えてくれます。
Oracleにとってのコアは、「チップ製造」ではなく「高性能・低コストなクラウドインフラ運営」だったのです。マーケターとして学ぶべきは、「自社の本当のコア競争力は何か?」を常に問い直し、変化に合わせて再定義する柔軟性です。
②マルチクラウド戦略:「敵」の中に入り込む
何が起きたか:
- OracleはAWS、Google Cloud、Microsoft Azure内に、合計72のOracle Multicloudデータセンターを構築中です。
- これにより、顧客は「どのクラウドを使っていても、Oracleデータベースを動かせる」環境が整いつつあります。
- Q2時点でMulticloudデータベースビジネスは+817%成長(ただし絶対額は小さい)。
なぜそうなったか:
- 企業顧客の多くは、すでにAWS、Azure、Google Cloudを使用しており、Oracleクラウドへの全面移行はハードルが高い。
- 「Oracleクラウドかそれ以外か」という二者択一を強いると、顧客を失うリスクが高まった。
- 競合クラウド内でOracleを動かせるようにすれば、既存顧客を維持しつつ新規顧客も獲得できる。
どんな打ち手があったか:
- 「Oracle Cloud vs AWS/Azure/GCP」という競争構図から、「どのクラウドでもOracleを使える」というポジショニングへ転換。
- 競合クラウド事業者と提携し、彼らのプラットフォーム内にOracleインフラを構築。
- 顧客の乗り換えコストを下げ、「Oracleデータベースを使い続ける理由」を強化。
自社に活かせることは何か:
この戦略の本質は、**「市場シェア1位になれないなら、1位のプラットフォーム内で自社製品を提供する」**という発想の転換です。
多くの企業は「自社プラットフォームで囲い込む」ことに固執しますが、顧客がすでに別のプラットフォームを使っている場合、その固執が成長の足かせになります。Oracleは「敵の城内に入り込み、そこで戦う」ことを選びました。
マーケターとして学ぶべきは、「競争」と「協業」の境界線を柔軟に引き直し、顧客の利便性を最優先する戦略の重要性です。
③AI組み込み戦略:「プロダクトそのもの」にAIを埋め込む
何が起きたか:
- OracleはAutonomous Database(自律型データベース)とAutonomous Linux(自律型OS)により、データセンター運営を高度に自動化しています。
- AI訓練やAIモデル販売ではなく、「自社プロダクトにAIを組み込んで効率化・高機能化する」ことに注力しています。
なぜそうなったか:
- データセンター運営には膨大な人手とコストがかかり、人的ミスがシステム障害につながる。
- AIを活用した自動化により、運営コストを下げ、信頼性を高めることができる。
- 競合との差別化ポイントとして、「自動化されたクラウドインフラ」を前面に打ち出せる。
どんな打ち手があったか:
- データベース管理、OS管理をAIで自動化し、人的介入を最小化。
- Cloudアプリケーション(ERP、CRMなど)にもAIを組み込み、顧客企業の業務効率化を支援。
- 「AIを売る」のではなく、「AIで強化された製品を売る」というポジショニング。
自社に活かせることは何か:
多くの企業が「AIプロダクトを作る」「AIサービスを提供する」ことに躍起になっていますが、Oracleの戦略は異なります。**「既存プロダクトをAIで強化し、コスト削減と顧客価値向上を実現する」**というアプローチです。
マーケターとして学ぶべきは、「AIブームに乗って新規事業を立ち上げる」よりも、「既存事業にAIを組み込んで競争力を高める」方が再現性が高いということです。
結論:成長は本物か?
判定:「戦略転換期の過渡的成長」
Oracleの成長を一言で表すなら、「本物の成長の萌芽はあるが、一時的要因と戦略転換コストが混在しており、真の実力はこれから問われる」です。
本物と判断できる要素:
- IaaSの加速成長: 前年同期比+68%、前四半期比+22%と、両方の指標で明確に加速している。
- RPOの大幅増加: 大型顧客との長期契約獲得は、将来収益の安定性を示す。
- 戦略の明確化: チップ中立性、クラウド中立性、AI組み込みという3つの戦略軸が明確で、実行も始まっている。
一時的・不確実な要素:
- Ampere売却益: Q2純利益の約44%が一時的利益であり、実力ベースの成長率は低い。
- 大口顧客依存: Meta、NVIDIAなど少数の顧客に依存しており、継続性に不安がある。
- SaaSの減速: 前四半期比+1.5%と、成長が鈍化している。
経済的な堀の評価:
Oracleのクラウド事業における堀は、「Narrow Moat(狭い堀)」と評価します。以下の理由からです:
- コスト優位性: Autonomous技術による自動化は競合が真似するのに時間がかかる(5〜10年レベルの堀)。
- ネットワーク効果: 211リージョン展開は規模の経済を生むが、AWS(31リージョン以上)、Azure(60リージョン以上)には及ばない。
- 技術的専門性: Oracleデータベースの既存顧客基盤は強固だが、新規顧客獲得にはまだ課題がある。
結論: Oracleの成長は、「10年程度は維持できる構造的優位性」を築きつつありますが、AWS、Azure、Google Cloudという巨大な競合に対抗するには、さらに堀を深める必要があります。
リスクと懸念
| リスク項目 | インパクト | 発生確率 | 対策 |
|---|---|---|---|
| 大口顧客の離脱 | 大 | 中 | 顧客ベースの多様化、Multicloud戦略の加速 |
| AI需要の一巡 | 大 | 低〜中 | SaaS事業の強化、エンタープライズ顧客基盤の拡大 |
| AWS/Azure/GCPとの競争激化 | 大 | 高 | 差別化戦略(自動化、コスト優位性)の徹底 |
| Softwareビジネスの衰退加速 | 中 | 高 | クラウド移行の促進、サポート保守の高付加価値化 |
| 為替変動 | 中 | 中 | ヘッジ戦略、地域分散の推進 |
| Multicloud戦略の失敗 | 中 | 中 | 競合クラウド事業者との関係強化、技術投資の継続 |
| 経営陣の交代リスク | 低〜中 | 低 | 後継者育成、組織体制の強化 |
最大のリスクは「AI需要の一巡」と「AWS/Azure/GCPとの競争激化」です。現在のIaaS成長は、AIブームに支えられている部分が大きく、このブームが一段落すると成長率が大きく鈍化する可能性があります。
また、AWS、Azure、Google Cloudは莫大な資金力と技術力を持っており、Oracleの差別化ポイント(自動化、コスト優位性)を追随してくる可能性が高いです。
まとめ
Oracleからマーケターが学べる5つの実践的ヒント
この決算分析から、マーケターが学べる実践的な示唆を5つ挙げます:
- 「コア技術」の定義を柔軟に見直す: Oracleは自社チップ製造から撤退し、「チップ中立性」を選びました。市場環境の変化に応じて、何がコアで何がノンコアかを再定義する勇気を持ちましょう。
- 「敵」との協業も選択肢に入れる: Multicloud戦略は、競合クラウド内にOracleを展開するという大胆な戦略です。「競争」と「協業」の境界線を柔軟に引き直し、顧客価値を最大化する視点が重要です。
- AIは「売り物」ではなく「効率化の道具」として使う: Oracleは、AIで自社プロダクトを強化し、コスト削減と顧客価値向上を実現しています。AIブームに便乗するのではなく、既存事業を強化する視点を持ちましょう。
- 一時的要因と継続的成長を区別する: Ampere売却益のような一時的利益に惑わされず、前年同期比と前四半期比の両方で成長が加速しているかを確認しましょう。
- 大口顧客依存のリスクを認識する: Meta、NVIDIAといった大型顧客の獲得は喜ばしいですが、依存度が高まると事業の脆弱性が増します。顧客ベースの多様化を常に意識しましょう。
経済的な堀:「Narrow Moat(狭い堀)」
Oracleのクラウド事業における経済的な堀は、「Narrow Moat(狭い堀)」と評価します。
堀の種類:
- コスト優位性: Autonomous技術による自動化(5〜10年の優位性)
- 技術的専門性: Oracleデータベースの既存顧客基盤(10年以上の優位性)
- ネットワーク効果(弱): 211リージョン展開による規模の経済
堀の深さ: 10年程度は維持できる構造的優位性がありますが、AWS、Azure、Google Cloudという強力な競合が存在し、追随される可能性が高いため、堀の深さは限定的です。
最後に
Oracleの決算は、「好調な数字」と「一時的要因」が混在しており、表面的な数字だけでは真の成長力を見誤ります。しかし、戦略の明確化、IaaSの加速成長、Multicloud戦略の進展など、「本物の成長」への道筋は見え始めています。
マーケターとして重要なのは、「数字に踊らされず、戦略の本質を見抜く力」です。Oracleが今後、AWS、Azure、Google Cloudに対抗できるかどうかは、これから2〜3年の実行力にかかっています。
決算数字は「過去の結果」に過ぎません。真に注目すべきは、「その企業が描く未来のビジョンと、それを実現する戦略・実行力」なのです。
出典:Oracle IR


