はじめに
日本の観光産業において、インバウンド(訪日外国人旅行者)の重要性は年々高まっています。しかし、新型コロナウイルスの影響により、2020年以降、インバウンド数は大幅に減少しました。現在、徐々に回復の兆しが見えてきているものの、以前の水準に戻し、それ以上の数を達成するには更なる努力が必要です。
本記事では、日本のインバウンド数の推移を振り返るとともに、インバウンド数を増やすための具体的な戦略について解説します。マーケティング担当者の皆様が、自社のビジネスにこれらの戦略を適用し、インバウンド市場での成功を収めるための一助となれば幸いです。
日本のインバウンド数の推移
まず、日本のインバウンド数の推移を見てみましょう。以下の表は、2012年から2023年までの訪日外国人旅行者数の推移を示しています。
年 | 総数(万人) | 前年比(%) |
---|---|---|
2012 | 835.8 | 0.0 |
2013 | 1036.4 | 24.0 |
2014 | 1341.3 | 29.4 |
2015 | 1973.7 | 47.1 |
2016 | 2404.0 | 21.8 |
2017 | 2869.1 | 19.3 |
2018 | 3119.2 | 8.7 |
2019 | 3188.2 | 2.2 |
2020 | 411.6 | -87.1 |
2021 | 24.6 | -94.0 |
2022 | 383.2 | 1458.5 |
2023 | 2506.6 | 509.0 |
ここから以下のような傾向が読み取れます:
- 2012年から2019年まで、訪日外国人観光客数は着実に増加していました。
- 2020年にコロナウィルスの影響で急激な減少が見られ、前年比-87.1%となりました。
- 2021年は更に減少し、2020年と比べても94%減となりました。
- 2022年から回復の兆しが見え始め、2023年には大幅な増加を記録しています。2023年の訪日外国人観光客数は2022年の約6.5倍となっています。
- しかし、2023年の数値(約2506.6万人)は、パンデミック前のピークだった2019年(約3188.2万人)の約78.6%にとどまっています。
この統計は、日本の観光業界が直面した課題と、その後の回復過程を明確に示しています。
しかし、注意すべきは2024年前半から始まった行き過ぎた円安による影響です。訪日観光のお得感が円安により出ているようであれば本来の日本の魅力や対策による成果ではなく、一時的な数字となる可能性が高いと思われます。
なお政府が掲げている目標はこちらです。
訪日外国人旅行者数 : 2025年までに2019年水準(3,188万人)を超えること
原因把握
インバウンド数が大きく増えにくい原因として、以下の点が考えられます。
1. アクセシビリティの問題
言語の壁
多くの外国人観光客が日本滞在中にコミュニケーションの問題を経験しています。英語や中国語を話せるスタッフが少ないことや、多言語表示の不足が指摘されています。
地方へのアクセス制限
地方への誘客が難しい一因として、地方へのアクセスの悪さが挙げられます。特に東アジア以外の地域からの直行便が少ないことが課題です。
2. 受け入れ態勢の不備
人手不足
観光関連産業では深刻な人手不足が続いています。特に多言語対応可能なスタッフの確保が難しく、インバウンド受け入れに不安を感じる事業者が多くいます。
宿泊施設の不足
大都市圏を中心に宿泊施設が不足しており、特に繁忙期には予約が取りにくい状況が続いています。
3. コスト面の課題
高コスト化
円安により日本旅行の魅力が高まる一方で、宿泊費や交通費の高騰により、一部の観光客にとっては旅行コストが上昇しています。
地方での物価
地方では都市部に比べて物価が高い場合があり、これが地方への誘客を難しくしている一因となっています。
4. 魅力発信の不足
地方の魅力発信不足
地方の観光資源の魅力発信が十分でなく、外国人観光客の関心を引きつけられていない面があります。
体験型コンテンツの不足
近年の観光トレンドである体験型観光のコンテンツが十分に整備されていない地域があります。
5. 国際情勢の影響
政治的緊張
特定の国との関係悪化により、その国からの観光客が減少するリスクがあります。これは特に中国や韓国からの観光客数の変動に影響を与えています。
感染症の影響
新型コロナウイルスの影響により、2020年以降、訪日外国人観光客数が激減しました。回復傾向にあるものの、完全な回復には時間がかかっています。
6. 市場別の課題
成熟市場での停滞
韓国や台湾など、訪日旅行が成熟している市場では、新たな魅力の創出や差別化が必要となっています。
新興市場の開拓不足
東南アジアやインドなど、今後の成長が期待される市場に対する戦略的なアプローチが不十分な面があります。
これらの課題に対処することで、日本のインバウンド数の更なる増加が期待できるでしょう。政府や観光業界が協力して、受け入れ態勢の強化、多言語対応の充実、地方の魅力発信、市場別の戦略的アプローチなどに取り組むことが重要です。
日本のインバウンド数を増やすための策
日本のインバウンド数を増やすためには、様々な角度からのアプローチが必要です。以下に、効果的な戦略をいくつか紹介します。
1. デジタルマーケティングの強化
デジタル技術を活用したマーケティングは、インバウンド数を増やす上で非常に重要です。具体的には以下のような施策が考えられます:
- 多言語対応のウェブサイト作成:日本語だけでなく、英語、中国語、韓国語など、主要な訪日外国人の母国語に対応したウェブサイトを作成します。
- SNSの活用:Instagram、Facebook、Twitter、WeChatなど、各国で人気のSNSを活用し、日本の魅力を発信します。
- インフルエンサーマーケティング:海外の有名インフルエンサーを招致し、日本の観光地や文化を紹介してもらいます。
- バーチャルツアーの提供:VR技術を活用し、日本の観光地をバーチャルで体験できるコンテンツを提供します。
2. ターゲット市場の明確化と戦略的プロモーション
効果的なプロモーションを行うためには、ターゲット市場を明確にし、各市場に適した戦略を立てることが重要です。日本政府観光局(JNTO)の「訪日マーケティング戦略」では、以下のような市場別戦略が提案されています:

市場 | ターゲット | 訴求パッション(テーマ) |
---|---|---|
中国 | 富裕層、若年層 | 日本食、ショッピング、温泉 |
韓国 | リピーター、若年層 | 日本食、温泉、自然 |
台湾 | リピーター、シニア層 | 日本食、温泉、自然、文化体験 |
米国 | 富裕層、アドベンチャー志向層 | 文化体験、自然、日本食 |
欧州 | 文化関心層、アドベンチャー志向層 | 伝統文化、自然、日本食 |
各市場のターゲットに合わせて、効果的なプロモーション戦略を立てることが重要です。
3. 高付加価値旅行の促進
インバウンド数を増やすだけでなく、訪日外国人旅行者の消費額を増やすことも重要です。そのために、高付加価値旅行の促進が注目されています。
高付加価値旅行の例:
- ラグジュアリーホテルやリゾートでの滞在
- 伝統工芸体験
- プライベートガイド付きツアー
- ミシュラン星付きレストランでの食事
これらの高付加価値サービスや体験zを提供することで、訪日外国人旅行者の満足度を高め、消費額の増加につなげることができます。
4. 地方誘客の促進
訪日外国人旅行者の多くは、東京や大阪などの大都市に集中しがちです。しかし、日本の魅力は地方にも多く存在します。地方誘客を促進することで、インバウンド数の増加と地域経済の活性化、そしてサステナブルな観光を同時に達成することができます。
地方誘客促進のための施策:
- 地方空港の国際線拡充:地方への直接アクセスを改善します。
- 地方の魅力発信:各地方の独自の文化、自然、食などを積極的にPRします。
- 広域観光ルートの開発:複数の地方を巡る魅力的な観光ルートを開発し、提案します。
- 体験型観光の充実:農業体験、伝統工芸体験など、地方ならではの体験プログラムを充実させます。
5. MICE誘致の強化
MICE(Meeting, Incentive Travel, Convention, Exhibition/Event)の誘致は、ビジネス目的の訪日外国人を増やす効果的な方法です。
MICE誘致強化のための施策:
- 国際会議場やイベント施設の整備:世界水準の施設を整備し、大規模な国際会議やイベントを誘致します。
- ユニークベニューの活用:歴史的建造物や文化施設など、日本ならではのユニークな会場を活用します。
- アフターMICEプログラムの充実:会議やイベント後の観光プログラムを充実させ、滞在期間の延長を促します。
- MICE専門人材の育成:MICE誘致・運営のプロフェッショナルを育成します。
他国のインバウンド戦略、施策から学べること
インバウンド数で言うとフランスが最も多いです。インバウンド数で世界一を誇る要因から、以下のような点を学ぶことができます:
- 豊富な観光資源の活用
- フランスは歴史的建造物、美術館、自然景観など多様な観光資源を有し、それらを効果的に活用しています。パリのエッフェル塔やルーヴル美術館だけでなく、地方の魅力も積極的にアピールしています。
- 戦略的な観光政策
- フランス政府は観光を重要産業と位置付け、長期的な戦略を立てて取り組んでいます。例えば、ATOUT フランス(フランス政府観光局)を設立し、官民一体となったプロモーション活動を展開しています。
- 交通インフラの整備
- 高速鉄道網や空港など、国内外からのアクセスを容易にする交通インフラが整備されています。
- 多様な観光体験の提供
- 文化、芸術、ガストロノミー、ショッピングなど、多様な観光体験を提供し、幅広い層の観光客を惹きつけています。
- 持続可能な観光への取り組み
- 環境に配慮した観光開発や、地域社会との共生を重視した取り組みを行っています。
また、フランス以外のインバウンドに成功している国々の施策から、日本が学べる点は以下の通りです:
- スペイン: 地域の特色を活かした観光振興
- 各地方の独自性を活かした観光プロモーションを展開し、多様な魅力を発信しています。
- イタリア: 文化遺産の保護と活用
- 豊富な文化遺産を保護しつつ、観光資源として効果的に活用しています。
- タイ: ホスピタリティの強化
- 「微笑みの国」として知られるタイは、ホスピタリティ教育に力を入れ、リピーター獲得に成功しています。
- オーストラリア: 自然を活かしたアドベンチャーツーリズム
- 豊かな自然環境を活かし、ユニークな体験型観光を提供しています。
- シンガポール: 最新技術を活用した観光サービス
- AIやVRなどの最新技術を観光に取り入れ、新しい観光体験を創出しています。
これらの事例から、日本が学べる主な点は以下の通りです:
- 地域の特色を活かした多様な観光コンテンツの開発
- 文化遺産の保護と観光資源としての活用の両立
- ホスピタリティ教育の強化によるサービス品質の向上
- 自然環境を活かした体験型観光の促進
- 最新技術を活用した新しい観光サービスの創出
- 持続可能な観光開発への取り組み強化
- 官民一体となった戦略的な観光プロモーションの展開
これらの点を参考に、日本の強みを活かしつつ、弱点を補完する形でインバウンド戦略を構築することが重要ではないでしょうか。
まとめ
日本のインバウンド数を増やすためには、多角的なアプローチが必要です。以下に、本記事のkey takeawaysをまとめます:
- デジタルマーケティングを強化し、多言語対応やSNS活用を進める
- ターゲット市場を明確にし、各市場に適した戦略的プロモーションを行う
- 高付加価値旅行を促進し、訪日外国人旅行者の消費額増加を目指す
- 地方誘客を促進し、日本の多様な魅力を発信する
- MICE誘致を強化し、ビジネス目的の訪日外国人を増やす
これらの戦略を適切に組み合わせ、継続的に実施することで、日本のインバウンド数を増やし、観光産業の発展につなげることができるでしょう。マーケティング担当者の皆様は、これらの戦略を参考に、自社のビジネスに最適なアプローチを見出し、実践していくことが重要です。