はじめに
2025年12月2日、日本発のロボティクス企業Mujinが364億円という大型資金調達を発表しました。NTTグループとカタール投資庁を主要投資家とするこの調達は、製造・物流業界に革命をもたらす「フィジカルAI」市場への本格参入を意味しています。
あなたは物流センターや製造現場で、こんな課題に直面していませんか?
「人手不足で生産性が上がらない」「ロボット導入したいけど、設定が複雑で諦めた」「多品種少量生産に対応できる柔軟な自動化システムが見つからない」
Mujinは、まさにこうした悩みを解決するために生まれた企業です。この記事では、なぜMujinがトヨタ、花王、イオン、ユニクロといった大手企業から選ばれ、わずか14年で累計596億円の資金を集めるに至ったのか、そのビジネスモデルと技術的優位性を徹底解説します。
読み終える頃には、「フィジカルAI」という次世代の自動化技術がどのように産業を変えていくのか、そしてあなたのビジネスにどう活かせるのかが明確になるはずです。
Mujinとは何か:企業概要と創業の背景
2011年創業、50年間不可能だった技術を実用化
Mujinは2011年、日本人の滝野一征氏とブルガリア出身のロセン・デアンコウ氏によって東京で創業されました。デアンコウ氏はカーネギーメロン大学でロボット工学の博士号を取得した研究者で、50年間不可能とされてきた「モーションプランニング技術」のロボットへの実用化に世界で初めて成功しました。
従来の産業用ロボットは、人間が一つひとつの動きを事前にプログラミング(ティーチング)する必要がありました。これは時間とコストがかかるだけでなく、専門知識も必要とするため、多くの企業にとってロボット導入の大きな壁となっていたのです。
Mujinの革新性は、「これを、ここに、こうしたい」という高次の命令を与えるだけで、ロボット自身が最適な動作を自動生成する点にあります。まるで人間が「あの箱をトラックに積んで」と指示するだけで、相手が最適な方法を考えて実行してくれるようなイメージです。
ミッション:人間を過酷な労働から解放する
Mujinが掲げるミッションは明確です。
「過酷な労働から人々を解放し、人類が創造性、技術革新、そして世界をより良くする活動に集中できる世界を実現する」
このビジョンの背景には、世界的な人手不足という社会課題があります。日本では2030年までに644万人の労働力不足が予測され、アメリカでも製造業における熟練工の不足が深刻化しています。単純作業や重労働にかかる時間を、より創造的な仕事に振り向ける──これがMujinの目指す世界観なのです。
グローバルな人材構成が生む競争力
Mujinの特徴の一つが、その多国籍なチーム構成です。カーネギーメロン、スタンフォード、MIT、東京大学、北京大学など、世界トップクラスの大学出身者が20カ国以上から集結しています。
この多様性が、グローバルな視点での問題解決と、各地域の市場ニーズへの柔軟な対応を可能にしています。実際、Mujinは東京本社に加え、アメリカ(ジョージア州アトランタ)、中国に拠点を構え、約300名の従業員を擁するグローバル企業へと成長しました。
MujinOSの革新性:ロボット業界の「Windows」を目指す
MujinOSとは何か
Mujinの中核を成すのが「MujinOS」という統合自動化プラットフォームです。これは、パソコンでいうWindowsやMacOSのような存在で、異なるメーカーのロボットアーム、AGV(無人搬送車)、センサーなどを統一的に制御できる「ロボット業界の共通OS」なのです。
従来のロボット導入では、各メーカーごとに異なる操作方法を学ぶ必要があり、複数のロボットを連携させるには高度な専門知識が必要でした。MujinOSはこの課題を根本から解決します。
MujinOSの3つのコア技術
| 技術要素 | 機能 | 具体的な効果 |
|---|---|---|
| リアルタイムデジタルツイン | 現実世界とデジタル空間を常時同期 | 在庫管理の精緻化、トラブルの早期発見、ワークフロー最適化 |
| 高度なモーションプランニング | ロボットが自律的に最適な動作経路を計算 | ティーチング作業の削減、タクトタイム(作業時間)の最短化 |
| 統合制御システム | 複数のロボットとAGVを一元管理 | システム構築の簡素化、導入コストの削減 |
リアルタイムデジタルツインの威力
MujinOSの最大の特徴が、現実の工場や倉庫をリアルタイムでデジタル空間に再現する「デジタルツイン」技術です。
これは単なる「見える化」ツールではありません。現場で起きているロボットの動作、在庫の移動、エラー情報などをすべてデータとして蓄積し、デジタル空間で検証と最適化を繰り返すことで、複雑で変動のある作業の自律化を可能にするのです。
例えば、物流センターで新しい商品の取り扱いが始まったとします。従来なら、ロボットに新しい動作をティーチングする必要がありましたが、MujinOSではデジタルツイン上でシミュレーションを行い、最適な動作パターンを自動生成します。そして、その設定を現実のロボットに即座に反映できるのです。
ティーチレス技術:30分でセットアップ完了
Mujinが2025年11月に発表した次世代パレタイザー「Mujin単載パレタイザー」は、その技術力を象徴する製品です。
- 処理能力: 最大1,400ケース/時間
- セットアップ時間: わずか30分
- 専門知識: 不要(直感的なWebUIで操作)
- 対応範囲: 100種類以上の通い箱に対応
従来のロボットシステムでは、専門エンジニアが数週間かけて設定を行う必要がありました。それが30分で完了するというのは、まるでスマートフォンのアプリをダウンロードして即座に使えるような感覚です。
この「誰でも使える」という点が、中小企業を含む幅広い層へのロボット普及を可能にする鍵となっています。
Mujinのビジネスモデル分析:なぜ競合は脅威を感じるのか
ハードを持たない戦略の深謀遠慮
Mujinのビジネスモデルで最も注目すべきは、「ロボット本体を製造しない」という戦略です。これは一見すると奇妙に思えるかもしれません。ロボット企業なのに、なぜロボットを作らないのでしょうか?
答えは、ハードウェアメーカーを競合ではなく、パートナーにするためです。
もしMujinが独自のロボットアームを製造すれば、ファナックや安川電機、ABBといった大手ロボットメーカーと競合関係になります。しかしソフトウェアに特化することで、「Mujinのコントローラーを使えば、あなたのロボットがもっと売れますよ」という提案ができるのです。
プラットフォーム戦略の破壊力
この戦略の破壊力を理解するために、スマートフォン市場を例に考えてみましょう。
AppleやSamsungなどのハードメーカーが端末を製造し、GoogleがAndroid OSを提供しています。ここで重要なのは、OSを握る企業が膨大な利益を得るという点です。なぜなら、ソフトウェアは一度開発すれば、販売するたびに原価がほとんどかからず、売れば売るほど利益率が上がるからです。
Mujinはまさにこのモデルをロボット業界に持ち込んでいます。ロボットアーム自体は各メーカーから購入しますが、制御システム、カメラとの連携、稼働状況モニタリングといった付加価値の高い部分はすべてMujin製品になります。
ロボットメーカーのジレンマ
この戦略は、既存のロボットメーカーにとって複雑な心境を生み出しています。
| 側面 | ロボットメーカーの視点 | Mujinの影響 |
|---|---|---|
| 販売機会 | Mujin経由でロボットが売れる | プラス効果 |
| 利益率 | ハード販売のみで、ソフトの利益はMujinへ | マイナス効果 |
| ブランド力 | 最終顧客には「Mujinのシステム」として認識される | 希薄化リスク |
| 対抗策 | Mujinとの提携を拒否? | 販売機会の損失リスク |
FA業界の専門家は、このジレンマを「生かさず殺さず」の状況と表現しています。Mujin経由でロボット自体は売れ続けるため完全に排除はできないが、商売の幅が狭まってしまうという複雑な構図です。
総合オートメーション企業への進化
2024年、Mujinは「株式会社Mujin Japan」という子会社を設立し、ビジネスモデルをさらに進化させました。
従来の「ロボットコントローラー販売」から、「自動化コンサルティング」→「システムインテグレーション」→「運用サポート」までをワンストップで提供する総合オートメーション企業へと変貌を遂げたのです。
滝野CEOは自社のビジネスを「経営コンサルに近い」と表現しています。なぜなら、生産コストの1%を削減するだけで企業の収益に大きなインパクトを与えるため、オペレーション全体をデータドリブンで改善する提案を行うからです。
これは単なるロボット販売ではなく、顧客企業のバリューチェーン全体の最適化を担う立場への進化を意味します。
最新動向:NTT提携と364億円調達が示す戦略
2025年12月2日の発表
つい昨日、Mujinは3つの重要な発表を行いました。
- NTT・NTTドコモビジネスとの資本業務提携
- シリーズDラウンドで364億円(233百万ドル)の資金調達
- 累計資金調達額596億円達成
この調達の内訳は、第三者割当増資が209億円、デット(銀行借入)が155億円です。特筆すべきは、15の銀行や金融系事業会社が支援に名乗りを上げた点で、これはMujinの事業の安定性と成長性が金融機関からも高く評価されていることを示しています。
主要投資家の顔ぶれが物語る信頼性
| 投資家 | 意義 |
|---|---|
| NTTグループ(共同リード) | 日本最大級の通信・ITインフラ企業、IOWN構想との連携 |
| カタール投資庁(共同リード) | 中東の政府系ファンド、グローバル展開への布石 |
| 三菱HCキャピタルリアルティ | 不動産・物流分野での実績、物流自動化市場への展開 |
| Salesforce Ventures | 世界最大級のCRM企業、データ活用・クラウド技術の融合 |
この投資家の顔ぶれから読み取れるのは、Mujinが単なる「日本のロボット企業」から、グローバルな産業インフラを担う企業へと認識されているという事実です。
NTT提携の戦略的意義
NTTとの提携は、単なる資金調達以上の意味を持ちます。両社が目指すのは、以下の3つの融合です。
IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)は、NTTが推進する次世代光通信技術です。従来の電気信号ではなく光信号で大容量データを超低遅延で伝送できるため、リアルタイムでのロボット制御や、複数拠点の同時管理が可能になります。
想像してみてください。東京本社のオペレーターが、アメリカやヨーロッパの工場にあるロボットをリアルタイムで監視し、トラブルが発生したら即座にデジタルツイン上で対策を検証して、現場のロボットに反映する──こうした未来が、すぐそこまで来ているのです。
調達資金の使途:3つの戦略軸
Mujinは今回の資金を、以下の3つの戦略に投下すると明言しています。
1. MujinOSのプロダクト化加速
これまでMujinは、顧客ごとにカスタマイズしたシステムを提供する「受注生産型」のビジネスモデルでした。今後は、パレタイジング、ピッキング、トラック荷降ろしなど、用途別にパッケージ化した製品ラインナップを拡充し、「すぐ使える製品」として提供するモデルへシフトします。
これは、iPhoneのように「誰でも買って、すぐ使える」ロボットシステムを目指すということです。
2. グローバル展開の本格化
現在、Mujinの主要市場は日本とアジアですが、今回の資金で欧米市場への本格進出を図ります。特にアメリカとヨーロッパは、EC市場の成長と人手不足により、自動化需要が急拡大しているからです。
滝野CEOは「日本企業は自動車メーカーに追随する」と述べており、トヨタなどの日系メーカーの海外工場への導入を足がかりに、現地企業への拡販を狙っています。
3. ワールドクラスエンジニアの採用
技術力こそが競争優位の源泉であるMujinにとって、優秀な人材の確保は死活問題です。今回の資金で、世界中から最高峰のエンジニアを採用し、次世代のロボットプラットフォームを構築します。
市場環境とポテンシャル:15年で50倍の成長市場
ロボット自動化市場の急拡大
Mujinが活動する産業用ロボット市場は、驚異的なスピードで成長しています。
市場規模の予測データ:
| 予測機関 | 対象 | 市場規模予測 | 成長率(CAGR) |
|---|---|---|---|
| Fortune Business Insights | 世界の産業用ロボット市場全体 | 2032年に555億ドル | 14.19% |
また、Mujinの滝野CEOは「産業用ロボット市場は今後15年で50倍になる」と予測しています。この背景には、3つの強力な追い風があります。
3つのメガトレンド
1. 世界的な人手不足の深刻化
| 地域 | 状況 | Mujinへの影響 |
|---|---|---|
| 日本 | 2030年までに644万人の労働力不足（パーソル総合研究所の2019年調査） | 国内市場の急拡大 |
| アメリカ | 製造業の熟練工不足が深刻化 | 北米市場への進出機会 |
| ヨーロッパ | 移民政策の変化と高齢化 | 欧州市場の開拓余地 |
| 中国 | 一人っ子政策の影響で労働人口減少 | 既存市場のさらなる深耕 |
2. EC市場の爆発的成長
新型コロナを経て、ECは一時的なトレンドから「生活インフラ」へと変貌しました。これに伴い、物流センターでの処理能力が飽和状態にあります。
Amazonの物流センターでは、ピーク時に1日あたり数百万個の荷物を処理する必要があり、人力だけでは物理的に不可能です。荷物の数は今後も増えていくと言われています。こうした大規模物流施設では、Mujinのような高度な自動化システムが不可欠なのです。
3. 多品種少量生産への対応
現代の製造業は「マスカスタマイゼーション」の時代に突入しています。顧客一人ひとりのニーズに合わせた製品を、大量生産のコストで提供する──この矛盾した要求を満たすには、柔軟に対応できる知能ロボットが必要です。
従来のロボットは「同じ動作の繰り返し」には最適でしたが、頻繁に製品が変わる環境では再ティーチングのコストが膨大になります。MujinOSなら、デジタルツイン上でシミュレーションして即座に対応できるため、多品種少量生産との相性が抜群なのです。
PESTEL分析:マクロ環境の追い風
さらに、Mujinを取り巻くマクロ環境を整理してみましょう。
| 要因 | Mujinへの影響 |
|---|---|
| 政治的(Political) | 各国政府が製造業のDXを政策的に支援、補助金制度の拡充 |
| 経済的(Economic) | インフレによる人件費高騰→自動化投資のROI向上、低金利環境での設備投資促進 |
| 社会的(Social) | 労働環境改善への社会的要請、「きつい・汚い・危険」な3K仕事からの脱却 |
| 技術的(Technological) | AI・センサー技術の進化、5G/6GによるIoT普及、デジタルツイン技術の成熟 |
| 環境的(Environmental) | 物流最適化によるCO2削減、エネルギー効率化への貢献 |
| 法的(Legal) | ロボット安全規格の整備、労働安全衛生法の改正 |
これらの要因はすべて、Mujinのビジネスに追い風として作用しています。
成功要因分析:なぜMujinは選ばれるのか
Who/What/How分析:Mujinの戦略的ポジショニング
続いて、Who/What/Howフレームワークを用いて、Mujinの成功要因を分析してみます。
Who(誰に):ターゲット顧客の明確化
Mujinが狙うのは、以下の課題を抱える企業です。
| 顧客セグメント | 抱える課題(Job to be Done) | Mujinの提供価値 |
|---|---|---|
| 大手製造業 | 多品種少量生産への対応、グローバル展開 | 工場間での標準化、迅速な立ち上げ |
| 物流企業 | EC需要急増、人手不足、コスト削減圧力 | 処理能力の大幅向上、24時間稼働 |
| 3PL事業者 | 顧客ごとに異なる要件への対応 | 柔軟なシステム構成、短期導入 |
| 中堅企業 | 専門人材不足、初期投資の負担 | 簡単操作、段階的導入可能 |
ジョブ理論の視点で見ると、顧客が「雇って(hire)」いるのは「ロボット」ではなく、「人手不足の解決」「コスト削減」「柔軟性の確保」といった**ジョブ(仕事・課題)**なのです。
Mujinはこの本質を理解し、単なるハードウェア販売ではなく、課題解決のためのプラットフォームを提供しているのです。
What(何を):独自の価値提案
| 要素 | 従来のロボットシステム | Mujinの提供価値 |
|---|---|---|
| 導入期間 | 数ヶ月〜1年 | 30分〜数週間 |
| 専門知識 | 高度なプログラミング技能必須 | 直感的UI、専門知識不要 |
| 柔軟性 | 用途変更に再ティーチング必要 | デジタルツイン上で即座に変更可能 |
| 可視性 | ブラックボックス | リアルタイムで全データ可視化 |
| メーカー依存 | 特定メーカーのロボットのみ | 複数メーカーのロボットを統合制御 |
| 拡張性 | システムごとに個別管理 | プラットフォームで一元管理 |
How(どのように):実行方法の差別化
Mujinの競争優位性は、以下の3つの「How」に集約されます。
- ハードを持たない戦略
- ロボットメーカーとの競合回避
- 高利益率のソフトウェアビジネスへの集中
- パートナーエコシステムの構築
- プロダクト化への転換
- 受注生産からパッケージ製品へ
- スケーラビリティの確保
- 導入コストと期間の劇的な短縮
- トータルエンジニアリング
- コンサルティングから運用まで一貫サポート
- 顧客の経営課題レベルでの提案
- 長期的なパートナーシップの構築
実績が証明する信頼性
Mujinの技術力は、その導入実績が物語っています。
主要顧客企業(一部)
| 業種 | 企業名 | 導入効果 |
|---|---|---|
| 製造業 | トヨタ自動車、花王、キヤノン、SCREEN | 生産ラインの自動化、品質向上 |
| 小売 | イオン、カインズ、ユニクロ | 物流センターの生産性向上 |
| 物流 | アスクル、ニチレイ、PALTAC | 出荷能力の大幅増強 |
| EC | JD.com(京東)、ファンケル | ピーク時対応、多品種対応 |
| 海外 | UNIQLO(米国)、大手3PL | グローバル展開の実績 |
特筆すべきは、2025年12月時点で2,000以上のシステムを導入済みという実績です。CAGR(年平均成長率)72%という驚異的なペースで導入が進んでおり、顧客満足度の高さを裏付けています。
受賞歴が示す社会的評価
Mujinはこれまでに23の賞を受賞しており、その技術革新性と社会貢献が高く評価されています。
| 賞 | 授与機関 | 意義 |
|---|---|---|
| 内閣総理大臣賞 | 内閣府「日本オープンイノベーション大賞」 | 日本最高峰の技術革新賞 |
| 経済産業大臣賞 | 日本ロジスティクスシステム協会 | 物流DXへの貢献 |
| 文部科学大臣賞 | 科学技術と経済の会 | 技術経営・イノベーション |
| スタートアップ・オブ・ザ・イヤー2023 | ペガサス・テック・ベンチャーズ | その年最も活躍したスタートアップ |
これらの受賞は、Mujinが単なる民間企業としての成功を超えて、日本の産業競争力強化に貢献する社会的存在として認識されていることを示しています。
今後の展望と課題
次の成長ステージ:5つの戦略領域
Mujinは今後、以下の5つの領域に注力すると表明しています。
1. MujinOSのグローバルスタンダード化
現在のWindowsやAndroid OSのように、「産業用ロボットといえばMujinOS」という認識を世界中で確立することが最大の目標です。これが実現すれば、Mujinはロボット業界のインフラプレイヤーとして、圧倒的な市場支配力を獲得できます。
2. AI-Centric ICTプラットフォームの構築
NTTとの提携により、単なるロボット制御を超えた、AIを中核とした次世代産業プラットフォームの構築を目指します。
このエコシステムが完成すれば、工場や物流センターは単独で最適化されるのではなく、サプライチェーン全体で連携して動く「生きたシステム」へと進化します。
3. 新規アプリケーションの開発
現在は物流センターでのピッキング・パレタイジングが主力ですが、今後は以下の領域への展開を計画しています。
| 新規領域 | 市場機会 | Mujinの強み |
|---|---|---|
| マシンテンディング | 工作機械への部品供給・取り出し | 多品種対応、ティーチレス |
| トラック荷降ろし | 物流センターのボトルネック工程 | 独自開発のTruckBot |
| 食品製造 | 繊細な製品ハンドリング | 高精度センシング技術 |
| 医薬品 | クリーンルーム環境での自動化 | 高信頼性システム |
4. パートナーエコシステムの拡大
2025年、Mujinは初めて「パートナープログラム」を立ち上げました。これは、世界中のシステムインテグレーター(SI)企業にMujinOSのライセンスを提供し、彼らを通じた販売網を構築する戦略です。
これにより、Mujin自身がすべての案件に対応するのではなく、各地域の優良SI企業が「MujinOS認定パートナー」としてサービスを提供する体制を構築します。これはまさに、MicrosoftがWindowsのOEMライセンスを各PCメーカーに供与するモデルと同じ発想です。
5. 人間とロボットの協働(HRI)技術
NTTとの協業で注目されるのが、HRI(Human-Robot Interaction)技術の開発です。これは、人間とロボットが同じ空間で安全に、効率的に作業する技術で、完全自動化が難しい工程でも自動化を進められる可能性を秘めています。
例えば、重い部品の持ち上げはロボットが担当し、繊細な組み付けは人間が行う、といった協働作業が実現します。
克服すべき3つの課題
一方で、Mujinが今後克服すべき課題も存在します。
1. 人材獲得競争
ロボティクスとAI分野は世界的に人材獲得競争が激化しています。GoogleやAmazon、Teslaといった巨大テック企業が莫大な報酬を提示する中、Mujinがいかに優秀な人材を惹きつけるかが鍵となります。
この点で、日本という立地は一長一短です。日本の製造業との近さという利点がある一方、グローバルな人材市場での競争力確保が課題です。
2. グローバル展開のローカライゼーション
滝野CEOは「現地の人材が現地オペレーションを管理する」と述べていますが、日本で培った企業文化やノウハウを、いかに海外拠点に移転するかは大きな挑戦です。
特にアメリカ市場は、日本とは商習慣やビジネススピードが大きく異なるため、現地化戦略が成功の鍵を握ります。
3. 技術進化への継続的対応
AI技術は日進月歩で進化しています。特に、OpenAIやGoogleが開発する「基盤モデル(Foundation Model)」のロボット版である「ロボット基盤モデル」が注目されています。
Mujinは独自技術を磨きつつも、こうした最新技術をいかに取り込むかという、技術戦略のバランスが求められます。NTTとの提携で、生成AI(LLM)やワールドモデルを統合していく計画は、この課題への一つの回答と言えるでしょう。
10年後のMujin:3つのシナリオ
今後10年間で、Mujinはどのような進化を遂げるでしょうか。3つのシナリオを考えてみます。
シナリオ1:グローバルスタンダードの確立(楽観シナリオ)
MujinOSが産業用ロボットの事実上の標準OSとなり、世界中の工場・物流センターで稼働。企業価値は1兆円を超え、東京証券取引所に上場。「産業インフラ企業」として、ファナックやキーエンスと並ぶ日本の産業技術の象徴的存在に。
シナリオ2:特定領域でのリーダーシップ維持(中立シナリオ)
物流・製造分野で確固たる地位を築くも、他の有力プレイヤーも台頭し、市場は分散化。Mujinは特に複雑な自動化案件に強みを持つ「プレミアムブランド」として評価される。企業価値は3,000億円規模で安定成長。
シナリオ3:大手企業による買収(変化シナリオ)
MujinOSの戦略的価値を認めたGoogleやAmazon、あるいは産業機器メーカーが買収を提案。経営陣は「より大きなインパクトを与えるため」に買収を受け入れ、巨大企業の一部門として世界展開を加速。
どのシナリオが実現するかは、今後5年間の戦略実行次第ですが、いずれにせよMujinが産業自動化の未来を形作る重要なプレイヤーであることは間違いありません。
まとめ:Mujinから学ぶ5つの教訓
最後に、Mujinの成功から読み取れる、マーケティングとビジネス戦略の教訓を整理します。
| 教訓 | Mujinの実践 | あなたのビジネスへの応用 |
|---|---|---|
| 1. 顧客の真のJobを理解する | ロボット販売ではなく「人手不足の解決」を提供 | 顧客が本当に達成したいことは何か?製品機能ではなく、ジョブに焦点を当てる |
| 2. ハードではなくプラットフォームを握る | ロボット本体は作らず、OSで支配 | 業界のどの層を握れば最大の価値を生み出せるか?利益率の高い領域に集中 |
| 3. パートナーエコシステムを構築する | ロボットメーカーを競合ではなく協力者に | 競合になりうる企業を、いかに味方につけるか?Win-Winの関係設計 |
| 4. 技術の民主化で市場を拡大する | 専門知識不要のティーチレスシステム | 「使いにくさ」が普及の壁になっていないか?UXの革新で市場を広げる |
| 5. グローバル視点で創業時から設計する | 多国籍チーム、複数拠点展開 | ローカル市場に閉じず、最初からグローバル展開を視野に入れる |
明日からできる3つのアクション
- あなたの業界で「Mujin的ポジション」は取れないか考える → ハードとソフトのどちらを握るべきか?既存プレイヤーとどう協業するか?
- 顧客のJobを深掘りするインタビューを実施する → 「何を買っているか」ではなく「なぜ買っているか」「本当に達成したいことは何か」を探る
- 自社製品・サービスの「民主化」可能性を検討する → 専門知識がなくても使えるようにできないか?導入ハードルを下げる施策は?