はじめに:マーケターが注目すべき「アリーナ」という新視点
マーケティング戦略を考える上で「業界」や「市場」を定義するのは基本中の基本ですが、今後のビジネスにおいてはその枠組みでは不十分かもしれません。McKinsey Global Instituteのレポート『The Next Big Arenas of Competition』は、業界ではなく“アリーナ(競争領域)”という新しい視点で市場の成長と変化を捉えることの重要性を提唱しています。
マーケターにとって重要なのは、「どの市場で勝負するべきか?」「その市場は成長しているか?」「競争のルールが変わりつつあるか?」という問いに対して、データとロジックをもとに未来を見通す力です。本レポートはそのヒントを与えてくれます。
なおレポートはこちらから誰でもダウンロード可能です。
本レポートの概要
McKinsey Global Institute(MGI)のレポート『The Next Big Arenas of Competition』は、今後10〜15年の間にグローバル経済に大きな影響を与えるとされる「18の次世代成長市場(アリーナ)」を明らかにしたものです。
本レポートの主旨は、「業界」という静的なフレームでは捉えきれない、横断的で動的な“成長の主戦場=アリーナ”を特定し、それらがどのように誕生し、どのような構造で拡大し、企業の競争戦略をいかに変えるかを示す点にあります。
アリーナとは何か?業界との違い
比較項目 | アリーナ | 従来の業界 |
---|---|---|
定義 | 高成長かつ高ダイナミズムな競争領域 | 技術・製品のカテゴリで区分された市場 |
特徴 | 市場シェアのシャッフル率が高い、競争が激化 | 市場構造が固定化しがち、成長が緩やか |
投資 | エスカレート型(競争の激化で投資拡大) | 安定運用型(ROI重視) |
勝ち筋 | 技術革新、事業モデル革新、需要の爆発的成長 | 差別化、コスト競争、ブランディング |
この「アリーナ」の視点で見ると、競争優位性を築くには従来とは異なるアプローチが必要になります。
Chapter 1:今日のアリーナから学ぶ競争の構造
2005〜2020年の間に形成された「今日のアリーナ」は以下の通りです:
- ソフトウェア
- 半導体
- コンシューマーインターネット
- eコマース
- 電気自動車(EV)
- クラウドサービス
- デジタル広告
- バイオ医薬品
- 情報支援型ビジネスサービス
- ビデオ&オーディオ・エンタメ
これらの共通点は、「デジタル経済との親和性が高い」「ネットワーク効果が働きやすい」「グローバル展開が可能」などであり、プレイヤー間の投資競争が成長を加速させる“エスカレート競争”が発生していました。
このようなアリーナでは、パワーバランスの変化が速く、新たな企業が一気に台頭する一方で、既存の大企業が脱落するリスクも非常に高いのが特徴です。
たとえば、デジタル広告領域では、MetaやGoogleに続いてTikTokが急成長を遂げている一方で、伝統的メディアの存在感は薄れつつあります。まさに、成長と競争が両立する“ダイナミズム”の象徴です。
Chapter 2:アリーナを生む「魔法のレシピ」
MGIはアリーナの誕生には以下の3要素が共通すると指摘しています。
アリーナ創出の3要素(Arena-Creation Potion)
要素 | 内容 | マーケター視点での解釈 |
---|---|---|
技術・事業モデルの飛躍 | 例:生成AI、モバイル通信の進化 | プロダクトの差別化とバリュープロポジションの革新 |
エスカレート型投資 | 成長期待によるR&D、広告、M&A拡大 | ブランディングや認知獲得への継続的コミット |
大きなアドレサブル市場 | 潜在的ニーズが大きい or 成長中 | 新しいWho/Whatの開拓と拡張 |
この3要素が揃うことで、アリーナは生まれます。逆にいえば、どれか1つでも欠けると持続的成長は難しくなります。マーケターは、単なる製品力だけでなく「拡張性」と「資金投入の持続力」、そして「市場ニーズの爆発力」に目を向けなければなりません。
Chapter 3:未来のアリーナ18選とその示唆
McKinseyの分析によると、2040年までに最大48兆ドル規模の成長ポテンシャルを持つとされる「未来のアリーナ」は以下の18種に分類されます。ここでは、それぞれのアリーナがもたらす社会的インパクト、市場構造の転換、そしてマーケターにとっての実務的な意義を掘り下げます。
1. eコマース(拡張型購買体験)
- キーワード:パーソナライズ、自動化、クロスチャネル
- 注目点:生成AIによるレコメンド精度の進化、ライブコマース、地方中小事業者の越境EC化
2. AIソフト&サービス
- キーワード:オートメーション、創造性の拡張、LLM活用
- 注目点:GPTやClaudeの台頭、SaaS × AIの新潮流、社内業務効率の可視化と再構築
3. クラウドサービス
- キーワード:分散型インフラ、ゼロトラスト、データ主権
- 注目点:エッジコンピューティングの普及、クラウド原価の低下と中小企業への浸透
4. 電気自動車(EV)
- キーワード:エコロジー、スマートグリッド、ライドシェア
- 注目点:充電インフラ整備とローカル政府との連携、アフターサービスのUX戦略化
5. デジタル広告
- キーワード:Cookieレス時代、ゼロパーティデータ、没入型広告
- 注目点:SNS外広告(音声、AR)、リテールメディアの台頭、ABMとの連動
6. 半導体
- キーワード:AIハードウェア、地政学リスク、国策化
- 注目点:サプライチェーンの脱中国化、独自プロセッサ開発(Tesla, Apple)
7. 自動運転(AV)
- キーワード:MaaS、都市交通革命、AIナビゲーション
- 注目点:ラストワンマイル配送の進化、高齢化社会への対応としての有効性
8. 宇宙産業
- キーワード:衛星、宇宙旅行、宇宙資源
- 注目点:通信網再構築(Starlinkなど)、気候変動予測、宇宙太陽光発電の研究段階
9. サイバーセキュリティ
- キーワード:ゼロトラスト、デジタル耐性、IoT保護
- 注目点:中小企業の防衛体制構築、教育機関・自治体との連携強化
10. バッテリー技術
- キーワード:蓄電、急速充電、資源循環
- 注目点:リチウム代替素材、V2G(Vehicle to Grid)、家庭用蓄電池の普及
11. モジュール建設
- キーワード:DX建設、スマートビルディング、3Dプリント
- 注目点:工期短縮、省人化、カスタマイズ住宅市場の拡大
12. ストリーミング動画
- キーワード:オリジナルIP、ファンダム戦略、T-commerce
- 注目点:バンドルモデルの普及、広告付き無料視聴モデル(FAST)
13. ゲーム
- キーワード:メタバース、eスポーツ、バーチャル経済
- 注目点:UGC(ユーザー生成コンテンツ)、インゲーム広告、クロスプラットフォーム
14. ロボティクス
- キーワード:製造業DX、介護支援、協働ロボット
- 注目点:物流・工場の自動化、小売業・医療業への波及
15. 非医療バイオテック
- キーワード:培養肉、合成微生物、バイオ素材
- 注目点:環境負荷の低減、フードテック、バイオ燃料
16. 空飛ぶクルマ(eVTOL)
- キーワード:アーバンエアモビリティ、電動垂直離着陸、空域管理
- 注目点:空港外発着点の設計、都市インフラとの統合、規制緩和動向
17. 肥満治療薬
- キーワード:GLP-1、新薬開発、ウェルネス×医療
- 注目点:生活習慣病との連動、保険適用範囲の拡張、D2Cモデルとの接続
18. 原子力(新型核融合等)
- キーワード:次世代エネルギー、小型炉、カーボンフリー
- 注目点:規制の変化、投資のグローバル化、産学連携の促進
これらのアリーナに共通するのは、技術と社会変化の複合による“再定義”の動きです。マーケターにとっては、単なるカテゴリ把握ではなく、「どのような価値観変化が需要を生むのか」「誰が新しい顧客になるのか」といったWho/What再設計の視点が不可欠です。
また、これらアリーナの成長には政策的・規制的支援が欠かせない点にも注意が必要です。
マーケターが今すぐできる3つの行動提案
アリーナという視点を戦略に取り入れるために、マーケターが「今すぐ」取り組める3つのアクションを以下に整理しました。いずれも、難しいフレームワークや大規模な組織改変を必要とせず、明日から取りかかれる実践的な視点です。
行動 | 目的 | 詳細内容 | 実践のヒント |
---|---|---|---|
1. 自社が属する市場がアリーナ化している兆候を見極める | 戦う市場の見直し | 成長率、競争の激しさ、資本流入などから「アリーナ化」の兆候を察知。従来の業界分類ではなく、横断的視点(例:自動車×ソフトウェア、ヘルスケア×AI)で捉え直す。 | ・3C分析+Sカーブ分析で顧客と競合の変化を可視化 ・GoogleトレンドやCrunchbaseで投資動向を調べる |
2. 競合がとっている投資行動を定点観測する | プレファレンスの形成競争に遅れない | アリーナでは「先に多く投資した者が優位」に立つ傾向が強い。広告費、R&D、買収活動、パートナー戦略などを定期的にウォッチ。 | ・競合企業の決算資料、IRニュースをチェック ・広告出稿量をSimilarWebやPathmaticsで確認 |
3. 新規事業や商品開発時に「アリーナ」視点を組み込む | 新しい成長の芽を逃さない | 新規事業の構想段階で18アリーナとどこが重なるかを確認。参入可能性・成長性・技術接続性・ブランド適応性を考慮して構想の精度を高める。 | ・既存サービスとのクロスユースの可能性を顧客インタビューで探る ・PoC段階でLPや広告出稿して反応テストを行う |
まとめ:次の“勝ち筋”は「アリーナを選ぶ力」から始まる
「誰に」「何を」「どうやって」届けるか──このWho/What/Howを考える上で、そもそも「どこで戦うのか(=アリーナ)」という視点が欠けていては、どんな施策も中途半端になりかねません。
McKinseyが定義する“アリーナ”は、単なる業界再編ではありません。
それは、テクノロジー・消費者意識・資本投下・規制変化が複雑に絡み合って誕生する“未来の成長フィールド”です。
マーケターがアリーナの概念を活用することで、以下のような効果が得られます:
- 「成長市場」に先回りして戦える:変化の兆しを掴むことで、まだ競争が本格化していないうちに仕込みができる
- 「プレファレンス」を形成する軸を見誤らない:誰と、何で、どう戦うのかの設計が市場特性と一致する
- 「意思決定の精度」が上がる:戦略における仮説設定の前提がズレないため、社内合意形成や投資判断がスムーズ
これからのマーケティングは、「機能がいい」だけでは勝てません。
誰よりも早く、どこで戦うかを見抜き、そのアリーナの文脈に合ったWhat/Howを設計する──それが、次の時代の“勝ち筋”です。
市場の地殻変動を見抜き、変化をチャンスに変える目を、いまマーケターは問われています。