はじめに
マーケティング担当者や事業責任者の皆さんは、「なぜ特定の観光地が世界中の旅行者から選ばれ続けるのか」という問いと日々向き合っているのではないでしょうか。消費者の選択理由を深く理解することは、自社の観光地やサービスが市場で選ばれる確率を高めるための重要な鍵となります。
本記事では、世界有数の観光地であるハワイを例に、このデスティネーションが観光客から選ばれる理由を多角的に分析していきます。この分析を通じて、以下のメリットを得ることができるでしょう:
- 持続的な人気を維持する観光地ブランディングの方法論を学べる
- 顧客の深層心理に訴求する効果的なデスティネーションマーケティング戦略を理解できる
- 既存市場でのポジショニングを強化するための具体的な施策を発見できる
老若男女問わず世界中から愛されるハワイの観光戦略を紐解きながら、あなたの観光関連ビジネスにも応用できる実践的な知見を提供していきます。
1. ハワイの基本情報

地域の概要
ハワイは、アメリカ合衆国の50番目の州として1959年に加わった南太平洋の島嶼群です。「アロハスピリット」に代表される独自のホスピタリティ文化と美しい自然環境を強みとし、「パラダイス」や「楽園」というポジショニングを確立しています。ハワイのブランドビジョンは「マラマハワイ(Mālama Hawaiʻi)」というコンセプトを中心に、持続可能な観光を推進することで、環境と文化を保護しながら来訪者に特別な体験を提供することを目指しています。
URL:https://www.allhawaii.jp/(ハワイ州観光局 公式サイト)
主要観光地・サービスラインナップ
- オアフ島(ホノルル、ワイキキビーチ、ノースショア、真珠湾など)
- マウイ島(ハレアカラ国立公園、ラハイナ、ハナ・ハイウェイなど)
- ハワイ島(キラウエア火山、マウナケア、コナなど)
- カウアイ島(ナパリ・コースト、ワイメア渓谷など)
- 体験型アクティビティ(サーフィン、フラダンス、ルアウなど)
- 文化遺産(イオラニ宮殿、プウホヌア・オ・ホナウナウなど)
最新の業績データ
ハワイの観光業は、COVID-19パンデミック前は毎年約1,000万人の訪問者を迎え、州の主要産業として経済を牽引していました。2024年にはパンデミック後の回復を見せ、約970万人の観光客が訪れ、観光関連収入は206億ドルに達しています。これは2019年の177億ドルからで約17%の増加となっており、着実な成長を示しています。州全体のGDPの21.2%、雇用の22.3%を観光産業が占めており、ハワイ経済における重要性がうかがえます。
出典:ハワイ政府 Visitor Industry Continued Improvement in December 2024
州の観光戦略も単なる量的拡大から質的向上へとシフトしており、一人当たりの支出額増加を目指す取り組みが進んでいます。特に日本からの観光客は依然として重要な市場で、北米に次ぐ第2位の送客市場となっています。
これほどハワイが観光地として選ばれている理由について、下記で明らかにしていきます。
2. 市場環境分析
まずはハワイが所属している観光地カテゴリーは顧客の何を解決しているのかを考えてみましょう。
市場定義:顧客のジョブ(Jobs to be Done)
ハワイが解決する主な顧客のジョブは以下の通りです:
- 「日常から逃れて本物のリラックスを体験したい」: 美しいビーチや自然環境、温暖な気候の中でストレスからの解放を求めるジョブ(機能的・感情的ジョブ)
- 「異文化と交流しながら自己啓発の機会を得たい」: ハワイの多文化環境や伝統に触れることで、異文化理解や自己成長を図るジョブ(社会的・感情的ジョブ)
- 「特別な思い出を作り、人生の節目を祝いたい」: ハネムーンや記念日など、人生の重要なイベントを特別な場所で祝いたいというジョブ(社会的・感情的ジョブ)
- 「安全かつ手軽に海外旅行体験を楽しみたい」: 言語の壁が少なく、インフラが整った環境で海外旅行を体験したいというジョブ(機能的ジョブ)
これらのジョブの量は、特に先進国の中間層以上では非常に多く、優先度も高いと考えられます。特に「日常からの解放」と「特別な思い出作り」は、多くの人にとって喫緊のジョブであり、ハワイという解決策に対する需要は安定しています。
競合状況
観光地としてのハワイの主要競合は、以下のような存在が考えられます:
- カリブ海リゾート地(バハマ、ジャマイカなど):同様に温暖な気候とビーチリゾートを提供
- 東南アジアのリゾート地(バリ、プーケットなど):エキゾチックな文化体験と低コスト
- 南太平洋の島々(フィジー、タヒチなど):同様の熱帯環境とポリネシア文化
- 国内リゾート(日本人にとっての沖縄、アメリカ人にとってのフロリダなど):より近距離で似た体験
- ヨーロッパの文化観光地(パリ、ローマなど):異なる種類の文化体験を提供
この中でハワイは、「アメリカの安全性・利便性」と「エキゾチックな島文化」を兼ね備えた独自のポジションを確立しています。
POP/POD/POF分析
次に、観光地カテゴリーで戦って勝っていくために必要な要素を整理していきましょう。
Points of Parity(業界標準として必須の要素)
- 安全で清潔な宿泊施設とインフラ
- 美しい自然環境(ビーチ、山、景観など)
- 一定レベル以上の観光アクティビティ
- アクセスの利便性(国際空港、移動手段など)
- 多言語対応や観光情報の充実
- 飲食店や土産物店などの観光関連サービス
Points of Difference(差別化要素)
- 「アロハスピリット」に象徴される独自のホスピタリティ文化
- ポリネシア文化とアメリカの安全性・利便性の融合
- 多様な島ごとの個性(オアフの都市型、マウイの高級感、ハワイ島の冒険性など)
- 豊富なマリンアクティビティ(サーフィン発祥の地としての正統性)
- 年間を通じた温暖な気候と安定した観光シーズン
- 多様な民族・文化が融合した独自のローカルフード文化
Points of Failure(市場参入の失敗要因)
- 治安の悪化や自然災害のリスク
- インフラの老朽化や不十分なサービス品質
- 過剰な商業化による文化的真正性の喪失
- 観光客と地元民との対立や摩擦
- 環境破壊や持続可能性への懸念
- 価格競争力の低下(高コスト化)
ハワイは観光地としてのPOPを確保しつつ、「アロハスピリット」や「多島・多様性」といった独自のPODを強みに、競争優位性を確立しています。一方で、オーバーツーリズムや物価高といったPOFリスクへの対策も進めています。
PESTEL分析
次に、観光地カテゴリーは各視点で見たときに追い風なのか、向かい風なのかを見ていきましょう。
Political(政治的要因)
- 機会:米国の政治的安定性、観光促進政策、日本を含む多国との良好な関係
- 脅威:入国規制や査証要件の厳格化、国際情勢の不安定化
Economic(経済的要因)
- 機会:世界的な中間層の拡大、アジア市場の経済成長、体験型消費へのシフト
- 脅威:航空燃料の高騰、インフレによる旅行コスト上昇、景気後退による旅行需要減少
Social(社会的要因)
- 機会:ワーケーション需要の拡大、持続可能な旅行への関心高まり、SNS映えする体験への需要
- 脅威:オーバーツーリズムへの批判、地元コミュニティとの軋轢、文化の商品化への懸念
Technological(技術的要因)
- 機会:オンライン予約システムの進化、バーチャル観光の普及(プロモーション手段として)、AI活用による個別化サービス
- 脅威:サイバーセキュリティリスク、テクノロジー導入のコスト負担、デジタルディバイド
Environmental(環境的要因)
- 機会:エコツーリズムへの関心高まり、持続可能な観光実践への評価、自然保護の取り組み
- 脅威:気候変動による海面上昇、自然災害の増加、生態系への観光圧力
Legal(法的要因)
- 機会:先住民の権利保護法制の整備、持続可能な観光に関する法的枠組みの確立
- 脅威:環境規制の強化によるコスト増、労働法制の変更、プライバシー保護規制の厳格化
世界の観光市場は、COVID-19パンデミックからの回復途上にありつつも、2024年には国際観光到着数が970万人に達し、約2019年の1040万人の93%まで回復しています。特に米国内からの旅行需要は堅調で、安全性と親しみやすさ、そして文化的多様性を持つハワイにとって追い風となっています。
一方で、持続可能性への関心の高まりや、より真正な体験を求める傾向、そしてテクノロジーの活用などの新しいトレンドへの対応が求められています。
3. ブランド競争力分析
続いて、ハワイ自体の強み、弱みは何で、それらが今の外部環境の中でどう活かしていけるのか、いくべきなのかを見ていきましょう。
SWOT分析
Strengths(強み)
- 世界的に認知された「ハワイ」ブランドとイメージ
- 温暖な気候と年間を通じて楽しめる美しい自然環境
- 「アロハスピリット」に代表される独特のホスピタリティ文化
- アメリカ領内でありながらポリネシア文化を持つ独自性
- 充実した観光インフラ(ホテル、空港、交通網など)
- 多様な島々による複数回訪問の魅力(リピーター創出)
- 日本を含むアジア市場からの地理的アクセスの良さ
Weaknesses(弱み)
- 高い旅行コスト(宿泊費、食費、アクティビティ費用など)
- 一部インフラの老朽化(道路、公共施設など)
- 島間移動の制約(主に航空機に依存)
- オーバーツーリズムによる環境・社会的課題
- 観光収入の季節的・市場的変動への依存
- 他の観光地との差別化要素の希薄化(グローバル化による)
- 経済の観光依存度の高さ(経済的脆弱性)
Opportunities(機会)
- 持続可能な観光(レスポンシブル・ツーリズム)への世界的関心の高まり
- デジタルノマドやワーケーション需要の拡大
- アジア市場(特に中国、韓国、東南アジア)からの新たな観光客層
- 文化・体験型観光の需要増加
- 高級・長期滞在型観光の拡大
- 環境保全と観光を結びつけた新たな観光モデルの開発
- テクノロジーを活用した観光体験の拡充(AR/VRなど)
Threats(脅威)
- 気候変動による海面上昇やハリケーンなどの自然災害リスク
- より低コストで似た体験を提供する競合観光地(東南アジアなど)の台頭
- パンデミックなどのグローバルな健康危機の再発可能性
- 持続可能性への懸念による観光規制の強化
- 地元住民と観光客の間の摩擦拡大
- 文化の商品化による真正性の喪失
- 航空燃料価格上昇などによる旅行コストの増大
クロスSWOT戦略
SO戦略(強みを活かして機会を最大化)
- 「マラマハワイ」のコンセプトを軸にした持続可能な観光の先進地としてのポジショニング強化
- ワーケーション需要に応える長期滞在プログラムの開発(島ごとの異なる体験を含む)
- アジア市場向けに文化的共感を育むプロモーション戦略(例:日本との歴史的つながり)
- 島ごとの個性を活かした差別化された体験型観光の推進
WO戦略(弱みを克服して機会を活用)
- 持続可能な観光開発による環境負荷低減と高付加価値観光の両立
- デジタル技術を活用した分散型観光の推進(混雑緩和と新エリア開発)
- 島間移動の改善と複数島周遊の促進による滞在期間の延長
- 観光収入を環境保全や文化保護に還元するシステムの強化
ST戦略(強みを活かして脅威に対抗)
- 気候変動対策の先進地としてのブランディング(クリーンエネルギー、持続可能性)
- 「本物のハワイ体験」の価値訴求による価格競争からの差別化
- 地元コミュニティとの協働による観光開発(摩擦軽減と文化真正性の維持)
- 複数の市場セグメントへのアプローチによるリスク分散
WT戦略(弱みと脅威の両方を最小化)
- 観光の量から質への転換(一人あたり支出額増加の施策)
- インフラ更新と環境保全の両立による観光資源の長期的保全
- 観光以外の産業(テクノロジー、サステナブルエネルギーなど)の育成
- 現地住民と観光客の交流促進による相互理解の醸成
これらの分析から、ハワイは「持続可能性」と「文化的真正性」を軸に、量より質を重視した観光戦略へとシフトしていることがわかります。価格競争ではなく、唯一無二の文化的体験という価値提案によって差別化を図ることが、今後の競争優位性の鍵となるでしょう。
4. 消費者心理と購買意思決定プロセス
続いて、ハワイを訪れる観光客はなぜこの観光地を選ぶのか、その購買行動の構造を複数パターンで見ていきましょう。
オルタネイトモデル分析
パターン1:家族向け定番リゾート訪問
- 行動: 家族で夏休みにハワイへ旅行する
- きっかけ: 学校の長期休暇、家族で過ごす特別な時間を作りたい
- 欲求: 家族全員が楽しめる安全で思い出に残る体験をしたい
- 抑圧: 高額な旅行費用への不安、言語の壁、子連れ旅行の煩わしさ
- 報酬: 家族の絆の強化、子どもの成長機会の提供、親としての満足感
このパターンでは、「安全性」と「多世代で楽しめる多様なアクティビティ」がハワイ選択の決め手となっています。特に、日本語対応の充実や、食事の選択肢の豊富さ、子ども向けプログラムの存在が、抑圧要因を軽減する重要な要素となっています。
パターン2:ハネムーンカップル
- 行動: 新婚旅行でハワイを選択する
- きっかけ: 結婚という人生の重要なイベント
- 欲求: 二人だけの特別な思い出を作りたい、SNSで共有できる華やかな体験
- 抑圧: 予算の制約、期待値が高すぎることへの不安、定番すぎる選択への葛藤
- 報酬: 特別な二人だけの時間、ロマンチックな体験の共有、新たな人生の門出を祝う満足感
このパターンでは、「ロマンティックなイメージ」と「行きやすさと特別感のバランス」がハワイ選択の決め手です。結婚という特別なイベントの祝福として、手配のしやすさと非日常体験のバランスが重要視されています。
パターン3:リピーター・本物志向の旅行者
- 行動: ハワイの別の島や観光客の少ないエリアを訪問する
- きっかけ: 以前のハワイ訪問での良い経験、観光地化されていない本物のハワイへの関心
- 欲求: 地元の文化や自然をより深く理解したい、観光客向けではない体験をしたい
- 抑圧: 人気スポットを見逃す不安、言語や交通手段などの障壁
- 報酬: 観光客とは異なる特別な体験の獲得、現地文化への理解深化、自己成長感
このパターンでは、「文化的真正性」と「ディープな体験」がハワイを再訪する決め手となっています。ワイキキやアラモアナなどの定番スポットを超えた、より深いハワイ体験への欲求が満たされることで、ハワイへの愛着が強化されています。
オルタネイトモデル分析から見えてくるのは、ハワイが単一の欲求ではなく、「安全と冒険」「馴染みやすさと異文化体験」「定番と独自性」といった相反する要素のバランスを提供することで、多様な消費者の潜在的欲求に応えている点です。
本能的動機
続いて、このハワイ観光が人間のどの本能に刺さっているのかも整理していきます。
生存本能に訴求する要素
- 温暖で快適な気候による心身のリラックス効果
- 豊かな自然環境(海、山、植物)による原初的な安心感
- アメリカという安全・安定した政治体制の信頼感
- 整備されたインフラと医療システムによる安全保障
- トロピカルフルーツなど豊富な食資源の存在
生殖本能に訴求する要素
- 美しい環境での特別な体験共有による絆の強化
- ロマンチックなサンセットビーチなど、カップル向けの環境
- 非日常的な環境下での新たな自分の発見(自己成長)
- 社会的ステータスとしての「ハワイ旅行体験」の共有価値
- コミュニティの一員となる体験(フラレッスンなど)を通じた所属欲求
8つの欲望への訴求
- 安らぐ: ビーチでの日光浴、スパトリートメント、のんびりとした「ハワイ時間」
- 進める: サーフィンなど新しいスキルの習得、ハワイ文化学習による自己成長
- 決する: 旅行中の様々な選択(アクティビティ、食事、ショッピング)による自己決定感
- 有する: お土産やハワイならではの商品の購入、思い出の収集
- 属する: 「ハワイ通」というアイデンティティ、現地文化体験による一時的な所属感
- 高める: SNSでのハワイ体験共有による社会的承認、特別な体験達成による自尊心向上
- 伝える: 旅行体験の共有、新しい文化や言語との出会い
- 物語る: 自分自身のハワイストーリーの創造と語り継ぎ
特に「安らぐ」「属する」「物語る」の3つの欲望に強く訴求しており、これがハワイ観光の強みとなっています。ハワイは単なる観光地ではなく、「アロハスピリット」という独自の文化的概念を通じて、訪問者に深い心理的安らぎと所属感をもたらし、そして自分の人生の物語の特別な一章として記憶に残る体験を提供しています。
5. ブランド戦略の解剖
これまで整理した情報をもとに結局、ハワイはどういう人のどういうジョブに対して、なぜ選ばれているのか、そしてどうその価値を届けているのかをまとめていきます。
Who/What/How分析
パターン1:安全・手軽な海外体験を求める家族層
Who(誰に): 子どもを含む家族連れ、特に国際旅行経験が限られている層
Who(JOB): 安全に家族全員が楽しめる海外体験をしたい、子どもに異文化経験を与えたい
What(便益): 言語サポートが充実した安全で手軽な国際的リゾート体験
What(独自性): アメリカの安全性・利便性とエキゾチックな島文化の両立
What(RTB): 日本語対応の充実度、ファミリー向け施設の多さ、治安の良さ
How(プロダクト): ファミリールームのあるホテル、子ども向けアクティビティ、食の選択肢
How(コミュニケーション): 家族の思い出づくりを訴求する広告、安全性の強調
How(場所): オアフ島を中心に、アクセスの良いビーチリゾート
How(価格): 航空会社とホテルのパッケージによる値ごろ感の提供
この戦略は、「海外旅行への不安」というバリアを取り除きながら、「家族の絆を深める特別な体験」という価値を提供しています。特に初めての海外旅行としてハワイを選ぶ日本や韓国の家族層にとって、言語サポートの充実と親しみやすい食文化は大きな選択理由となっています。
パターン2:特別な節目を祝うカップル
Who(誰に): ハネムーンカップル、記念日を祝うカップルなど
Who(JOB): 特別な人生の節目を祝い、思い出に残る経験をしたい
What(便益): ロマンチックで美しい環境での二人だけの特別な時間
What(独自性): 遠すぎず近すぎない距離感、楽園イメージと実用性のバランス
What(RTB): 長年のハネムーン先としての実績、カップル向けプログラムの充実
How(プロダクト): カップルスパ、サンセットクルーズ、ロマンチックディナーなど
How(コミュニケーション): ロマンティックなイメージ訴求、写真映えするロケーション
How(場所): マウイ島など、より静かで高級感のあるリゾートエリア
How(価格): プレミアム価格ながら「一生に一度の経験」として価値訴求
この戦略は、「特別な節目」という文脈において、高い価格に見合う思い出に残る体験を提供することに焦点を当てています。特にソーシャルメディアでシェアできる視覚的に美しい体験デザインが、現代のカップルにとって重要な選択要因となっています。
パターン3:文化的真正性を求めるリピーター
Who(誰に): 複数回ハワイを訪れているリピーター、より深い体験を求める旅行者
Who(JOB): 観光地化されていない「本物のハワイ」を体験し、より深く文化と自然を理解したい
What(便益): 観光客の少ないエリアでの現地文化と自然の深い体験
What(独自性): 各島の独特の文化や自然環境の多様性、地元コミュニティとの交流
What(RTB): 島ごとに異なる地理的・文化的特徴、地元ガイドとの連携
How(プロダクト): エコツアー、文化体験プログラム、地元主催のフェスティバル
How(コミュニケーション): 持続可能性や文化学習を強調、「マラマハワイ」コンセプト
How(場所): カウアイ島やハワイ島など、より自然が豊かで観光地化が進んでいない島々
How(価格): 高付加価値体験に対するプレミアム価格設定
この戦略は、ハワイの多様性と奥深さを活かし、リピーターに新しい体験を提供することで、一度きりではなく継続的に訪れる目的地としてのポジショニングを強化しています。環境保全や文化保護に関心の高い層に対して、「責任ある旅行者」としての自己実現機会を提供している点が特徴です。
成功要因の分解
ハワイが観光地として成功している要因を分解していきましょう。
ブランドのポジショニングと独自価値:
- 「近いエキゾチック」としてのポジショニング: アメリカの一部でありながら、独自の文化と自然を持つ島々という特異なポジション
- 多様性と選択肢の豊富さ: 初心者からリピーターまで、求める体験によって選べる島々とアクティビティ
- 「アロハスピリット」の文化的差別化: おもてなしの心を表す独自の文化概念が観光体験全体に一貫性をもたらす
- 安全性と冒険のバランス: 整備されたインフラの中で適度な冒険や文化的発見を体験できる環境
コミュニケーション戦略の特徴:
- 視覚的訴求力の最大化: 美しいビーチや自然環境の視覚イメージを創造して、活用した宣伝
- 「マラマハワイ」コンセプトの訴求: 単なる観光ではなく、ハワイの自然や文化を守り育てることへの参加を促す
- セグメント別の異なるメッセージ: 家族連れには安全性と多様な楽しみ、カップルには特別な体験、リピーターには文化的深みを訴求
- 口コミ効果の最大化: ソーシャルメディアを通じた体験共有の促進、インフルエンサーの活用
価格戦略と価値提案の整合性:
- 価格帯の多様性: 高級リゾートからお手頃なコンドミニアムまで、幅広い選択肢の提供
- 価値に基づく差別化: 単なる「南の島」ではなく、特別な文化的体験という付加価値の訴求
- 長期滞在促進策: 複数島訪問パッケージや長期滞在割引によるトータル消費額の最大化
- シーズン戦略: オフシーズンの価格調整による年間を通じた需要平準化
カスタマージャーニー上の差別化ポイント:
- 認知段階: メディアや映画などを通じた「楽園」イメージの強化、リピーターによる口コミ
- 検討段階: 多様な島の選択肢提示、目的別の推奨プランによる意思決定サポート
- 予約段階: パッケージツアーなどによる予約の容易さ、現地サポート情報の充実
- 体験段階: 「アロハスピリット」に基づく一貫したホスピタリティ、現地文化との触れ合い
- 共有段階: SNS映えするロケーションの豊富さ、体験を形に残すためのお土産品
顧客体験(CX)設計の特徴:
- 五感への訴求: 風景(視覚)、音楽(聴覚)、食事(味覚)、花の香り(嗅覚)、砂や海(触覚)を通じた包括的体験
- 参加型文化体験: フラダンスやウクレレのレッスン、伝統料理体験など
- カスタマイズの自由度: アクティブからリラックスまで、自分のペースで選べる体験の幅
- ストーリーテリングの一貫性: ハワイの歴史や文化を織り込んだ体験設計
- リピーターを意識した体験の階層化: 初心者向けから上級者向けまで、訪問回数に応じた異なる体験提案
見えてきた課題
ハワイの観光戦略について分析を進めてきた中で、外的・内的要因からくる課題も見えてきました。
外部環境からくる課題と対策:
- オーバーツーリズムと環境負荷
- 課題: 観光客の増加による自然環境への負荷、地元住民との摩擦
- 対策: 収容力に基づいた入場制限の導入、環境負荷の少ない観光形態の推進、地域社会への観光収益の還元
- 気候変動による脅威
- 課題: 海面上昇、サンゴ礁の白化、極端な気象現象の増加
- 対策: 環境保全への観光収入の投資、気候変動対策の先進地としてのブランディング、持続可能な観光インフラの整備
- デジタル化の急速な進展
- 課題: オンライン予約の主流化、SNSによる情報拡散、バーチャル観光の台頭
- 対策: デジタルマーケティングの強化、予約システムの最適化、リアルな体験の価値の再定義
内部環境からくる課題と対策:
- 観光依存型経済の脆弱性
- 課題: パンデミックなどの外的ショックに対する脆弱性、過度な観光依存
- 対策: 経済の多様化推進、テクノロジーや持続可能エネルギー産業の育成、長期滞在型観光の促進
- インフラの老朽化と更新需要
- 課題: 道路、空港、水道などのインフラ老朽化、持続可能な更新の必要性
- 対策: 観光税の戦略的活用、環境に配慮したインフラ更新、PPP(官民パートナーシップ)の活用
- 文化の商品化のジレンマ
- 課題: 観光向けに簡略化・商品化される文化的要素、真正性の喪失
- 対策: 地元コミュニティ主導の文化プログラム支援、文化教育の強化、真正性のある体験の価値訴求
これらの課題に対応するため、ハワイは「量から質へ」というパラダイムシフトを進めており、一人当たりの消費額増加と滞在日数延長を目指しています。また、「マラマハワイ」というコンセプトを通じて、単なる観光地ではなく、訪問者と地元が協力して守り育てる場所というブランド再定義を図っています。
6. 結論:選ばれる理由の統合的理解
総合的に見て、競合や代替手段がある中でハワイはなぜ選ばれるのでしょうか。
消費者にとっての選択理由
機能的側面:
- アクセスのしやすさ: 主要国際空港からの直行便の多さ、入国手続きの比較的な容易さ
- インフラの整備: 安全で充実した宿泊施設、交通手段、医療施設など
- 多様な選択肢: 島ごとに異なる体験、宿泊施設の価格帯の幅広さ、アクティビティの豊富さ
- 言語サポート: 日本語など多言語対応の充実、言語障壁の低さ
- 年間を通じた温暖な気候: 季節を問わず楽しめる安定した気候条件
感情的側面:
- 「アロハスピリット」の温かさ: おもてなしの心を感じさせるホスピタリティ文化
- 非日常感と安心感のバランス: エキゾチックな体験と先進国の安全性を同時に提供
- 美しい自然環境への没入: ビーチ、山、滝など多様な自然が生み出す心理的な癒し
- 自己成長の機会: 異文化体験やアクティビティを通じた新しい自分の発見
- 楽園のイメージとの一致: メディアなどで形成された期待値と実体験の調和
社会的側面:
- 認知と承認: 「ハワイに行った」という社会的ステータスや共有価値
- 所属感の獲得: ハワイファン、リピーターとしてのアイデンティティ
- 文化的橋渡し: アメリカとアジアの文化的架け橋としての機能
- 持続可能な観光への参加: 環境や文化の保護に貢献する旅行者としての自己肯定感
- コミュニティとの繋がり: 現地の人々や同じ価値観を持つ旅行者との出会い
市場構造におけるブランドの独自ポジション
ハワイは、世界の観光地市場において以下のような独自のポジションを確立しています:
- 「安全なエキゾチック」というポジション: 欧米人にとっては手軽な南国リゾート、アジア人にとっては安心して訪れられる海外という、両方の市場に訴求できる独自の立ち位置
- 「初心者からリピーターまで」の幅広い対応: 初めての海外旅行者から上級者まで、異なるニーズに応える多様な体験の提供
- 「文化と自然の融合」という特異点: 先住民文化、アメリカ文化、日系を含むアジア文化が融合した独自の文化的魅力と、火山から熱帯雨林、ビーチまでの多様な自然環境の共存
- 「高級と大衆の共存」: 超高級リゾートから手頃な宿泊施設まで、幅広い価格帯をカバーしながらも「特別な場所」としての一貫したブランドイメージの維持
競合や代替手段との明確な差別化要素
ハワイが他の観光地と比較して持つ独自性(それは顧客に求められて、トレードオフで、模倣されにくい要素)は以下の通りです:
- 地理的・文化的ハイブリッド性: アメリカ領でありながらポリネシア文化を持ち、かつアジアからの移民文化も融合した独自の文化的位置づけ(顧客に求められる要素)
- アクセスと異国感のトレードオフ: 欧米人にとっては「手軽な楽園」、アジア人にとっては「行きやすい異国」というトレードオフを成立させている(トレードオフ要素)
- 「アロハスピリット」の文化的真正性: 単なるサービス品質ではなく、歴史と文化に根ざした独自のホスピタリティ概念(模倣困難な要素)
- 複数島構造がもたらす多様性: 一つの目的地でありながら、異なる体験を提供できる複数の島という地理的特性(模倣困難な要素)
- 持続可能性への先進的取り組み: 「マラマハワイ」に代表される、観光と環境・文化保全の両立を目指す先進的アプローチ(顧客に求められる要素)
持続的な競争優位性の源泉
ハワイの持続的な競争優位性は、以下の要素から生まれています:
- 自然と地理の希少性: 火山活動から生まれた独自の地形や生態系、地理的位置の独自性(太平洋の中心)は複製できない資産
- 文化資本の蓄積: 先住民文化の保存と革新、多文化融合の歴史、「アロハスピリット」などの無形資産の蓄積
- 強固なブランドエクイティ: 長年にわたり構築された「楽園」イメージと、実体験に基づく顧客満足の好循環
- リピーター基盤: 高いリピーター率(約60%)がもたらす安定した需要と口コミによるブランド強化
- 適応力と革新性: 持続可能な観光へのシフト、デジタル技術の活用など、時代の変化に対応する柔軟性
これらの要素の組み合わせにより、ハワイは単なる「美しい島」以上の価値を提供し、世界中の観光客を引き付け続けています。
7. マーケターへの示唆
我々マーケターはハワイの成功例から何を学べるのでしょうか。
再現可能な成功パターン
- 「パラドックスの活用」戦略
- ハワイは「エキゾチックでありながら安心」「非日常でありながら快適」という一見矛盾する要素を共存させています
- 応用例:自社のサービスにおける相反する顧客ニーズを両立させる方法を模索する(例:「プロ級の品質」と「初心者でも使いやすさ」など)
- 「多層的顧客体験」設計
- ハワイは初心者からリピーターまで、訪問回数や好みに応じた異なる体験層を提供しています
- 応用例:顧客の成熟度や経験に応じた複数の体験レベルを設計し、長期的な関係構築を図る
- 「感情的シグネチャー」の構築
- 「アロハスピリット」という感情的シグネチャーが、全ての体験を一貫したブランド体験に統合しています
- 応用例:自社サービスが顧客に与える中核的な感情体験を明確にし、全てのタッチポイントで一貫して表現する
- 「ストーリーテリングの場」の提供
- ハワイは訪問者自身が主人公となる物語を作る「キャンバス」としての役割を果たしています
- 応用例:顧客が自分のストーリーを作り、共有したくなるような体験デザインとプラットフォームの提供
- 「持続可能性を核とした変革」
- 「マラマハワイ」のコンセプトで、環境問題をブランド戦略の中核に据え、付加価値として再定義しています
- 応用例:社会・環境課題をブランドの核心的価値に組み込み、顧客の参加意識を高める施策の実施
業界・カテゴリーを超えて応用できる原則
- 「選択と多様性のパラドックス」への対応
- ハワイは多様な選択肢を提供しながらも、明確な島ごとのキャラクター設定で選択の負担を軽減しています
- どの業界でも、顧客が「選択肢の多さ」と「決断の容易さ」の両方を求めるジレンマに対応することが重要です
- 「真正性と利便性のバランス」
- ハワイは文化的真正性を保ちながら、現代的な快適さも提供するバランスを実現しています
- 顧客にとって「本物感」と「使いやすさ」の両立は、多くの商品・サービス開発における重要課題です
- 「顧客を共創者に変える」体験設計
- ハワイは観光客を単なる消費者ではなく、文化や環境保全の参加者・共創者として位置づけています
- 顧客が自社の価値創造プロセスに参加する機会を提供することで、より深い関係構築が可能になります
- 「五感マーケティング」の実践
- ハワイは視覚(景色)、聴覚(音楽)、味覚(食)、嗅覚(花の香り)、触覚(海、砂)を通じた包括的な体験を提供しています
- どのようなビジネスでも、複数の感覚に訴えかけることで、より記憶に残る顧客体験を創出できます
- 「リソースの再定義」による差別化
- ハワイは自然環境や文化という「制約」を、差別化の核心的資産として再定義しています
- 自社の制約や特殊性を、弱みではなく独自の強みとして再定義する視点が重要です
ハワイの事例から学べることは、マーケティングの本質は「顧客の深層心理を理解し、独自の価値を一貫して提供すること」にあるということです。特に重要なのは、機能的価値だけでなく、感情的・社会的価値も含めた総合的な体験設計です。
自社のサービスや商品においても、「どのような深層心理に訴求しているか」「どのような感情的シグネチャーを提供できるか」を問い直すことで、より強固なブランド構築が可能になるでしょう。
8. まとめ
ハワイが観光地として世界中から選ばれ続ける理由を多角的に分析してきました。最後に、キーポイントを要約します:
- 独自のハイブリッド性: ハワイは「アメリカの安全性」と「エキゾチックな島文化」という相反する要素を融合させた独自のポジションを確立しています。
- 多層的な顧客体験設計: 初めての訪問者からリピーターまで、異なるニーズに応える多様な体験層を提供し、継続的な関係構築を実現しています。
- 感情的シグネチャーとしての「アロハスピリット」: 単なるサービス品質ではなく、文化に根ざした感情的体験を一貫して提供することで、強いブランド連想を形成しています。
- 本能に訴求する体験設計: 「安らぐ」「属する」「物語る」という人間の根源的欲望に訴求する体験を提供し、深い心理的満足をもたらしています。
- 持続可能性を核とした戦略転換: 「マラマハワイ」というコンセプトで、環境・文化保全を観光体験の中核に据えた戦略的転換を進めています。
- 顧客を共創者へと変える参加型設計: 観光客を単なる消費者ではなく、ハワイの文化や環境を共に守り育てる参加者として位置づけることで、より深い関係構築を図っています。
- 地理的・文化的資産の戦略的活用: 複数の島という地理的特性や多文化融合の歴史など、模倣困難な資産を競争優位性の源泉として活用しています。
観光地マーケティングに携わる方はもちろん、あらゆる業種のマーケターにとって、ハワイの成功事例から学べる教訓は数多くあります。特に重要なのは、「顧客の深層心理を理解し、独自の価値を一貫して提供する」というマーケティングの基本原則です。
次のステップとして、自社のブランドやサービスにおいて、以下のアクションを検討してみてください:
- 自社が解決する顧客の「ジョブ」を機能的側面だけでなく、感情的・社会的側面も含めて再定義する
- 顧客体験の「感情的シグネチャー」(中核となる感情体験)を明確にし、全てのタッチポイントで一貫させる
- 自社の制約や特殊性を「弱み」ではなく「独自の強み」として再定義する視点を持つ
- 顧客の成熟度や経験に応じた複数の体験レベルを設計し、長期的な関係構築を図る
- 社会・環境課題をブランドの中核的価値に組み込み、顧客の参加意識を高める施策を検討する
ハワイが観光地として築き上げた強固なブランド力は、一朝一夕で成し遂げられたものではありません。しかし、その成功の核心となる原則を理解し、自社のコンテキストに適用することで、より強力かつ持続可能なブランド構築への道を開くことができるでしょう。