はじめに
「今月も目標未達か...」
多くのマーケターが、この言葉を耳にしたことがあるのではないでしょうか。特に、便益や独自性が弱い商品を扱う企業では、この言葉が日常的に飛び交っていることが少なくありません。
市場には似たような商品があふれ、消費者にとって「なぜこの商品を選ぶべきか」という理由が明確でない場合、どれだけ優秀なマーケターでも販売に苦戦します。そして、この状況は単なる売上の問題にとどまらず、組織全体に深刻な影響を及ぼします。
本記事では、便益や独自性が弱い商品を扱う企業で起こりがちな組織内の問題を明らかにし、マーケターとしてどのようにこの状況を改善できるのかを解説します。「根性論」や「頑張り」だけに頼らない、持続可能なマーケティングアプローチを見つけるヒントを提供します。
便益・独自性が弱い商品とは何か
便益や独自性が弱い商品とは、具体的にどのようなものでしょうか。まずは定義を明確にしましょう。
便益と独自性の定義
要素 | 定義 | 弱い場合の例 |
---|---|---|
便益(ベネフィット) | 商品やサービスが顧客にもたらす価値や利点 | ・問題解決能力が低い ・時間/コスト削減効果が小さい ・使用体験に喜びをもたらさない |
独自性(顧客が求める差別化要素) | 競合商品と比較して異なる、または優れている点 | ・機能が競合と同等以下 ・デザインや使い勝手に特徴がない ・ブランドストーリーに魅力がない |
これらが弱い商品は、マーケターにとって大きな挑戦となります。なぜなら、顧客に「これを買うべき理由」を伝えることが困難だからです。
森岡毅氏は著書「確率思考の戦略論」で「プレファレンス(顧客の好み・選好)」の重要性について述べており、商品やサービスが市場で選ばれるためには、このプレファレンスを獲得することが本質的に重要だと指摘しています。便益や独自性の弱い、または不明確な商品は、このプレファレンスを獲得するのが本質的に難しいのです。
便益・独自性が弱い商品を扱う企業で起こる7つの問題
便益や独自性が弱い商品を扱う企業では、組織内でさまざまな問題が連鎖的に発生します。これらの問題を理解することが、改善への第一歩です。
1. 「根性論」による営業・マーケティング活動
便益や独自性が弱い商品を売るには、論理的な説得よりも感情に訴えかけたり、とにかく数をこなすといった方法に頼りがちになります。
現象 | 具体例 | 影響 |
---|---|---|
トップダウンの無理な目標設定 | 「前年比120%」という市場分析なしの数字が決定され各組織に降りてくる | 達成不可能な数値に追われる疲弊感 |
「量」重視の活動 | 「今月は100件アポを取れ」式の指示 | 質を無視した非効率な活動の蔓延 |
「熱意」を評価基準にする | 「もっと熱意を持って売れ」的なフィードバック | 客観的な分析や改善よりも態度が重視される風土 |
このような「根性論」に基づくアプローチでは、なぜ商品が売れないのかという本質的な問題分析がおろそかになり、短期的な成果を追いかけることで長期的な問題解決が遠のいてしまいます。
2. マーケティング部門の疲弊と創造性の低下
便益や独自性を見出せない状況で無理な目標に追われると、マーケティング部門は次第に疲弊していきます。
現象 | 結果 | 組織への影響 |
---|---|---|
短期的な数字追求 | 長期的ブランド構築の放棄 | ブランド価値の低下と価格競争への突入 |
過剰な業務量 | バーンアウト(燃え尽き症候群) | 創造性の低下と革新的アイデアの枯渇 |
戦略的思考の時間不足 | 場当たり的な施策の連発 | 一貫性のないマーケティングメッセージ |
多くの企業において、マーケターは常に目先の数字にとらわれるあまり、本来必要な戦略的思考や顧客理解、創造的なアイデア生成のための時間を確保できなくなっています。これは特に、便益や独自性が明確でない商品を扱う企業で顕著に見られる傾向です。
3. 顧客との関係悪化とリピート率の低下
便益の弱い商品は、初回購入後の顧客満足度が低くなりがちです。これにより、リピート率の低下や顧客との関係悪化を招きます。
一度購入してくれた顧客が再購入しないため、常に新規顧客を獲得し続ける必要があります。そして新規顧客獲得は既存客の維持よりもコストがかかるため、収益性がさらに悪化するという悪循環に陥ります。
4. 収益悪化による待遇・評価の問題
便益の弱い商品は適正な利益率を確保しにくく、これが従業員の待遇や評価に影響します。
問題 | 具体例 | 影響 |
---|---|---|
利益率の低下 | 差別化要素がないため価格競争に | 会社全体の収益性悪化 |
インセンティブの減少 | 目標達成が難しいため報酬も減少 | モチベーション低下 |
評価基準の曖昧さ | 「頑張り」を定量評価できない | 公平感の欠如、不満の増大 |
便益や独自性が弱い商品は価格競争に陥りやすく、それが利益率の低下をもたらします。結果として、従業員への報酬や福利厚生に直接影響し、人材確保の課題につながっていきます。
5. 高い離職率と人材獲得難
前述の問題が積み重なると、必然的に従業員の離職率が高まり、新たな人材の獲得も難しくなります。
現象 | 原因 | 影響 |
---|---|---|
優秀人材の離職 | 成長機会の不足、成果の出しにくさ | ノウハウの流出と組織力低下 |
採用難 | 評判の低下、魅力的なビジョン不足 | 適切な人材補充ができない |
マーケティング知識の陳腐化 | 新しい手法を試す余力がない | 競争力のさらなる低下 |
特に、マーケティングのスキルや経験が豊富な人材ほど、「自分の能力を発揮できる環境」を求める傾向が強く、商品力の弱い企業からは早期に離れていく傾向があります。
6. 部門間の対立と責任の押し付け合い
組織内では、売れない原因をめぐって部門間の対立が生じやすくなります。
便益や独自性が弱い商品を扱う企業では、売上不振の原因を他部門のせいにする傾向が強まります。マーケティング部門は「製品に魅力がない」と言い、開発部門は「売り方が悪い」と主張し、営業部門は「価格が高すぎる」と訴えるといった具合です。このような責任の押し付け合いは、部門間の協力を妨げ、問題解決をさらに難しくします。
7. 企業文化の悪化と長期的視点の喪失
最終的に、これらの問題は企業文化全体に影響を及ぼします。
現象 | 結果 | 長期的影響 |
---|---|---|
短期的数字への過度な注目 | イノベーション軽視 | 将来的な競争力低下 |
改善より言い訳の文化 | 問題の根本解決がなされない | 同じ問題の反復 |
マイクロマネジメント | 自律性喪失と士気低下 | 創造的思考の衰退 |
これは単なる一時的な問題ではなく、企業の持続可能性自体を脅かす深刻な問題です。長期的な視点を失った企業は、市場の変化に適応できず、次第に競争力を失っていきます。
便益・独自性が弱い商品を扱う企業の実例
具体的な企業の事例を通して、これらの問題がどのように現れるかを見てみましょう。ここでは架空の企業を例に解説します。
事例1:従来型文房具メーカーA社
A社は歴史ある文房具メーカーですが、近年は差別化できる商品を打ち出せず苦戦しています。
状況 | 現象 | 結果 |
---|---|---|
商品の特徴 | 競合他社と似た機能とデザイン | 価格以外の選択理由が乏しい |
競合状況 | 海外メーカーの安価製品の流入 | 価格競争の激化と利益率の低下 |
内部問題 | 営業ノルマの引き上げ | 営業部の離職率上昇 |
特に営業部門では、「とにかく売れ」という圧力から、顧客に誠実な提案ができない状況が生まれ、結果的に長期的な顧客関係が構築できなくなっていました。
事例2:ウェブサービス企業B社
B社は他社と類似したウェブアプリケーションを提供しています。
問題領域 | 具体例 | 影響 |
---|---|---|
商品開発 | 競合の機能を後追いで実装 | 常に「二番手」というイメージ |
マーケティング | 「低価格」のみを訴求 | ブランド価値の低下 |
社内文化 | 「なぜ営業が頑張らないのか」という経営陣の発言 | マーケティング部門と開発部門の対立 |
B社では、野心的な事業計画数値と外部投資家からの圧力により、製品の本質的な価値向上よりも「いかに販売数を増やすか」に焦点が当てられ、マーケティング部門は常に無理な数値目標を課されていました。その結果、短期的な販促キャンペーンを繰り返す一方で、長期的なブランド構築ができない状況に陥っていました。
便益・独自性が弱い商品を扱う企業が取るべき対策
では、このような状況にある企業は何をすべきでしょうか。以下に、実行可能な対策を提案します。
1. 商品の便益・独自性を再定義する
まず第一に、商品そのものの価値を見直す作業が必要です。
アプローチ | 具体的手法 | 期待効果 |
---|---|---|
ジョブ理論の適用 | 顧客が「何のために」商品を使うかを深く理解 | 潜在的な便益の発見 |
隠れた差別化要素の発掘 | 社内ワークショップで気づいていない強みを洗い出す | 新たな独自性の確立 |
商品のリポジショニング | ターゲット市場や訴求ポイントの見直し | 競争環境の変化 |
ハーバード大学のクレイトン・クリステンセン教授が提唱する「ジョブ理論」は、顧客が製品を「雇う」本当の理由を理解するための強力なフレームワークです。この理論を用いることで、見落としていた便益を発見できる可能性があります。
2. 顧客インサイトに基づく改善プロセスの確立
商品改善のためには、顧客の声を活かすプロセスを確立することが不可欠です。
アプローチ | 具体的手法 | 効果 |
---|---|---|
定性調査の強化 | インタビュー、フォーカスグループの実施 | 顧客の本音や潜在ニーズの発見 |
NPS(顧客推奨度)の導入 | 継続的な顧客満足度測定 | 改善効果の定量的把握 |
カスタマージャーニーマップの作成 | 体験全体を可視化 | 改善ポイントの特定 |
顧客の声を継続的に収集し、それを商品開発やマーケティング戦略に反映させるサイクルを確立することで、徐々に商品の価値を高めていくことができます。
3. 組織構造と評価制度の見直し
売上数字だけでなく、長期的な価値創造を評価する仕組みを導入します。
現状の問題 | 改善策 | 期待効果 |
---|---|---|
短期的な売上のみを評価 | 顧客満足度やリピート率も評価指標に加える | 長期的な関係構築の促進 |
部門間の対立 | クロスファンクショナルチームの導入 | 部門を超えた協力体制の構築 |
マイクロマネジメント | 権限委譲と結果責任の明確化 | 創造性の向上と主体性の促進 |
特に、マーケティング部門と商品開発部門の連携を強化し、顧客インサイトを商品改善に直接反映できる体制を整えることが重要です。
4. 長期的なブランド構築への投資
短期的な販促活動だけでなく、長期的なブランド価値を高める活動にも投資します。
施策 | 内容 | 目的 |
---|---|---|
ブランド・ストーリーの構築 | 企業の歴史や理念を物語化 | 感情的なつながりの創出 |
コンテンツマーケティング | 価値ある情報を継続的に提供 | 信頼関係の構築 |
顧客コミュニティの形成 | ユーザー同士の交流促進 | 利用価値の拡大とロイヤルティ向上 |
このアプローチは即効性はありませんが、長期的には価格競争から脱却し、より持続可能なビジネスモデルを構築するための基盤となります。
5. 社内文化の変革
最後に、「売れない原因を人のせいにする」文化から脱却し、データと顧客理解に基づく文化への変革を目指します。
現状 | 理想的な状態 | 変革のポイント |
---|---|---|
「なぜ売れないのか」の責任追及 | 「どうすれば良くなるか」の共同探求 | 建設的な議論の場の創出 |
経験や勘に頼る意思決定 | データと顧客理解に基づく意思決定 | 分析ツールの導入と教育 |
トップダウンの指示 | ボトムアップの改善提案 | 提案制度や改善コンテストの実施 |
このような文化的変革は一朝一夕には実現しませんが、リーダーシップの変化と継続的な取り組みによって徐々に実現していくことができます。
ケーススタディ:便益の弱い商品から脱却した企業の事例
実際に便益や独自性が弱い商品から脱却し、成功を収めた企業の事例を見てみましょう。
キングジム:「テプラ」のリブランディング

文具メーカーのキングジムは、ラベルライター「テプラ」の市場で苦戦していました。安価な競合製品の流入により、単なるラベル作成機という認識が広がり、価格競争に陥っていたのです。
課題 | 解決策 | 結果 |
---|---|---|
低価格競合品との差別化難 | 新たなユースケースの開発と提案 | 価格競争からの脱却 |
ビジネスユースの飽和 | 家庭用途へのマーケット拡大 | 新規顧客セグメントの獲得 |
単機能デバイスとしての認識 | 多様なテープカラー・素材の展開 | 「整理収納ツール」というポジショニング確立 |
キングジムは、「ラベルを作る機械」という単機能デバイスの認識から、「整理収納の課題を解決するツール」へとテプラの位置づけを変更。家庭での使用シーンを積極的に提案し、様々なカラーやデザインのテープを展開することで、単なる機能面ではなく感情的な価値も提供するようになりました。
この戦略転換により、テプラは再び成長軌道に乗り、売上と利益率の向上に成功しました。
アサヒビール:スーパードライの誕生

1980年代中盤、アサヒビールは市場シェア10%未満と苦戦していました。ビールという成熟市場で、際立った独自性を打ち出せずにいたのです。
課題 | 解決策 | 結果 |
---|---|---|
「味が同じ」というビール市場 | 徹底的な消費者調査 | 「辛口」という新ポジション発見 |
シェア低迷と企業文化の硬直化 | 組織改革と意思決定プロセス変更 | 迅速な商品開発と市場投入 |
マーケティングメッセージの弱さ | 「鮮度」と「辛口」の徹底訴求 | 明確な差別化要素の確立 |
アサヒは徹底的な消費者調査を行い、「飲みやすいがもの足りない」という既存ビールへの不満を発見。これをもとに「辛口」という新しいポジショニングでスーパードライを開発しました。さらに、「鮮度」という要素も強調し、製造日表示を業界に先駆けて導入するなど、具体的な差別化要素を確立したのです。
これらの取り組みにより、アサヒビールは市場シェアを大幅に拡大し、業界構造を変えるほどのインパクトを生み出しました。
マーケターとして個人でできること
ここまで組織レベルの問題と対策を見てきましたが、マーケターとして個人でも取り組めることがあります。
1. データに基づく提案を行う
「感覚」や「経験」だけでなく、データに基づいた提案を行うことで、説得力を高めることができます。
アプローチ | 具体例 | 効果 |
---|---|---|
小規模なA/Bテスト | 異なるメッセージの効果比較 | 意思決定の客観性向上 |
競合分析の定量化 | 競合との差異を数値で示す | 課題の明確化 |
顧客の声の体系的収集 | SNSコメントやレビューの分析 | 実際の顧客ニーズの可視化 |
2. 顧客視点の導入者になる
組織内に顧客の視点を持ち込む役割を担うことで、商品の本質的な改善につながる議論を促進します。
手法 | 実践方法 | 狙い |
---|---|---|
Who/What/Howの構築 | Who/What/Howに沿って今の商品を言語化する | 今の商品は便益、独自性がないのかを検証 |
ユーザーテストの主催 | 小規模でも定期的なテスト実施 | 実際の使用体験からの学び |
VOC(顧客の声)レポート | 顧客の声を定期的に社内共有 | 顧客理解の組織的向上 |
顧客ジャーニーマップの作成 | 購入前後の体験を可視化 | 改善ポイントの特定 |
3. 社内で協力者を見つける
部門を超えた協力関係を構築し、小さな成功事例を作ることを目指します。
ステップ | 具体的行動 | 目的 |
---|---|---|
共感者の特定 | 同じ問題意識を持つ社員を探す | 変革のための同盟づくり |
小さな実験の共同実施 | リスクの小さいプロジェクトで協働 | 成功体験の共有 |
成果の可視化と共有 | 小さな成功を社内で積極的に発信 | 変革の機運醸成 |
4. 自己成長への投資
最終的には、自分自身のスキルと知識を高めることで、どんな状況でも価値を提供できるマーケターになることを目指します。
成長領域 | 具体的方法 | 期待効果 |
---|---|---|
データ分析スキル | オンラインコースやセミナー受講 | 客観的な意思決定力の向上 |
顧客心理の理解 | 行動経済学やUXデザインの学習 | 効果的な施策立案能力の向上 |
プロジェクト管理 | アジャイル手法など新しい方法論の習得 | 成果達成の確率向上 |
まとめ
便益や独自性が弱い商品を扱う企業では、単なる売上の問題にとどまらず、組織文化や人材定着など、より深い問題が連鎖的に発生します。これらの問題の根本には、「商品そのものの価値」という本質的な課題があります。
Key Takeaways
- 便益・独自性が弱い商品は組織全体に悪影響を及ぼす:単なる売上問題ではなく、組織文化、人材定着、部門間協力など広範な問題につながります。
- 「根性論」や「頑張り」だけに頼る文化は持続不可能:一時的に効果があるように見えても、長期的には組織を疲弊させます。
- 商品の本質的な価値向上なしに状況は改善しない:ジョブ理論などを活用し、顧客にとっての真の価値を再定義することが必要です。
- データと顧客理解に基づく意思決定が重要:感覚や経験だけでなく、客観的なデータに基づく判断が文化として定着すべきです。
- 長期的な視点でのブランド構築が鍵:短期的なプロモーションだけでなく、一貫したブランド価値の構築が持続可能な成長につながります。
- 個人のマーケターとしても貢献可能:データに基づく提案、顧客視点の導入、部門横断的協力関係の構築など、個人レベルでもできることがあります。
- 成功事例に学ぶ:キングジムやアサヒビールのように、便益の弱い商品から脱却して成功した企業の戦略には学ぶべき点が多くあります。
ビジネスの本質は「顧客に価値を提供すること」です。便益や独自性が弱い商品を扱う企業が直面する問題を根本的に解決するためには、顧客に提供する価値を見直し、それを効果的に伝えられる組織へと変革していくことが不可欠です。そしてマーケターは、その変革の推進役として重要な役割を果たすことができるのです。