はじめに 〜読者の課題を明確化〜
脱毛サロンの倒産が止まりません。
わずか4年で倒産件数は2件→16件、被害顧客は3万人→27万人へ。
脱毛市場は約1,500億円前後と一定の規模を推移しており、女性の市場はここ数年は成長はしていません。一方男性の市場は5%以上の成長を見せています。(参考)そんな中、脱毛サロンビジネスには大抵、前受金モデルによるキャッシュフローの“地雷が埋め込まれており、広告費のインフレにより地雷が次々と爆発しています。
脱毛サロンが直面する課題は主に3つです。
課題 | 症状 | なぜ起こるか |
---|---|---|
集客効率の急激な悪化 | 競合の台頭によりCPCの高騰、CVR低下 | 価格訴求のコモディティ化・アルゴ改変 |
未施術負債の膨張 | 売上増でも現預金不足 | 前受金≠利益、返金リスク管理不全 |
差別化ポイントの喪失 | 「全身◯円」横並び広告 | 機器・サービスが瞬時に模倣される |
これらを解消しない限り規模拡大=倒産リスク拡大となる構造から抜け出せません。本稿の前半ではまず倒産急増の全体像と代表的チェーンのケーススタディを深掘りし、後半で再生可能なビジネス設計のヒントを提示します。
1. 倒産急増の全体像
1‑1 短期に集中した“3つの引き金”
- 過激な低価格広告の拡散
・全身医療脱毛5回コース10万円未満まで下落。
・SNSでのバズを狙い「月額◯円〜」の誤認価格訴求が横行。 - デジタル広告費のインフレ
・リスティング広告の脱毛系のKWの平均CPCが高騰。 - 固定費の硬直化
・都市部テナント賃料の高騰。
・医療機器リース料の高騰。
1‑2 データで見る倒産トレンド
東京商工リサーチのデータによると、ここ3年の脱毛サロンの倒産件数が類を見ない数字になっています。

出典:東京商工リサーチ
1‑3 倒産パターンを3類型で整理
類型 | 主因 |
---|---|
過剰出店型 | 店舗の収益性の検証よりも拡大速度を優先 |
広告依存型 | 前受金の大半を広告費に投入したが競合の台頭によるCPC高騰、CVR低下によりCACが高騰 |
低価格競争型 | どのサロンも最安値過信をし、単価下落でCF悪化 |
それぞれ戦略を変えない限り資金調達→拡大→倒産の“鯛焼き型”サイクルに陥ります。
2. 主な破産事例まとめ & ケーススタディ
各社は 「前受金で広告→新規契約→さらに広告」 という自転車操業に陥り、集客効率が悪化した瞬間にキャッシュアウトしました。
企業名 | 業態 | 負債額 | 被害顧客数 | 破産時期 | 主因 |
---|---|---|---|---|---|
アリシアクリニック | 医療脱毛(43店舗) | 124億円 | 約10万人 | 2024/12 | コロナ、競合激化、広告費増加 |
銀座カラー | エステ脱毛(53店舗) | 58億円 | 約10万人 | 2023/12 | コロナ起点の解約増 |
シースリー(C3) | エステ脱毛(63店舗) | 80億円 | 約4.6万人 | 2023/09 | 過剰出店 |
脱毛ラボ | エステ脱毛(53店舗) | 60億円 | 約3万人 | 2022/08 | 価格競争激化 |
ウルフクリニック | 男性医療(5店舗) | 1億円 | 約900人 | 2023/05 | SNS広告に過度依存 |
トイトイトイクリニック | 女性医療(3院) | 非公表 | 数千人 | 2025/01 | 広告費高騰 |
3. なぜ前受金ビジネスは崩壊したのか?
3‑1 構造的キャッシュフローの罠 –“負のレバレッジ”
脱毛サロン/クリニックの多くは 「全身○回コース」 を一括前払いで販売し、その現金を広告・店舗投資に再投入する“前受金スキーム”で成長を加速させてきました。しかし、施術提供は平均 6〜12 か月後に分散して発生するため、損益計算書上の売上とキャッシュフローのタイミングが大きく乖離 します。
フェーズ | 現金収支 | 会計上の処理 | 財務リスク |
---|---|---|---|
契約時 | 前受金+100% | ①負債(前受収益)計上 | “見かけの潤沢キャッシュ” |
施術提供 | ー | ②負債→収益に振替 | 負債が徐々に減少 |
投資/広告 | ▲70〜100% | ー | キャッシュ消失 → 資金繰り依存度増 |
ポイントは未施術残高が増えるほど “債務” としての性質が強まり、売上が伸びていてもフリーCFが悪化 するということです。広告ROIが下振れした途端、資金ショートが顕在化することになります。
キャッシュフロー崩壊のダイナミクス
3‑2 単価下落 × CPA高騰のダブルパンチ
- 平均コース単価: 安さ売りで10万円前後のコースが急増。
- 広告CPA: 広告CPCの高騰によりCPAも高騰。
- LTV < CAC な新規顧客が急増。
LTV(顧客生涯価値)よりCAC(顧客獲得単価)が上回ればビジネスの成長は鈍化していくことは明らかです。その主たる原因は脱毛サロンというビジネスの差別化が難しく、安さ売りでしか顧客を獲得しずらいという点ではないでしょうか。
3‑3 マクロ環境のショック
マクロ環境も影響しています。コロナによる外出抑制、インフレによる機器のリース代の向上、人件費の高騰もビジネスの持続性を危うくしていきます。
ショック | 具体例 | 影響 |
---|---|---|
COVID‑19 | 外出制限・来店減 | 既存顧客の消化スケジュールが遅延し、未施術負債が積み増し |
インフレ | 電気代・レーザー機器コスト上昇 | マージン圧縮/価格転嫁困難 |
人件費高騰 | 看護師・施術スタッフ時給上昇 | 1施術あたり原価が向上 |
5. マーケティング戦略面での主要失敗要因
これまで解説した原因に対してマーケティング観点でどうすればよかったのかを整理してみました。
まず資金繰りが厳しくなる構造の前受金依存+広告依存による顧客獲得や店舗拡大をやめる必要があります。そのためにはサブスクや都度払いの支払いサイトへ変更し、広告に頼らない集客をしていくなどが求められるでしょう。
では広告に頼らない集客をしていくためにはどうしたら良いのでしょう。本質的には脱毛サロンビジネスにおいて、価格以外の差別化要素を構築する必要があると考えます。
失敗ポイント | 詳細 | 代替戦略 |
---|---|---|
前受金依存 | 現金は潤沢でも 未施術負債>月次CF | サブスク/都度払い比率を70%以上へ |
過剰出店 | 立地検証前に30→50店舗へ | 1拠点黒字化→隣県拡張の段階投資 |
広告チャネル偏重 | SEM/Affiliate比率高い | 口コミ・リファラル比率をKGI化 |
差別化不足 | 「全身◯円」の価格訴求のみ | 痛み軽減・予約UX・保証制度でPOD構築 |
LTV管理不全 | 継続率・返金率をKPI化せず | リテンション指標を週次モニタリング |
6. 顧客ニーズの変化と未充足ジョブ
今後も脱毛というニーズは減らず、むしろ増えるでしょう。よって、このビジネスが適切に顧客に対して持続的に価値を提供できる業態になることを筆者は期待しています。そのために、どのような顧客のJOBを、どのような価値で解決していくのかを適切に組み立てて4P(プロモーション、プレイス、プライス、プロダクト)にて具現化していくことが求められます。
Who(顧客層) | JOB(課題) | 既存サービスのギャップ | 期待する価値 |
---|---|---|---|
20代女性 | 手頃に全身脱毛したい | 予約が取りにくい | 即時予約×都度払い |
30代共働き | 時短+痛み最小 | 保育園時間に合わない | 7‑23時営業+麻酔ケア |
50代介護脱毛 | 将来の介護負担軽減 | 情報不足・恥ずかしさ | 同年代スタッフ・個室配慮 |
男性ビジネス層 | 青ヒゲ解消 | 効果実感まで長い | 高出力+結果保証プラン |
上記のように顧客ジョブを細分化すれば 価格以外の勝ち筋 が多数存在します。価格は確かに顧客にとって重要な購買決定要因(KBF)です。しかしそれは手軽に脱毛をしたいというニーズの表面だけを満たすものでしかなく、その先にある本質的に叶えたい状態や姿とは乖離しています。脱毛をする大元の目的は何でしょうか。
日々の負担軽減、美肌効果、清潔感の向上、自信を抱くための見た目改善、つまりは他人から良いと思われたいという承認欲求を満たすこと、その先にある生存、生殖の確率を上げることにつながります。このような顧客が本質的に叶えたいことを明らかにして、それを満たすための価値を提供できるサロンを作っていくことが求められるでしょう。
7. 再生・生き残りのための3ステップ処方箋
ここまで解説した内容から、具体的な3つの処方箋を提示します。
ステップ | 目的 | 具体アクション例 |
---|---|---|
① CF体質を改善 | 未施術残高圧縮 | 都度払い/サブスクへ契約切替キャンペーン(ポイント付与) |
② PODを再定義 | 価格競争から脱却 | 痛みゼロ機材導入、1分予約アプリ、全額返金保証、脱毛+異なる分野のサービスのセット |
③ LTVを最大化&モニタリング | 継続利用・紹介促進 モニタリングによる事前察知 | LINEリマインド/友達紹介1回無料、女性→男性紹介制度 モニタリングダッシュボードの構築 |
特に重要なのはPOD(差別化要素)の構築です。PODの条件は「トレードオフでかつ顧客が本当に求める特徴」を選ぶことです。
例えば「完全個室×夜23時まで営業×マッサージ」は運営コスト増で競合がやりたがらない方法ですが、時間制約客や癒しも求める顧客には強烈な差別化になります。「平日は忙しくて深夜でしかいけないビジネスパーソンで、休日に行くことはできるがなかなか予約も取れないし、休日をあまり脱毛で終わらせたくない、だから平日に行きたい、だから疲れを取れて予約ができる脱毛に平日に行きたい」という顧客JOBを解決するサロンを作れればPODとなるでしょう。
まとめ 〜Key Takeaways〜
脱毛業界は前受金モデルの限界と顧客価値の多様化が重なり合う転換点に立っています。
マーケターは“安さ一択”の時代が終わり、体験価値と信頼性こそが差別化軸になる未来を見据えなければなりません。
以下に、実務で押さえるべき主要ポイントを整理しました。
- 顧客ジョブの細分化により価格競争以外の勝ち筋が明確化(例:介護脱毛、共働き夜間ニーズ)。
- 規制はコストではなく差別化資源。信託保全やエビデンス表示をブランド資産に転換せよ。
- 生き残りには キャッシュフロー改善→差別化UX→紹介経路強化 の3段階アプローチが有効。
- KPIは 未施術残高/売上、NPS、紹介比率 を中核に置き、週次でダッシュボード管理する。
- マーケターは「短期集客」から「継続関係設計」へ視点を移し、“選ばれ続ける仕組み” を主導しよう。
これらのポイントを組織横断で共有し、ダッシュボードに落とし込むことで“場当たり施策”から構造改革へとギアを上げられます。
特に 未施術残高の圧縮とNPS向上 は、資金繰りとブランド信頼を同時に改善する最速の打ち手です。
今こそマーケターがリーダーシップを取り、再生ロードマップを描く好機です。
このようなブランドの失敗事例から学べることは多岐にわたります(経営、マーケティング、顧客視点、店舗拡大、財務管理など)。マーケターは今後も失敗事例から学んでいきましょう。