はじめに
マーケティングを担当されている皆さんは、こんな悩みを抱えていませんか?
「機能も価格も他社と変わらないのに、なぜうちの商品は選ばれないのか」「どうすれば顧客に愛される商品を使えるのか」「ニッチな市場でも成功する戦略はあるのか」
実は、これらの課題を見事に解決している企業があります。 それが株式会社ドウシシャです。 大手メーカーが手を出さないニッチな分野でやっとヒット商品を連発し、消費者の心を掴んでいます。
この記事では、ドウシシャがなぜ消費者から求められる商品を作り続けられるのか、その成功をドウシシャの家電商品を参考に詳しく解説します。マーケターの皆さんのために、自社の商品戦略を考えるヒントが見つかるはずです。
ドウシシャの基本情報

株式会社ドウシシャは1974年に創業した生活用品メーカーです。家電からアウトドア用品まで幅広い分野の商品を自社で開発して販売する事業を展開しています。(※国内外の他社商品の卸売事業も別にあり。)同社は「ゴリラのひとつかみ」「PIERIA」「mosh!」といった複数のブランドを展開し、特に生活家電分野では独創的なアイデア商品で注目を集めています。
企業データ
- 企業名:株式会社ドウシシャ
- 設立年:1974年(昭和49年)
- 代表者:野村正幸(代表取締役社長)
- 従業員数:連結1,365名(2024年3月)
- 本社所在地:大阪市中央区東心斎橋
- URL:https://www.doshisha.co.jp/
主要製品・サービスラインナップ
様々なジャンルの商品を扱うドウシシャですが、今回は家電事業についてフォーカスしたいと思います。ドウシシャの家電事業は、大手メーカーが参入しにくいニッチな領域を狙った独創的な商品群で構成されています。扇風機・サーキュレーターでは「Kamomefan」シリーズを展開し、カモメの羽根をヒントにした独自形状で自然な風を実現しています。調理家電では「mosh!」ブランドで、ミルクタンク風のレトロ可愛いデザインの電気ケトルやトースターが若年層に人気です。また健康家電の「ゴリラのひとつかみ」シリーズは、SNSでバズった強力マッサージ機として話題になり累計販売台数は50万台に達しています。さらに照明とサーキュレーターを融合した「CIRCULIGHT」は、省スペース性と機能性を両立した画期的な製品として注目されています。



業績データ
ドウシシャは近年、着実な成長を続けています。最新の業績データを見ると、開発型と言われる自社開発/販売の商品の事業に関しては、堅調な成長で推移しています。

出典:株式会社ドウシシャ IR
これほどドウシシャが消費者から求められる商品を作れる理由について、探っていきましょう。
ドウシシャが選ばれる5つの理由
理由1:ニッチマーケット戦略で競争を回避
ドウシシャの最大の特徴は、大手メーカーが参入しにくいニッチな市場を狙い撃ちする戦略にあります。これは単なる隙間産業への参入ではなく、綿密に計算された戦略です。
大手家電メーカーは市場規模が大きく、量産効果が見込める分野に注力します。そのため、市場規模は小さいものの確実にニーズが存在する分野が空白地帯となります。ドウシシャはまさにこの空白地帯を見つけ出し、独自のポジションを確立しているのです。
たとえば、超小型炊飯器や卓上サイズのアイロンなど、一人暮らしや狭いスペースに特化した商品群は、大手には採算が合わない分野です。しかし、現代の住環境やライフスタイルを考えると、確実に需要が存在します。
大手メーカーの戦略 | ドウシシャの戦略 |
---|---|
大型市場で高シェア獲得 | ニッチ市場でNo.1シェア獲得 |
汎用性重視の商品開発 | 特定ニーズに特化した商品開発 |
価格競争に巻き込まれやすい | 独自性により価格競争を回避 |
この戦略により、ドウシシャは価格競争に巻き込まれることなく、適正な利益率を確保しながら成長を続けています。
理由2:「体験価値」を重視した商品設計
ドウシシャの商品が愛される理由の一つは、単なる機能性だけでなく、使用体験そのものを重視した商品設計にあります。これは従来の「良いものを安く」という発想を超えた、新しい価値提案といえるでしょう。
Kamomefanシリーズの成功事例

Kamomefanシリーズは、この体験価値重視の典型例です。カモメの羽根から着想を得た独自形状のファンにより、「ページがめくれないほど」のきめ細かく柔らかな風を実現しています。これは単に「涼しくなる」という機能を超えて、「心地よい風を感じる」という体験を提供しています。
さらに重要なのは、この独自の風質が科学的な根拠に基づいて設計されていることです。船舶用プロペラメーカーとの共同開発により、従来の扇風機とは全く異なる風の質を実現しました。これにより、競合他社が簡単に模倣できない技術的な優位性を確保しています。
体験価値を構成する要素
要素 | Kamomefanでの実装例 | 効果 |
---|---|---|
感覚的快適さ | 自然で優しい風質 | 使用時の満足度向上 |
操作の簡便さ | 工具不要の組み立て、リモコン収納 | ストレスフリーな使用体験 |
美的価値 | 洗練されたデザイン | 所有する喜びの創出 |
安心感 | 静音設計、安全な羽根素材 | 長期使用への信頼感 |
また、Kamomefanシリーズは一見、扇風機市場での戦いとなり、大手の競合がひしめく厳しい市場に見えますが、扇風機市場の中で心地よい風を感じたいというジョブを持つ人がターゲットとなり、ターゲットは必然的に絞られていき、競合とは直接的に競ることもありません。
理由3:アイデア×技術で新ジャンルを創造
ドウシシャが消費者から求められる理由として、既存の枠組みを超えた革新的な商品コンセプトがあります。単に既存商品の改良ではなく、全く新しいカテゴリーや新しいジャンルの商品を生み出すことで、競合との差別化を図っています。

その代表例が、照明とサーキュレーターを融合させたサーキュライトです。この商品は「照明器具」と「空調機器」という全く異なるカテゴリーを組み合わせた画期的な発想から生まれました。
従来であれば、照明は照明メーカー、扇風機は家電メーカーと分かれていた分野を一つにまとめることで、新しい価値を創造しています。特に狭い住宅事情の日本において、「省スペース性」と「多機能性」を両立させた解決策として高く評価されています。
新ジャンル創造のメリット
テレビ番組「アメトーーク!」の家電芸人企画で紹介されたことからもわかるように、革新的なコンセプトの商品は自然とメディアの注目を集め、広告費をかけずとも認知度向上につながります。
ただ、画期的な今までない商品を作ればいいというわけではありません。1番の肝はそれが一定の消費者のジョブを解決できるかという点です。そしてそのジョブは普段消消費者が言葉にしていないことも多く、非常に解像度の高い消費者理解が必須になります。次の理由4でも解説します。
理由4:ユーザー目線の徹底したデザイン思考
ドウシシャの商品開発の根底にあるのは、徹底したユーザー目線でのデザイン思考です。これは単に見た目の美しさだけでなく、使用シーンを想定した機能設計やUIUX、心理的満足度まで含めた包括的なアプローチです。
mosh!シリーズにみるデザイン戦略

mosh!シリーズの電気ケトルは、この思考の好例です。牛乳瓶やミルクタンクをモチーフにしたレトロ可愛いデザインは、単なる装飾ではありません。これは「キッチンに置くだけで気分が上がる」という情緒的JOBの解決を狙った戦略的なデザインでと言えます。
特に注目すべきは、機能性とデザイン性のバランスです。見た目の可愛らしさを重視しながらも、3段階の温度設定や保温機能など、消費者が求める実用性もしっかりと確保しています。これにより、「可愛いけれど使いにくい」という従来のデザイン重視商品の課題を解決しています。
ユーザー体験を向上させる細部へのこだわり
設計要素 | ユーザーメリット | 心理的効果 |
---|---|---|
倒れても湯がこぼれにくい設計 | 安全性向上 | 安心感の提供 |
二重構造で本体が熱くならない | 火傷リスク軽減 | 家族への配慮感 |
ウッド調ハンドル | 握りやすさ向上 | 温かみのある使用感 |
くすみカラー展開 | インテリアとの調和 | 所有する満足感 |
理由5:ネーミングとストーリーテリングによる感情的結びつき
現代のマーケティングにおいて重要な要素の一つが、商品に込められたストーリーによる感情的な結びつきの創出です。ドウシシャは商品開発の背景や想いを効果的に伝えることで、単なる道具を超えた愛着を生み出しています。
「ゴリラのひとつかみ」のネーミング戦略


健康家電「ゴリラのひとつかみ」の優れた点は、そのインパクトあるネーミングと言えます。まずネーミングの「まるでゴリラに掴まれたようなハイパワー」という表現は、マッサージ強度を直感的に理解させるだけでなく、ユーモアと親しみやすさを演出しています。また、ネーミングから消費者のジョブ解決のストーリーも想像できてしまうことがこの商品のすごい点と考えています。
- きっかけ
- 終わりにふくらはぎがパンパンに張って、いつものマッサージでは物足りないと感じた瞬間
- 欲求
- 自宅で手軽に(コスト、手間の両方)、プロ並みの強力なマッサージを受けて疲労回復、癒しを得たい
- 抑圧
- でもマッサージ店は時間とお金がかかりすぎるし、従来の家庭用マッサージ器や着圧ソックスは効果が弱くて満足できない
- 行動
- SNSで話題の「ゴリラのひとつかみ」を見つけて、レビューを確認してネットから購入する
- 報酬
- 使ってみると、瞬間に「楽に」「痛気持ちいい」刺激で脚が軽くなり、話題性もあってSNSでシェアしたくなる
さらに、ネーミングは単なる話題性狙いではありません。「痛気持ちいい」という新しい感覚体験を言語化し、SNSでの拡散性を高める戦略的な意図があります。実際に、この商品はSNS上で大きな話題となり、口コミによる認知拡大を実現しました。
感情的結びつきを生む要素
成功を支える戦略的基盤
ここまでご紹介したドウシシャの選ばれる理由ですが、成功を支える戦略性を持ち合わせていることも押さえておきましょう。
ニッチマーケティングの4つのポイント
ドウシシャの成功から学べるニッチマーケティングの要点を整理すると、以下の4つのポイントに集約されます。
1. 市場の見極め方
成功するニッチ市場の選定には、明確な基準があります。ドウシシャは「大手が参入しにくいが、確実にニーズが存在する市場」を見つけ出す目利き力を持っています。
市場選定の判断基準として、市場規模は小さくても成長性があること、顧客の課題が明確で解決策が限定的であること、参入障壁が技術力やアイデアで構築可能であることなどが挙げられます。
2. 差別化戦略の構築
単に市場を見つけるだけでなく、その市場で圧倒的な差別化を実現することが重要です。ドウシシャの場合、技術的優位性(Kamomefanの風質技術)、デザイン的優位性(mosh!のレトロデザイン)、機能的優位性(サーキュライトの複合機能)など、複数の軸で差別化を図っています。大前提、ただの差別化ではなく、それが消費者の潜在的なジョブを解決することが最も重要です。
3. 顧客との関係性構築
ニッチ市場では顧客一人ひとりとの関係性が特に重要になります。ドウシシャの生み出す家電は「愛着家電」というコンセプトを通じて、顧客との感情的な結びつきを重視しています。これにより、単なる購入者ではなく、ブランドのファンとしての関係性を構築しています。
4. 拡張戦略の設計
一つのニッチ市場で成功した後、どのように事業を拡張していくかも重要な戦略要素です。ドウシシャは成功商品のシリーズ化(Kamomefan+cの展開)や、関連分野への水平展開(健康家電から調理家電まで)を通じて、事業規模の拡大を図っています。
商品開発プロセスの特徴
ドウシシャの商品開発プロセスには、一般的なメーカーとは異なる特徴があります。このプロセスこそが、消費者に求められる商品を生み出す源泉となっています。
1. 課題発見型のアプローチ
従来の「技術ありき」ではなく、「課題ありき」のアプローチを採用しています。まず市場や顧客自身も諦めている未解決の課題を発見し、その課題を解決するために必要な技術やデザインを開発するという順序です。
サーキュライトの開発も、「狭い住宅でも空気循環を効率化したい」という課題から出発しています。この課題を解決するために、照明との融合という発想が生まれました。
2. 外部連携による技術革新
自社内だけでは実現できない技術については、積極的に外部との連携を活用しています。Kamomefanの羽根技術は船舶用プロペラメーカーとの共同開発により実現されており、これにより他社では真似できない技術的優位性を獲得しています。
3. 迅速な市場投入
ニッチ市場では先行者利益が特に重要になるため、商品開発から市場投入までのスピードを重視しています。完璧を求めて時間をかけすぎるよりも、基本機能を確実に実現した商品を早期に投入し、市場からのフィードバックを基に改良を重ねるアプローチを採用しています。
ブランディング戦略の成功要因
ドウシシャのブランディング戦略には、中小企業でも実践可能な要素が多く含まれています。
「愛着家電」というポジショニング
家電を単なる道具ではなく、「愛着を持てる存在」として位置づけることで、商品に対する顧客の感情的な関与を高めています。これは価格競争から脱却し、より高い付加価値を提供するための重要な戦略です。
愛着家電というコンセプトは、商品の機能性だけでなく、デザイン性、使用体験、ストーリー性などを総合的に評価する新しい価値基準を提示しています。これにより、「安いから買う」ではなく「好きだから買う」という購買動機を創出しています。
一貫した姿勢
ドウシシャが目指すのは、「流通サービスのプロデューサー」と謳い、「より良い商品をより安く、より専門的に」提供し、「お客様の豊かな暮らしづくりに貢献すること」を使命としています。これが根底にあることで異なる商品カテゴリーであっても、ドウシシャブランドとしての統一感を保っているのはないでしょうか。

出典:ドウシシャ 事業案内
実践可能な学び
本記事で解説したドウシシャの取り組みから我々マーケターが学べることは何でしょうか。
自社商品への応用ポイント
ドウシシャの成功要因を自社の商品戦略に応用する際の具体的なポイントを整理します。
1. ニッチ市場の発見方法
既存市場を細分化し、大手企業がカバーしきれていない領域を探すことから始めましょう。そのカテゴリーにおいて顧客の不満や要望を丁寧に聞き取り、さらには顧客の言動から「諦めていること」「あったらいいな」と思われているが実現されていない商品やサービスを見つけることが重要です。
市場調査の際は、定量的なデータだけでなく、定性的な顧客の声を重視することが大切です。数字に現れにくい潜在ニーズこそが、ニッチ市場発見のヒントになります。
2. 体験価値の設計手法
商品の機能的価値だけでなく、感情的価値や体験価値を設計することが重要です。顧客が商品を使用する場面を具体的に想像し、その場面でどのような感情を抱いてほしいかを明確にしましょう。
体験価値は五感すべてに関わります。視覚的な美しさ、触感の心地よさ、音の静かさ、使用時の香りなど、あらゆる感覚要素を検討し、統合的な体験を設計することが求められます。
3. 的確なネーミングやストーリーテリングの活用
商品開発の背景や想い、技術的な工夫などを魅力的なストーリーとして伝えることで、顧客との感情的な結びつきを強化できます。ストーリーは事実に基づいている必要がありますが、表現方法によって大きく印象が変わります。
効果的なストーリーテリングには、顧客が共感できる課題の提示、解決への取り組み過程、最終的な価値実現という構造が重要です。この構造に沿って、自社商品のストーリーを整理してみてください。そしてそれらが連想できる的確なネーミングをつけられると商品が消費者に広がっていきます。
組織体制と文化の重要性
ドウシシャのような商品開発を実現するためには、組織体制と企業文化も重要な要素となるでしょう。
クロスファンクショナルな連携
技術開発、デザイン、マーケティング、営業などの部門が密接に連携し、顧客価値の最大化に向けて一丸となって取り組む体制が必要です。部門の壁を越えた情報共有と意思決定の迅速化が、革新的な商品開発を支えています。
失敗を恐れない挑戦文化
ニッチ市場への挑戦には必然的にリスクが伴います。失敗を恐れずに新しいアイデアに挑戦できる企業文化があってこそ、画期的な商品が生まれます。小さな失敗から学び、次の成功につなげるサイクルを回し続けることが重要です。
顧客との距離の近さ
大企業ではスピード感を持って対応するのが難しい、顧客との直接的なコミュニケーションを活用することで、リアルなニーズや課題を把握することができます。SNSやレビューサイトでの顧客の声を積極的に収集し、商品改良に反映させる仕組みを構築しましょう。
まとめ
株式会社ドウシシャが消費者から求められる商品を作り続けられる理由を分析してきました。最後に、マーケターの皆さんが今日から実践できる重要なポイントをまとめます。
Key Takeaways
- ニッチマーケット戦略: 大手が参入しにくい小さな市場でNo.1を目指すことで、価格競争を回避し高い利益率を確保できる
- 体験価値重視: 機能性だけでなく、使用時の感情や満足度を含めた総合的な体験価値を設計することが差別化の鍵となる
- 新ジャンル創造: 既存のカテゴリーを組み合わせたり、全く新しいコンセプトを提示することで競合不在の市場を創出できる
- 徹底したユーザー目線: 顧客の生活シーンを深く理解し、細部にまでこだわった商品設計が愛着を生む
- ストーリーテリング: 商品に込められた想いや開発背景を魅力的に伝えることで、感情的な結びつきを創出できる
- 迅速な商品開発: ニッチ市場では先行者利益が重要なため、完璧を求めすぎずスピードを重視した開発プロセスが効果的
- 一貫したブランドメッセージ: 「愛着家電」のような明確なコンセプトで商品群を統一し、ブランド価値を向上させる
- 組織文化の重要性: 部門を超えた連携と、失敗を恐れない挑戦文化が革新的な商品開発を支える基盤となる
ドウシシャの成功は決して偶然ではありません。明確な戦略と実行力に裏打ちされた結果と言えます。皆さんも自社の商品戦略を見直す際の参考として、これらの要素を取り入れてみてください。小さな改善の積み重ねが、やがて大きな成功につながるはずです。