はじめに
マーケティング担当者や事業責任者の皆さんは、「なぜ特定のブランドが市場で選ばれ続けるのか」という問いと日々向き合っているのではないでしょうか。消費者の選択理由を深く理解することは、自社製品やサービスが選ばれる確率を高めるための重要な鍵となります。
本記事では、世界的スポーツブランドであるアシックスを例に、このブランドが消費者から選ばれる理由を多角的に分析していきます。この分析を通じて、以下のメリットを得ることができるでしょう:
- 持続的な人気を維持する製品開発の方法論を学べる
- 顧客の深層心理に訴求する効果的なブランディング戦略を理解できる
- 既存市場でのポジショニングを強化するための具体的な施策を発見できる
アシックスの成功要因を紐解きながら、あなたのビジネスにも応用できる実践的な知見を提供していきます。
1. アシックスの基本情報

ブランド概要
アシックスは、1949年に鬼塚喜八郎氏によって「オニツカ株式会社」として創業された日本を代表するスポーツ用品メーカーです。創業者の「健全な身体に健全な精神があれかし」という古代ローマの格言に基づき、社名は「Anima Sana In Corpore Sano」(健全な身体に健全な精神があれかし)の頭文字を取って「ASICS(アシックス)」となりました。機能性を重視した製品開発と科学的アプローチによって、特にランニングシューズ分野で高い評価を得ています。
企業情報
- 企業名:株式会社アシックス(ASICS Corporation)
- 設立年:1949年
- 本社所在地:神戸市中央区港島中町7丁目1番1
- 従業員数:連結:約9,000名(2024年時点)
- URL:https://www.asics.com/jp/ja-jp/
主要製品・サービスラインナップ
- スポーツシューズ(ランニング、テニス、バレーボール、バスケットボールなど)
- スポーツアパレル
- スポーツ用具・アクセサリー
- ライフスタイル向け製品(オニツカタイガーブランド)
- トレーニング・フィットネスサービス
最新の業績データ

アシックスは近年、業績を回復・向上させています。2024年度の売上高は6,785億円で、前年5,704億円に対して約19%増となりました。特に、欧米地域での売上が好調です。特にランニングシューズの売上が牽引役となっています。

これほどアシックスが選ばれている理由について、下記で明らかにしていきます。
2. 市場環境分析
まずは所属している市場カテゴリーは顧客の何を解決しているのかを考えてみましょう。
市場定義:消費者のジョブ(Jobs to be Done)
アシックスが所属するスポーツシューズ・アパレル市場が解決する主な顧客のジョブは以下の通りです:
- パフォーマンス向上のジョブ: スポーツパフォーマンスを最大化し、怪我のリスクを減らしたい
- 健康維持のジョブ: 日常的な運動や健康管理をサポートする機能的な装備を得たい
- アイデンティティ表現のジョブ: スポーツを通じた自己表現や所属感を得たい
- 快適性のジョブ: 長時間の着用や使用でも快適さを維持したい
特に「パフォーマンス向上」と「健康維持」のジョブは、競技レベルの運動から日常的な健康管理まで幅広いニーズが存在し、市場規模も大きいです。また健康意識の高まりにより、これらのジョブの優先度は近年さらに上昇しています。
競合状況
アシックスのスポーツシューズ市場における主要な競合は以下の通りです:
- グローバル大手: ナイキ、アディダス、プーマ、ニューバランス
- ランニング専門: ブルックス、サロモン、ホカオネオネ
- フィットネス系: アンダーアーマー、リーボック
- ライフスタイル系: コンバース、バンズ
ナイキとアディダスはブランド力と豊富なマーケティング予算により市場をリードしていますが、アシックスはランニングなどの特定カテゴリーで強みを持っています。
POP/POD/POF分析
次に、このカテゴリーで戦って勝っていくために必要な要素を整理していきましょう。
Points of Parity(業界標準として必須の要素)
- 基本的な着用快適性(クッション性、通気性など)
- 耐久性と品質の安定
- スタイリッシュなデザイン
- 適切な価格レンジでの展開
- 基本的な機能性(防水性、軽量性など)
Points of Difference(差別化要素)
- 科学的アプローチに基づく機能設計
- 特定スポーツ(ランニングなど)に特化した専門性
- 独自の衝撃吸収テクノロジー(GELクッショニングなど)
- パフォーマンス向上と怪我防止の両立
- アスリートとの共同開発による実践的機能性
Points of Failure(市場参入の失敗要因)
- 特定ユーザー向けの機能訴求ができない汎用的製品
- 品質管理の不備と耐久性の低さ
- トレンドへの対応遅れとデザイン陳腐化
- 価格と価値のバランスの欠如
- ブランドストーリーの欠如
この分析から、アシックスはPOPを確実に満たしつつ、「科学的アプローチ」と「パフォーマンス機能性」という差別化要素を強く打ち出していることがわかります。特に、単なるファッション性ではなく実用的価値を重視するユーザーにとって、アシックスの差別化要素は強い訴求力を持っています。
PESTEL分析
次に、このカテゴリーは各視点で見たときに追い風なのか、向かい風なのかを見ていきましょう。
Political(政治的要因)
- 機会: スポーツ振興政策、オリンピックなどの国際大会支援
- 脅威: 国際情勢不安による調達リスク、政治的分断によるブランドのスタンス問題
Economic(経済的要因)
- 機会: 健康・スポーツへの消費意欲の高まり、中間層の拡大
- 脅威: インフレーションによる消費者の価格感度上昇、原材料コスト上昇
Social(社会的要因)
- 機会: 健康意識の高まり、ランニングブームの継続、アクティブライフスタイルの浸透
- 脅威: ファッショントレンドの変化、若年層の運動離れ
Technological(技術的要因)
- 機会: 機能性素材の進化、デジタルフィットネステクノロジーの発展
- 脅威: 技術革新のスピード加速、競合他社の技術投資拡大
Environmental(環境的要因)
- 機会: サステナビリティへの関心の高まり、環境配慮型製品の需要増加
- 脅威: 環境規制の強化、サプライチェーンの環境負荷削減要求
Legal(法的要因)
- 機会: 知的財産保護制度の活用、健康促進に関する法的支援
- 脅威: 労働規制の強化、国際貿易規制の変化
スポーツシューズ・アパレル市場は、健康志向の高まりやアクティブライフスタイルの普及により、今後も安定した成長が見込まれています。特にパフォーマンス向上と健康管理を重視する消費者層の拡大が市場を牽引しています。世界のスポーツフットウェア市場規模は2024年に11091億米ドルで、2032年までに1,6892億米ドルに達し、予測期間中に5.49%のCAGRと予想されています。
こうした市場環境の中で、アシックスは科学的アプローチとパフォーマンス重視の製品開発により、特定セグメントでの競争優位性を確立しています。
3. ブランド競争力分析
続いて、アシックス自体の強み、弱みは何で、それらが今の外部環境の中でどう活かしていけるのか、いくべきなのかを見ていきましょう。
SWOT分析
Strengths(強み)
- 科学的研究に基づいた製品開発(アシックススポーツ工学研究所)
- ランニングシューズ市場での高いブランド評価と信頼性
- GELテクノロジーなどの独自技術とそれに基づく特許
- パフォーマンスと怪我防止を両立する機能性設計
- 長年のアスリートサポートによる専門知識の蓄積
- 「オニツカタイガー」ブランドによるライフスタイル市場での展開
Weaknesses(弱み)
- ナイキ、アディダスと比較したブランド認知度の低さ
- ファッション性やトレンド対応におけるイメージの弱さ
- 若年層への訴求力不足
- デジタルマーケティングとEコマース戦略の遅れ
- 地域によって異なるブランドポジショニング
Opportunities(機会)
- 健康志向とランニングブームの世界的な広がり
- フィットネステクノロジーとの融合による新規事業機会
- サステナブル製品への消費者需要の高まり
- オリンピックなどの国際スポーツイベントによる露出機会
- 機能性とファッション性を融合させたクロスオーバー製品の開発
Threats(脅威)
- ナイキ、アディダスなど大手競合のマーケティング投資拡大
- 新興ブランド(ホカオネオネなど)の急成長
- ファストファッションブランドの参入による価格競争
- テクノロジー企業のスポーツ分野への参入
- 原材料コスト上昇による収益性の圧迫
クロスSWOT戦略
SO戦略(強みを活かして機会を最大化)
- 健康志向の高まりを活かし、科学的裏付けに基づく機能性をさらに強調したマーケティング展開
- フィットネステクノロジーと製品を融合させたパーソナライズドサービスの展開
- オリンピックなどの国際大会でのプレゼンス強化によるブランド認知度向上
WO戦略(弱みを克服して機会を活用)
- デジタルマーケティング強化によるオンライン販売の拡大と若年層へのアプローチ
- 機能性とファッション性を融合させた製品開発による新規顧客層の開拓
- サステナビリティ戦略の強化によるブランドイメージの刷新
ST戦略(強みを活かして脅威に対抗)
- 独自技術と科学的アプローチによる差別化強化で価格競争からの脱却
- 競合との技術面での差別化を明確にする製品開発とマーケティング
- 専門性と機能性を重視した顧客層の囲い込みによるロイヤルティ向上
WT戦略(弱みと脅威の両方を最小化)
- デジタル戦略とオムニチャネル展開の強化による販売チャネルの最適化
- ブランドイメージの再構築によるターゲット層の明確化と効率的なマーケティング
- コスト構造の見直しと効率化による収益性の向上
このSWOT分析から、アシックスは科学的アプローチと機能性という強みを最大限に活かしつつ、ファッション性の向上とデジタル戦略の強化によって弱みを克服することが重要だとわかります。また、健康志向の高まりという市場機会を捉え、独自の技術力で競合との差別化を図ることが成功の鍵となるでしょう。
4. 消費者心理と購買意思決定プロセス
続いて、アシックスの顧客はなぜブランドを選ぶのか、その購買行動の構造を複数パターンで見ていきましょう。
オルタネイトモデル分析
パターン1:パフォーマンス重視のランナー
- 行動: アシックスのパフォーマンスランニングシューズを購入する
- きっかけ: マラソン大会への参加決定、怪我からの復帰、定期的なシューズ交換時期
- 欲求: タイムを向上させたい、怪我を防止したい、長距離を快適に走りたい
- 抑圧: 高価格への躊躇、デザインの地味さへの懸念、ブランドの見栄えへの不安
- 報酬: 走行時の安定感と快適さの実感、パフォーマンス向上、怪我リスクの軽減
パターン2:健康志向の一般消費者
- 行動: アシックスのウォーキングシューズやトレーニングシューズを購入する
- きっかけ: 健康診断での指摘、フィットネス習慣の開始、既存シューズの劣化
- 欲求: 健康的な生活習慣を確立したい、快適に運動を続けたい、プロっぽく見られたい
- 抑圧: スポーツへの苦手意識、続けられるか不安、専門的すぎるイメージへの抵抗
- 報酬: 専門的なシューズを持つことによる安心感、継続的な運動の実現、健康への投資感
パターン3:ファッション性も求めるスポーツ愛好家
- 行動: アシックスのライフスタイルモデルやコラボレーションモデルを購入する
- きっかけ: SNSでの話題、友人の推薦、ファッションアイテムとしての認識
- 欲求: おしゃれに見せながら機能性も得たい、トレンドを取り入れたい、差別化したい
- 抑圧: 価格の高さ、スポーツブランドの実用的イメージ、他ブランドとの比較
- 報酬: 機能性とデザイン性の両立による満足感、周囲からの評価、ブランドの専門性
オルタネイトモデル分析から、アシックスの顧客は「機能性による実用的価値」と「ブランドが持つ専門性からくる安心感」を強く求めていることがわかります。特にパフォーマンス重視のユーザーは、他ブランドのファッション性よりもアシックスの機能性を重視する傾向があります。また、健康志向の高まりにより、専門的なブランドへの信頼感が購買決定の重要な要素となっています。
本能的動機
アシックスの製品が刺激する本能的動機を分析すると、以下のような欲望に強く訴求していることがわかります:
生存本能に関連する要素
- 怪我防止技術: 生存本能に直結する身体保護への欲求を満たす
- 安定性と耐久性: 不確実性を減らし、安全を確保したいという本能的欲求に応える
- 科学的裏付け: 合理的選択による生存確率向上という生物学的欲求を満たす
生殖本能に関連する要素
- パフォーマンス向上: 競争に勝つ、優位性を示すという繁殖競争に関連する欲求を満たす
- 専門性の訴求: 知識や専門性を持つことで社会的地位を示したいという欲求を満たす
- アスリートとの結びつき: 成功者との同一視による自己価値向上欲求を刺激
8つの欲望への訴求
特に強く訴求している欲望は以下の3つです:
- 進める(Advance): パフォーマンス向上や自己成長を促進するという欲望に訴求。「より速く、より遠くへ」というアスリートの進歩欲求と強く結びついている。
- 安らぐ(Rest): 怪我のリスクを減らし、身体への負担を軽減するという安心感を提供。特にクッション性や安定性は「安全な環境で運動したい」という欲求を満たす。
- 決する(Decide): 科学的に裏付けられた選択を通じて、自己効力感や自律性を高めたいという欲求に応える。「理にかなった選択をした」という満足感を提供。
この分析から、アシックスの製品は特に「パフォーマンス向上と安全性の両立」という生存と生殖両方の本能に訴える価値提案が核心であることがわかります。科学的アプローチによって「進める」欲望を満たしつつ、怪我防止技術によって「安らぐ」欲望も同時に満たすという独自のポジションを確立しています。
5. ブランド戦略の解剖
これまで整理した情報をもとに結局、アシックスはどういう人のどういうジョブに対して、なぜ選ばれているのか、そしてどうその価値を届けているのかをまとめていきます。
Who/What/How分析
パターン1:パフォーマンス追求アスリート向け戦略
- Who(誰に): 専門的なトレーニングを行うランナーやスポーツ愛好家
- Who(JOB): パフォーマンスを最大化しながら怪我を防止したい
- What(便益): 科学的に設計された機能性による走行効率の向上と怪我リスクの軽減
- What(独自性): スポーツ工学研究所に基づく科学的アプローチと独自のGELテクノロジー
- What(RTB): アスリートとの共同開発、長年の研究実績、特許技術
- How(プロダクト): 高機能なパフォーマンスシューズとアパレル
- How(コミュニケーション): 科学的データと専門用語を用いた機能訴求
- How(場所): 専門スポーツショップ、アシックスストア、ランニングイベント
- How(価格): プレミアム価格帯での価値提供
この戦略は、パフォーマンス向上と怪我防止を同時に求めるシリアスランナーをターゲットにしています。科学と技術を前面に出したコミュニケーションにより、専門性とブランド信頼性を強化しています。
パターン2:健康志向一般消費者向け戦略
- Who(誰に): 健康維持・増進を目指す30代以上の一般消費者
- Who(JOB): 健康的な生活習慣を身につけ、無理なく続けたい
- What(便益): 専門ブランドの機能性による運動の快適さと継続性
- What(独自性): 健康科学に基づいた設計と幅広いサイズ・モデル展開
- What(RTB): 70年以上の歴史、医学的見地からの製品開発
- How(プロダクト): ウォーキングシューズ、クッション性重視モデル
- How(コミュニケーション): 健康維持の重要性と運動の継続性を訴求
- How(場所): 百貨店、スポーツ量販店、オンラインストア
- How(価格): ミドルレンジの価格帯での適正価値提供
この戦略は、専門的すぎない適度な機能性と信頼できるブランドイメージを求める健康志向層をターゲットにしています。健康への投資としての価値訴求により、価格プレミアムへの理解を促しています。
パターン3:トレンド意識の若年層向け戦略
- Who(誰に): ファッション性と機能性の両方を求める若年層
- Who(JOB): トレンドを取り入れつつ、本格的なスポーツブランドの価値も得たい
- What(便益): レトロスポーツカルチャーとモダンテクノロジーの融合による差別化
- What(独自性): オニツカタイガーブランドの歴史的価値とスポーツ専門性の組み合わせ
- What(RTB): ブランドヘリテージ、コラボレーション、限定モデル
- How(プロダクト): レトロランニングシューズ、ライフスタイルアパレル
- How(コミュニケーション): SNSを活用したストーリーテリング、インフルエンサー活用
- How(場所): セレクトショップ、オンラインストア、ポップアップイベント
- How(価格): ミドル〜ハイレンジの価格帯での希少価値提供
この戦略は、「ただのファッションではなく本物のスポーツブランド」という差別化要素により、スポーツとファッションの境界に位置する若年層をターゲットにしています。歴史とモダンの融合により、独自のポジショニングを構築しています。
Who/What/How分析から、アシックスは各セグメントに対して明確な価値提案を行いながら、全体を通して「科学的アプローチによる信頼性」という一貫したブランドコアを維持していることがわかります。特にパフォーマンス重視のセグメントでは、他ブランドと比較して独自のポジションを構築できています。
成功要因の分解
ブランドのポジショニングと独自価値
- 機能と科学の融合: 「スポーツでつちかった知的技術により、質の高いライフスタイルを創造する
」というビジョンに基づき、科学的アプローチを前面に出したポジショニング - パフォーマンスと保護のバランス: 競技パフォーマンス向上と身体保護を両立させる独自の価値提案
- 専門性の訴求: 特定スポーツ(特にランニング)における深い専門知識と研究開発力の強調
- 日本発グローバルブランド: 日本のものづくりの精緻さと海外市場での展開の両立
コミュニケーション戦略の特徴
- 科学的根拠を前面に: 研究所での開発ストーリーや科学的データを活用した訴求
- ターゲットに応じた言語の使い分け: 専門家向けには技術用語、一般向けには分かりやすい表現
- アスリートの証言活用: トップアスリートの実体験に基づく製品価値の裏付け
- 機能的価値の視覚化: 技術を可視化するコンテンツやデモンストレーションの活用
価格戦略と価値提案の整合性
- 価値に基づく価格設定: 単なる素材コストではなく、パフォーマンス向上や怪我防止という価値に応じた価格設定
- セグメント別の価格帯: ターゲット層と使用目的に応じた明確な価格階層
- 長期的価値の強調: 耐久性や継続的なパフォーマンスによる「投資としてのコスパ」訴求
- 価格と技術の対応関係の明示: 値段の違いが機能の違いと明確に対応していることを示す情報提供
カスタマージャーニー上の差別化ポイント
- 認知段階: 専門的なスポーツメディアやコミュニティでの情報発信
- 検討段階: 詳細な製品情報と機能説明による合理的な選択支援
- 購入段階: 専門知識を持つスタッフによる適切な製品提案
- 使用段階: 期待通りのパフォーマンスと快適性の提供による信頼構築
- 推奨段階: 実体験に基づくクチコミの促進とコミュニティ形成
顧客体験(CX)設計の特徴
- 専門知識の共有: ランニングフォームやトレーニング方法など、製品を超えた価値提供
- フィッティングの重視: 足型計測など、個々の顧客に最適な製品選択のサポート
- コミュニティ形成: ランニングクラブや各種イベントを通じたブランド体験の拡張
- アフターサービスの充実: 製品の使用方法や劣化のサインなど、継続的なサポート提供
- マルチチャネル展開: オンライン・オフライン双方での一貫した顧客体験の提供
見えてきた課題
外部環境からくる課題と対策
- ファッション性とテクノロジーの急速な変化
- 課題: 市場トレンドが加速する中で、開発サイクルが追いつかない
- 対策: オープンイノベーションやコラボレーションによる開発スピード向上
- 競合他社のマーケティング投資拡大
- 課題: ナイキ、アディダスなど大手の巨額マーケティング予算に対抗できない
- 対策: 専門性の高いマーケティングへの集中と効率的なデジタルマーケティング活用
- サステナビリティへの要求増大
- 課題: 環境配慮型製品の市場需要と規制強化への対応
- 対策: サステナブル素材の導入加速と調達・製造プロセスの見直し
内部環境からくる課題と対策
- 若年層へのアプローチの弱さ
- 課題: 専門的イメージが若年層の取り込みを妨げている
- 対策: オニツカタイガーブランドの強化とデジタルコミュニケーションの最適化
- 地域ごとのブランドイメージの不均衡
- 課題: 各地域で異なるブランド認知とポジショニング
- 対策: グローバルブランドストラテジーの一貫性確保と地域特性への柔軟な対応
- デジタル変革への対応遅れ
- 課題: Eコマースやデジタルマーケティングの遅れ
- 対策: デジタル人材の獲得とデジタルトランスフォーメーションの加速
アシックスの課題分析から、若年層へのアプローチとデジタル戦略の強化が特に重要であることが分かります。また、サステナビリティへの取り組みも今後の成長に不可欠な要素となっています。これらの課題に適切に対応することで、アシックスはさらに競争力を高めることができるでしょう。
6. 結論:選ばれる理由の総合的理解
総合的に見て、競合や代替手段がある中でアシックスはなぜ選ばれるのでしょうか。
消費者にとっての選択理由
機能的側面
- 科学的アプローチに基づく機能性: スポーツ工学研究所での開発や人間工学的設計による実用性の高さ
- パフォーマンス向上と怪我防止の両立: 単純な衝撃吸収だけでなく、バイオメカニクスに基づいた動作最適化
- 用途特化型の専門設計: 各スポーツや活動に最適化された機能設計
- 長期的な耐久性と一貫した品質: 日本発ブランドとしての高い品質基準と信頼性
感情的側面
- 専門性がもたらす安心感: 科学的根拠に基づく選択による自己効力感と満足感
- アスリートとのつながり: トップアスリートも使用する本格派ブランドであることの誇り
- 健康投資としての自己肯定感: 健康や体のケアに投資するという自己肯定的な行動
- 専門家コミュニティへの帰属感: 真剣にスポーツに取り組む人々の中での受容
社会的側面
- 本物志向の価値観表現: 単なるトレンドではなく、本質を追求する自分らしさの表現
- 合理的選択者としての自己提示: 見た目だけでなく機能で選ぶ賢い消費者というアイデンティティ
- 健康意識の高さのシグナリング: 健康やウェルネスを重視するライフスタイルの表明
- 専門的コミュニティへの参加: ランニングなど特定スポーツコミュニティでの認知と受容
市場構造におけるブランドの独自ポジション
アシックスは、スポーツシューズ・アパレル市場において「科学と機能性の融合」という明確なポジションを確立しています。市場を構造的に見ると、以下のような独自の立ち位置を持っています:
- ファッション軸とパフォーマンス軸の交差点: ナイキやアディダスがファッション性を強調する方向に進む中、アシックスはパフォーマンスに軸足を置きつつファッション性も取り入れる独自ポジションを確保
- スポーツ専門性とライフスタイルの両立: 専門的なパフォーマンス製品と日常使用のライフスタイル製品の両方を展開することで、幅広いニーズに対応
- 科学的アプローチの象徴: スポーツ工学研究所に代表される科学的アプローチを前面に打ち出し、「機能性で選ぶなら」という選択肢の筆頭に
- 日本発グローバルブランドの独自性: 日本のものづくりの精緻さと品質管理の高さをグローバルに展開する数少ないスポーツブランドとしての稀少性
競合や代替手段との明確な差別化要素
アシックスの主要な差別化要素は以下の通りです:
- 科学的研究に基づく製品開発: スポーツ工学研究所という明確なシンボルを持ち、科学的アプローチを他社より強く打ち出している
- GELテクノロジーなどの独自技術: クッショニングシステムなど、明確に可視化された独自技術による差別化
- 怪我防止とパフォーマンス向上の両立: 単なるクッション性ではなく、運動力学に基づいた総合的な機能設計
- ランニング専門性の高さ: 特にランニングカテゴリーにおける圧倒的な専門知識と開発力
これらの差別化要素は、顧客にとって重要な「パフォーマンス向上」と「怪我防止」というニーズに直接応えるものであり、競合との明確な違いを生み出しています。また、科学的アプローチという方法論は、容易に模倣できないブランド資産となっています。
持続的な競争優位性の源泉
アシックスの持続的な競争優位性は、以下の要素から生まれています:
- 70年以上の研究開発の蓄積: 長年にわたる研究開発とアスリートとの協働によって蓄積された知識と経験
- 製品開発における科学的アプローチの文化: 単なる技術だけでなく、科学的アプローチを重視する企業文化が組織に深く根付いている
- 特定領域での深い専門性: ランニングなど特定スポーツにおける深い専門知識と開発力
- 独自技術と特許: GELなどの独自技術とその特許による法的保護
- 顧客との強いエンゲージメント: ランニングクラブなどを通じた顧客との密接な関係構築
これらの要素は短期間では模倣が難しく、アシックスの長期的な競争優位性を支えています。特に研究開発の蓄積と科学的アプローチの文化は、他社が容易に追随できない無形資産です。
7. マーケターへの示唆
我々マーケターはアシックスの成功例から何を学べるのでしょうか。
再現可能な成功パターン
- 特定領域での専門性の深耕戦略
アシックスはランニングなど特定領域での専門性を深め、そこから信頼性を構築しました。この戦略は、リソースが限られる中小企業にも応用可能です。
実践ステップ:
- 自社の強みが最も発揮できる特定市場セグメントを特定する
- その領域での専門知識と技術の蓄積に投資する
- 専門性を対外的に示す具体的なシンボルやエビデンスを構築する
- 科学的アプローチによる信頼性構築
アシックスは科学的根拠を前面に出すことで、ブランドの信頼性を高めています。この手法は多くの業界で応用できます。
実践ステップ:
- 自社製品・サービスの効果を裏付ける客観的データを収集する
- 専門家や研究機関との連携を強化する
- 分かりやすい形で科学的エビデンスを顧客に伝える
- 機能とブランドストーリーの融合
アシックスは機能性と企業理念(健全な身体に健全な精神があれかし)を結びつけ、一貫したブランドストーリーを構築しています。
実践ステップ:
- 自社の創業理念や企業哲学を再確認する
- 製品機能とブランドストーリーの接点を明確にする
- 一貫したメッセージで両者を結びつけるコミュニケーションを展開する
- 段階的セグメント拡張戦略
アシックスは専門家層での評価を基盤に、一般消費者、ファッション志向層へと段階的に市場を拡大しています。
実践ステップ:
- コア顧客層での強固な基盤を確立する
- コア層の信頼を活用して隣接セグメントに拡張する
- セグメントごとに適切な製品・メッセージの調整を行う
業界・カテゴリーを超えて応用できる原則
- 「専門性」の価値の最大化
アシックスの成功は、専門性が持つ価値の最大化にあります。これは様々な業界に応用可能です。
応用例:
- B2B: 特定業界の深い知識と解決策を前面に打ち出す専門企業ポジショニング
- サービス業: 特定分野に特化したスペシャリストとしての差別化
- 製造業: 特定技術や工法への特化による他社との明確な差別化
- 「機能」と「感情」の両面訴求
アシックスは機能的価値と感情的価値の両方を上手く訴求しています。この両面アプローチは多くの業界で有効です。
応用例:
- 家電業界: 省エネ性能(機能)と使う喜び(感情)の両面訴求
- 食品業界: 栄養価(機能)と食べる満足感(感情)の両立
- 金融業界: 資産運用のリターン(機能)と安心感(感情)の同時提供
- 「研究開発」の可視化とブランディング
アシックスはスポーツ工学研究所という形で研究開発を象徴化し、ブランド資産として活用しています。
応用例:
- 化粧品業界: 研究所やラボラトリーの設立と前面展開
- 食品業界: 品質研究センターなどの設置と品質保証の可視化
- テクノロジー業界: イノベーションラボの活動公開による先進性アピール
- 「本物志向」の価値提案
アシックスは「本物の機能性」を重視する層を大切にすることで、独自のポジションを確立しています。
応用例:
- 飲食業: 本格的な調理法や伝統的な味の追求を前面に
- ファッション業: 素材や製法へのこだわりを強調
- 教育サービス: 本質的な学びや深い理解を重視する姿勢
これらの原則は、業界を問わず多くのビジネスに応用可能です。特に、専門性、研究開発、本物志向といった価値観は、差別化が難しくなっている現代市場において強力な差別化要素となります。
8. まとめ
アシックスが消費者から選ばれる理由についての分析から、以下の重要なポイントが明らかになりました:
- 科学的アプローチによる製品開発: アシックスは「スポーツ工学研究所」を象徴とする科学的アプローチを前面に打ち出し、機能性と信頼性を構築しています。
- パフォーマンス向上と怪我防止の両立: 単なる快適さやクッション性ではなく、運動力学に基づいたパフォーマンス向上と身体保護の両立が、特にランニングなどのアスリート層に強く支持されています。
- 特定領域での専門性の深化: 特にランニングカテゴリーにおける深い専門性の構築により、その分野のユーザーからの強い信頼を獲得しています。
- 機能性とブランドストーリーの一貫性: 「健全な身体に健全な精神」という創業理念と製品機能の整合性が、ブランドの一貫したメッセージングを可能にしています。
- 段階的セグメント戦略の成功: 専門家層での評価を基盤に、一般健康志向層、ファッション志向層へと段階的に市場を拡大する戦略が功を奏しています。
- 生存本能と進化欲求への訴求: 特に「安らぐ」(怪我防止)と「進める」(パフォーマンス向上)という根源的欲望に強く訴求する価値提案が、消費者の深層心理と共鳴しています。
- 本物志向の差別化: ファッション性よりも機能性を重視する「本物志向」の価値観を大切にすることで、競合との明確な差別化に成功しています。
アシックスの事例は、単なる製品機能だけでなく、企業理念、科学的アプローチ、専門性の深耕という総合的な戦略が、持続的な競争優位性につながることを示しています。マーケターはこの事例から、自社の強みを深め、科学的根拠を活用し、特定セグメントでの専門性を構築することの重要性を学ぶことができるでしょう。
自社のマーケティング戦略に活かすためのアクション:
- 自社製品・サービスの「専門性」を再評価し、より明確に打ち出せる領域を特定する
- 自社の研究開発プロセスや知見を顧客に伝えるコミュニケーション戦略を検討する
- 機能的価値と感情的価値を効果的に組み合わせたメッセージングを構築する
- 特定セグメントでの深い専門性構築に集中的にリソースを投下する
アシックスの成功事例は、明確な専門性と科学的アプローチが、大手競合との差別化において重要な役割を果たすことを示しています。この知見を活かし、自社ならではの専門性と価値提案を明確にすることで、持続的な競争優位性を構築していきましょう。
出典:アシックス 公式サイト