マーケティング担当者や事業責任者の皆さん、「なぜ特定のブランドが消費者から選ばれるのか」という問いは、ビジネスの根幹に関わる永遠のテーマではないでしょうか。今回は、日本のストリーミング市場で独自のポジションを築き上げているABEMAを例に、消費者から選ばれる理由を多角的に分析していきます。
この記事を読むことで、以下のメリットを得ることができます:
- 無料視聴モデルと有料プレミアムの組み合わせによる市場開拓戦略を学べる
- デジタルネイティブ世代の心理に訴求する効果的なコンテンツ戦略を理解できる
- データ駆動型の意思決定がもたらす競争優位性の構築方法を発見できる
それでは、老若男女に愛されるABEMAの成功要因を紐解きながら、あなたのビジネスにも応用できる実践的な知見を提供していきますのでぜひ読んでみてください。
1. ABEMAの基本情報

まずはABEMAのブランドついて理解していきましょう。ABEMAは「新しい未来のテレビ」をコンセプトに掲げる、サイバーエージェントが運営するインターネットテレビサービスです。従来のテレビ視聴の枠を超え、スマートフォンやコネクテッドTVを通じて、いつでもどこでも多様なコンテンツを視聴できる環境を提供しています。
ブランド概要
ABEMAは2016年4月に本格サービスを開始し、「新しい未来のテレビ」というビジョンのもと、テレビの概念を再定義するサービスとして急速に成長してきました。特に若年層からの支持を集め、その後幅広い年代へとユーザー層を拡大しています。
企業データ
- 企業名:株式会社サイバーエージェント(運営)
- 設立年:サイバーエージェント 1998年、ABEMA 2016年本格始動
- 本社所在地:東京都渋谷区
- URL:https://abema.tv/
主要製品・サービスラインナップ
- ABEMA(無料視聴可能なインターネットテレビサービス)
- ABEMAプレミアム(有料会員サービス、広告非表示・独占コンテンツ提供)
- 25のリニアチャンネル(ニュース、スポーツ、アニメ、ドラマなど)
- オリジナルコンテンツ(恋愛リアリティ番組など)
業績データ

ABEMAは急速に視聴者数を伸ばしており、2024年には週間視聴者数(WAU)3,000万人を、2025年1月に月間視聴数が5億回を突破しました。特に2022年のFIFAワールドカップ全試合無料配信をきっかけに認知度と利用も拡大しています。



サイバーエージェントの2024年度決算では、ABEMAが属するメディア事業の売上は順調に右肩上がりで増え続けており、2024年は売上1,075億円(昨対比22.4%増)、営業利益も赤字だったものが2024年にプラスに転じています。
これほどABEMAが成長して、選ばれている理由について、下記で明らかにしていきます。
2. 市場環境分析
まずはABEMAが所属しているストリーミング市場は、顧客の何を解決しているのかを考えてみましょう。
市場定義:消費者のジョブ(Jobs to be Done)
ABEMAが解決する主な消費者ジョブは以下の通りです:
- 「いつでもどこでも好きなコンテンツを視聴したい」(機能的ジョブ)
- スマホやPCでの視聴ニーズが高まり、場所や時間を選ばない視聴体験を求める層が拡大
- 特に若年層では通勤・通学時間などの「スキマ時間」の活用ニーズが強い
- 「リアルタイムで情報やエンターテイメントを得たい」(機能的・感情的ジョブ)
- スポーツやニュースなどのライブコンテンツへの需要
- 「今」を共有する社会的視聴体験を求めるニーズ
- 「話題のコンテンツを通じて社会的つながりを感じたい」(社会的ジョブ)
- 友人との会話や社会的交流の素材としてコンテンツを消費
- SNSでの共有や議論を通じたコミュニティ形成
- 「無料または低コストで質の高いコンテンツを楽しみたい」(機能的ジョブ)
- サブスクリプション疲れが進む中での低コスト志向
- 有料には手が出せないが質の高いコンテンツを求める層のニーズ
これらのジョブの量は、スマートフォンの普及とインターネット利用時間の増加に伴い拡大しています。特に「無料で質の高いコンテンツ」と「リアルタイム視聴体験」のジョブは、多くの消費者にとって優先度が高まっています。
競合状況
動画配信市場における主要プレイヤーと特徴:
- サブスクリプション型(SVOD):Netflix、Amazon Prime Video、Disney+など
- 豊富なコンテンツライブラリと独自作品
- 月額課金制
- 広告型(AVOD):YouTube、TVer、ABEMA
- 基本無料で広告視聴
- 有料コンテンツ、有料プラン、機能提供
- 従来型テレビ:民放各局、NHK
- リニア放送中心
- 放送とオンデマンドの融合を模索中
この中でABEMAは、無料広告モデルを基本としながらもライブ配信に強みを持ち、リニアチャンネル編成と独自コンテンツを組み合わせた「インターネットテレビ」というポジションを確立しています。
POP/POD/POF分析
次に、このカテゴリーで戦って勝っていくために必要な要素を整理していきましょう。
Points of Parity(業界標準として必須の要素)
- マルチデバイス対応(スマホ、PC、テレビなど)
- 基本的なユーザーインターフェース品質
- 安定した配信インフラ
- コンテンツの多様性(エンタメ、情報など)
- 一定レベルの画質と音質
- パーソナライズ機能
Points of Difference(差別化要素)
- リアルタイム配信の超低遅延技術(0.5秒以下)
- 無料視聴可能なプレミアムスポーツコンテンツ
- 24時間365日のリニア編成と巻き戻し機能の組み合わせ
- オリジナル恋愛リアリティ番組などの話題性コンテンツ
- コンテクスチュアルオーバーレイ広告など先進的広告技術
- データ駆動型のコンテンツ開発
Points of Failure(市場参入の失敗要因)
- 配信安定性の不足(大規模同時アクセス時のダウンなど)
- コンテンツの質と量のバランス欠如
- 収益モデルの持続可能性の欠如
- ユーザー体験の一貫性の欠如
- プライバシーやデータセキュリティの問題
- コンテンツ制作・調達コストの管理失敗
ABEMAはこれらのPOPを確保しながら、特に「無料でのプレミアムスポーツコンテンツ提供」と「若年層向けオリジナルコンテンツの開発」という差別化要素で成功しています。これらによって、消費者に明確な選択理由を提供しているのです。
PESTEL分析
続いて、ABEMAを取り巻く環境要因を、PESTEL分析を用いて検討します。このカテゴリーは各視点で見たときに追い風なのか、向かい風なのかを見ていきましょう。
Political(政治的要因)
- 追い風:デジタルコンテンツ推進政策、放送・通信融合の規制緩和
- 向かい風:コンテンツ規制の強化可能性、知的財産保護の厳格化
Economic(経済的要因)
- 追い風:デジタル広告市場の拡大、ストリーミング経済の成長
- 向かい風:景気変動による広告費削減リスク、コンテンツ取得コストの上昇
Social(社会的要因)
- 追い風:若年層のテレビ離れ、スマホ視聴習慣の定着、SNS連動視聴の普及
- 向かい風:視聴の分断化、高齢者層の取り込み難度、注目時間の希少化
Technological(技術的要因)
- 追い風:5G普及、スマートテレビの浸透、ストリーミング技術の進化
- 向かい風:技術的差別化の困難さ、プラットフォーム依存のリスク
Environmental(環境的要因)
- 追い風:デジタル視聴による紙資源・物理メディア削減
- 向かい風:データセンター電力消費の増加、環境配慮型ビジネスへの期待
Legal(法的要因)
- 追い風:放送とインターネットの法的区分の曖昧化
- 向かい風:個人情報保護規制の強化、コンテンツライセンス法の複雑化

日本の動画配信市場は、2023年の時点で有料サービスの利用率が31.7%に達し、特にコロナ禍以降急速に拡大しています。さらにスマートテレビの普及によりコネクテッドTV(CTV)市場も成長中で、今後も緩やかに拡大すると予測されています。特に無料広告モデルと有料サブスクリプションの組み合わせによるハイブリッドモデルが注目されており、ABEMAの戦略と市場トレンドが合致している状況です。
3. ブランド競争力分析
続いて、ABEMA自体の強み、弱みは何で、それらが今の外部環境の中でどう活かしていけるのか、いくべきなのかを見ていきましょう。
SWOT分析
Strengths(強み)
- 約25チャンネルの24時間365日リニア編成による豊富なコンテンツ
- スポーツイベントの無料配信による大規模視聴者獲得力
- 『オオカミ』シリーズなど若年層に高い支持を得るオリジナルコンテンツ
- サイバーエージェントグループとの連携によるIP活用(例:『ウマ娘』アニメ配信)
- 0.5秒以下の超低遅延配信技術
- 5年間蓄積した視聴データとAI活用によるパーソナライズ機能
- コンテクスチュアルオーバーレイ広告などの先進的広告技術
- 無料視聴を基本とした低い参入障壁
Weaknesses(弱み)
- コンテンツ制作費の増加(2024年度販管費2,300億円)による収益圧迫
- 基本無料モデル依存による収益化の難しさ
- 大手グローバルプラットフォームと比較したコンテンツ量の制約
- 海外市場でのプレゼンスの弱さ
- CTVデバイスでの使い勝手に改善余地
- 中高年層へのリーチにまだ課題
Opportunities(機会)
- CTV市場の急速な成長と広告収益機会の拡大
- アジア市場への展開可能性
- AIを活用したコンテンツ制作効率化とパーソナライズの深化
- 恋愛リアリティ番組などの日本発コンテンツの海外需要
- スポーツ中継×ベッティングなど新たな収益機会
- 3,000万人を超えるユーザーベースを活かしたビジネス多角化
Threats(脅威)
- Netflix、Amazon Prime Videoなどグローバルプレーヤーの競争激化
- YouTubeなどプラットフォーム型サービスの勢力拡大
- コンテンツ獲得競争の激化による権利料の高騰
- ユーザーの視聴時間確保競争の激化
- プライバシー規制強化によるデータ活用の制約
- テレビデバイスでの視聴者獲得競争の激化
クロスSWOT戦略
SO戦略(強みを活かして機会を最大化)
- 恋愛リアリティ番組の海外展開によるアジア市場開拓
- CTVでの視聴体験最適化によるテレビデバイスユーザーの獲得加速
- 蓄積したユーザーデータを活用したAIパーソナライズ広告の高度化
WO戦略(弱みを克服して機会を活用)
- AIによるコンテンツ制作効率化で制作コスト削減と量産体制の構築
- 海外コンテンツプロバイダーとの提携によるコンテンツ拡充
- 中高年層向けのCTV専用UI開発と専用コンテンツの拡充
ST戦略(強みを活かして脅威に対抗)
- オリジナルコンテンツへの集中投資によるグローバルプラットフォームとの差別化
- 低遅延技術を活かしたライブコンテンツの独自ポジション強化
- サイバーエージェントグループの資産(ゲームIPなど)を活用した独自コンテンツ開発
WT戦略(弱みと脅威の両方を最小化)
- コンテンツ協業による制作コスト分散と独自性の両立
- 広告収益の最大化のためのABEMAプレミアム(有料)とのバランス最適化
- 選択と集中によるコンテンツ戦略の効率化
このSWOT分析から、ABEMAはオリジナルコンテンツ開発と技術的優位性という強みを活かしながら、CTV市場の成長とアジア展開という機会を捉えることが重要であると言えます。特に「低遅延ライブ配信技術」と「データ活用能力」が差別化要素として機能していることがわかります。同時に、コンテンツコストの管理と収益モデルの最適化が課題となっています。
4. 消費者心理と購買意思決定プロセス
続いて、ABEMAの視聴者はなぜこのサービスを選ぶのか、その消費行動の構造を複数パターンで見ていきましょう。
オルタネイトモデル分析
パターン1:スポーツファン
- 行動: FIFAワールドカップをABEMAで視聴する
- きっかけ: 無料で全試合が見られるという広告
- 欲求: お金をかけずに質の高いスポーツ中継を楽しみたい
- 抑圧: 無料サービスなので画質や安定性に不安がある
- 報酬: 無料で高品質な視聴体験を得られる満足感、お金を節約できた達成感
このパターンでは、「本来有料のはずのプレミアムコンテンツを無料で視聴できる」という意外性と経済的メリットが核となる選択理由となっています。ABEMAはFIFAワールドカップなどの大規模スポーツイベントを無料配信することで、大量の新規ユーザーを獲得し、その後の継続利用につなげることに成功しています。
パターン2:若年層の恋愛リアリティ番組ファン
- 行動: 『オオカミ』シリーズなどの恋愛リアリティ番組を視聴する
- きっかけ: SNSでの話題、友人からの推薦
- 欲求: 流行に乗りたい、共感できるストーリーを体験したい
- 抑圧: コンテンツに費やす時間の罪悪感、アプリ使用の面倒さ
- 報酬: 友人との会話ネタの獲得、感情移入による満足感、SNSでの共有価値
このパターンでは、「ソーシャルな話題性」が重要な選択理由となっています。ABEMAは10〜20代女性の70%が視聴するといわれる恋愛番組を制作し、SNSでのバズ生成を促すことで、若年層を中心とした強固な視聴者コミュニティを構築しています。
パターン3:アニメ視聴者
- 行動: ABEMAでアニメを一挙視聴する
- きっかけ: 見逃した作品のキャッチアップ、過去作品の再視聴意欲
- 欲求: 好きな作品をまとめて視聴したい、見逃したエピソードを追いたい
- 抑圧: 有料サービスへの抵抗感、不便な視聴体験への懸念
- 報酬: 一挙視聴による没入感、作品への理解深化、時間効率の良い視聴体験
このパターンでは、「全話一挙配信」という視聴形態の便利さと、ABEMAがアニメに強いという認識が選択理由となっています。ABEMAは6つのアニメチャンネルを運営し、サイバーエージェントグループのIPとの連携も活かして、アニメファンの熱量の高いコミュニティを獲得しています。
これらのオルタネイトモデル分析から、ABEMAは「無料」という経済的価値だけでなく、「社会的つながり」や「コンテンツの探索・発見」といった情緒的価値も効果的に提供していることがわかります。また、各視聴パターンに応じた最適なコンテンツ体験を設計することで、異なるセグメントからの支持を獲得しています。
本能的動機
ABEMAが訴求する本能的動機を分析していきます。
生存本能への訴求
- 情報収集欲求: ニュースチャンネルによる最新情報の提供
- 資源最適化: 無料視聴による経済的資源の節約
- 所属と安全: リアルタイム視聴による「今」の共有と社会的安全感
生殖本能への訴求
- 社会的魅力: 流行コンテンツを知ることによる会話の素材獲得
- 集団内地位: 話題のコンテンツに詳しいことによる集団内評価向上
- 感情共有: 恋愛リアリティ番組などを通じた感情体験の共有
8つの欲望への訴求
ABEMAが特に強く刺激しているのは以下の欲望です:
- 属する:
- 『オオカミ』シリーズのような話題作を視聴することで社会的帰属感を得る
- リアルタイムスポーツ視聴による共有体験への参加感
- 伝える:
- SNSでコンテンツについて語り合う素材の提供
- リアルタイム視聴による即時的な感想共有の促進
- 決する:
- 約25チャンネルから好みのコンテンツを選択する自己決定感
- いつでもどこでも視聴するという時間と場所の自由度
- 物語る:
- 恋愛リアリティ番組やドラマを通じた物語への没入体験
- アニメの一挙配信による物語の連続体験
ABEMAは特に「属する」欲望と「伝える」欲望に強く訴求しており、コミュニティ形成とコミュニケーション促進を通じて視聴者の心理的満足を高めています。同時に、「決する」欲望を刺激することで、従来のテレビでは得られなかった視聴の自律性を提供しています。
このような本能的欲望への訴求により、ABEMAは単なるコンテンツ消費を超えた、より深い心理的満足を視聴者に提供することに成功しています。
5. ブランド戦略の解剖
これまで整理した情報をもとに、ABEMAはどういう人のどういうジョブに対して、なぜ選ばれているのか、そしてどうその価値を届けているのかをまとめていきます。
Who/What/How分析
パターン1:デジタルネイティブ世代向け戦略
Who(誰に): 10〜20代のスマートフォン中心の生活を送るデジタルネイティブ世代
Who(JOB):
- 自分の興味関心に合った多様なコンテンツを柔軟な時間・場所で楽しみたい
- 友人との会話の種になる話題性の高いコンテンツを探している
- SNSでシェアしたくなるような体験を求めている
What(便益):
- スマートフォンに最適化されたモバイルファースト視聴体験
- 若年層向けオリジナルコンテンツによる社会的コミュニケーション価値
- 無料視聴による経済的負担の少なさ
What(独自性):
- 『オオカミ』シリーズなど10〜20代女性の70%が視聴する恋愛番組
- SNSとの高度な連携による実況コメント機能
- アニメ一挙配信などの没入型視聴体験
What(RTB):
- サイバーエージェントグループのデジタルネイティブ向けサービス開発実績
- 若年層視聴データに基づく精密なコンテンツ開発
How(プロダクト):
- モバイル視聴に最適化されたUIデザイン
- SNS連携機能(Xとのデータ連携でアニメファンのUGC活用)
- 全話一挙配信などの若年層向け視聴形態
How(コミュニケーション):
- インフルエンサー起用によるプロモーション(タレントを起用したCM展開)
- SNSでのバズマーケティング
- タイムリーな話題提供によるFOMO(見逃し不安)訴求
How(場所):
- スマートフォンアプリを中心としたマルチデバイス展開
- 若年層の利用頻度が高いプラットフォームでの広告露出
How(価格):
- 基本無料視聴による参入障壁の低さ
- オプショナルなプレミアム会員(広告なし、見逃し機能強化)
このセグメントに対するABEMAの戦略は、若年層の「社会的つながり」と「自由な視聴スタイル」というニーズに応えるもので、特にスマートフォン利用率78%というデータからもわかるように、モバイル視聴体験の最適化が鍵となっています。
パターン2:家庭内テレビ視聴者向け戦略
Who(誰に): テレビデバイス(CTV)での視聴を好む30代以上のファミリー層
Who(JOB):
- 家族で一緒に楽しめるコンテンツを探している
- 従来のテレビ感覚でインターネットコンテンツを楽しみたい
- テレビの大画面でスポーツや映画を楽しみたい
What(便益):
- 大画面でのクオリティの高い視聴体験
- 家族で共有できる多様なコンテンツラインナップ
- リニア放送のような「流し見」と、オンデマンドの柔軟性の両立
What(独自性):
- FIFAワールドカップなど大型スポーツイベントの無料大画面視聴
- テレビデバイスに最適化された25チャンネルのリニア編成
- 「シアターモード」などテレビ視聴に特化した機能
What(RTB):
- 独自の超低遅延配信技術(0.5秒以下)によるライブ体験の質
- CTV専門チームによるテレビデバイス最適化
How(プロダクト):
- スマートテレビ向けアプリの開発
- 「サイエンスSAAS」と呼ばれる大規模配信インフラの構築
- テレビリモコン操作に最適化されたインターフェース
How(コミュニケーション):
- 「未来のテレビ」というポジショニング訴求
- 家族視聴を想起させる広告表現
- テレビCMなど従来メディアでのプロモーション
How(場所):
- スマートテレビのアプリストア
- テレビメーカーとの提携によるリモコン専用ボタン設置
- 家電量販店での認知拡大施策
How(価格):
- 基本無料での大画面高品質コンテンツ提供
- 家族共有可能なプレミアムプラン
このセグメントに対するABEMAの戦略は、従来のテレビ視聴習慣を持つ層に対して、インターネットの柔軟性と従来テレビの使い勝手の良さを融合した体験を提供するものです。特にCTV利用を急増させたことからも、この戦略の効果が見て取れます。
成功要因の分解
ブランドポジショニングの特徴
ABEMAは「新しい未来のテレビ」というコンセプトにより、従来のテレビとネット動画の中間に独自のポジションを確立しています。特に以下の要素が差別化に寄与しています:
- ハイブリッドモデル:
- リニア放送のような「編成」の概念とオンデマンド視聴の柔軟性を融合
- ライブ感と巻き戻し機能の両立
- 無料視聴の大衆化:
- プレミアムコンテンツを無料提供することによる「価値の民主化」
- 広告モデルによる持続可能なサービス提供
- データドリブンの視聴体験:
- 5年間蓄積した視聴データを活用したパーソナライズ機能
- A/Bテストに基づくコンテンツ開発と視聴体験最適化
コミュニケーション戦略の特徴
- 制作×PR一体型戦略:
- コンテンツ制作段階からマーケティングを組み込む統合アプローチ
- SNSでのバズ生成を意図した番組設計
- ターゲット別のメッセージング:
- 若年層向け:SNS連動、話題性、トレンド訴求
- ファミリー層向け:大画面視聴の質、共有体験の価値訴求
- スポーツファン向け:無料視聴の驚き、リアルタイム性強調
- マーケティングとコンテンツの境界曖昧化:
- 『日本アニメトレンド大賞』のような視聴者参加型コンテンツ
- 視聴者自身が宣伝媒体となるような体験設計
価格戦略と価値提案の整合性
- フリーミアムモデルの効果的運用:
- 基本無料による参入障壁低減と視聴者数最大化
- ABEMAプレミアム(有料)による収益強化と優良顧客体験向上
- 広告価値の最大化:
- コンテクスチュアルオーバーレイ広告による認知効果1.8倍の実現
- データを活用した広告効果の可視化(視聴完了率85%など)
- 価格と価値のバランス:
- 無料でありながらテレビCMや有料チャンネルと同等以上のコンテンツ提供
- プレミアム会員のARPU(顧客単価)1,200円への向上
カスタマージャーニー上の差別化ポイント
- 認知段階:
- FIFAワールドカップなど大型イベントでの一気認知拡大
- SNSでの話題性による自然流入の促進
- 検討段階:
- 無料視聴による参入障壁低減
- アプリダウンロードの簡便さと初期体験の最適化
- 利用段階:
- 25チャンネルの多様なコンテンツによる視聴習慣形成
- 0.5秒以下の低遅延によるストレスフリーな視聴体験
- 定着段階:
- パーソナライズレコメンドによる継続視聴促進
- 定期的な新コンテンツ投入による飽きさせない工夫
- 推奨段階:
- SNSでのシェア機能や実況コメント機能
- 友人との共通話題形成を促す仕掛け
顧客体験(CX)設計の特徴
- マルチデバイス一貫体験:
- スマホからテレビへのシームレスな視聴継続
- デバイスごとの最適化UIと共通の使用感
- 視聴者共感設計:
- オリジナル番組の出演者選定やストーリー構成での視聴者共感の重視
- ユーザーフィードバックを積極的に取り入れる開発サイクル
- データ活用による体験向上:
- 視聴履歴に基づくパーソナライズドレコメンド
- コンテンツごとの最適視聴時間帯の分析と編成反映
見えてきた課題
外部環境からくる課題と対策
- グローバルプラットフォームとの競争激化
- 課題: NetflixやAmazon Prime Videoなど資金力のある競合との差別化維持
- 対策: ライブコンテンツとオリジナル番組への集中投資、日本市場特化の強化
- コンテンツ権利料の高騰
- 課題: スポーツ中継など人気コンテンツの獲得コスト上昇
- 対策: 長期契約による権利確保、オリジナルコンテンツ比率の引き上げ
- 広告市場の変動リスク
- 課題: 景気変動による広告収入の不安定性
- 対策: プレミアム会員の拡大による収益源の多様化、新広告フォーマットの開発
内部環境からくる課題と対策
- コンテンツ制作費の増加
- 課題: 2024年度販管費2,300億円の効率的運用
- 対策: AIを活用した制作効率化、データに基づく投資判断の高度化
- 収益モデルの最適化
- 課題: 無料視聴モデルと収益性のバランス確保
- 対策: 広告効果の向上(コンテクスチュアルオーバーレイ広告など)と有料会員の転換率向上
- プラットフォーム拡張の課題
- 課題: 海外展開に向けたローカライズと市場適応
- 対策: 恋愛リアリティ番組など実績ある領域からの段階的展開、現地パートナーとの連携
ABEMAは「新しい未来のテレビ」というビジョンの実現に向けて大きな成長を遂げていますが、コンテンツコストの管理とグローバル企業との競争という課題に直面しています。特に無料モデルを維持しながらの収益拡大が今後の鍵となるでしょう。
6. 結論:選ばれる理由の総合的理解
総合的に見て、競合や代替手段がある中でABEMAはなぜ選ばれるのでしょうか。
消費者にとっての選択理由
機能的側面
- 無料で質の高いコンテンツが視聴できる経済性: FIFAワールドカップなどのプレミアムコンテンツを無料視聴できる驚きと満足感
- マルチデバイス対応による利便性: スマートフォン、PC、テレビなど様々なデバイスで一貫した体験を提供
- リアルタイム配信の技術的優位性: 0.5秒以下の超低遅延技術によるストレスフリーなライブ視聴体験
- 25チャンネルの多様なコンテンツラインナップ: 様々な趣味嗜好に対応した幅広い選択肢
感情的側面
- トレンドへの参加感: 話題のコンテンツを視聴することによる文化的参加感
- 発見の喜び: 新しいコンテンツとの出会いや意外性を提供する編成
- 没入体験: アニメの一挙配信などによる集中的なコンテンツ消費
- 自己決定感: 視聴時間や場所、デバイスを自由に選べる主体性
社会的側面
- 共有体験としての価値: 恋愛リアリティ番組やスポーツ中継など、友人や家族と共有できる話題の提供
- コミュニティ所属感: 『オオカミ』シリーズなど、ファンコミュニティが形成されるコンテンツの提供
- 社会的アイデンティティ: トレンドに敏感な視聴者としての自己認識
- 共感と連帯: 実況コメントやSNSでの感想共有による他者とのつながり
市場構造におけるブランドの独自ポジション
ABEMAは「新しい未来のテレビ」というコンセプトにより、従来のテレビとネット動画の中間に独自のポジションを確立しています。具体的には:
- 「放送×通信」の融合:
- テレビのような「編成」概念とネットの「オンデマンド」特性の融合
- リニア放送の共同視聴体験とインターネットの柔軟性を両立
- 「無料×プレミアム」の両立:
- スポーツ中継など通常有料のコンテンツを無料で提供する意外性
- 基本無料モデルと広告技術の進化による「広告価値」の最大化
- 「デジタルネイティブ×マスマーケット」の架け橋:
- 若年層の嗜好を反映した最新コンテンツと幅広い年代向けの定番コンテンツの共存
- スマートフォン視聴の先進性とテレビ視聴の親しみやすさの融合
競合や代替手段との明確な差別化要素
- ライブ配信技術の優位性:
- 0.5秒以下の超低遅延技術による臨場感の高いライブ視聴体験
- FIFAワールドカップなど大規模同時接続にも対応する技術基盤
- データドリブンのコンテンツ開発:
- 5年間蓄積した視聴データに基づく精密なコンテンツ企画
- A/Bテストを活用した継続的な視聴体験の最適化
- 広告技術の革新:
- コンテクスチュアルオーバーレイ広告など、視聴体験を損なわない新広告フォーマット
- 広告効果を1.8倍に高める先進的技術の導入
- サイバーエージェントグループのシナジー:
- 『ウマ娘』などゲームとアニメの連動による相乗効果
- グループ内の技術資産や知見の活用
持続的な競争優位性の源泉
ABEMAの持続的な競争優位性は、以下の要素から生まれています:
- データアセットの蓄積:
- 5年以上の視聴行動データによる消費者理解の深化
- パーソナライズアルゴリズムの継続的改善と学習
- 技術的優位性:
- 低遅延ライブ配信技術の確立
- 広告技術の独自開発と効果検証サイクル
- コンテンツ開発の独自性:
- 特に恋愛リアリティ番組などの若年層向けコンテンツ開発力
- データに基づく視聴者嗜好の理解と反映
- マルチプラットフォーム戦略:
- スマートフォンからコネクテッドTVまでの一貫したエコシステム構築
- CTV領域における先行的ポジション確保
- 収益モデルの進化:
- 無料広告モデルとプレミアム会員の最適なバランス
- 広告効果最大化のための技術開発
7. マーケターへの示唆
ABEMAの成功事例から、我々マーケターはどのような知見を得ることができるでしょうか。
再現可能な成功パターン
- フリーミアム戦略の最適化
- 無料提供によるユーザーベース拡大と有料転換の両立
- 実践ポイント:無料層でも高品質の体験を提供しつつ、有料会員への明確な価値提案
- データドリブンの意思決定サイクル
- 仮説→検証→改善のサイクルをデータで高速回転
- 実践ポイント:A/Bテストの徹底とKPI設定、視聴継続率や満足度の定量的測定
- 制作×マーケティング一体型開発
- コンテンツ企画段階からマーケティング視点を組み込む統合アプローチ
- 実践ポイント:企画からプロモーションまでの一貫したストーリー設計
- テクノロジー×コンテンツの融合
- 技術的優位性とコンテンツ力を両立させるプロダクト開発
- 実践ポイント:顧客体験を向上させる技術投資の優先順位付け
- 社会的コンテンツエコシステムの構築
- コンテンツを中心とした共有・対話体験の設計
- 実践ポイント:SNS連携や実況機能など、コミュニティ形成を促す機能実装
業界・カテゴリーを超えて応用できる原則
- 「体験の民主化」原則
- 従来は一部の人だけが享受できた価値を、より広い層に提供する
- 応用例:高級レストランのテイクアウト展開、専門家知識のサブスク提供など
- 「ハイブリッドエクスペリエンス」設計
- オンライン・オフライン、リアルタイム・オンデマンドなど相反する価値の融合
- 応用例:実店舗とeコマースの統合体験、オンラインと対面のハイブリッドサービス
- 「データ循環型」開発モデル
- ユーザー行動データを製品改善に直結させる仕組みの構築
- 応用例:顧客フィードバックの即時反映システム、利用状況に応じた機能最適化
- 「コミュニティファースト」設計
- 単なる製品提供ではなく、ユーザー間のつながりを促進する場の構築
- 応用例:ブランドコミュニティの育成、ユーザー同士の交流促進機能
- 「技術的突破口」の戦略的活用
- 競合と明確に差別化できる技術的優位性を核にした戦略展開
- 応用例:特許技術の消費者価値への翻訳、技術的差別化ポイントのブランディング
8. まとめ
ABEMAが消費者から選ばれる理由の分析から得られた主要な知見は以下の通りです:
- 無料×プレミアム戦略: 質の高いコンテンツを無料で提供することで大規模なユーザーベースを構築し、データと広告価値の最大化を実現している
- リアルタイム体験の優位性: 0.5秒以下の超低遅延技術によるライブ配信の質がスポーツなど「今」を共有したいコンテンツで圧倒的な差別化要素となっている
- 社会的価値の創出: 単なるコンテンツ消費を超えた「共有体験」「話題性」「コミュニティ形成」といった社会的価値を重視したコンテンツ開発
- データドリブンの意思決定: 5年間蓄積した視聴データとA/Bテストに基づく科学的なコンテンツ開発と体験最適化が継続的な進化を支えている
- マルチデバイス戦略: スマートフォンからコネクテッドTVまで、各デバイスの特性を活かした最適化体験の提供が幅広いユーザー層の獲得に貢献
- 広告技術の革新: コンテクスチュアルオーバーレイ広告など、視聴体験を損なわない新広告フォーマットの開発が収益モデルを支えている
- グループシナジーの活用: サイバーエージェントグループのゲーム事業など他事業とのクロスプロモーションやIP活用による相乗効果の創出
マーケターの皆さん、ABEMAの事例からは「顧客価値の再定義」と「データに基づく継続進化」の重要性を学ぶことができます。自社のビジネスにおいても、顧客の本質的なジョブを理解し、それを満たすための差別化された体験設計を行うことが競争優位性の源泉となるでしょう。特に「機能的価値」だけでなく「感情的価値」や「社会的価値」を含めた総合的な価値提供を検討してみてください。
ABEMAの事例が示すように、既存の枠組みに捉われない新しい価値提案と、それを支える技術・データの活用こそが、激しく変化する市場で選ばれ続ける秘訣と言えるでしょう。