はじめに
「ブランド認知→検討→購買→ロイヤルティ」という線形ファネルは、かつては消費者行動を理解する上での定番モデルでした。しかし現在では、その考え方が急速に陳腐化しつつあります。マーケティング業界においても、消費者の意思決定プロセスは従来よりも複雑化・多様化しており、シンプルな直線的ファネルでは実態を説明しきれなくなっているのが現状です。
2023年のEdelman Trust Barometer特別レポートでは、「購買ファネルの崩壊(Collapse of the Purchase Funnel)」というテーマのもと、従来の購買モデルに代わって、「信頼(Trust)」を軸にした循環的な消費者行動モデルの重要性が提示されました。この変化は単なるフレームワークの刷新にとどまらず、マーケティング戦略全体を根本から見直すことを迫るものです。
本記事では、同レポートの要点をもとに、信頼がいかにしてブランド成長を支え、購買・再購買・推奨を生み出しているのかを読み解いていきます。また、特にZ世代の台頭がもたらす購買意思決定の変化についても深掘りし、企業がどのような信頼構築施策に取り組むべきかについて考察します。

信頼がブランド成長のエンジンに
購買は「終点」ではなく「起点」
レポートは、従来の線形ファネルがもはや機能していないことを明示しています。ブランドとの関係性は、単なる「購入」で完結するのではなく、購入後の体験やコミュニケーションが信頼を形成し、さらなる購買や推奨につながっていくという構造に変化しているのです。購買は、ブランドとの関係構築における出発点であり、企業にとっては信頼の獲得と強化のスタート地点なのです。
この新たな構造を、Edelmanは「Trust Loop(信頼のループ)」と表現しています。
この循環モデルでは、ブランドが取る具体的なアクション(例:社会課題への取り組み、透明性ある情報発信)が信頼を生み、信頼が購買行動を後押しし、その後のロイヤルティや推奨に波及していきます。そして、その推奨によって新たな接点が生まれ、再びブランドアクションが求められるという循環が構築されるのです。
従来のモデルが"認知から購買"までの経路を描いていたのに対し、このループ型モデルは"購入後"を重視します。つまり、ブランドは単に一度きりの取引を目的とするのではなく、長期的な関係の中で継続的な価値提供と信頼醸成を目指すべきなのです。
企業にとっては、この「循環構造」を前提としたマーケティング戦略への転換が急務です。新たな購買行動モデルに合わせて、組織横断的にカスタマージャーニー全体を再設計する必要があります。
Z世代が「購買行動」と「ブランド評価軸」を変える
若年層の信頼重視傾向が際立つ
エデルマンレポートでは、Z世代(18〜26歳)が他の世代に比べてブランドへの信頼を購買意思決定の中心に据えていることが明らかになっています。これは、Z世代が単なる購買以上に、ブランドとの価値観の一致や共感を求めている証拠とも言えます。
年代 | 「信頼がより重要」と感じている人の割合 |
---|---|
18〜26歳 | 79% |
27〜42歳 | 76% |
43〜58歳 | 69% |
59歳以上 | 61% |
この傾向は、Z世代が単にプロダクトの性能や価格だけでなく、ブランドの社会的姿勢、倫理観、文化的多様性への配慮といった側面を評価軸として重視していることを示しています。
特に以下のような要素が信頼の判断基準として挙げられます。
- ブランドが環境・社会課題に対して明確な姿勢を示しているか
- 社員やサプライチェーンの待遇に透明性があるか
- マーケティングメッセージが多様な価値観に配慮しているか
- トレンドに敏感で、自分たちの声を汲み取るブランドであるか
さらにZ世代は、SNSやオンラインレビューなどを通じてブランドの「裏側」にも目を向けています。広告で語られることよりも、実際の企業行動や従業員の声など、リアルな情報を重視する姿勢が見て取れます。
企業はこのような信頼の再定義を受け入れ、自社のビジョンや行動指針を明確に打ち出す必要があります。そして、その姿勢を一貫性をもって社内外に発信し続けることが、長期的な信頼の醸成に直結します。
なぜブランドは信頼を失うのか?
ブランドが一度獲得した信頼を失うのは、往々にして「小さなミス」や「感情的な違和感」から始まります。エデルマンは、信頼を失わせる2つの主要要因として、以下を挙げています。
分類 | 内容 |
---|---|
Relevance(関連性の欠如) | ターゲット外への配信、ユーザーに無関係な内容、過度な接触頻度 |
Authenticity(誠実さの欠如) | 空虚で形骸化したメッセージ、文化や価値観への理解不足、CSRポーズの偽善性 |
どれほど内容のある商品・サービスでも、顧客にとって「自分ごと」と感じられない情報は逆効果になります。また、誠実さを欠いた発信は、一度のSNS炎上やリークによって長年積み上げた信頼が一瞬で崩れることもあるのです。
たとえば、社会課題に取り組む姿勢を打ち出しながらも実態が伴っていない場合や、従業員の労働環境に問題があるといった事実が露呈した際には、即座にブランドの信頼性が問われます。これらのリスクは、日々の経営判断や現場対応の積み重ねによって生じるものであり、マーケティング部門だけで制御することは困難です。
こうしたリスクを回避するためには、インサイトに基づいたコンテンツ企画と、ブランド価値観に基づいた社内文化の醸成が不可欠です。信頼を失う前提で施策を考えるリスクマネジメント的な視点も必要でしょう。
信頼を構築するブランドの行動とは?
エデルマンレポートの中で特に強調されていたのが、「説明責任(アカウンタビリティ)」の重要性です。ブランドは信頼される存在であるために、ただ価値提供を行うだけでなく、自らの意思決定や行動に対して透明性と説明責任を果たす姿勢が求められています。
以下は、信頼構築において「非常に効果がある」と回答された主な施策です。
施策内容 | 効果(%) |
---|---|
自社の過ちを認める | 69% |
サプライチェーンや多様性に関する透明性 | 63% |
規制整備への主体的関与(政策提言など) | 55% |
時代に即した文化的な感性の反映 | 51% |
顧客との感情的なつながりの構築 | 47% |
ここで注目すべきは、「感情的な共感」よりも「企業の自己認知や構造的説明責任」が高く評価されている点です。これは、企業の社会的存在意義(パーパス)や倫理観が、顧客の信頼に直結していることを意味します。
さらに、これらの施策は一度行えば済むものではなく、継続的に実行されることが求められます。特にZ世代は「言っていることとやっていることが一致しているか」に極めて敏感な層です。マーケティングや広報活動においても、キャンペーン単位ではなく、中長期視点でのブランディング設計が信頼醸成には不可欠です。
まとめ:信頼戦略の再構築がマーケターの使命に
これまで見てきたように、Edelmanのレポートが提示した「信頼を起点とした購買ループ(Trust Loop)」は、マーケティング戦略を再定義するうえで極めて示唆に富んでいます。
観点 | 要点 |
---|---|
Trust Loop | 購買をブランドとの長期的関係の起点と捉えよ |
Z世代 | 社会性・倫理観への対応がブランド評価を左右する |
信頼喪失要因 | 無関係な発信・不誠実な態度が瞬時にブランド価値を毀損する |
信頼構築策 | 自社の行動と説明責任を軸に、明確な姿勢を打ち出す |
戦略転換 | 「ファネル」から「ループ」へ。コミュニケーションの再設計が必須 |
今後のマーケティングにおいては、「購入してもらうこと」だけでなく、「購入された後にどう信頼を深め、再接続・推奨を得るか」に戦略の軸をシフトする必要があります。これは広告やPRの文脈だけでなく、商品設計、企業文化、採用広報にまで波及するテーマです。
マーケターに求められるのは、「信頼を起点に設計されたブランド体験」を全社的に構築していく牽引力です。そのための第一歩として、今回のEdelmanレポートを出発点に、ブランドにとっての信頼とは何かを再定義してみてはいかがでしょうか。