はじめに
2021年に1ドル=105円程度だった為替相場は、2024年4月に一時160円を突破し、34年ぶりの円安水準を記録しました。そして現在2025年3月時点では少し円高が進みましたが、150円前後と未だ円安の状況です。この急激な円安進行により、企業の経営環境や消費者行動に大きな変化が生じています。
こんな状況に直面して、マーケティング担当者の皆さんは以下のような疑問を抱えていませんか?
- 「円安はいつまで続くのか?」
- 「円安は自社のビジネスにプラスかマイナスか?」
- 「円安環境下で効果的なマーケティング戦略とは?」
本記事では、円安が進行している理由を分かりやすく解説するとともに、円安がビジネスに与える影響を多角的に分析し、マーケターとして取るべき戦略を提案します。市場環境の変化を先読みし、円安をチャンスに変えるヒントが見つかるはずです。
円安とは何か?基本的な理解
まず、「円安」という言葉の意味から確認しておきましょう。
状況 | 説明 | 例 |
---|---|---|
円高ドル安 | 1ドルと交換できる円の量が減少 | 1ドル=150円→100円 |
円安ドル高 | 1ドルと交換できる円の量が増加 | 1ドル=100円→150円 |
つまり、「円安」とは日本円の価値が下がり、同じ1ドルを得るために必要な円の量が100円から150円に増えることを意味します。円目線で見るとドルが買いにくくなった、ドル目線で考えると、円が買いやすくなったと言えます。
ちなみに円安は英語で「Depreciation of the yen(円の価値が下落)」や「Weak yen(弱い円)」と表現しますので、基本的に良いことではありません。世界で円の力が弱まっているのですから。
ここ数年間の円相場の推移を見ると、特に2022年から円安傾向が顕著になっていることがわかります。

出典:日本経済新聞 ドル円相場
円安はなぜ進んでいるのか?
では、まずは円安の原因を押さえていきましょう。
1. 日米金利差の拡大
円安が進む最も大きな要因として、日米の金利差が挙げられます。
国・地域 | 政策金利(2025年3月現在) |
---|---|
日本 | 0.8% |
米国 | 3.9% |


この金利差により、投資家は金利の高い米国に資金を移動させる行動を取ります。その結果、円を売ってドルを買う動きが広がり、円安が進行する仕組みです。
2. 経常収支と金融収支の構造変化
円安の背景には、日本の経常収支と金融収支の構造変化も関係しています。
経常収支の内訳
項目 | 説明 | 最近の傾向 |
---|---|---|
第一次所得収支 | 海外投資による配当金・利子など | 黒字だが、円に戻す割合が減少 |
貿易収支 | 輸出額から輸入額を引いた差額 | エネルギー価格高騰により赤字拡大 |
サービス収支 | 旅行や知的財産権などのサービス取引 | デジタルサービス輸入により赤字傾向 |
第二次所得収支 | 政府開発援助などの寄付や贈与 | 小規模だが赤字 |
日本の経常収支は総額では黒字を維持していますが、その内訳を詳しく見ると興味深い変化が起きています。第一次所得収支(海外投資の利益)が黒字を支えているものの、その受取額のうち実際に円に換金されるのは一部に留まっています。
エコノミストの分析によれば、2022年度の第一次所得収支の受け取り分約50兆円のうち、約7割(31.5兆円)が円に換金されていない可能性があるとされています。これは海外で得た利益をそのまま海外で再投資する動きが強まっていることを示しています。
3. 個人投資家の海外投資拡大
2024年から始まった新NISA制度により、個人の海外資産投資が加速している点も見逃せません。
国内個人金融資産 | 約2,000兆円以上 |
---|---|
うち現金・預金 | 約1,000兆円程度 |
日本の個人金融資産のうち、これまで現金・預金として眠っていた資金が、新NISA制度を通じて海外投資に向かう流れが強まっています。実際に、証券会社の投資信託買付ランキングを見ると、上位は海外資産への投資商品が占めています。
4. 企業の海外直接投資の増加
日本企業による海外直接投資(現地法人設立や海外企業買収など)も増加傾向にあります。人口減少により国内市場が縮小する中、成長市場を求めて海外に進出する動きが活発化しています。こうした投資は円を売って外貨を買う動きを促進します。
上場企業の2025年2月の想定為替レートが対ドルで平均約149円となっていることからも、企業経営者も当面の円安基調を前提とした経営計画を立てていることが伺えます。
出典:https://moneyworld.jp/news/05_00034816_news
参考:下記動画
円安がビジネスに与える影響
円安は日本経済やビジネスに様々な影響を与えます。ここでは、業種別・ステークホルダー別に影響を整理してみましょう。
業種別の影響
業種 | 円安のプラス影響 | 円安のマイナス影響 |
---|---|---|
輸出企業 | 外貨建て売上の円換算額増加(1ドルで売れたら150円の円の儲け) 価格競争力の向上 | 海外調達部材のコスト増 |
輸入企業 | (限定的) | 仕入コスト増加 利益率低下 |
観光業 | インバウンド需要の喚起 訪日観光客の消費増加 | 日本から海外への旅行の敬遠による国内旅行業者の競争激化 |
小売業 | 訪日外国人の消費増加 | 輸入品価格上昇 消費者の購買力低下 |
国内向けサービス業 | (限定的) | 輸入資材コスト増加 消費者の購買力低下 |
ステークホルダー別の影響
ステークホルダー | 円安の影響 |
---|---|
消費者 | 輸入品・海外旅行の値上がり 国内物価上昇による家計負担増 |
投資家 | 海外資産の円換算価値上昇 輸出企業の業績改善期待 |
政府 | 税収増加の可能性 輸入インフレによる政策課題 |
外国企業 | 日本市場での価格競争力低下 日本企業のM&A対象としての割安感 |
これらを見る限りでは企業、国民の多くは円安によるマイナスの影響を受けてしまうことの方が多いように思います。
円安環境下でのマーケティング戦略
では、円安環境下でマーケターはどのような戦略を取るべきでしょうか?業種や立場によって異なる対応が求められます。
1. 輸出企業・海外展開企業のマーケティング戦略
輸出企業や海外展開企業にとって、円安は追い風となります。この機会を最大限に活用するためのマーケティング戦略を考えてみましょう。
価格戦略
- 海外市場での価格競争力を活かした市場シェア拡大
- 価格を据え置き、利益率を向上させる戦略の検討
- 為替変動を考慮した柔軟な価格設定の仕組み構築
プロモーション戦略
- 「日本品質」を前面に出した差別化訴求
- 海外市場に合わせたローカライズ戦略の強化
- インフルエンサーマーケティングなど現地に根ざした販促活動
事例:自動車メーカーT社の場合
T社は円安を追い風に、北米市場での価格競争力が向上。同時に、燃費性能や安全性能を強調するマーケティングキャンペーンを展開し、「高品質かつ手頃な価格」というポジショニングを強化しました。その結果、市場シェアを前年比より拡大することに成功しています。
2. 輸入企業・国内向け企業のマーケティング戦略
輸入企業や国内向け企業にとって、円安はコスト増加などの逆風となりやすいです。この環境下での対応策を考えてみましょう。
製品戦略
- 国産原材料・部品への切り替え検討
- 製品ラインナップの見直し(高付加価値商品へのシフト)
- 包装サイズの適正化など、コスト削減と価値維持の両立
価格戦略
- 段階的な価格改定によるショックの緩和
- 価格以外の価値訴求の強化
- バンドル販売などの工夫による実質値上げ
コミュニケーション戦略
- 値上げの理由を丁寧に説明する透明性の高いコミュニケーション
- 国産・地域産の価値を訴求するメッセージング
- 長期的な顧客関係構築に注力するロイヤルティプログラムの強化
事例:食品メーカーN社の場合
N社は輸入原材料価格の上昇を受け、一部製品の内容量を見直す「実質値上げ」を実施。同時に「国産素材へのこだわり」を強調するキャンペーンを展開し、値上げへの抵抗感を軽減。また、顧客ロイヤルティプログラムを強化し、リピート購入を促進することで売上減少を最小限に抑えました。
3. インバウンド需要の取り込み戦略
円安は訪日外国人にとって日本での買い物や旅行が割安になることを意味します。この機会を活かすための戦略を考えてみましょう。
ターゲティング
- 主要インバウンド市場(中国、韓国、台湾、東南アジアなど)の消費者理解
- 国・地域別の嗜好や消費行動の分析
- 長期滞在者やリピーターなど、高単価顧客の開拓
販促戦略
- 多言語対応の強化(接客、サイネージ、ウェブサイトなど)
- キャッシュレス決済の充実
- 免税手続きの簡素化とサービス向上
プロダクト開発
- 訪日外国人向け限定商品・サービスの開発
- 「Made in Japan」の価値を訴求する商品企画
- 地域特産品や伝統工芸品のブランディング強化
事例:化粧品メーカーS社の場合
S社は訪日外国人向けに「ジャパニーズビューティー」をコンセプトとした限定セットを開発。パッケージには日本の伝統文様を採用し、QRコードで多言語の商品説明にアクセスできる工夫を加えました。また、主要観光地の免税店と連携したサンプリングキャンペーンを実施し、インバウンド需要の取り込みに成功しています。
なお、日本政府はこの円安によるインバウンド観光客の増加をさらに伸ばすべく下記のような戦略を決めて実行しています。こちらもぜひご覧ください。
将来の為替動向と対策
円安傾向は当面続く可能性が高いものの、世界情勢や政策変更により急激な変動が起こる可能性もあります。長期的な視点で見れば、以下のようなシナリオが考えられます。
円安継続シナリオの場合
- 日米金利差が維持される
- 日本の貿易赤字が継続する
- 個人・法人の海外投資が活発化する
対策:
- 為替変動を考慮した中長期的な事業計画の策定
- グローバル市場でのプレゼンス強化
- 輸出比率の拡大や海外生産拠点の最適化
円高回帰シナリオの場合
- 日銀の金融引き締め政策への転換(金利の引き上げ)
- 国際協調による為替介入
- 日本経済の構造的強化
対策:
- 為替リスクヘッジの検討
- 国内市場重視の戦略オプション準備
- 価格戦略の柔軟性確保
為替リスク管理のポイント
為替相場の変動は予測が困難です。マーケターとして取るべきアプローチは以下の4つではないでしょうか。
- シナリオプランニング:複数の為替シナリオを想定した戦略検討
- 定期的なレビュー:為替動向と自社戦略のフィットを定期的に確認
- リスク分散:一つの市場や製品に依存しない事業ポートフォリオ構築
- 財務部門との連携:為替リスクについて財務部門と緊密に連携
まとめ
円安は日本の経済環境に大きな影響を与えています。マーケターとして、単に「円安だから良い/悪い」と単純に捉えるのではなく、自社のビジネスモデルや顧客特性に照らして、どのような戦略が最適かを考えることが重要です。
Key Takeaways
- 円安の主要因は、日米金利差の拡大、経常収支・金融収支の構造変化、個人投資家の海外投資増加、企業の海外直接投資拡大などが複合的に作用している
- 円安は輸出企業には追い風、輸入企業には逆風となるが、業種や立場によって影響度は異なる
- 輸出企業は価格競争力を活かした市場シェア拡大や利益率向上を検討すべき
- 輸入企業は国産原材料への切り替え、高付加価値商品へのシフト、透明性の高い価格コミュニケーションが重要
- インバウンド需要の取り込みは円安環境下での重要な戦略オプション
- 複数の為替シナリオを想定し、柔軟に対応できる体制を整えておくことが肝要
円安環境をビジネスチャンスに変えるためには、変化に柔軟に対応し、顧客価値を常に最優先する姿勢が求められます。マーケティング担当者として、市場環境の変化を先読みし、戦略を適応させていくことで、円安時代を勝ち抜く競争力を築いていきましょう。