顧客のジョブを理解する商品開発術:既存商品のパッケージ改善から紐解く - 勝手にマーケティング分析
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顧客のジョブを理解する商品開発術:既存商品のパッケージ改善から紐解く

顧客のジョブを理解する商品開発術 マーケの応用を学ぶ
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はじめに

マーケターの皆さん、こんな経験はありませんか?機能や品質がほぼ同じ商品なのに、ある特定の商品だけがよく売れている。あるいは、自社が誇る高機能な新商品を投入しても思うように売上が伸びない。その原因の多くは、「顧客が本当に求めているもの」を見誤っていることにあるかもしれません。

顧客は「商品そのもの」を欲しているわけではありません。彼らが本当に求めているのは「その商品を使って達成したい目的」です。例えば、料理用の油を買う人は、油そのものではなく「手を汚さずに美味しい料理を作りたい」という目的を持っています。同様に、文房具ののりを買う人も、のりそのものではなく「効率よく、きれいに書類を作成したい」という目的があります。

この記事では、「ジョブ理論(Jobs-to-be-Done Theory)」を活用して顧客の本当のニーズを理解し、それに基づいた商品開発とマーケティング戦略を立てる方法を解説します。料理用油や文房具ののりといった身近な例を通じて、単なるパッケージの改良ではなく、顧客の本質的なジョブに応える商品設計の考え方を学んでいきましょう。

顧客が本当に求めているもの:ジョブ理論とは

ジョブ理論の基本概念

ジョブ理論(Jobs-to-be-Done Theory)とは、ハーバード・ビジネススクールの教授であるクレイトン・クリステンセンが提唱した考え方です。この理論によれば、顧客は製品やサービスを「雇う(hire)」という発想をします。つまり、顧客は単に商品を購入するのではなく、「特定のジョブ(仕事・課題)」を達成するために商品やサービスを採用しているのです。

クリステンセン教授によれば、顧客のジョブは以下のように定義されます:

「ある特定の状況で、顧客が達成しようとする進歩」

このジョブは、単なる機能的なタスクだけでなく、感情的、社会的な側面も含んでいます。

ジョブの種類説明例(料理用油の場合)
機能的ジョブ特定のタスクを完了させる料理に必要な量の油を加える
感情的ジョブ特定の感情や心理状態を達成する調理中にストレスを感じたくない
社会的ジョブ他者からの認識や社会的地位に関連する家族に美味しい料理を提供したい

クリステンセン教授の著書『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費者行動の法則』では、マクドナルドのミルクシェイクの事例が有名です。朝の通勤時間帯にミルクシェイクを購入する顧客は、「朝食」としてではなく、「長い通勤時間を飽きずに過ごし、空腹を満たす」というジョブのためにミルクシェイクを「雇って」いたのです。

ジョブとニーズの違い

「ジョブ」と「ニーズ」は混同されがちですが、重要な違いがあります。

項目ジョブニーズ
定義顧客が特定の状況下で達成したい進歩や改善したい事柄製品やサービスに対する需要や欲求
視点顧客中心の視点で、製品の存在を前提としない製品やサービスを主語として考える
普遍性比較的普遍的で長期的に存在する時代や技術の変化によって変わりやすい
例(料理油)「手際よく、きれいに調理したい」「こぼれにくい油容器が欲しい」

顧客のジョブを理解することで、単なる機能改善ではなく、顧客の本質的なニーズに応える製品開発が可能になります。

顧客の隠れたジョブを発見する重要性

なぜ顧客は自分のジョブを言語化できないのか

顧客が自分のジョブを明確に表現できない理由はいくつかあります。これを理解することは、真のニーズを把握する上で重要です。

  1. 無意識的なプロセス: 多くの場合、顧客は自分が製品を「雇う」という意識を持たずに使用しています。日常的な行動や習慣の中で、特定の製品を選択していることが多いのです。
  2. 複雑な動機の存在: 顧客の行動を動機づけるものは、機能的なニーズ、感情的な欲求、社会的な期待など、様々な要素が混在しています。そのため、顧客自身がそれらを明確に区別して説明することは困難です。
  3. 社会的期待とのギャップ: 顧客の真のニーズや欲求が、社会的に期待される回答と一致しないことがあります。このような場合、顧客は本当の動機を隠してしまうことがあります。
  4. 未来のニーズの予測困難性: 顧客は現在の問題については言語化できても、将来のニーズを正確に予測するのは難しいものです。

ヘンリー・フォードの有名な言葉とされる「もし私が顧客に何が欲しいかを聞いていたら、彼らは『もっと速い馬がほしい』と答えただろう」は、顧客が未来のニーズを正確に予測し表現することの難しさを示しています。

本当のジョブの重要性

以下に、顧客の本当のジョブを理解し、それに応えるべく商品カテゴリーの例を挙げてみました。

事例1:料理用油のケース

表面的なニーズと本当のジョブ

  • 表面的なニーズ:「料理に油を使いたい」
  • 本当のジョブ:「手や周りを汚さず、適量を効率的に使って調理したい」

使用後も油が外側に漏れず、ボトルが握っても油がつかず、注ぎ始めと終わりがコントロールしやすい設計の商品が必要ではないでしょうか。

事例2:文房具ののりのケース

表面的なニーズと本当のジョブ

  • 表面的なニーズ:「紙を接着したい」
  • 本当のジョブ:「効率的に、きれいに書類作成を完了したい」

従来の液体のりは手に付くと不快で、乾くまで時間がかかり、作業効率を下げています。絶対に外に漏れないのりを開発するメーカーが出てくることを期待します。顧客のジョブは「手を汚さずに効率よく文書を作成したい」なのですから。

事例3:アイリスオーヤマのペットフード容器

表面的なニーズと本当のジョブ

  • 表面的なニーズ:「ペットフードを保存したい」
  • 本当のジョブ:「ペットの食事準備を簡単・清潔に行いたい」

ペットオーナーが「フードをすくう際に手や服が汚れる」「計量が難しい」という課題に対して、計量カップ付きの密閉容器を開発するのが良いと考えています。これにより、「ペットへの適切な量の給餌を清潔に効率的に行いたい」という本当のジョブを解決できるでしょう。

顧客のジョブを発見する方法

1. 顧客観察法

顧客のジョブを発見するためには、まず顧客の行動を直接観察することが効果的です。これにより、言葉では表現されにくい潜在的なニーズや課題を見つけることができます。

実践方法:

  1. 顧客が製品を使用する自然な環境で観察を行う
  2. 特に「回避行動」や「代替行動」、「困っている様子」に注目する
  3. 表情や言動、動作の癖を詳細に記録する
  4. 観察結果から潜在的なジョブを推測する

例えば、ある文房具メーカーが学生やオフィスワーカーの文書作成シーンを観察したところ、以下のような行動パターンが確認されました:

  • のりを使った後、すぐに指を拭く動作をする
  • のりが手に付いた後、作業を中断して手を洗いに行く
  • のりが乾くまで別の作業に移る
  • のりが付いた書類を触るのを避ける

これらの観察から、「手や書類を汚さずに効率よく作業を進めたい」という潜在的なジョブが見えてきます。

2. 深層インタビュー法

顧客との深い対話を通じて、その背景にある動機や感情を探る方法です。単純なアンケートではなく、オープンエンドな質問を用いることがポイントです。

インタビューのポイント:

ポイント説明例(料理用油の場合)
文脈の理解製品を使用する状況や環境について詳しく聞く「どんな料理の時に油を使いますか?」
感情の探索使用時の感情や満足度、不満点を深掘りする「油を使っている時、どんなことが気になりますか?」
代替案の検討他の選択肢や代替手段について質問する「油を使わない方法も試したことはありますか?」
ストーリーテリング具体的な経験談を語ってもらう「油をこぼして困った経験はありますか?」

このような深層インタビューを通じて、製品の機能以上の価値や、顧客にとっての本質的な課題が見えてきます。

3. ジョブマッピング

顧客のジョブを詳細に分解し、各ステップでの課題や機会を可視化する手法です。これにより、顧客のジョブ全体を俯瞰し、改善の余地がある部分を特定することができます。

ジョブマッピングの手順:

  1. ジョブの特定:顧客が達成しようとしている主要なジョブを特定する
  2. ジョブのステップ分解:ジョブを一連のステップに分解する
  3. 各ステップの課題特定:各ステップで顧客が直面する課題や障害を特定する
  4. 機会領域の発見:課題を解決するための機会領域を見出す

文書作成時ののり使用のジョブマップ例:

ジョブのステップ顧客の行動課題改善機会
準備のりを取り出すキャップが取りにくい開けやすいキャップ設計
使用のりを紙に塗る手にのりが付く手に付かない塗布方法
接着紙を貼り合わせる乾くまで待たなければならない即時接着する成分開発
収納のりを片付けるキャップが閉まりにくい自動密閉機能

このジョブマッピングから、「手を汚さない」「時間を節約する」「きれいに仕上げる」などの本質的なジョブが浮かび上がり、製品開発の方向性が明確になります。

ジョブに基づいた商品開発の実践

本当のジョブに応える商品設計のポイント

顧客の本当のジョブを理解したら、次はそれに応える商品設計を行います。以下のポイントが重要です。

  1. 機能的ジョブだけでなく、感情的・社会的ジョブも考慮する: 例えば、文房具は単に「文書を作成する」機能だけでなく、「プロフェッショナルに見せたい」「効率的な人間だと認識されたい」という社会的ジョブも満たす必要があります。
  2. ユーザー体験全体を設計する: 製品の使用前・使用中・使用後のすべての段階で、顧客のジョブを満たす体験を提供します。
  3. トレードオフを明確にする: すべての要望を満たす製品はありません。重要なジョブに焦点を当て、場合によっては意図的に一部の機能を犠牲にする決断も必要です。
  4. プロトタイプとテストの繰り返し: 仮説としてのジョブに基づいた製品を早期に開発し、顧客のフィードバックを得て改善するサイクルが重要です。

事例分析:ジョブに基づいた成功商品

キユーピーの「ディスペンパック」

理解した顧客ジョブ: 「調理中に手を汚さず、適量のマヨネーズを料理に加えたい」

開発した解決策

  • 逆さにして使用する設計で最後まで使いやすい
  • 片手で簡単にプッシュして出せる
  • 量の調整が容易
  • 使用後も外側が汚れない

この新しいパッケージは、単なる容器の改良ではなく、顧客の調理体験全体を改善するソリューションとなりました。

アップルの「AirPods」

理解した顧客ジョブ: 「煩わしいケーブル管理なしで、スムーズに音楽や通話を楽しみたい」

開発した解決策

  • ケースから取り出すだけで自動的に接続
  • 片耳だけでも使用可能
  • 充電ケースにより外出先でも電池切れの心配が少ない
  • 小型で目立たないデザイン

AirPodsの成功は、単にワイヤレスイヤホンを作ったということではなく、「煩わしさからの解放」という感情的ジョブを理解し、それに応える体験全体を設計したことにあります。

スリーエム(3M)の「コマンドフック」

理解した顧客ジョブ: 「壁に穴を開けずに物を掛けたい、かつ後で痕を残さず取り外したい」

開発した解決策

  • 粘着テープで簡単に壁に取り付けられる
  • 十分な強度で物を掛けられる
  • 特殊なストレッチ解除システムで跡を残さず取り外せる
  • 様々なサイズや形状でニーズに対応

3Mは「壁に物を掛ける」という機能的ジョブと「部屋を傷つけたくない」という感情的ジョブの両方を理解し、革新的なソリューションを開発しました。

ジョブに基づいたマーケティング戦略

本当のジョブを訴求するコミュニケーション

顧客の本当のジョブを理解し、それに応える商品を開発したら、次はそれを効果的に訴求するマーケティングコミュニケーションが重要です。

訴求のポイント:

  1. ジョブを直接訴求する: 製品の機能ではなく、顧客が達成できることを伝える 例)「手が汚れないのり」ではなく「文書作成がはかどる」
  2. ビフォーアフターで示す: ジョブ達成前と達成後の状態を比較して示す 例)「従来は料理後に手を洗う時間も必要でしたが、今はその時間を家族との会話に使えます」
  3. 感情的ベネフィットも伝える: 機能的なメリットだけでなく、感情的・社会的なメリットも訴求する 例)「片手で使えるボトルで、料理中のストレスから解放されます」
  4. 実際の使用シーンを見せる: 顧客の日常生活の中で、製品がどのようにジョブを達成するかを具体的に示す 例)「忙しい朝の準備時間に、服を汚さずスピーディーに使える」

差別化と価格プレミアムの正当化

顧客のジョブを理解し、それに応える製品は、適切に訴求すれば価格プレミアムを正当化できます。

価格プレミアムを受け入れてもらうポイント:

  1. 総合的な価値の訴求: 単なる製品の価値ではなく、顧客のジョブ達成全体における価値を訴求する 例)手を洗う時間・水の節約、服が汚れない、掃除の手間減少など総合的な節約
  2. 長期的メリットの強調: 初期投資が高くても長期的には経済的であることを強調する 例)使いやすさによる仕事の効率化、最後まで使い切れる経済性
  3. ターゲット層の絞り込み: その価値を最も高く評価する顧客セグメントに集中する 例)時間価値の高い共働き家庭やビジネスパーソンへの集中的アプローチ
  4. 比較対象の変更: 直接の競合製品ではなく、顧客のジョブ達成に関わる総コストと比較する 例)「このツールの価格は朝のコーヒー10杯分ですが、毎日30分の時間を節約できます」

実践事例:ジョブベースのマーケティングキャンペーン

ダイソンの扇風機: ダイソンは従来の扇風機の問題点(掃除のしにくさ、風の不均一性)を特定し、「快適な空間を清潔に保ちたい」という顧客のジョブを理解しました。その結果、羽のない革新的な扇風機を開発。マーケティングでも製品の技術的特長だけでなく、「清潔に保てる」「小さな子供がいる家庭でも安全」といったジョブ達成の価値を前面に訴求し、高い価格設定にもかかわらず市場で成功しました。

アマゾンの「お急ぎ便」: アマゾンは「商品を早く手に入れたい」という表面的なニーズの裏にある「『待つ』というストレスから解放されたい」という感情的ジョブを理解し、「お急ぎ便」サービスを開発しました。マーケティングでも単に「速い配送」ではなく、「今注文すれば明日には使える」「待ち時間のストレスから解放」という価値を訴求し、プライム会員という収益モデルの基盤を構築しました。

ジョブに基づく商品開発の実践ステップ

ジョブに基づく製品開発の具体的プロセス

顧客のジョブを中心に据えた商品開発プロセスは、以下のようなステップで構成されます。

  1. ジョブの発見: 顧客観察、インタビュー、データ分析などにより、顧客の本当のジョブを特定する
  2. ジョブの優先順位付け: 多くのジョブの中から、最も重要で解決すべきジョブを選定する
  3. ジョブの詳細分析: 選定したジョブの具体的な状況、背景、関連する感情などを詳細に理解する
  4. コンセプト開発: ジョブを解決するための複数の製品コンセプトを創出する
  5. プロトタイプ開発とテスト: コンセプトを形にしたプロトタイプを作成し、実際の顧客でテストする
  6. 製品開発と市場導入: テスト結果に基づき、製品を改良して市場に導入する
  7. 継続的改善: 市場からのフィードバックを基に、製品を継続的に改善する

実践者のためのチェックリスト

以下のチェックリストを使って、自社の商品開発プロセスがジョブ理論に基づいているかを確認しましょう。

チェック項目はいいいえ
顧客の本当のジョブ(機能的・感情的・社会的)を特定しているか
「製品の機能」ではなく「顧客のジョブ達成」を中心に設計しているか
競合製品と自社製品を「ジョブの達成度」で比較しているか
製品の使用前・使用中・使用後の全体験を考慮しているか
マーケティングで製品の機能ではなくジョブ達成の価値を訴求しているか
定期的に顧客のジョブが変化していないか確認しているか
製品のトレードオフ(何を犠牲にしているか)を明確にしているか

今後のトレンドと展望

ジョブに基づく商品開発の将来性

ジョブに基づく商品開発アプローチは、今後さらに重要性を増すと考えられます。その背景には以下のような要因があります。

  1. 顧客体験の重視: デジタル化の進展により、製品の機能的差別化が難しくなる中、顧客体験全体の質が競争優位の源泉になっています。ジョブに基づくアプローチは、この体験全体を設計するのに適しています。
  2. 個客化の進展: AIやビッグデータの活用により、よりパーソナライズされた製品・サービスの提供が可能になっています。顧客一人ひとりの具体的なジョブを理解し対応することが、差別化要因となります。
  3. サブスクリプションモデルの台頭: サブスクリプションベースのビジネスモデルでは、継続的な顧客満足が重要です。ジョブに基づくアプローチは、長期的な顧客関係構築に役立ちます。
  4. サステナビリティの重視: 環境負荷を最小限に抑えつつ顧客価値を最大化するには、本質的なジョブを理解し無駄のない設計をすることが不可欠です。

新たな市場機会の探索

ジョブ理論は、既存製品の改良だけでなく、全く新しい市場機会の発見にも役立ちます。以下のようなアプローチで、革新的な製品・サービスの機会を見つけることができます。

  1. 未解決のジョブの探索: 現在のソリューションでは十分に解決されていないジョブを特定し、新たな解決策を提案する
  2. ジョブの統合: 複数の関連するジョブを1つのソリューションで解決する方法を模索する
  3. 新しい状況でのジョブ: テクノロジーや社会の変化によって生まれる新しい状況でのジョブを先取りする
  4. 非消費者のジョブ理解: 現在の製品・サービスを利用していない「非消費者」が持つジョブを理解し、彼らのための新しいソリューションを開発する
  5. 異業種のジョブ転用: ある業界で成功したジョブ解決策を、類似のジョブを持つ別の業界に適用する

例えば、「時間がなくても健康的な食事を摂りたい」というジョブは、従来のレトルト食品だけでなく、ミールキット宅配サービスや栄養バランスに特化したサブスクリプションサービスなど、全く新しいビジネスモデルを生み出しました。

テクノロジーとジョブ理論の融合

最新テクノロジーとジョブ理論を組み合わせることで、さらに革新的な製品開発が可能になります:

テクノロジージョブ理論との融合例期待される成果
AI・機械学習顧客の行動データから潜在的ジョブを自動検出より精緻な顧客理解と予測
IoT・スマートデバイスリアルタイムで顧客のジョブ達成を支援状況に応じた価値提供
AR/VR顧客がジョブを達成する新しい方法を提供体験型の価値創出
音声認識・自然言語処理ジョブに関する顧客との対話を分析ニーズの早期発見と対応

例えば、スマートホーム技術は「手間なく快適な室内環境を維持したい」というジョブを理解し、その解決のために住人の行動パターンを学習して最適な温度・照明・湿度を自動調整するシステムを提供しています。

事例研究:成功と失敗から学ぶ

成功事例:イケアの「フラットパック」家具

理解した顧客ジョブ: 「手頃な価格で、個性的な家具を手に入れたい」

開発した解決策

  • 顧客自身が組み立てることによるコスト削減
  • モジュラー設計による多様な組み合わせ
  • コンパクトな梱包による持ち帰りやすさ
  • 高品質なデザインの民主化

イケアは単に「安い家具」を提供するだけでなく、「自分でデザインした空間を作り上げる達成感」という感情的ジョブや「センスのよい家に住む人として認められたい」という社会的ジョブも理解し、それに応える体験全体を設計しました。

失敗事例:グーグルグラス

見誤った顧客ジョブ: グーグルは「簡単に情報にアクセスしたい」という機能的ジョブに焦点を当てましたが、「社会的に受け入れられたい」という社会的ジョブを軽視しました。

結果

  • 先進的な技術を搭載したにもかかわらず市場での失敗
  • プライバシーの懸念や「グラスホール(Google Glass着用者への蔑称)」という社会的問題
  • 装着者が奇異に見えるデザインが社会的ジョブと衝突

この事例は、機能的ジョブだけでなく、感情的・社会的ジョブも含めた包括的な理解の重要性を示しています。

教訓:バランスのとれたジョブ理解の重要性

これらの事例から、成功する製品開発には以下の教訓が導き出せます:

  1. 機能的・感情的・社会的ジョブのバランスを取る: 機能面だけに着目すると、社会的受容性などの重要な側面を見落とす可能性があります。
  2. 顧客との共創: 製品開発の早い段階から顧客と共に創り上げるプロセスが、本当のジョブを理解する上で重要です。
  3. 反復的アプローチ: 一度の大規模な発売ではなく、小規模なテストと改善の繰り返しが、ジョブ理解の精度を高めます。
  4. 長期的視点: 短期的なトレンドに振り回されず、顧客の本質的なジョブに焦点を当てることが持続的成功につながります。

ジョブに基づくイノベーションの実践ガイド

組織文化とプロセスの構築

ジョブ理論に基づく商品開発を企業に定着させるには、適切な組織文化とプロセスが必要です。

組織文化の要素

  1. 顧客中心主義: 組織全体が「製品」ではなく「顧客のジョブ」を中心に考える文化を育てる
  2. 部門横断的協働: マーケティング、製品開発、営業など異なる部門が協力して顧客ジョブを理解し解決する
  3. 失敗から学ぶ姿勢: 失敗を許容し、そこから学ぶことを奨励する環境づくり
  4. 長期的視点: 短期的な利益だけでなく、長期的な顧客価値創造を重視する姿勢

プロセスの改善点

  1. ジョブインタビューの定期実施: 定期的に顧客のジョブを深掘りするインタビューを実施する
  2. ジョブベースの評価指標導入: 「機能数」ではなく「ジョブ達成度」などの指標で製品評価する
  3. プロトタイピングとテストの高速化: 仮説を素早く形にしてテストできる環境を整える
  4. 継続的なジョブモニタリング: 製品発売後も顧客のジョブが変化していないか継続的に観察する

実践に向けた具体的ステップ

明日から始められるジョブ理論実践のためのステップを紹介します:

  1. ジョブ発見ワークショップの開催: 社内の異なる部門からメンバーを集め、特定の顧客セグメントのジョブを探るワークショップを開催する
  2. 「ジョブ・ストーリー」の作成: 「〜するとき、〜したい、なぜなら〜だからだ」という形式で顧客のジョブを具体的に記述する 例)「料理中に、手を汚さずに調味料を加えたい、なぜなら手を洗う時間を節約して効率的に調理したいからだ」
  3. 競合製品のジョブ分析: 競合製品が顧客のどのジョブをどの程度解決しているかを分析し、改善の余地を見つける
  4. 小規模なテスト実施: 新しいジョブ解決策のアイデアを小規模なプロトタイプにして、実際の顧客でテストする
  5. ジョブベースの評価会議の実施: 定期的に製品やサービスを「ジョブ達成度」という視点で評価し、改善点を議論する

まとめ

顧客の本当のジョブを理解し、それに応える商品開発は、差別化された価値を生み出し、市場での成功につながります。単なるパッケージの改良ではなく、顧客体験全体を設計する視点が重要です。

Key Takeaways

  • 顧客は商品そのものではなく、「達成したい目的(ジョブ)」のために製品を購入している
  • ジョブには機能的側面だけでなく、感情的・社会的側面も含まれる
  • 料理用油や文房具ののりなどの例で見たように、表面的なニーズの裏には本質的なジョブが隠れている
  • 顧客観察、深層インタビュー、ジョブマッピングなどの手法で、顧客が言語化できないジョブを理解できる
  • ジョブに基づいた商品開発では、機能の追加ではなく、顧客体験全体を設計することが重要
  • マーケティングでも「製品の機能」ではなく「ジョブ達成の価値」を訴求することで差別化できる
  • ジョブ理論に基づくアプローチは既存製品の改良だけでなく、全く新しい市場機会の発見にも役立つ
  • 成功する企業は、顧客中心主義の文化と、継続的にジョブを理解するプロセスを構築している

顧客の本当のジョブに目を向け、それに応える商品開発とマーケティングを実践することで、競争が激しい市場でも選ばれる商品を生み出すことができます。

商品開発者やマーケターは、「この製品には何が足りないか」ではなく「顧客は何を達成したいのか」を常に問いかけることで、真の顧客価値を創造できるのです。

この記事を書いた人
tomihey

14年以上のマーケティング経験をもとにWho/What/Howの構築支援と啓蒙活動中です。詳しくは下記リンクからWEBサイト、Xをご確認ください。

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