はじめに
モバイルキャリア市場は、大手3社(NTTドコモ、au、ソフトバンク)が長年にわたり市場を独占してきました。しかし、2020年に楽天モバイルが第4のキャリアとして参入し、市場に新たな風を吹き込みました。本記事では、楽天モバイルがなぜ選ばれているのか、その差別化戦略と今後の課題について深掘りします。マーケティング担当者の皆さまが、楽天モバイルの事例から学び、自社のビジネス改善に活かせるヒントを提供することを目指します。
楽天モバイルのビジネスとしての現状
楽天モバイルは、2020年4月に本格的にMNO(Mobile Network Operator:移動体通信事業者)事業を開始しました。参入から約4年が経過し、その成長は目覚ましいものがあります。
契約者数の推移
楽天モバイルの契約者数は急速に増加しています。
時期 | 契約者数 |
---|---|
2023年12月末 | 600万回線突破 |
2024年3月 | 648万回線 |
2024年6月16日 | 700万回線 |
2024年8月7日 | 770万回線 |
このデータから、約8ヶ月で100万回線以上増加していることがわかります。
市場シェア
2024年3月時点での楽天モバイルの市場シェアは2.9%ほどと予想されます。他社と比較すると以下のようになります。
キャリア | 契約者数(万回線) | シェア(%) |
---|---|---|
ソフトバンク | 4,565 | 21.0 |
KDDI(au) | 4,703 | 21.7 |
NTTドコモ | 8,616 | 39.7 |
楽天モバイル | 633 | 2.9 |
楽天モバイルは後発ながら、着実にシェアを拡大しています。
出典:会社四季報 業界の地図2025年版
財務状況
楽天モバイルの財務状況は、まだ黒字化には至っていません。しかし、2024年に月次黒字化、2025年には通期で黒字化を目指しているとのことです。
楽天グループの三木谷浩史会長は、黒字化に必要な条件として以下を挙げています。
- 契約回線数:800〜1000万件
- ARPU(1契約あたりの月間平均収益):2500〜3000円
- 毎月の営業費用:230〜250億円
これらの条件を満たすことで、黒字化が実現できると見込んでいます。
モバイルキャリア市場のPOP、POD、POF
次にモバイルキャリア市場における楽天モバイルの位置づけを理解するために、まずは市場をPOP(Point of Parity)、POD(Point of Difference)、POF(Point of Failure)の観点から見てみましょう。
要素概要 | 内容 | |
---|---|---|
POP(Point of Parity) | 所属カテゴリーにおいて最低限必要な要素 | - 基本的な通話・データ通信サービスの提供 - 全国的なネットワークカバレッジ - 安定した通信品質 - 標準的な料金プラン - 最低限のカスタマーサポート |
POD(Point Of Difference) | 所属カテゴリーにおいて差別化、競争優位の要素 | - 高速通信技術の先行導入 - 独自のサービスやコンテンツ提供- 柔軟、わかりやすい料金プラン - 顧客ロイヤリティプログラム - エコシステムの構築(経済圏) - 優れた顧客体験 - 環境・社会貢献活動 - 魅力的な乗り換えキャンペーン - 充実したカスタマーサポート - 国際ローミング対応 - 仮想化技術を活用した柔軟なネットワーク構築 |
POF(Point of Failure) | 所属カテゴリーにおいて存在すると選ばれない要素 | - 頻繁な通信の不安定さ、障害 - 不透明な料金体系 - 低品質なカスタマーサポート - 限定的なネットワークカバレッジ - セキュリティの問題 - 長期契約の強制 - 古い技術やサービスの提供 - 否定的なブランドイメージ |
このようなモバイルキャリア市場において、楽天モバイルは顧客に対してPOPを当たり前に提供し、POFの要素を想起されないように、PODの要素を強みに選ばれるビジネスを作っていく必要があります。
次に楽天モバイルの顧客がどういうきっかけで、どういうものを求め、どういう行動をしているのかを想像していきましょう。
楽天モバイルユーザーの行動を想像してみしょう
楽天モバイルユーザーの行動を、オルタネイトモデルという枠組みを用いて言語化してみましょう。この枠組みは、顧客の合理(心理と行動)を深く理解するのに非常に役立ちます。顧客の合理を理解すれば企業側は再現性のある策や改善策をとることができます。オルタネイトモデルに関しては、詳しくはこちらもご覧ください。
- きっかけ(Trigger)
- 顧客が商品やサービスに関心を持つ最初の状況。
- 「いつ(When)」「どこで(Where)」「誰と(Who)」「何をしている(What)」といった情報をもとに、どのような状況でその欲求が生まれたかを明確にするステージです。
- 抑圧(Restraint)
- 欲求があるが、物理的、心理的、社会的な制約や条件によって、その欲求がすぐに満たされない状態。
- たとえば、予算や時間の制約、周囲からの圧力などがこの段階での抑圧要因となります。
- 欲求(Desire)
- きっかけによって具体的な欲求が生まれ、その欲求を満たしたいという思いが顧客の中で強まる段階です。
- 行動(Action)
- 顧客が具体的にブランドや商品を知り、検討し、購入に至る行動を取る段階。
- 広告や口コミなどがこの行動に影響を与えます。
- 報酬(Reward)
- 行動によって得られる良いことや避けられる悪いことを指します。
- ポジティブな報酬(満足感や価値の提供)と、ネガティブなリスク(不満足感の回避)の両面が考えられます。
この枠組みに楽天モバイルを契約するユーザーを当てはめてみましょう。ただし下記で示すのはあくまでも1つのパターンのユーザーです。複数のきっかけ、欲求、抑圧、行動、報酬があるということは必ず認識してください。
きっかけ(Trigger)
- 現在の通信料金への不満
- 楽天の他サービス(Eコマース、ポイントなど)の利用経験
欲求(Desire)
- より安価な通信サービスの利用
- 楽天ポイントの効率的な獲得・利用
抑圧(Inhibition)
- ネットワーク品質への不安
- 他社との契約解除手続きの煩わしさ
- 新しいキャリアへの乗り換えに対する不安
行動(Action)
- 楽天モバイルの公式サイトで情報収集
- 店舗での相談・契約
- オンラインでの契約手続き
報酬(Reward)
- スムーズな乗り換えで通信料金の大幅な削減
- 楽天ポイントの獲得・利用による経済的メリット
この分析から、楽天モバイルユーザーは主に経済的なメリットを求めて行動していることがわかります。一方で、ネットワーク品質や乗り換えの手間などが障壁となっていると筆者は想像しています。
楽天モバイルのWho/What/How
上記で実施したPOP、POD、POFの言語化、きっかけ、欲求、抑圧、行動、報酬の言語化を元に、最後に楽天モバイルのビジネスモデルを、Who(誰に)、What(何を)、How(どのように)の観点から整理します。
Who/What/Howについて理解したい方はぜひこちらもご覧ください。
Who | 誰? | 個人:コスト意識高い若年〜中年層 |
顧客のJOB(本質的に解決したいこと) | L きっかけ:スマホを使っていないのに毎月まあまあの料金がかかっている、賃金上昇も緩やかで今後家計が心配だ、だから無駄な費用は削減したい。 L 欲求:スマホの使わない月は少なくして全体の通信費を削減したい。 L 抑圧:今のキャリアの解約と新規契約が面倒、家族割が効いているから抜けずらい。 L 報酬:楽に家族ごとキャリアを乗り換えられ、毎月の固定費を削減できる。かつ楽天経済圏もお得に活用できるようになるので家計のコスパがよくなる。 | |
What | 便益 | 家族全員が楽に乗り換えできてプランもお得で月の通信費が抑えられる。 |
独自性 | ネットで簡単に切り替えられる、お得な乗り換えキャンペーン、楽天経済圏の存在 | |
RTB (信頼する理由) | ネット完結の仕組み、楽天グループの信頼性と実績、楽天経済圏、技術革新への積極的な投資 | |
How | コミュニケーション | ・届け方:継続的なTVCM、交通広告、デジタル、SNS、楽天他サービスからの案内 ・訴求:乗り換えキャンペーン、通信が問題ないこと、外部評価向上、モバイル契約して楽天経済圏に入るとお得、オンラインで簡単&スムーズな契約前中後の体験提供 |
価格 | ・加入特典の用意 ・従量課金と天井もあるプラン(最初に価格破壊を起こした) ・わかりやすい1つのプランのみ ・お得な経済圏 ・1年間無料キャンペーンの実施(期間限定) | |
プロダクト | ・データ無制限プラン「Rakuten最強プラン」の提供 ・仮想化技術を活用した効率的なネットワーク構築 ・どこでも安定してつながる通信 |
上記のWho以外でも、下記のような人もおそらく顧客になっているでしょう。
- データ通信を多用するヘビーユーザーで、制限を気にせず、思う存分データ通信を使いたいというJOBを持っている人
- 楽天の他サービスのユーザーで、楽天エコシステム内でポイントを効率的に貯めて使いたいというJOBを持っている人
- 中小企業の経営者・IT担当者で、企業の通信コストを削減しながら、効率的な業務環境を構築したいというJOBを持っている人
ぜひこういったユーザーのWho/What/Howも考えてみてください。
楽天モバイルの今後の課題
上記で言語化した楽天モバイルのWho/What/Howですが、事業として持続的な成長を実現するために、以下の課題に取り組む必要があるでしょう。
1. ネットワーク品質の向上
楽天モバイルは、2024年6月からプラチナバンド(700MHz帯)の導入を開始しました。これにより、建物内や山間部での電波の届きやすさが改善されると期待されています。しかし、全国的なカバレッジの拡大と品質向上は引き続き重要な課題です。SNSや周りの声を聞く限りでは通信の安定性はまだまだ発展途上と感じました。
2. 顧客サポートの改善
カスタマーサポートの対応に対する不満の声が聞かれることから、サポート品質の向上が必要です。AI技術の活用やスタッフ教育の強化などが考えられます。
3. ブランド認知度の向上
通信キャリアとしての認知度をさらに高めるため、効果的なマーケティング施策が求められます。楽天グループの他サービスとの連携を活かしたクロスプロモーションなどが考えられます。
4. ARPU(平均収益)の向上
黒字化に向けて、1契約あたりの月間平均収益(ARPU)を2500〜3000円に引き上げる必要があります。付加価値サービスの提供や、上位プランへの誘導などの施策が考えられますが、大多数が低価格という理由から楽天モバイルを選んでいて、価格面は他の大手キャリアも同様なプランを出してきています。相当な特典や追加サービスがないと中々単価を上げるのは難しいと考えています。
5. 法人向けサービスの拡充
楽天グループの顧客基盤を活かした法人向けサービスの拡充が、今後の成長のカギとなります。業種別のソリューション提供や、中小企業向けのパッケージサービスの開発などが考えられます。
ただしこちらも法人顧客がなぜ他のキャリアではなく楽天モバイルを選ぶのかの理由作りが必要です。三木谷社長もTOP営業として楽天モバイルを企業に売り込んでいると言われていますが、ゴリ押しの営業ではなくプロダクトやサービスとして顧客のJOBを解決でき、競合他社や代替手段と比べて独自の選ばれる要素を持つことが最重要なのではないかと思っています。
6. 5G網の整備加速
5G(第5世代移動通信システム)の普及が進む中、楽天モバイルも5G網の整備を加速させる必要があります。他社との差別化を図るため、5Gを活用した独自のサービス開発も重要です。
7. データ分析能力の強化
ネットワークの品質改善や顧客体験の向上のため、データ分析能力の強化が求められます。AIやビッグデータ技術を活用し、よりきめ細かなサービス提供を目指すことが重要です。
8. 財務体質の改善と社債償還への対応
楽天グループ全体で2024年から2025年にかけて総額約8400億円の社債償還を控えています。この巨額の債務返済は大きな課題です。
- モバイル事業の早期黒字化:2024年の月次黒字化、2025年の通期黒字化を目指す
- 資金調達手段の多様化:楽天銀行や楽天証券ホールディングスの上場、外部との資本提携などの検討(2024/9/30に楽天カードがみずほFGとの提携強化を検討と発表)
- 資産の有効活用:通信設備の一部を活用した「セール・アンド・リースバック」取引による資金調達の実施(2024/8/8に豪投資ファンドに売却と発表)
この社債償還問題は、楽天モバイル単体の課題というよりも楽天グループ全体の課題ですが、モバイル事業の収益化が全体の財務改善に大きく寄与するため、楽天モバイルにとっても重要な課題となっています。
9. 低価格戦略の同質化
当初2020年参画した時には楽天の低価格戦略(むしろ当時は無料戦略)から顧客に選ばれていた部分がありましたが、今や他のキャリアも同様な価格帯、むしろ楽天モバイルより安い価格帯で商品を出してきています。つまり低価格が理由で選ばれることは今後減っていく予想がされます。低価格以外で顧客が求める競争優位性を確立していくことが持続的な成長のためには欠かせないでしょう。
まとめ
楽天モバイルは、低価格戦略と楽天エコシステムとの連携を武器に、モバイルキャリア市場で急速に成長しています。しかし、持続的な成長と黒字化に向けては、まだいくつかの課題が残されています。
Key Takeaways:
- 楽天モバイルの契約者数は急速に増加し、2024年8月時点で770万回線を突破
- 低価格戦略と楽天エコシステムやスムーズな乗り換え体験や魅力的なキャンペーンなどが主な差別化要因
- ネットワーク品質の向上と顧客サポートの改善などが今後の重要課題
- 法人向けサービスの拡充が成長のカギ
- ARPU向上と5G網の整備加速が黒字化に向けて必要
- データ分析能力の強化が顧客体験向上に不可欠
マーケティング担当者の皆さまは、楽天モバイルの事例から、自社のビジネス改善をトライしてみましょう。世の中のブランドを勝手に分析、妄想してみることはマーケターにとって非常に勉強になると考えています。ぜひ皆さんもやってみてください。