はじめに
デジタル技術の急速な発展により、消費者の購買行動は劇的に変化しています。この変化に伴い、マーケターが理解し活用すべき購買行動モデルも進化を続けています。しかし、多くのマーケターが「どのモデルを、どのように活用すべきか」という課題に直面しています。
本記事では、マスメディア時代から現在のSNS時代まで、購買行動モデルの変遷を詳細に解説します。各モデルの特徴、適用場面、そして実践的な活用方法を学ぶことで、より効果的なマーケティング戦略の立案と実行が可能になるでしょう。
購買行動モデルとは
購買行動モデルは、消費者が商品やサービスを認知してから購入に至るまでの心理的プロセスを段階的に表現したフレームワークです。
要素 | 説明 |
---|---|
定義 | 消費者の購買意思決定プロセスを体系化したモデル |
目的 | 消費者心理の理解と効果的なマーケティング戦略の立案 |
構成 | 複数の段階(ステージ)で構成される |
特徴 | 時代や媒体の変化に応じて進化している |
目的
購買行動モデルの主な目的は以下の通りです。
目的 | 詳細 |
---|---|
消費者理解 | 購買プロセスにおける消費者心理の把握 |
戦略立案 | 各段階に適したマーケティング施策の計画 |
コミュニケーション最適化 | 効果的なメッセージングとチャネル選択 |
効果測定 | マーケティング活動の評価と改善 |
予測 | 将来の消費者行動の予測と対策 |
重要性
購買行動モデルがマーケティングにおいて重要視される理由は以下の通りです。
- 消費者中心のアプローチ
- 顧客視点での戦略立案が可能
- カスタマージャーニーの最適化につながる
- 効率的なリソース配分
- 各段階に適したマーケティング投資が可能
- ROIの向上に寄与
- コミュニケーションの一貫性
- 購買プロセス全体を通じた統一的なメッセージング
- ブランド認知からロイヤルティ醸成まで一貫した戦略
- データ駆動型マーケティングの基盤
- 各段階の指標設定と測定が可能
- PDCAサイクルの効果的な実施
- クロスファンクショナルな協働
- 営業、マーケティング、商品開発など部門横断的な連携促進
- 顧客中心の組織文化醸成
- 競合差別化
- 消費者心理に基づいた独自の価値提案
- 競合他社との差別化ポイントの明確化
これらの理由から、購買行動モデルは現代のマーケティングにおいて不可欠なツールとなっています。
マスメディア時代の購買行動モデル
AIDA モデル
AIDAモデルは、1898年にE. St. Elmo Lewisによって提唱された最も古典的な購買行動モデルです。
段階 | 英語 | 説明 | マーケティング施策例 |
---|---|---|---|
A | Attention (注意) | 商品・サービスへの注目を集める | インパクトのある広告、目立つ店頭ディスプレイ |
I | Interest (興味) | 関心を持たせ、詳細を知りたいと思わせる | 商品特徴の説明、ベネフィットの提示 |
D | Desire (欲求) | 欲しいと思わせる、必要性を感じさせる | 使用シーンの提案、限定感の演出 |
A | Action (行動) | 購入行動を起こさせる | 明確なCTA、購入特典の提供 |
AIDAモデルの特徴:
- シンプルで理解しやすい
- 主に一方向のコミュニケーションを想定
- マスマーケティングに適している
活用例:テレビCMの構成、新聞広告のレイアウト設計
AIDMA モデル
AIDMAモデルは、AIDAモデルに「Memory(記憶)」の段階を加えたものです。
段階 | 英語 | 説明 | マーケティング施策例 |
---|---|---|---|
A | Attention (注意) | 商品・サービスへの注目を集める | 印象的なキャッチコピー、ビジュアルの工夫 |
I | Interest (興味) | 関心を持たせ、詳細を知りたいと思わせる | 商品特徴の詳細説明、比較情報の提供 |
D | Desire (欲求) | 欲しいと思わせる、必要性を感じさせる | 顧客レビューの活用、使用メリットの強調 |
M | Memory (記憶) | 商品・サービスを記憶に留めさせる | 反復的な広告露出、メモリアブルなスローガン |
A | Action (行動) | 購入行動を起こさせる | 期間限定オファー、簡単な購入プロセス |
AIDMAモデルの特徴:
- 長期的な視点を含む
- ブランド構築に適している
- リピート購入を考慮している
活用例:ブランディングキャンペーン、ロイヤルティプログラムの設計
AIDCAS モデル
AIDCASモデルは、AIDMAモデルをさらに発展させ、「Conviction(確信)」と「Satisfaction(満足)」の段階を加えたものです。
段階 | 英語 | 説明 | マーケティング施策例 |
---|---|---|---|
A | Attention (注意) | 商品・サービスへの注目を集める | ターゲティング広告、インフルエンサーマーケティング |
I | Interest (興味) | 関心を持たせ、詳細を知りたいと思わせる | 詳細な製品情報ページ、動画コンテンツ |
D | Desire (欲求) | 欲しいと思わせる、必要性を感じさせる | パーソナライズドオファー、限定商品の提案 |
C | Conviction (確信) | 購入の正当性を確信させる | 第三者評価、専門家の推奨 |
A | Action (行動) | 購入行動を起こさせる | ワンクリック購入、特別割引の提供 |
S | Satisfaction (満足) | 購入後の満足度を高める | アフターサービス、ユーザーコミュニティの提供 |
AIDCASモデルの特徴:
- 購買後の顧客体験まで考慮
- カスタマーサポートの重要性を強調
- 口コミやリピート購入を促進
活用例:顧客生涯価値(LTV)の最大化戦略、カスタマーサクセスプログラムの設計
これらのマスメディア時代の購買行動モデルは、主に一方向のコミュニケーションを前提としています。しかし、インターネットの普及により、消費者の情報収集や購買行動は大きく変化し、新たなモデルの必要性が生まれました。
web時代の購買行動モデル
AISAS モデル
AISASモデルは、2004年に電通が提唱した、インターネット時代の消費者行動を反映したモデルです。
段階 | 英語 | 説明 | マーケティング施策例 |
---|---|---|---|
A | Attention (注意) | 商品・サービスへの注目を集める | SEO対策、リスティング広告 |
I | Interest (興味) | 関心を持たせ、詳細を知りたいと思わせる | コンテンツマーケティング、ランディングページ最適化 |
S | Search (検索) | 商品・サービスに関する情報を能動的に探させる | キーワード戦略、Q&Aサイトの活用 |
A | Action (行動) | 購入行動を起こさせる | EC最適化、リマーケティング |
S | Share (共有) | 購入体験を他者と共有させる | SNSシェアボタン、レビュー投稿の促進 |
AISASモデルの特徴:
- 消費者の能動的な情報収集を考慮
- 口コミの重要性を強調
- 非線形的な購買プロセスを想定
活用例:デジタルマーケティング戦略、コンテンツマーケティングプラン
AISCEAS モデル
AISCEASモデルは、AISASモデルをさらに発展させ、「Comparison(比較)」と「Examination(検討)」の段階を加えたものです。
段階 | 英語 | 説明 | マーケティング施策例 |
---|---|---|---|
A | Attention (注意) | 商品・サービスへの注目を集める | バイラルマーケティング、ネイティブ広告 |
I | Interest (興味) | 関心を持たせ、詳細を知りたいと思わせる | インフォグラフィック、ホワイトペーパー |
S | Search (検索) | 商品・サービスに関する情報を能動的に探させる | ブログ最適化、FAQページの充実 |
C | Comparison (比較) | 他の選択肢と比較検討させる | 比較表の提供、競合分析コンテンツ |
E | Examination (検討) | 購入の是非を慎重に検討させる | 無料トライアル、ケーススタディ |
A | Action (行動) | 購入行動を起こさせる | カート最適化、アバンドンカート対策 |
S | Share (共有) | 購入体験を他者と共有させる | ユーザー生成コンテンツの促進、アフィリエイトプログラム |
AISCEASモデルの特徴:
- より詳細な購買プロセスを表現
- 比較検討段階の重要性を強調
- 長期的な意思決定プロセスに適している
活用例:B2Bマーケティング戦略、高額商品のセールスファネル設計
DECAX モデル
DECAXモデルは、デジタル時代の消費者行動をより詳細に表現したモデルです。
段階 | 英語 | 説明 | マーケティング施策例 |
---|---|---|---|
D | Discovery (発見) | Webメディアやニュースサイトで商品やサービスを発見する | コンテンツマーケティング、ネイティブ広告、SEO対策 |
E | Engagement (関係構築) | 情報提供によって企業と消費者の関係構築を行う | ソーシャルメディアマーケティング、メールマガジン、ウェビナー |
C | Check (確認) | 得られた情報の信頼性を確認する | カスタマーレビュー、第三者評価サイト、比較サイトへの情報提供 |
A | Action (行動) | 商品やサービスを購入する | 簡単な購入プロセス、パーソナライズドオファー、リマーケティング |
X | eXperience (体験と共有) | 商品やサービスを体験し、その結果についてインターネットで共有する | ユーザー生成コンテンツの促進、ハッシュタグキャンペーン、アフィリエイトプログラム |
DECAXモデルの特徴:
- デジタル環境における消費者行動を詳細に表現
- 情報の信頼性確認プロセスを重視
- 購入後の体験共有までを含めた包括的なアプローチ
- オンラインでの情報循環を考慮した設計
活用例:
- デジタルコンテンツ戦略の立案
- インフルエンサーマーケティングの展開
- オンラインレピュテーションマネジメント
- ユーザーレビュー活用戦略
- ソーシャルメディアを活用したブランド構築
MOT (Moment of Truth) モデル
MOTモデルは、P&Gのマーケティング責任者であったA.G. Lafleyによって提唱された、消費者の重要な意思決定ポイントに焦点を当てたモデルです。
段階 | 説明 | マーケティング施策例 |
---|---|---|
Zero Moment of Truth (ZMOT) | オンラインでの情報検索段階 | SEO対策、コンテンツマーケティング、オンラインレビュー管理 |
First Moment of Truth (FMOT) | 店頭での商品との最初の接触 | パッケージデザイン、店頭ディスプレイ、POP広告 |
Second Moment of Truth (SMOT) | 商品使用時の体験 | 製品品質の向上、使用説明書の改善、カスタマーサポート |
Third Moment of Truth (TMOT) | 使用後の評価と共有 | ソーシャルメディア戦略、ユーザーレビュー促進、アフターサービス |
MOTモデルの特徴:
- 消費者の意思決定プロセスを重要な「瞬間」で捉える
- オンラインとオフラインの両方を考慮
- 購入前から購入後までの包括的なアプローチ
- 口コミやユーザー体験の重要性を強調
活用例:
- オムニチャネルマーケティング戦略の立案
- 顧客体験マネジメント(CXM)の設計
- デジタルとリアルを統合したブランディング戦略
- 製品開発とマーケティングの連携強化
SNS時代の購買行動モデル
VISAS(ヴィサス)モデル
VISASモデルは、SNSによる発信を通して生まれる購買活動をまとめた理論です。
段階 | 英語 | 説明 | マーケティング施策例 |
---|---|---|---|
V | Viral (口コミ) | SNSでの口コミによって商品やサービスを知る | インフルエンサーマーケティング、ハッシュタグキャンペーン |
I | Influence (影響) | 発信者や口コミによって消費者が影響を受ける | ストーリーテリング、ユーザー体験の共有促進 |
S | Sympathy (共感) | 発信者や商品の情報に共感する | 感情に訴えかけるコンテンツ、ブランドパーパスの発信 |
A | Action (行動) | 商品やサービスを購入する | ソーシャルコマース、簡単な購入プロセス |
S | Share (共有) | 購入結果についてSNSで共有する | ユーザー生成コンテンツの促進、シェアインセンティブ |
特徴:
- 消費者の購買欲求が生まれていない商品でも、SNSでの偶発的な口コミが共感や行動につながる
- SNSマーケティングの基本理論として知られる
SIPS(シップス)モデル
SIPSモデルは、SNSから知った情報に共感することで消費者行動が始まることを提唱した理論です。
段階 | 英語 | 説明 | マーケティング施策例 |
---|---|---|---|
S | Sympathize (共感) | 発信者の情報や意見に共感する | ブランドストーリーの共有、価値観の発信 |
I | Identify (確認) | 得られた情報の信頼性を確認する | 透明性の高い情報提供、第三者評価の活用 |
P | Participate (参加) | 消費者が行動を起こすことで販促活動に参加する | ソーシャルメディアキャンペーン、コミュニティ運営 |
S | Share & Spread (共有・拡散) | 参加したことを共有・拡散する | シェア機能の最適化、バイラルコンテンツの作成 |
特徴:
- プロセスのゴールが必ずしも購買ではない
- 企業と消費者の関係構築にも応用可能
ULSSAS(ウルサス)モデル
ULSSASモデルは、2019年にホットリンク社によって提唱された最新の購買行動モデルです。
段階 | 英語 | 説明 | マーケティング施策例 |
---|---|---|---|
U | UGC (ユーザー投稿コンテンツ) | 消費者の投稿によって商品・サービスを知る | ユーザー生成コンテンツの促進、ハッシュタグキャンペーン |
L | Like | SNSで気になる投稿に「いいね!」をする | エンゲージメント促進施策、魅力的なビジュアルコンテンツ |
S | Search 1 (SNS検索) | SNSで商品・サービスを検索する | SNS最適化、キーワード戦略 |
S | Search 2 (Google/Yahoo!検索) | 検索エンジンで商品・サービスを検索する | SEO対策、コンテンツマーケティング |
A | Action (行動) | 商品やサービスを購入する | ソーシャルコマース、リマーケティング |
S | Spread (拡散) | 購入結果についてSNSで拡散する | レビュープログラム、アンバサダー制度 |
特徴:
- UGCによって生まれる認知に着目
- 検索行動にもSNSを活用
- 渦巻状の構造を取り、自走するフローを形成
RsEsPs(レップス)モデル
RsEsPsモデルは、インターネットやSNS時代の購買行動モデルを簡素化しながらも、効果的な構造にしたものです。
大枠のプロセス | 説明 | 各段階でのs (Search・Spread・Share) |
---|---|---|
R - Recognition (認識) | 商品やサービスを認知する | 検索、共有、拡散を促進 |
E - Experience (体験) | 商品やサービスを体験する | 検索、共有、拡散を促進 |
P - Purchase (購買) | 商品やサービスを購入する | 検索、共有、拡散を促進 |
特徴:
- 各フェーズで「検索・共有・拡散」を促進
- SNS拡散を促す施策の重要性を強調
どう活用するか
- 自社の事業特性と顧客層に合わせたモデルの選択
- マスメディア中心:AIDA, AIDMA, AIDCASなど
- Web中心:AISAS, AISCEAS, DECAXなど
- SNS中心:VISAS, SIPS, ULSSAS, RsEsPsなど
- 複数モデルの統合的活用
- 例:AIDMAの基本構造にAISASのSearch要素を組み込む
- カスタマージャーニーマップとの連携
- 各モデルの段階をジャーニーマップ上に位置付け
- クロスチャネル戦略の立案
- マスメディア、Web、SNSを統合したアプローチ
- 各段階に対応するKPIの設定と測定
- 例:Attention→認知度、Interest→エンゲージメント率
- コンテンツ戦略への反映
- 各段階に適したコンテンツタイプの選定と制作
- ユーザー生成コンテンツ(UGC)の活用促進
- 特にSNS時代のモデルに対応
- パーソナライゼーションの実施
- 顧客データを活用した個別最適化
- A/Bテストの実施
- 各段階でのメッセージや施策の最適化
- データ分析と継続的な改善
- 顧客行動データに基づくモデルの調整と戦略の見直し
まとめ
購買行動モデルの変遷を通じて、以下の点が明らかになりました。
- 消費者行動の複雑化
- マスメディア時代:線形的なプロセス(AIDA, AIDMA)
- Web時代:非線形的、双方向的プロセス(AISAS, DECAX)
- SNS時代:循環的、自走的プロセス(VISAS, ULSSAS)
- 情報源の多様化
- マスメディア時代:企業からの一方向的な情報提供
- Web時代:企業情報と消費者生成情報の混在
- SNS時代:UGCやインフルエンサーの影響力増大
- 消費者の能動性の向上
- マスメディア時代:受動的な情報受容
- Web時代:能動的な情報検索(Search)
- SNS時代:情報の生成・共有・拡散への積極的参加
- 購買後行動の重要性増大
- マスメディア時代:購買がゴール(AIDCA)
- Web時代:共有の概念導入(AISAS)
- SNS時代:共有・拡散が新たな購買サイクルを生成(ULSSAS, RsEsPs)
- 共感と参加の重要性
- マスメディア時代:製品特性や利点の訴求
- Web時代:ユーザーレビューや口コミの影響
- SNS時代:ブランドへの共感、コミュニティへの参加(SIPS)
- マーケティング施策の変化
- マスメディア時代:広告中心のプッシュ戦略
- Web時代:SEOやコンテンツマーケティングの台頭
- SNS時代:インフルエンサーマーケティング、UGC活用
- 測定と最適化の進化
- マスメディア時代:限定的な効果測定
- Web時代:詳細なウェブ解析と行動トラッキング
- SNS時代:リアルタイムデータ分析と即時最適化
- カスタマージャーニーの複雑化
- マスメディア時代:比較的シンプルな購買プロセス
- Web時代:マルチチャネルでの情報接触
- SNS時代:オムニチャネル化と顧客体験の重視
これらの変化を踏まえ、現代のマーケターは以下の点に注力する必要があると言えます。
- 統合的なマーケティングアプローチの採用
- リアルタイムデータ分析と迅速な戦略調整
- ユーザー生成コンテンツの活用と促進
- ブランドパーパスの明確化と共感の獲得
- カスタマーエクスペリエンス全体の最適化
- テクノロジーの進化に合わせた新しいモデルの探求と適用
最後に、これらのモデルは固定的なものではなく、消費者行動やテクノロジーの変化に応じて常に進化していることを理解し、柔軟な思考と適応力を持つことが重要です。