はじめに
新製品を市場に投入するとき、あなたは短期的な利益を優先しますか、それとも長期的なシェア獲得を選びますか?
多くのマーケターが悩むこの問いに対して、任天堂の2026年3月期第2四半期決算は明確な答えを示しています。同社は売上高を前年同期比で2倍以上に伸ばす一方で、営業利益率を23.2%から13.2%へと大幅に下げる判断をしました。この一見矛盾するような数字の裏には、綿密に計算された市場戦略が隠されています。
本記事では、任天堂の決算資料から読み取れる「戦略的な利益率低下」「攻めの広告投資」「製品ポートフォリオマネジメント」という3つの視点を深掘りし、あなたのビジネスに応用できる実践的な学びを抽出していきます。
任天堂の2025年度第2四半期:業績サマリー
任天堂の2025年4月から9月までの半期決算は、一言で表すなら「攻めの転換期」でした。
2025年6月5日に発売されたNintendo Switch 2の影響で、売上高は1兆995億円となり、前年同期の5,232億円から倍増しています。この劇的な増収の背景には、新型ハードウェアの投入という大きな賭けがありました。営業利益は1,451億円と前年同期比で19.5%増加したものの、営業利益率は10ポイント下落して13.2%となりました。
この数字だけを見ると「利益率が下がっているのは問題では?」と感じるかもしれません。しかし、ここに任天堂の戦略的判断が凝縮されています。同社はNintendo Switch 2の市場投入期において、ハードウェアの販売台数を最優先に据え、短期的な利益率よりも長期的な市場シェアの確保を選択したのです。
具体的な数字を見ていきましょう。Nintendo Switch 2のハードウェア販売台数は約4ヶ月間で1,036万台を記録し、ソフトウェアは2,062万本が売れました。このハードウェア販売の勢いを支えるために、任天堂は広告宣伝費を前年同期比79.9%増の646億円へと大幅に引き上げています。さらに研究開発費も824億円と20.0%増加させ、製品の継続的な改善と次世代製品への投資を続けています。
| 項目 | FY25/Q1-Q2 | FY26/Q1-Q2 | 増減率 |
|---|---|---|---|
| 売上高 | 5,232億円 | 10,995億円 | +110.1% |
| 営業利益 | 1,215億円 | 1,451億円 | +19.5% |
| 営業利益率 | 23.2% | 13.2% | -10.0pt |
| 純利益 | 1,086億円 | 1,989億円 | +83.1% |
注目すべきは、この積極投資にもかかわらず純利益が83.1%増の1,989億円と大幅に伸びている点です。これは為替差益の発生や投資有価証券売却益(323億円)といった営業外の要因も含まれますが、本業の強さを示す指標でもあります。

マーケティング観点での3つの注目ポイント
ポイント1:製品ライフサイクルを見据えた「戦略的利益率低下」の判断
任天堂の今回の決算で最も注目すべきは、意図的に利益率を下げてでも市場シェアを取りにいった判断です。
売上総利益率は前年同期の60.8%から36.2%へと24.6ポイントも低下しました。この主な要因は2つあります。1つ目は、ハードウェア売上高比率が41.4%から73.2%へと大幅に上昇したこと。ゲーム機本体はソフトウェアに比べて原価率が高く、どうしても利益率は低くなります。2つ目は、Nintendo Switch 2がNintendo Switchと比べて利益率が低い製品であること。新製品は開発コストや初期生産コストが高く、量産効果が出るまでは利益率が低くなるのが一般的です。
しかし、これは任天堂が「失敗している」わけではありません。むしろ、ゲーム機ビジネスの本質を理解した上での戦略的判断と言えます。
ゲーム機ビジネスは「レイザー&ブレード」モデル(かみそりの本体は安く売り、替え刃で利益を得るモデル)と呼ばれる収益構造を持っています。つまり、まずハードウェアを普及させ、その後ソフトウェア販売で長期的に利益を積み上げていくのです。任天堂は今回、新型ハードの立ち上げ期において、将来的なソフトウェア販売の基盤となるハードウェアの設置台数を最優先したわけです。

実際、Nintendo Switch(旧型)のソフトウェア販売は前年同期比12.4%減にとどまり、6,156万本と依然として高水準を維持しています。これは、ハードウェアの設置台数が積み上がっていれば、ソフトウェア販売で長期的に収益を生み出せることを示す好例です。
このアプローチから学べるのは、「製品ライフサイクルのどの段階にいるかによって、最適化すべき指標は変わる」という原則です。新製品投入期は市場シェアとユーザー獲得を、成熟期は利益率の最大化を目指すべきなのです。
ポイント2:市場を制するための「攻めの広告投資」
任天堂は今期、広告宣伝費を前年同期比79.9%増の646億円へと大幅に引き上げました。これは売上高の約5.9%に相当する規模です。

この投資判断の背景には、新製品の認知度を短期間で高め、市場での存在感を確立する必要性がありました。Nintendo Switch 2は2025年6月5日に発売され、わずか約4ヶ月で1,036万台を販売しています。この驚異的なペースを実現するには、製品の魅力を伝えるコミュニケーション施策が不可欠でした。
広告投資の効果は、販売数量の推移からも読み取れます。第1四半期(4月~6月)にNintendo Switch 2は582万台を販売し、第2四半期(7月~9月)も454万台と高水準を維持しました。発売直後の初速だけでなく、その後も勢いを持続させているのは、継続的なマーケティング活動の成果と言えるでしょう。
興味深いのは、広告投資を大幅に増やしたにもかかわらず、売上高販管費率(売上高に占める販売費及び一般管理費の割合)は37.5%から23.0%へと14.5ポイント低下している点です。これは売上高の伸びが広告投資の増加を上回っているためで、効率的なマーケティング投資ができていることを示しています。
ここから学べるのは、「新製品投入時には、短期的なROI(投資対効果)よりも市場浸透を優先すべき」という教訓です。ただし、重要なのは「売上の伸びが投資の伸びを上回る」という前提条件を満たすこと。闇雲に広告費を増やすのではなく、売上増加につながる戦略的な投資判断が求められます。
ポイント3:新旧製品の「ポートフォリオマネジメント」による売上最大化
任天堂の今期の戦略で特筆すべきは、新製品であるNintendo Switch 2と旧製品であるNintendo Switchを並行販売し、両方から収益を上げている点です。

数字を見ると、Nintendo Switchのハードウェアは189万台を販売し、ソフトウェアは6,156万本と依然として健闘しています。これは前年同期比で12.4%減にとどまっており、新製品の登場によって旧製品が壊滅的なダメージを受けているわけではないことを示しています。
この背景には、Nintendo Switch 2がNintendo Switchのソフトウェアとの後方互換性を持っているという製品設計があります。つまり、Nintendo Switch 2を購入したユーザーも、過去のNintendo Switchソフトを楽しめるのです。この設計により、旧製品のソフトウェア資産を新製品でも活用でき、ユーザーにとっての買い替えハードルが下がります。
さらに注目すべきは、「Nintendo Switch 2 Edition」という展開です。これは既存のNintendo Switchソフトを、Nintendo Switch 2向けに最適化したバージョンで、ユーザーは「アップグレードパス」を購入することで、新バージョンに移行できます。この仕組みにより、既存ユーザーの資産を守りながら、新プラットフォームへの移行を促進しているのです。
製品ポートフォリオの観点では、Nintendo Switchファミリー内でも有機ELモデルとLiteという異なる価格帯・用途の製品を展開しています。有機ELモデルは91万台、Liteは43万台を販売しており、多様な顧客ニーズに対応できる製品ラインナップを維持しています。
このアプローチから学べるのは、「新製品投入時でも、旧製品を完全に切り捨てるのではなく、移行期間を設けて両方から収益を上げる」という戦略です。特にB2CビジネスやSaaSビジネスなど、ユーザーの資産や学習コストが重要な領域では、この考え方が有効でしょう。
ビジネスパーソンが学べる5つのポイント
今回の任天堂の決算から、あなたのビジネスに活かせる戦略的な学びを5つにまとめます。
学び1:製品ライフサイクルに応じて最適化すべき指標を変える
新製品投入期は市場シェアとユーザー獲得を最優先し、短期的な利益率の低下は許容する。成熟期に入ってから利益率の最大化にシフトする。四半期ごとの利益率に一喜一憂するのではなく、製品のライフサイクル全体で収益を最大化する視点を持つことが重要です。
学び2:市場を制するための初期投資は惜しまない
新製品の認知度を短期間で高め、市場での存在感を確立するには、積極的な広告投資が不可欠。ただし、売上の伸びが投資の伸びを上回ることが前提条件。ROIを測定しながら、戦略的に投資判断を行う必要があります。
学び3:後方互換性による移行コストの低減
新製品への移行を促進するには、ユーザーの既存資産(データ、学習コスト、過去の投資)を守る設計が重要。完全な新規プラットフォームへの移行よりも、段階的な移行を可能にする方がユーザーの抵抗感が少ないです。
学び4:新旧製品の並行販売による収益最大化
新製品投入後も、旧製品を完全に切り捨てるのではなく、並行販売することで幅広い顧客層をカバーし、全体の売上を最大化できます。価格帯や機能の異なる製品ラインナップを維持することで、市場のセグメント全体に対応できます。
学び5:長期的な収益基盤の構築を優先する
ゲーム機ビジネスのような「レイザー&ブレード」モデルでは、まず基盤となるハードウェアを普及させ、その後ソフトウェアで長期的に収益を積み上げる。これは、SaaSビジネスにおける「まず顧客を獲得し、その後アップセル・クロスセルで収益を拡大する」戦略と本質的に同じです。
まとめ:任天堂の決算から読み解く成長戦略のエッセンス
任天堂の2026年3月期第2四半期決算は、新製品投入期における「攻めの戦略」の教科書とも言える内容でした。短期的な利益率を犠牲にしてでも市場シェアを獲得し、長期的な収益基盤を構築する判断は、多くのビジネスパーソンにとって参考になるはずです。
最後に、今回の決算から得られるkey takeawaysをまとめます。
重要なポイント
- 製品ライフサイクルのステージによって、最適化すべき指標は変わる。新製品投入期は市場シェアとユーザー獲得を優先し、利益率の一時的な低下は戦略的に許容すべきである。
- 市場を制するための広告投資は惜しまない。ただし、売上の伸びが投資の伸びを上回ることを確認しながら、戦略的に投資判断を行うことが重要である。
- 新製品への移行を促進するには、ユーザーの既存資産を守る設計(後方互換性、アップグレードパスなど)が効果的である。完全な新規プラットフォームへの移行よりも、段階的な移行の方がユーザーの抵抗感が少ない。
- 新旧製品の並行販売により、幅広い顧客層をカバーし、全体の売上を最大化できる。価格帯や機能の異なる製品ラインナップを維持することで、市場のセグメント全体に対応可能となる。
- 短期的な収益よりも、長期的な収益基盤の構築を優先する。「レイザー&ブレード」モデルのように、まず基盤を普及させ、その後継続的に収益を積み上げる戦略は、様々なビジネスモデルに応用できる。
あなたが新製品の投入を検討しているなら、あるいは既存製品のリニューアルを計画しているなら、任天堂のこの決算から学べることは多いはずです。四半期ごとの数字に一喜一憂するのではなく、製品のライフサイクル全体を見据えた戦略的判断を心がけてみてください。
【参考文献・データソース】


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