はじめに
2025年10月、高市早苗氏が第104代内閣総理大臣に就任しました。高市総理が掲げる「責任ある積極財政」というキーワードが連日メディアで取り上げられていますが、正直なところ「積極財政って何?」「緊縮財政との違いは?」「自分のビジネスにどう関係するの?」と感じている方も多いのではないでしょうか。
マーケティングや事業開発に携わる皆さんにとって、政府の経済政策は決して他人事ではありません。財政政策の方向性によって、消費者の購買意欲、企業の投資姿勢、そして市場全体の雰囲気が大きく変わります。しかし、経済や財政の話は専門用語が多く、なかなか理解しづらいのも事実です。
本記事では、経済学の予備知識がない方でも理解できるように、積極財政と緊縮財政の違いから、高市政権の政策内容、そしてビジネスへの具体的な影響まで、できるだけわかりやすく解説していきます。明日から使える知識として、ぜひ最後までお付き合いください。
そもそも「財政政策」って何?家計との違いを理解しよう
財政政策を理解する前に、まず「国の財政」と「家計」の違いを押さえておきましょう。多くの方が財政を理解しにくい理由は、家計の感覚で国の財政を考えてしまうからです。
家計の場合、収入(給料)は基本的に固定されていて、支出を抑えることが健全な家計管理とされます。しかし、国の財政は全く異なります。国が支出を増やせば、その お金が企業や個人に渡り、経済活動が活発になります。すると企業の売上が増え、給料が上がり、結果として税収も増えるという好循環が生まれる可能性があるのです。
つまり、国の財政では「支出を増やすことで収入も増やせる」という、家計とは真逆の論理が成り立つ場合があります。これが財政政策を理解する上での最初のポイントです。
積極財政と緊縮財政:2つの考え方を徹底比較
それでは、積極財政と緊縮財政の違いを見ていきましょう。これらは経済政策における2つの対照的なアプローチです。
| 項目 | 積極財政 | 緊縮財政 |
|---|---|---|
| 基本的な考え方 | 政府が積極的にお金を使って経済を活性化させる | 政府の支出を抑えて財政を健全化させる |
| 重視するもの | 経済成長、雇用創出、景気刺激 | 財政健全化、債務削減、収支バランス |
| 具体的な政策 | 公共事業の拡大、減税、補助金の増額 | 歳出削減、増税、公共サービスの縮小 |
| 赤字国債 | 必要に応じて発行を許容 | できる限り発行を抑制 |
| 適している状況 | 景気が悪い時、デフレの時、成長が停滞している時 | 景気が過熱している時、インフレの時 |
| 短期的な影響 | 景気が良くなる、雇用が増える | 景気が冷える、失業が増える可能性 |
| 長期的なリスク | 財政赤字の拡大、国債残高の増加 | 経済成長の鈍化、社会インフラの劣化 |
積極財政をもう少し詳しく
積極財政とは、政府が「財布の紐を緩めて」積極的にお金を使うことで、経済全体を活性化させようとする政策です。例えるなら、不景気で客足が遠のいている商店街に、行政が大規模なイベントを開催して人を呼び込むようなイメージです。
具体的には以下のような政策が含まれます。
公共投資の拡大: 道路、橋、空港などのインフラ整備に予算を投じることで、建設会社に仕事が生まれ、そこで働く人々の給料が支払われ、その人たちが消費をすることで経済が回り始めます。
減税: 企業や個人の税金を減らすことで、企業は設備投資や賃上げに回せるお金が増え、個人は消費に使えるお金が増えます。
補助金・助成金: 特定の産業や技術開発に補助金を出すことで、新しい産業の育成や技術革新を促進します。
緊縮財政をもう少し詳しく
一方、緊縮財政とは、政府が「財布の紐を締めて」支出を抑え、財政の健全化を優先する政策です。家計で言えば、借金を減らすために生活費を切り詰めるイメージに近いです。
具体的には以下のような政策が含まれます。
歳出削減: 公共事業の縮小、公務員の削減、社会保障費の抑制など、政府の支出を全般的に減らします。
増税: 消費税や所得税を引き上げることで、税収を増やして財政赤字を減らそうとします。
民営化: 国や自治体が運営していた事業を民間企業に売却することで、政府の負担を減らします。
高市内閣の「責任ある積極財政」とは何か
さて、高市総理が掲げる「責任ある積極財政」とは、具体的にどのような政策なのでしょうか。この言葉には「積極財政」と「責任ある」という2つの要素が組み合わされています。
「責任ある」という言葉の意味
従来の積極財政への批判として、「財政規律が失われる」「将来世代にツケを回す」といった指摘がありました。高市総理はこうした懸念に配慮して、単なるバラマキではなく、経済成長につながる戦略的な財政出動を行うという意味で「責任ある」という言葉を加えています。
所信表明演説では、「国民の所得増に向け『責任ある積極財政』の考えの下、戦略的に財政出動を行う」と述べ、積極財政で所得を増やし、消費マインドを改善し、事業収益が上がり、税率を上げなくても税収を増加させるという好循環を目指すと説明しています。
高市内閣の具体的な政策
高市内閣が打ち出している主な政策を整理すると、以下のようになります。
| 政策分野 | 具体的な施策 | 期待される効果 | 予算規模・影響 |
|---|---|---|---|
| 物価高対策 | ガソリン税・軽油引取税の暫定税率廃止 | ガソリン価格が1リットルあたり約25円下がる | 年間約1.5兆円の減収 |
| 賃上げ支援 | 赤字企業への賃上げ支援(助成金など) | 中小企業も賃上げに参加できる環境整備 | 詳細は今後発表 |
| 成長投資 | 半導体、AI、ペロブスカイト・全固体電池などの経済安全保障分野への投資 | 日本の産業競争力強化 | 大規模な予算措置を検討 |
| 社会保障 | 給付付き税額控除の検討 | 低所得者層への支援強化 | 制度設計中 |
| 教育 | 高校授業料と給食費の無償化 | 子育て世帯の負担軽減 | 計7000億円規模 |
歴史から学ぶ:積極財政と緊縮財政の成功例と失敗例
理論だけでなく、実際にどのような結果をもたらしたのか、歴史的な事例を見てみましょう。
積極財政の成功例:アメリカのニューディール政策
1930年代の大恐慌時、アメリカのルーズベルト大統領が実施した「ニューディール政策」は、積極財政の代表例です。大規模な公共事業プログラムを実施し、失業者に仕事を提供しました。ダムや道路、公共施設の建設により、雇用が創出され、経済が徐々に回復していきました。
この政策から学べるのは、深刻な不況時には政府が積極的に介入することで、経済の底割れを防げるということです。
積極財政の課題例:日本のバブル崩壊後
1990年代のバブル崩壊後、日本政府は何度も大型の公共事業を実施しましたが、期待されたほどの経済回復には至りませんでした。これは「無駄な公共事業」と批判されることもあります。
ただし、これは積極財政そのものの失敗というより、景気回復に必要な金額に対して規模が小さかった、あるいは消費税増税などで同時にブレーキも踏んでしまったことが要因と分析する経済学者もいます。
緊縮財政の失敗例:ギリシャ危機後のEU
2010年代のギリシャ危機後、EUは厳しい緊縮財政をギリシャに求めました。しかし、急激な歳出削減と増税は経済をさらに悪化させ、失業率が25%を超える事態を招きました。景気が悪い時に緊縮財政を行うと、経済がさらに冷え込むという典型例です。
日本の消費税増税の影響
日本でも、1997年の消費税5%への引き上げ、2014年の8%への引き上げ、2019年の10%への引き上げの度に、個人消費が落ち込み、景気が悪化しました。特に1997年の増税後は、長期的なデフレの入り口となったとも言われています。
この歴史から学べるのは、経済状況によって適切な政策は異なるということです。景気が悪い時には積極財政、景気が過熱している時には緊縮財政という使い分けが重要なのです。
ビジネスパーソンとして知っておくべき影響
それでは、積極財政と緊縮財政が、実際のビジネスにどのような影響を与えるのでしょうか。マーケティングや事業運営の観点から見ていきましょう。
消費者行動への影響
財政政策は、消費者の「財布の紐」に直接影響します。
| 状況 | 消費者心理 | 購買行動への影響 | マーケティング戦略 |
|---|---|---|---|
| 積極財政実施時 | 将来への期待感が高まる、雇用が安定する | 高額商品への購買意欲が高まる、買い控えが減る | 新商品投入、プレミアム商品の訴求強化 |
| 補助金・減税実施時 | 可処分所得が増える | 日常的な消費が活発化 | セール施策、ボリューム商品の展開 |
| 緊縮財政実施時 | 将来不安が高まる | 節約志向が強まる、必需品以外は控える | 価格訴求、コストパフォーマンスの強調 |
| 増税時 | 駆け込み需要→反動減 | 増税前は買いだめ、増税後は買い控え | 増税前のキャンペーン、増税後のサポート施策 |
例えば、高市内閣のガソリン税減税が実現すれば、ガソリン代が下がることで車を使う人の可処分所得が増えます。その分、他の商品やサービスへの支出に回る可能性があります。ドライブ関連のレジャー産業、ロードサイドの飲食店などにはプラスの影響が期待できるでしょう。
企業の投資判断への影響
財政政策は、企業の投資意欲にも大きく影響します。
積極財政下での企業行動: 政府が成長分野への投資を増やすと発表すれば、その分野の企業は将来の需要拡大を見込んで設備投資を増やします。高市内閣が重視している半導体やAI分野では、関連企業の投資意欲が高まることが予想されます。
また、賃上げ支援策が充実すれば、これまで躊躇していた企業も従業員の給与を上げやすくなります。従業員の士気が上がり、採用もしやすくなるという好循環が生まれます。
緊縮財政下での企業行動: 逆に、政府が歳出削減を進めると、公共事業が減少し、特に建設業界などは受注が減ります。また、将来の増税を見越して、企業は防衛的な姿勢になり、新規投資を控える傾向が強まります。
BtoB企業への影響
BtoB企業、特に官公庁や大企業と取引がある企業にとって、財政政策は死活問題です。
積極財政下では公共事業が増えるため、建設、ITシステム、コンサルティングなど、官公庁向けのビジネスが拡大します。また、企業の設備投資が活発になれば、製造装置、業務システム、オフィス関連商材などのBtoB商材の需要も高まります。
新規事業・スタートアップへの影響
積極財政は、新規事業やスタートアップにとっても重要です。政府が成長分野への補助金や助成金を増やせば、リスクの高い新技術開発やビジネスモデルの実験がしやすくなります。
高市内閣が掲げる半導体、AI、経済安全保障分野への投資強化は、これらの領域でのスタートアップの資金調達環境を改善する可能性があります。
注意すべきポイントとリスク
最後に、積極財政に関して注意すべきポイントやリスクについても触れておきます。ビジネスの意思決定において、メリットだけでなくリスクも理解しておくことが重要です。
財政赤字の拡大リスク
積極財政の最大の懸念は、財政赤字の拡大です。日本の政府債務残高は既にGDP比で260%を超えており、先進国の中で最悪の水準です。さらに赤字国債を発行し続けると、将来的に財政が持続不可能になるリスクがあります。
ただし、高市総理は「債務残高の対GDP比を緩やかに下げていく」という方針も示しており、無制限に借金を増やすわけではないことを強調しています。名目経済成長率が国債金利を上回る状況を維持できれば、債務残高の対GDP比は自然に安定するという理論に基づいています。
インフレ加速のリスク
積極財政によって需要が供給を大きく上回ると、物価が急上昇する可能性があります。高市総理の政策に対して「インフレを加速させるのではないか」という指摘もありますが、総理は「家計支援と供給力投資を同時に行うことで、賃金主導の緩やかなインフレに移行させる」と説明しています。
つまり、需要を増やすだけでなく、供給力(企業の生産能力)も同時に強化することで、急激なインフレを避けるという戦略です。
政策の継続性リスク
日本の政治は総理大臣の交代が頻繁で、経済政策の継続性に課題があります。実際、石破前総理は約1年で退任しました。高市内閣も少数与党であり、政権の安定性には不確実性があります。
ビジネスの中長期計画を立てる際には、政権交代による政策変更の可能性も織り込んでおく必要があります。
効果が出るまでのタイムラグ
財政政策は実施してもすぐに効果が出るわけではありません。予算が成立してから実際にお金が使われるまでに時間がかかり、それが経済全体に波及するまでにはさらに時間が必要です。
財政政策の発表から実際の消費者行動の変化までのタイムラグを考慮に入れる必要があります。
地域格差の拡大リスク
公共事業は地方に手厚く配分される傾向がありますが、成長産業への投資は大都市圏に集中しがちです。政策によってどの地域が恩恵を受けるかを見極めることが、地域別マーケティング戦略では重要になります。
実務で使える:財政政策チェックリスト
最後に、財政政策の変化を日々のビジネスに活かすための実践的なチェックリストをご紹介します。
| チェック項目 | 確認すべきこと | アクション例 |
|---|---|---|
| 政策発表の確認 | 経済対策、補正予算の内容 | 自社事業に関連する施策がないか確認 |
| 補助金・助成金情報 | 新設される支援制度 | 活用可能な制度に早期申請 |
| 税制改正 | 減税・増税の内容とタイミング | 価格戦略、販促タイミングの見直し |
| 業界への影響 | 自社業界への直接的影響 | 業界団体の情報、競合の動きを注視 |
| 消費者心理の変化 | 景況感調査、消費者信頼感指数 | メッセージング、商品ラインナップの調整 |
| 競合の動き | 競合他社の投資・採用動向 | 自社の投資判断、人材戦略の見直し |
情報収集のコツ
財政政策に関する情報を効率的に収集するには、以下のような情報源を定期的にチェックすることをおすすめします。
首相官邸のウェブサイト: 総理大臣の記者会見や演説の全文が掲載されており、政策の方向性を直接確認できます。
財務省・経済産業省のウェブサイト: 予算案や経済対策の詳細が公表されます。
日本銀行の短観(企業短期経済観測調査): 企業の景況感を把握するのに有効です。
消費者物価指数(CPI)、GDP統計: 経済の実態を数字で確認できます。
経済メディアの解説記事: 複雑な政策を分かりやすく解説してくれます。
まとめ:Key Takeaways
では、本記事の重要ポイントを整理しましょう。
積極財政と緊縮財政の基本理解: 積極財政は政府が積極的にお金を使って経済を活性化させる政策、緊縮財政は支出を抑えて財政を健全化させる政策です。どちらが正しいかではなく、経済状況に応じて使い分けることが重要です。
高市内閣の「責任ある積極財政」: 高市内閣は積極財政を掲げつつも、単なるバラマキではなく、経済成長につながる戦略的な財政出動を目指しています。物価高対策、賃上げ支援、成長分野への投資が三本柱です。
ビジネスへの影響を見極める: 財政政策は消費者の購買行動、企業の投資判断、市場全体の雰囲気に直接影響します。積極財政下では消費意欲が高まり、新商品投入やプレミアム戦略が有効になります。
リスクも理解しておく: 財政赤字の拡大、インフレ加速、政策の継続性などのリスクも存在します。メリットだけでなくリスクも理解した上で、バランスの取れた事業判断を行いましょう。
継続的な情報収集が鍵: 政策は常に変化します。首相官邸や省庁のウェブサイト、経済統計、業界動向を定期的にチェックし、変化にいち早く対応できる体制を整えましょう。
経済政策は一見、自分のビジネスとは遠い世界の話に感じられるかもしれません。しかし、消費者の財布、企業の投資、市場の雰囲気といった、ビジネスの根幹に影響する重要な要素です。
高市内閣の「責任ある積極財政」がどのように展開され、どのような結果をもたらすのか、今後も注意深く見守りながら、自社のビジネス戦略に活かしていってください。政策の変化を機会として捉え、柔軟に対応できる企業が、これからの時代を勝ち抜いていくことでしょう。
参考:首相官邸「令和7年10月21日 高市内閣総理大臣記者会見」

