メルカリが過去最高益を達成の中で存在する課題とは?FY2025通期決算資料から読み解く - 勝手にマーケティング分析
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メルカリが過去最高益を達成の中で存在する課題とは?FY2025通期決算資料から読み解く

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はじめに:この記事で解決できる「マーケターの悩み」

マーケターとして働いていると、こんな悩みに直面することはありませんか?

「自社サービスの成長が鈍化してきた」「新規事業を立ち上げたいけれど、どう差別化すればいいか分からない」「複数の事業を抱えているが、シナジーを生み出せていない」

こうした課題に対して、メルカリの2025年6月期決算は非常に示唆に富んでいます。なぜなら、メルカリは単なるフリマアプリ企業から、マーケットプレイス・金融・海外展開を組み合わせた総合プラットフォーム企業へと進化を遂げており、その過程で多くの戦略的な意思決定を行ってきたからです。

この記事では、メルカリの最新決算資料を徹底的に読み解き、「なぜこのような成果が出たのか」「どんなマーケティング戦略や市場対応があったのか」を、若手マーケターのあなたにも分かりやすく解説していきます。数字の羅列ではなく、その背景にある戦略的な意図や、実際に業務で活かせるマーケティングのヒントを抽出することに重点を置いています。


メルカリFY2025.6の業績サマリー:過去最高益達成の全体像

まず、メルカリグループ全体の業績を見てみましょう。FY2025.6(2024年7月~2025年6月)の連結業績は以下の通りです。

指標FY2025.6実績FY2024.6実績前年比当初予想
売上収益1,926億円1,874億円+3%2,000-2,100億円
コア営業利益275億円188億円+46%220-250億円

売上収益は当初の目標には届かなかったものの、前年比で成長を続けており、何より注目すべきはコア営業利益です。188億円から275億円へと46%も増加し、過去最高益を達成しました。これは当初予想の上限(250億円)も上回る結果です。

つまり、メルカリは「売上の伸びは緩やかだったが、収益性を大幅に改善した年」だったと言えます。では、この収益性改善はどのように実現されたのでしょうか?

事業セグメント別に見ると、次のような構造になっています。

事業主な動きコア営業利益
Marketplace(国内フリマ)GMV成長率+4%、メルカリハロ投資継続約305億円(ハロ除く)
Fintech(メルペイ)メルカード500万枚突破、債権残高+32%45億円
US(米国事業)初の通期黒字化達成9億円

この表から分かるのは、メルカリの収益構造が多様化してきたということです。かつてはMarketplace一本足打法だったメルカリが、今やFintechという「第2の柱」を育て、さらに長年赤字だったUS事業も黒字化させることに成功しています。


マーケティング観点での注目点①:「グループシナジー」という成長エンジンの作り方

メルカリの成長を理解する上で最も重要なキーワードが「グループシナジー」です。これは単なる企業スローガンではなく、実際に数字として現れている戦略的な成果です。

シナジーとは何か?メルカリの場合で考える

シナジーとは、複数の事業が相互に影響し合うことで、単独で運営するよりも大きな価値を生み出す効果のことです。メルカリの場合、次のような連鎖が起きています。

graph LR A[メルカリでの<br/>売買体験] --> B[売上金が<br/>メルペイに蓄積] B --> C[メルカードの<br/>利用促進] C --> D[メルカリでの<br/>購入増加] D --> A A --> E[越境取引で<br/>海外販売] E --> F[出品商品の<br/>価値向上] F --> A

このサイクルの強さは、具体的な数字にも表れています。メルカリの本人確認済みユーザーは約1,800万人おり、この巨大な顧客基盤がメルペイやメルカードの成長を支えています。メルカードの発行枚数は2025年6月末時点で500万枚を突破し、わずか数年でクレジットカード市場において無視できない存在になりました。

なぜシナジーが機能するのか?3つの理由

メルカリのシナジー戦略が機能している理由は、次の3点に集約されます。

第一に、ユーザーの行動データを活用した精緻な与信モデルの構築です。メルカリでの取引履歴は、その人の信用力を測る重要な指標になります。フリマアプリで継続的に商品を出品し、誠実に取引している人は、一般的な信用スコアでは測れない「信頼性」を持っています。メルペイはこのデータを活用することで、従来の金融機関では審査に通らなかった層にも金融サービスを提供できるようになりました。決算資料によれば、メルペイスマート払いの11か月回収率は99.3%と非常に高い水準を維持しており、この与信モデルの精度の高さを証明しています。

第二に、顧客の生涯価値(LTV)を最大化する仕組みの確立です。一度メルカリで取引を始めたユーザーは、売上金をメルペイで使い、さらにメルカードを持つことで、メルカリエコシステム内での活動が増えていきます。これにより、一人の顧客から得られる収益が時間とともに増加していく構造が作られています。

第三に、各事業が互いに補完し合う関係性の構築です。例えば、メルカリでの購入にメルカードを使うとポイント還元率が高くなる仕組みや、メルペイ残高をメルカリでの買い物に使える利便性など、ユーザーにとって「メルカリエコシステム内で完結させる方がお得」という設計になっています。

越境取引という新たなシナジー源

2025年6月期に特に注目すべき動きが、越境取引の急成長です。過去3年間で越境取引のGMV(流通取引総額)は約15倍に成長し、FY2025.6には900億円に達しました。FY2027.6の目標も設定されており、今後さらなる成長が見込まれています。

越境取引が生み出すシナジーは独特です。なぜなら、国内では需要が限られているニッチな商品(例えば、日本のアニメグッズやフィギュア)が、海外では高値で取引されることがあるからです。決算資料によれば、越境取引の約6割を「おもちゃ・フィギュア・グッズ」が占めており、日本発のエンタメホビーカテゴリーの世界市場規模は2023年時点で約17兆円に達しています。

これにより、出品者にとっては「メルカリに出品すれば世界中のバイヤーに届く可能性がある」という新たな価値が生まれ、出品インセンティブが高まります。購入者にとっては「日本でしか手に入らない商品を購入できる」という独自の価値提案になります。


マーケティング観点での注目点②:AI-Native Companyへの進化がもたらす競争優位性

メルカリのもう一つの大きな戦略転換が、「AI-Native Company」への進化です。これは単にAIツールを導入するという話ではなく、組織全体の働き方とプロダクト開発の根本を変える取り組みです。

100名規模のAI Task Forceが示す本気度

メルカリは2024年から100名規模のAI Task Forceを発足させました。これは全社員の約3%にあたる規模であり、単なるプロジェクトチームではなく、組織変革の推進部隊と言えます。

この取り組みの成果は、既に具体的な数字として現れています。

指標数値意味
従業員のAIツール利用率95%ほぼ全社員がAIを日常業務に活用
コード生成のAI作成比率70%プロダクト開発の7割がAI支援
エンジニア1人あたり開発量YoY+64%生産性が大幅に向上

特に注目すべきは、エンジニア1人あたりの開発量が前年比64%も増加している点です。これは単に「コードを早く書けるようになった」という話ではなく、同じ人数でより多くの機能開発や改善が可能になったことを意味します。

プロダクト変革:AIで実現する「誰でも使いやすいサービス」

AI活用はプロダクト面でも大きな変化をもたらしています。特に「出品体験の簡便化」と「探索体験の向上」という2つの領域で顕著です。

出品体験の簡便化では、「AI出品サポート」機能が提供されています。これは商品写真を撮影してカテゴリーを選ぶだけで、商品説明文や適正価格が自動生成される機能です。フリマアプリの最大の障壁は「出品が面倒くさい」という心理的ハードルですが、AIがこれを大幅に下げることで、より多くのユーザーが気軽に出品できるようになります。

探索体験の向上では、AIを活用した探索横断型の購入体験を推進しています。これは従来の「検索窓にキーワードを入力して探す」という体験から、「ユーザーの興味関心に基づいて商品をレコメンドする」という体験への転換を意味します。ユーザーが意識していなかった潜在的なニーズを掘り起こすことで、購買意欲を刺激する仕組みです。

組織改革:2025年12月までの業務プロセス再構築

メルカリはAI-Native化を単なるツール導入で終わらせず、業務プロセス全体の再設計に取り組んでいます。決算資料によれば、2025年12月までに全業務プロセスの棚卸しとAI導入計画を完了させ、AIを前提とした業務プロセスへの再構築を完了する予定です。

これは非常に野心的な目標です。なぜなら、多くの企業がAI導入で失敗するのは「既存の業務プロセスにAIを無理やり組み込もうとする」からです。メルカリは逆に、「AIを前提とした業務プロセスとは何か」から考え直し、組織全体を作り変えようとしています。


マーケティング観点での注目点③:安心・安全への投資がブランド価値を高める理由

フリマアプリやC2Cプラットフォームにとって、「安心・安全」は事業の根幹に関わる重要なテーマです。メルカリは2025年6月期を通じて、この領域への投資を大幅に強化しました。

不正利用対策の徹底:AIによる監視システムの導入

メルカリは不正利用者の徹底排除を進めるため、AI監視システムを導入しました。これは不正利用者の検知・スコア化を行い、アカウント制限や法的措置を実施する仕組みです。

短期的には、この取り組みがGMV(流通取引総額)成長率の鈍化要因の一つになったことも決算資料で認めています。つまり、「不正利用者を排除したことで、見かけ上の取引量は減った」ということです。しかし、これは長期的なブランド価値向上のために必要な投資だとメルカリは判断しました。

メルカリ鑑定センターの新設:偽ブランド品撲滅への本気度

2025年には「メルカリ鑑定センター」を新設し、偽ブランド品の撲滅を強化しています。これにより、高単価商材の購入に対する心理的ハードルが下がり、ブランドバッグや時計などの高額商品の取引が促進されることが期待されます。

一般的に、フリマアプリで高額商品を購入する際、「本物かどうか」という不安が最大の障壁になります。鑑定サービスを提供することで、この不安を取り除き、より高単価な商品の流通を促進できます。高単価商品は手数料収入も大きいため、収益性の向上にも寄与します。

全額保証サポート:トラブル時の安心感

メルカリはトラブル発生時に全額保証サポートを実施しています。これは「何かあってもメルカリが保証してくれる」という安心感を提供し、特に初めてフリマアプリを使う層の不安を解消する効果があります。

こうした安心・安全への投資は、短期的にはコスト増加要因ですが、長期的には次のような効果をもたらします。

  1. 既存ユーザーの継続率向上:安心して使えるプラットフォームであることが認知されれば、ユーザーの離脱が減る
  2. 新規ユーザーの獲得:口コミやレビューで「安全に使える」と評価されれば、新規ユーザーが増える
  3. 高単価商品の流通増加:鑑定サービスにより、これまで取引されなかった高額商品が流通し始める
  4. ブランド価値の向上:「メルカリなら安心」というブランドイメージが強化される

メルカリの各事業戦略を深掘り:なぜこの施策を選んだのか

ここからは、メルカリの主要3事業(Marketplace、Fintech、US)それぞれの戦略を、マーケティング的な視点で深掘りしていきます。

Marketplace事業:成長率鈍化をどう乗り越えるか

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Marketplace事業のGMV(総取引額)成長率は前年比4%にとどまり、当初目標の「YoY+10%前後」には届きませんでした。この背景には2つの要因があります。

第一に、不正利用対策の強化です。先ほど述べた通り、メルカリは不正利用者の徹底排除を進めました。これにより、見かけ上の取引量は減少しましたが、健全なユーザーによる取引の質は向上しています。

第二に、国内市場の成熟化です。メルカリの月間アクティブユーザー(MAU)は約2,300万人に達しており、日本の人口を考えると既にかなりの普及率です。国内市場だけで大きな成長を続けるのは難しくなってきています。

この状況に対して、メルカリは3つの打ち手を講じています。

一つ目が越境取引の強化です。前述の通り、越境GMVは過去3年で15倍に成長し、900億円規模に達しました。メルカリは台湾と香港で自社越境取引を開始し、現地の言語や通貨表示に対応した購入体験を提供しています。日本発のエンタメホビーカテゴリーの世界市場は約17兆円と巨大であり、メルカリが取り込める余地はまだまだあります。

二つ目がBtoC(事業者出品)の強化です。従来、メルカリは個人間取引(CtoC)が中心でしたが、事業者による出品も受け入れることで、商品の供給を増やし、ユーザーにとっての商品選択肢を広げています。事業者は在庫を抱えているため、継続的に商品を供給できるというメリットがあります。

三つ目がプロダクトのコア体験強化です。AIを活用した出品サポートや探索体験の向上により、「出品しやすく、欲しいものが見つかりやすい」プラットフォームへと進化させています。

メルカリハロ(スポットワーク):新規事業の育て方

Screenshot

メルカリハロは2024年4月から手数料徴収を開始した比較的新しい事業です。スポットワーク(単発のアルバイト)市場に参入し、クルー(働き手)とパートナー(企業)をマッチングするサービスです。

この事業は現在、Marketplace全体の収益性を押し下げる要因になっています(ハロを除くとMarketplaceのコア営業利益率は43%ですが、ハロを含めると38%に低下)。しかし、メルカリはこの事業を重要な成長領域と位置づけ、投資を続けています。

その理由は何でしょうか?決算資料から読み取れるのは、次の3点です。

第一に、メルカリの顧客基盤との親和性です。メルカリで不用品を売って収入を得ているユーザー層は、スポットワークにも関心が高い可能性があります。「すきま時間で収入を得たい」というニーズは共通しているからです。

第二に、労働市場の構造変化です。日本では人手不足が深刻化しており、特に小売業や飲食業では短期的な労働力確保が課題になっています。スポットワーク市場は今後も拡大が見込まれます。

第三に、差別化の余地です。メルカリは「スポットワーク初心者でも使いやすいUI/UX」を設計し、多様な潜在層をアクティブ化することを目指しています。また、生成AIを活用した求人掲載の負担軽減など、他社との差別化要素を持っています。

メルカリは約1年間の手数料無料キャンペーンを経て、2024年4月から手数料徴収を開始しました。この間にクルー登録者数とパートナー拠点数を大きく伸ばし、ネットワーク効果の基盤を構築しました。今後は効率的な投資と収益化のバランスを取りながら、成長を目指す段階に入っています。

Fintech事業:「第2の柱」としての地位確立

Fintech事業はメルカリグループにおいて「第2の収益の柱」として明確に位置づけられています。FY2025.6のコア営業利益は45億円で、前年の7億円から大幅に増加しました(YoY+479%)。

この急成長を支えているのが、メルカードを軸としたCredit(与信)ビジネスです。メルカードの発行枚数は500万枚を突破し、債権残高も前年比32%増の2,481億円に達しています。

メルカードの成功要因は何でしょうか?いくつかの戦略的な差別化ポイントがあります。

まず、メルカリとの連携による高いポイント還元率です。メルカリでの買い物にメルカードを使うと、通常よりも高い還元率が適用されます。メルカリユーザーにとっては「メルカードを持つ方が得」という明確なインセンティブになります。

次に、独自の与信モデルによる審査基準です。メルカリでの取引履歴を与信判断に活用することで、従来のクレジットカードでは審査に通らなかった層にもカードを発行できます。決算資料によれば、11か月回収率は99.3%と高水準を維持しており、この与信モデルの精度の高さが証明されています。

さらに、2025年3月には「メルカードゴールド」を提供開始しました。これは与信上限が高く、外部決済でのインセンティブを強めたカードで、メインカード化を促進する狙いがあります。また、2025年6月からはメルカリ以外の支払いでも分割払いを利用できるようになり、利用シーンを拡大しています。

Fintech事業の今後の成長ドライバーは3つです。

  1. メルカード会員の継続的な増加:本人確認済みユーザー1,800万人を中心とした獲得施策
  2. 一人当たり利用額の増加:メインカード化とゴールドカードへの転換促進
  3. パートナーシップの活用:外部企業との提携による機能拡張(例:メルコインとコインチェックの提携による暗号資産取引の拡大)

US事業:ターンアラウンドの成功と今後の課題

US事業は長年赤字が続いていましたが、FY2025.6に初めて通期黒字化を達成しました(コア営業利益9億円)。これは非常に大きなマイルストーンです。

何がターンアラウンドを可能にしたのでしょうか?決算資料から読み取れる転換点は2024年12月です。この時期、メルカリグループCEOの山田進太郎氏がUS CEOも兼任する体制に移行し、プロダクトのコア体験強化へフォーカスする戦略に転換しました。

具体的には、以下の施策を実施しています。

手数料モデルの変更:従来は販売者が手数料を負担していましたが、購入者が手数料を負担するモデルに変更しました。さらに、手数料を10%の定率にすることでシンプル化し、最終的には出品者が販売手数料10%、購入者がバイヤープロテクション手数料3.6%を負担するモデルに落ち着きました。

不正利用対策の強化:AIを活用した不正利用者の検知と排除を進めました。これにより、健全なユーザーが安心して取引できる環境を整備しました。

マーケティング費用の効率化と固定費の見直し:ユニットエコノミクス(顧客1人あたりの経済性)を改善し、無駄なコストを削減しました。

その結果、GMV成長率のトレンドが反転し、FY2025.6 4QにはGMV YoY成長率がプラスに転じました。コスト構造も大幅に改善し、ブレイクイーブンを達成しています。

ただし、US事業には依然として課題があります。通期のGMVは前年比17%減と大きく縮小しており、成長軌道への完全な復帰にはまだまだ時間がかかりそうです。

FY2026.6の方針は「ブレイクイーブンを維持しつつ、通期でのGMV YoYプラス成長を目指す」ことです。そのために、次の2つの戦略を掲げています。

カテゴリー戦略による差別化:GMV比率が最も高いファッションカテゴリーに注力し、競争力のある配送プランの提供やファッション交換プログラムのPOC(概念実証)を実施します。ファッション分野で独自のポジションを確立した後、他カテゴリーへ展開する段階的なアプローチです。

プロダクトのコア体験強化:AIを活用したUI/UXのアップデートや不正対策の継続的な改善により、使いやすさと安全性を両立させます。


メルカリの改善点・課題:成長を持続するために解決すべきこと

ここまでメルカリの成功要因や戦略を見てきましたが、客観的に見た場合の改善点や課題も整理しておく必要があります。

課題①:Marketplace国内成長の鈍化

最大の課題は、主力事業であるMarketplace(国内フリマ)の成長率鈍化です。GMV成長率は前年比4%にとどまり、当初目標の10%前後には遠く及びませんでした。

なぜ成長が鈍化しているのでしょうか?いくつかの構造的な要因が考えられます。

まず、市場の成熟化です。MAU約2,300万人という規模は、日本のインターネット人口を考えると既に高い普及率に達しています。「フリマアプリを使ったことがない人」を新たに獲得するのは、以前よりも難しくなっています。

次に、出品インセンティブの低下です。多くの人は一度「家にある不用品」を出品し尽くすと、継続的に出品するモチベーションが下がります。定期的に出品し続けるパワーセラーを育成するか、新たな出品動機を創出する必要があります。

さらに、競合の台頭です。Yahoo!フリマ(旧PayPayフリマ)など競合サービスも進化しており、市場シェアを巡る競争が激化しています。

メルカリはこの課題にどう対処しようとしているのでしょうか?決算資料から読み取れる対処策は主に3つです。

一つ目は越境取引による市場拡大です。国内市場が成熟しているなら、海外市場を取り込むことで成長余地を確保します。越境GMVは既に900億円規模に成長しており、今後さらなる拡大が見込まれます。

二つ目はBtoC(事業者出品)の強化です。事業者は在庫を持っているため、継続的に商品を供給できます。これにより、プラットフォーム全体の商品供給量を増やし、購入体験を向上させます。

三つ目はAIによる出品体験の簡便化です。出品のハードルを下げることで、「たまにしか出品しない層」や「これまで出品したことがない層」を活性化します。

課題②:US事業の成長性への疑問

US事業は黒字化を達成したものの、GMVは前年比17%減と大きく縮小しています。黒字化は主にコスト削減によって実現されており、トップラインの成長という観点ではまだ道半ばです。

米国のC2Cマーケット(個人間取引市場)は非常に競争が激しい市場です。eBay、Poshmark、Depop、Facebook Marketplaceなど、多くの競合がひしめいています。この中でメルカリがどのように差別化し、成長を取り戻すかが課題です。

メルカリの戦略は「カテゴリー戦略による差別化」、つまり特定カテゴリーに絞って強みを作るアプローチです。具体的にはファッションカテゴリーに注力し、競争力のある配送プランや独自のサービス(ファッション交換プログラムなど)を提供することで、ニッチなポジションを確立しようとしています。

この戦略が成功するかどうかは、今後1~2年の動向を見る必要があります。ファッション特化型のPoshmarkやDepopという強力な競合が既に存在する中で、どこまで差別化できるかが鍵になります。

課題③:メルカリハロの収益化

メルカリハロ(スポットワーク)は成長が期待される新規事業ですが、現時点ではMarketplace全体の利益率を押し下げる要因になっています。手数料徴収を開始したばかりであり、本格的な収益化はこれからです。

スポットワーク市場は競争が激しく、タイミーなど先行企業が既に強固なポジションを築いています。メルカリハロが差別化できるポイントは何でしょうか?

決算資料から読み取れる差別化要素は2つあります。一つはメルカリの顧客基盤の活用です。メルカリユーザーは既に「すきま時間で収入を得る」という行動に慣れているため、スポットワークへの親和性が高い可能性があります。

もう一つはUI/UXの使いやすさです。メルカリは「スポットワーク初心者でも使いやすい」体験設計を重視しており、これまでスポットワークサービスを使ったことがない層の取り込みを狙っています。

ただし、この差別化が本当に競争優位性につながるかは不透明です。タイミーも使いやすさを追求しており、メルカリだけの強みとは言い切れません。UIUXはどこも謳いがちであり、差別化ではなく、市場で生き残るために必須の要素となっています。今後、どこまで規模を拡大できるか、そして収益性を確保できるかが試金石になります。

課題④:Fintech事業の持続的成長の不確実性

Fintech事業は現在、急成長していますが、この成長がいつまで続くかは不透明です。

メルカードの発行枚数500万枚は確かに大きな成果ですが、これはメルカリの本人確認済みユーザー1,800万人という巨大な顧客基盤があってこそ実現できた数字です。つまり、既存のメルカリユーザーへの浸透が進んだ結果とも言えます。

今後、さらなる成長を実現するには、次のいずれかが必要になります。

  1. メルカリユーザーへの浸透率をさらに高める(メルカード保有率を現在の約28%からさらに引き上げる)
  2. メルカリユーザー以外にもメルカードを普及させる(メルカリを使っていない人にもメルカードを持ってもらう)
  3. 一人当たりの利用額を増やす(メインカード化やゴールドカードへの転換を促進)

このうち、1番目は既に高い水準に達しているため、さらなる引き上げは難しくなっていくでしょう。2番目は可能性がありますが、メルカリとの連携というユニークな価値提案が弱まるため、他のクレジットカードとの競争が激しくなります。3番目が最も現実的な戦略ですが、これも限界があります。

つまり、Fintech事業の成長も、いずれは鈍化する可能性があります。その時にメルカリが「第3の柱」をどう育てるかが、長期的な成長の鍵になるでしょう。


今後も継続的に成長する余地はあるのか?その理由

これまで課題を指摘してきましたが、それでもメルカリには継続的な成長余地があると考えられます。その理由を3つの観点から説明します。

理由①:越境取引という巨大な成長機会

メルカリが取り組んでいる越境取引は、まだ初期段階であり、大きな成長ポテンシャルを秘めています。

決算資料によれば、エンタメホビーカテゴリーの世界市場規模は約17兆円に達しており、その中で日本IP(アニメ、ゲーム、フィギュアなど)のシェアは約24%を占めています。つまり、約4兆円規模の「日本発エンタメホビー」市場が世界に存在するということです。

メルカリの越境GMVは現在900億円ですから、この市場のわずか2%程度しか取り込めていません。今後、展開国を増やし、UI/UXを改善し、物流体制を整備することで、シェアを5%、10%と拡大できる余地は十分にあります。

しかも、越境取引はメルカリの既存ビジネスモデルとシナジーが高いのが特徴です。出品者は追加の手間なく(メルカリに出品するだけで自動的に海外バイヤーにもリーチする)、購入者は日本でしか手に入らない商品を購入できます。Win-Winの構造が成立しやすいのです。

理由②:AI-Native化による継続的な生産性向上

メルカリのAI-Native化は、単なる一過性の施策ではなく、組織文化そのものを変革する取り組みです。

AIツール利用率95%、コード生成のAI作成比率70%という数字は、既にAIが日常業務に深く組み込まれていることを示しています。これにより、同じ人数でより多くの機能開発や改善が可能になり、競合に対するスピードの優位性が生まれます。

さらに重要なのは、2025年12月までに全業務プロセスをAI前提で再設計するという目標です。これが実現すれば、現在の生産性向上は序章に過ぎず、さらなる飛躍が期待できます。

AI活用は、次のような形で事業成長に寄与します。

  • 出品体験の改善:AI出品サポートにより、出品のハードルが下がり、出品数が増える
  • 探索体験の改善:AIレコメンドにより、ユーザーが欲しい商品に出会いやすくなり、購入率が上がる
  • 不正検知の精度向上:AIによる不正検知により、安心・安全なプラットフォームが実現し、ブランド価値が向上する
  • カスタマーサポートの効率化:AIチャットサポートにより、ユーザーの問題解決が迅速化される

こうした改善が積み重なることで、プラットフォーム全体の競争力が高まり、成長が加速します。

理由③:グループシナジーのさらなる深化

メルカリの最大の強みは、Marketplace、Fintech、USという複数事業が相互にシナジーを生み出している点です。このシナジーはまだ深化の余地があります。

例えば、越境取引とFintechの連携です。海外バイヤーがメルカリで日本の商品を購入する際、決済手段としてメルペイや暗号資産を使えるようになれば、さらに利便性が高まります。メルコインがコインチェックと提携して暗号資産の種類を増やしているのは、この布石かもしれません。

また、メルカリハロとMarketplaceの連携も考えられます。例えば、メルカリで不用品を売って得た収入を元手に、メルカリハロでスポットワークを始める、という流れを作ることができれば、「メルカリエコシステム内で経済活動が完結する」世界観がより強化されます。

さらに、US事業が軌道に乗れば、日本とUSの間での越境取引も活性化する可能性があります。日本からUSへエンタメホビー商品を販売するだけでなく、USから日本へヴィンテージ商品を販売するという双方向の流れが生まれれば、グローバルなマーケットプレイスとしての価値がさらに高まります。

このように、メルカリはまだ「シナジーの可能性」を完全には引き出せていません。今後、各事業の連携が深まることで、新たな価値創出と成長機会が生まれると期待されます。


まとめ:メルカリ決算から学べるマーケティング戦略のKey Takeaways

最後に、この記事で解説したメルカリの決算内容から、マーケターとして学べるポイントを箇条書きで整理します。

グループシナジーの構築方法

  • 単一事業で成長が鈍化した場合、既存顧客基盤を活用して新規事業を立ち上げることで、顧客生涯価値(LTV)を最大化できる。メルカリはフリマアプリの1,800万人のユーザー基盤を活用してメルペイ・メルカードを成長させた。
  • シナジーを生み出すには、各事業が互いに補完し合う設計が重要。メルカリの場合、「売上金がメルペイに蓄積→メルカードで利用→メルカリでの購入増加」という好循環を作っている。

AI活用による競争優位性の確立

  • AIツールを単に導入するだけでなく、組織全体の働き方とプロダクト開発を根本から変えることで、持続的な競争優位性が生まれる。メルカリは従業員の95%がAIツールを利用し、エンジニア1人あたりの開発量が前年比64%増加している。
  • AI活用は「出品体験の簡便化」「探索体験の向上」「不正検知の精度向上」など、顧客体験の向上に直結させることが重要。

安心・安全への投資がブランド価値を高める

  • 短期的にはコスト増加やGMV減少を招いても、不正利用対策や鑑定サービスなど安心・安全への投資は、長期的なブランド価値向上につながる。
  • 特にC2Cやマーケットプレイスビジネスでは、「安心して使える」という信頼感が最大の参入障壁になる。

越境取引による市場拡大の可能性

  • 国内市場が成熟した場合、越境取引は有力な成長戦略になる。ただし、単に海外展開するのではなく、自社の強み(メルカリの場合は日本発のエンタメホビー商品)を活かせる領域に集中することが重要。
  • 越境取引は既存ビジネスとのシナジーが高い形で設計すべき。メルカリの場合、出品者は追加の手間なく海外バイヤーにもリーチできる設計になっている。

新規事業の育て方

  • 新規事業(メルカリハロなど)は短期的には収益性を押し下げる要因になるが、長期的な成長のためには継続的な投資が必要。ただし、明確な差別化ポイントと、既存事業とのシナジーを持たせることが成功の条件。
  • 初期段階では手数料無料などのインセンティブでネットワーク効果の基盤を構築し、一定規模に達してから収益化に転じる段階的なアプローチが有効。

成長率鈍化への対処法

  • 主力事業の成長が鈍化した場合、(1)市場を拡大する(越境取引)、(2)供給を増やす(BtoC強化)、(3)利用ハードルを下げる(AI活用)という3つのアプローチを組み合わせることが有効。
  • ただし、構造的な市場成熟化は避けられないため、第2、第3の収益の柱を早期に育てることが重要。

収益性と成長のバランス

  • メルカリは売上成長率3%と緩やかだったが、コア営業利益は前年比46%増と大幅に改善した。これは「無理に売上を追わず、収益性を重視する」という戦略転換の結果。
  • ただし、中期的には「増益を伴うトップライン成長」を目指すとしており、収益性と成長のバランスを取ることの重要性を示している。

データ活用による与信モデルの構築

  • メルカリの与信モデルは、フリマアプリでの取引履歴を活用することで、従来の金融機関では審査に通らなかった層にも金融サービスを提供できる。回収率99.3%という高水準がその精度を証明している。
  • 既存ビジネスで蓄積したデータを新規事業に活用することで、独自の競争優位性を構築できる。

以上が、メルカリの決算資料から読み取れる主要なマーケティング戦略のポイントです。あなたの業務にも活かせるヒントがあれば幸いです。

参考:メルカリ 2025年6月期 決算説明資料

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この記事を書いた人
tomihey

本ブログの著者のtomiheyです。失敗から学び続けてきたマーケターです。
BtoB、BtoC問わず、デジタルマーケティング×ブランド戦略の領域で14年間約200ブランド(分析数のみなら500ブランド以上)のマーケティングに関わり、「なぜあの商品は売れて、この商品は売れないのか」の再現性を見抜くスキルが身につきました。
本ブログでは「理論は知ってるけど、実際どうやるの?」というマーケターの悩みを解決するノウハウや、実際のブランド分析事例を紹介しています。
現在はマーケティング戦略/戦術の支援も実施していますので、詳しくは下記リンクからご確認ください。一緒に「売れる理由」を解明していきましょう!

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