はじめに
「どの登山靴を選べばいいか分からない」 「ネットで買うのは不安だけど、店員さんに相談するのも気が引ける」 「専門店は敷居が高そう」
こんな悩みを抱えているマーケターの皆さん、実は消費者の購買行動における「選択の困難さ」と「信頼の構築」は、現代のマーケティングにおいて最も重要な課題の一つです。
筆者が好日山荘で登山靴を購入した際に体験した接客は、まさにこれらの課題を見事に解決する「教科書のような顧客体験」でした。単なる商品販売を超えた、真の顧客価値創造がそこにありました。
本記事では、この体験をマーケティング理論で分析し、専門店が実践すべき「選ばれ続ける仕組み」について若手マーケター向けに徹底解説します。確率思考の戦略論やWho/What/How分析、オルタネイトモデルなどのフレームワークを使いながら、なぜ好日山荘が顧客から選ばれるのか、その理由を紐解いていきます。
好日山荘とは:登山・アウトドア専門店のリーディングカンパニー

好日山荘は全国に約40店舗を超えて展開する登山・アウトドア用品の専門店です。同社の最大の特徴は、「実際に山が好きで登っている専門スタッフ」が接客を担当していることです。
好日山荘の事業概要を表にまとめると以下の通りです:
項目 | 詳細 |
---|---|
創業年 | 1924年(2024年で100周年) |
店舗数 | 全国40店舗超 |
主要商品 | 登山用品、アウトドア用品、登山靴、ウェア等 |
特徴 | 登山経験豊富な専門スタッフによる接客 |
独自サービス | 靴の健康診断、靴底張替えサービス |
ターゲット | 登山初心者から上級者まで幅広い層 |
※参考:好日山荘公式サイト
この100年の歴史を持つ企業が、なぜ現在も成長を続けているのか。その秘密は、単なる商品販売ではなく、「顧客の山行を成功させる」という明確な価値提案にあります。
筆者が体験した好日山荘での登山靴購入プロセス
来店前の状況:登山靴選びの課題
登山靴選びは、初心者にとって最も難しい装備選択の一つです。価格帯は2万円から10万円超まで幅広く、用途や足の形状によって最適な商品が大きく異なります。
筆者も以下のような課題を抱えていました:
課題項目 | 具体的な悩み |
---|---|
商品知識不足 | ブランドや機能の違いが分からない |
フィッティングの不安 | 通販では実際の履き心地が不明 |
用途との適合性 | 自分の登山スタイルに合うか分からない |
投資判断 | 高額商品のため失敗したくない |
アフターフォロー | 購入後のメンテナンス方法が不明 |
店舗での体験:専門スタッフによる段階的サポート
好日山荘での購入プロセスは、顧客の課題を段階的に解決する設計になっていました。
Step 1: ヒアリング段階
スタッフは商品を見せる前に、まず以下の項目を丁寧にヒアリングしました:
- どのような山に登る予定か
- 登山経験と頻度
- 現在の装備状況
- 足の特徴や過去の靴での悩み
- 予算感
Step 2: 商品選定段階
ヒアリング内容を基に、3-4足の候補を選定。それぞれの特徴を以下のような形で説明:
商品A | 商品B | 商品C |
---|---|---|
軽量で歩きやすい | 耐久性重視 | 防水性能が高い |
日帰り登山に最適 | 長期縦走向け | 悪天候対応 |
初心者におすすめ | 中級者以上向け | オールラウンド |
Step 3: フィッティング段階
各商品を実際に試着し、以下のポイントをチェック:
- 足長、足幅の適合性
- つま先の余裕
- かかとのホールド感
- アーチサポートの感触
- 歩行時の安定性
Step 4: 使用シーン説明段階
選定した商品について、実際の使用シーンを具体的に説明:
- 「この靴なら○○山の岩場でもグリップします」
- 「雨の日でも足が濡れることはありません」
- 「500km程度は底の張替えなしで使えます」
Step 5: アフターサポート説明段階
購入後のサポートについても丁寧に説明:
- メンテナンス方法の指導
- 靴底張替えサービスの案内
- 次回来店時の相談対応
購入決定の決め手
最終的に購入を決めた理由は、商品そのものの機能だけでなく、「この店で、この人から買えば安心」という信頼感でした。スタッフの専門知識と顧客視点での提案が、購買不安を完全に解消したのです。
マーケティング理論で分析する好日山荘の戦略
Who/What/How分析:好日山荘の戦略設計
次に、好日山荘のマーケティング戦略をWho/What/Howフレームワークで勝手に分析してみましょう。
要素 | 内容 | 詳細 |
---|---|---|
Who(誰) | 登山・アウトドア愛好者 | 初心者から上級者まで幅広い層 |
Who(JOB) | 安全で快適な山行の実現 | 装備選択の不安解消、山行成功への貢献 |
What(便益) | 専門知識に基づく最適な装備提案 | 失敗のない商品選択、長期使用可能な品質 |
What(独自性) | 登山経験豊富なスタッフによる実体験ベースのアドバイス | 他店では得られない専門性と信頼性 |
How(商品) | 厳選された登山・アウトドア用品 | LA SPORTIVA、SALOMON等の高品質ブランド |
How(場所) | 全国40店舗+オンライン | アクセスしやすい立地とOMO戦略 |
How(価格) | 適正価格での高品質商品提供 | 価格競争ではなく価値競争 |
How(コミュニケーション) | 専門スタッフによる個別コンサルティング | 一人ひとりに最適化された提案 |
※参考:マーケティングのWho/What/Howを明確化して実行しよう
オルタネイトモデルによる顧客行動分析
オルタネイトモデルを使って、登山靴購入における顧客の合理も分析してみましょう。
要素 | 内容 |
---|---|
きっかけ | 登山計画の立案、既存靴の不具合、友人からの影響 |
欲求 | 安全で快適な登山の実現、装備への安心感、自己実現 |
抑圧 | 商品知識不足、高額投資への不安、選択失敗への恐れ |
報酬 | 安心・安全な登山、専門家からの承認、装備への愛着 |
好日山荘は、顧客の「抑圧」部分を専門知識とフィッティングサービスで解消し、「報酬」部分を最大化する戦略を取っています。
※参考:顧客の合理を理解してマーケティングを改善:オルタネイトモデルを使った顧客理解の手法
確率思考によるプレファレンス向上戦略
好日山荘は以下の3要素でプレファレンス(選好度)を高めています:
要素 | 好日山荘の施策 | 効果 |
---|---|---|
認知率 | 100周年の歴史、業界での知名度 | 登山者なら知っている存在 |
配荷率 | 全国40店舗の展開 | アクセスしやすい店舗網 |
プレファレンス | 専門スタッフによる高品質接客 | 競合より選ばれる理由 |
特にプレファレンス向上において、好日山荘は「重心を突く」戦略を採用しています。つまり、「専門性による信頼獲得」という構造的に有利なポジショニングを確立しているのです。
※参考:確率思考の戦略論~どうすれば売上が増えるのか~から学べること
専門性がもたらす圧倒的な差別化
専門知識の4層構造
好日山荘のスタッフが持つ専門性は、以下の4層構造になっています:
層 | 内容 | 競合優位性 |
---|---|---|
Layer 1: 基本商品知識 | カタログスペック、価格情報 | 一般的な販売員レベル |
Layer 2: 使用シーン理解 | 用途別の適性、TPO | 経験豊富な販売員レベル |
Layer 3: 商品機能・技術知識 | 素材特性、製造技術 | 専門店レベル |
Layer 4: 実体験による使用感 | 実際の山での使用感、トラブル対応 | 好日山荘独自の強み |
専門的な知識だけではなく、スタッフの方の実体験も踏まえて最適な商品を紹介してくれるのが強みです。
信頼構築のメカニズム
専門性が信頼に変わるプロセスは以下の通りです:
このプロセスにおいて重要なのは、単なる商品説明ではなく、「顧客の成功を本気で考えている」という姿勢が伝わることです。
顧客体験(CX)設計の巧みさ
カスタマージャーニーの最適化
好日山荘は、顧客の購買プロセス全体を通じて一貫した価値提供を行っています。
フェーズ | 顧客の状態 | 好日山荘の施策 | 提供価値 |
---|---|---|---|
認知 | 登山靴の必要性を感じる | 専門店としてのブランド認知 | 信頼できる相談先 |
検討 | 商品選択に迷っている | Webサイトでの情報提供 | 基本知識の提供 |
来店 | 具体的な相談をしたい | 専門スタッフによるヒアリング | 個別最適化された提案 |
試着 | 実際の使用感を確認したい | 豊富な在庫とフィッティング | 納得できる選択体験 |
購入 | 投資判断を迫られる | 明確な根拠と保証の提示 | 安心できる意思決定 |
使用 | 実際の山で使用する | メンテナンス方法の指導 | 長期的な価値実現 |
アフター | 継続的な関係を求める | 張替えサービス、相談対応 | 長期パートナーシップ |
感情価値の創出
顧客体験において、機能的価値だけでなく感情価値の創出も重要です。好日山荘が提供する感情価値を分析してみましょう:
感情価値の種類 | 具体的な体験 | 顧客への影響 |
---|---|---|
安心感 | 専門家のお墨付きによる選択 | 購買不安の解消 |
所属感 | 登山コミュニティの一員として認められる | ブランドへの愛着 |
成長感 | 知識やスキルの向上を実感 | 自己効力感の向上 |
期待感 | 次の山行への期待が高まる | 継続的な関係構築 |
※参考:顧客体験とは?顧客体験を向上させるマーケティング手法と事例を紹介
デジタル時代における実店舗の価値
OMO(Online Merges with Offline)戦略
好日山荘は、デジタル時代においても実店舗の価値を最大化するOMO戦略を展開しています。
チャネル | 役割 | 提供価値 |
---|---|---|
オンライン | 情報提供、在庫確認 | 効率的な事前調査 |
実店舗 | 体験、相談、購入 | 専門性と安心感 |
アフターサービス | メンテナンス、相談 | 継続的関係構築 |
デジタルでは代替できない価値
好日山荘の実店舗体験は、以下の点でデジタルでは代替できない価値を提供しています:
要素 | デジタルの限界 | 実店舗の優位性 |
---|---|---|
フィッティング | 実際のサイズ感が分からない | 正確なサイズ選択が可能 |
質感確認 | 素材感や重量が伝わらない | 五感による品質確認 |
個別相談 | 画一的な情報提供 | パーソナライズされたアドバイス |
信頼関係 | 一方向的なコミュニケーション | 双方向の信頼構築 |
他業界への応用可能性
専門店マーケティングの普遍的原則
好日山荘の成功モデルは、他の専門店業界にも応用可能な普遍的原則を含んでいます。
原則 | 好日山荘の実践 | 他業界への応用例 |
---|---|---|
専門性の蓄積 | 登山経験豊富なスタッフ | 楽器店での演奏経験、カメラ店での撮影経験 |
顧客目線での提案 | 使用シーンやJOBに基づく商品選定 | 料理道具店でのレシピ提案、本屋での読書相談 |
長期関係構築 | アフターサービスの充実 | 自転車店でのメンテナンス、家電店での設定サポート |
体験価値の創出 | フィッティングサービス | 化粧品店でのメイクアップ、洋服店でのスタイリング |
BtoB専門商社への示唆
好日山荘のアプローチは、BtoB専門商社にも重要な示唆を与えています:
BtoB専門商社の課題 | 好日山荘から学ぶ解決策 |
---|---|
商品の差別化が困難 | 専門知識とコンサルティング力で差別化 |
価格競争に陥りがち | 価値提案による適正価格の実現 |
顧客との関係が浅い | 継続的なサポートによる関係深化 |
デジタル化への対応 | 実体験価値の再定義と強化 |
現代マーケティングへの示唆
プレファレンス向上の具体的手法
好日山荘の事例から、現代のマーケターが学ぶべきプレファレンス向上の手法を整理しましょう。
手法 | 好日山荘の実践 | 一般化した原則 |
---|---|---|
専門性の可視化 | スタッフの登山経験紹介 | 信頼できる根拠の提示 |
個別最適化 | 一人ひとりの用途に応じた提案 | パーソナライゼーション |
体験の設計 | 段階的なフィッティングプロセス | カスタマージャーニーの最適化 |
継続的関係 | アフターサービスの充実 | LTV最大化戦略 |
デジタル時代の実店舗戦略
デジタル化が進む中で、実店舗が提供すべき価値を好日山荘の事例から学ぶことができます:
デジタルの役割 | 実店舗の役割 | 統合された価値 |
---|---|---|
情報収集・比較検討 | 体験・相談・信頼構築 | シームレスな顧客体験 |
効率性・利便性 | 専門性・安心感 | 最適な購買プロセス |
幅広いリーチ | 深い関係構築 | 包括的な顧客アプローチ |
まとめ:選ばれ続ける専門店の条件
好日山荘での登山靴購入体験から、専門店が選ばれ続けるための条件が明確になりました。単なる商品販売を超えた価値創造こそが、デジタル時代における実店舗の存在意義なのです。
Key Takeaways
専門性による差別化は最強の競合優位: 好日山荘のスタッフが持つ実体験に基づく専門知識は、他では代替できない独自価値を創出している
顧客の「抑圧」を解消する体験設計: オルタネイトモデルで分析すると、選択不安や知識不足といった顧客の抑圧を段階的に解消する仕組みが巧妙に設計されている
プレファレンス向上が売上拡大の鍵: 確率思考の戦略論に基づき、認知率・配荷率よりもプレファレンス(選好度)向上に集中することで持続的成長を実現している
感情価値と機能価値の両立: 商品の機能的価値だけでなく、安心感や所属感といった感情価値も同時に提供することで総合的な顧客満足を実現している
OMO戦略による相乗効果: オンラインとオフラインの役割を明確に分け、それぞれの強みを活かした統合的な顧客体験を提供している
長期関係構築への投資: 一回の販売で終わらず、アフターサービスを含めた長期的なパートナーシップ構築に投資することでLTVを最大化している
現代のマーケターにとって、好日山荘の事例は「デジタル時代における実店舗の価値とは何か」という根本的な問いに対する明確な答えを示しています。それは、「人にしかできない価値創造」への回帰なのです。
技術は日々進歩しますが、人間の不安や悩みを理解し、個別最適化された解決策を提案する能力は、まだまだ人間が優位性を持つ領域です。好日山荘の成功は、この人間らしい価値創造に徹底的にこだわった結果と言えるでしょう。
皆さんも自社の商品・サービスにおいて、「お客様の真の課題は何か」「それを解決するために我々にしかできないことは何か」を改めて考えてみてください。そこにこそ、選ばれ続ける理由があるはずです。
参考文献・URL: